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俺、参列する

 式典当日の朝、俺は約束の時刻に合わせて教会に出向いた。


 寄付の名義は俺だけなので当然単身での出席である。


「……で、どちら様ですか?」

「ふふ。毎日のようにお会いしているじゃないですか」


 教会の入り口の前に陣取る、修道女の一団を従えた女がアリッサだとは、一目見ただけでは気づけなかった。


 いつ見てもボサボサだった髪は懇切にとかされているし、着衣の乱れもない。ふしだらで不真面目な印象は綺麗さっぱり消え失せていた。唯一、はち切れんばかりに自己主張している胸の膨らみだけが、その人物がアリッサであることを証明していた。


「ようこそいらっしゃってくださいました、シュウト・シラサワ様。日頃の感謝の意を改めて表明させていただきます」


 アリッサの丁重な礼にシスターたちも続く。


「頭下げるような性格だったっけ……逆に怖いんだが……」


 というか、口調まで変わってるし。


「解熱剤でも買ってこようか? 粉末と液体どっちがいい?」

「病などではありませんよ。今日は教団にとって特別な日ですから。さしもの私といえど、平素のようにおちゃらけては参れません」

「はあ」


 式典のある今日一日はこの感じで貫き通すつもりらしい。しかし本性を知っている俺やその他大勢からしてみれば、これが今日のために用意されたインスタントの人格であることは分かり切っていた。


「この日くらいは聖女らしい振る舞いをしなくてはなりませんからね」


 そう言って見せてきた微笑みが眉の角度といい頬の引きつり方といい物凄く不自然だったので、めちゃくちゃ無理してキャラ作りしていることが伝わってくる。


 なるほどこれは本人的には地獄かも知れない。


「そんなことより早いとこ式典ってのを始めてほしいんだが」


 式典には教会外からも教団に貢献した功労者の中から毎年一人だけ招かれているらしいが、今回はアリッサの推挙も含めて俺、というわけだ。


 が、周りには白を基調にした装束をまとった神官とシスターしかいないので、地味な色合いのコートをルーズに着た俺だけが異常に浮いている。


 居心地はよろしくない。


「かしこまりました。司祭様の到着次第、出発することにいたしましょう」

「出発? 別の場所に移動するのか?」

「はい。リステリアから北東に進んだ先にある神殿にて、式典は厳粛に開催される運びになっています」


 歩くのかよ。めんどくせー。


 俺は此度のイベントは礼拝堂内で完結しているものだとばかり思っていたけども、どうやらそうではなかったようだ。


 数分後に白髪のジイさんが重役出勤してきたところで、ようやく。


「それでは参りましょう。皆々深く承知しておられるかとは思いますが、我らが向かう先はドルバドルを守護する神々の御前。くれぐれも失礼のなきように」


 アリッサいわく神官長だというおっさんが号令を出した。


 目指すは神殿。


 三頭の白馬に牽引されて、神への捧げ物を載せた荷馬車が走り始める。


 町を出てからだらだらと二時間近くも歩かされたのは誤算だったが、いざ目的地に着いてしまうとそのあくびの出そうな退屈さは一発で吹き飛んだ。


「な、なんだこのスケール……」


 とんでもなくでかい。でかすぎる。


 果たして何千何万平米あるんだろうか。


 敷地面積もさることながら、神殿自体の様式も底知れぬ威厳を感じさせた。床面から屋根に至るまで全篇に渡って大理石が使用されており、すべての柱に緻密な模様の彫刻が施されているのだから、開いた口がふさがらないほどに圧倒される。


 柱の隙間からは祭壇と燭台、そしてバリエーション豊かな石像の数々が垣間見える。


 フィー地方の密林で見た神殿はこんなにも壮大な建物ではなかった。


 見慣れているであろう他の参加者が談笑や祈祷にふける中、俺一人だけがあまりの迫力に唖然としていると、不意にアリッサに声をかけられる。


「シュウト様、神事の開始まではもう少し時間がございます。しばらく神殿内部を見学なされてはいかがでしょう?」

「見学といってもなぁ……」


 ぶっちゃけそんなに興味はない。すげーとは思うけど。


「中には神々を象った石像が鎮座しておられます。私たちの教団は多神教ですから、数多くの神のご威光に触れることができますよ」

「そんなに種類があるのか」

「ええ。見かけ上の老若男女は様々ですが、いずれの神も大変威風のあるお姿をされています。なので飽きることはないですよ。ご安心ください」


 後半の投げやりな表現にアリッサの地が出ているような気はしたが、ふむ。


 それなら不敬かも知れないが美術館感覚でのぞくだけのぞいてみるか。


「どうせ式典本番まで暇だしな。見に行くか」

「では案内役のシスターを一人付けましょう。サヤさん、こちらへ」


 アリッサが手を叩いて呼んだのは、まだ幼さの残る少女。


 ハの字になった眉が印象的だ。


 まっさらな修道服を着ているからか清純な雰囲気がある。少なくとも、酒場で片膝立ててワインを瓶から直飲みする某聖女よりは断然。


「なっ、なんでしょうか、聖女様」

「この方に神々について解説していただけますか? 石像を見て回るそうなので」

「わ、わ、分かりました、精一杯務めさせていただきますっ」


 サヤと呼ばれた少女はなぜかカチコチに緊張していた。


「彼女はまだ十四歳ですが、聖典と教典を愛読する非常に熱心な教徒です。きっと神にまつわる詳しい逸話を聞けるかと」

「へえ。それじゃあ頼りにさせてもらいますかね」


 よろしく頼む、とサヤに軽く挨拶する俺。


「よろしくお願いしますっ」


 サヤは慌ててぺこりと一礼した。リアクションが初々しい。俺がこのくらいの年齢の時はもっとすれていたと思うが、なんとも純朴な乙女である。


 そんなサヤに導かれて神殿の敷居をまたぐ。


 まず最初に目についたのは、斧をかかげた髭面の男の石像だった。やたらと大柄で筋肉質だったので他の像に比べて格段に目立っている。すぐそばにある温和な表情をした女神像(半裸なので無駄にエロい)と比較すると雲泥の差だ。


「こちらは山の神ノイグラン様の像ですね。ノイグラン様はその屈強な肉体で山を切り開き、豊かな自然と生態系を作り出したとされています。その隣におられるのは海の神であるセシレナ様。神話によりますと二人は夫婦であったそうです」


 こんな野獣みたいな風貌をしておきながら嫁持ちかよ。羨ましい神様だな。


 次に気になったのは剣を構えた将軍じみた像。とても神とは思えないような怒り狂った形相をしている。完全に俺のことを睨んでるだろ、これ。


「ダグラカ様は戦いの神であられます。苛烈にして勇猛な戦いぶりを信条としたダグラカ様は多くの冒険者の方々から信奉を集めているんですよ」


 冒険者といえば、とサヤは付け加える。


「あちらにあります弓を持った神様……狩猟の神ヘンデルシク様もまた多くの支持者を抱えています。魔物を狩る心構えを教えてくださりますからね」


 ヘンデルシクの像は無茶苦茶イケメンに作られていた。


 同じ弓を武器にする者としてシンパを覚えたいところだったが、これでは無理である。


 共感できそうにない神はもう一名。


 分厚い本を手に持った、全国の小学校に設置してもPTAからお叱りを受けそうにない感じの像が右手に見える。


「学問の神、フェシア様についてお教えします。フェシア様はドルバドル三賢人の一人として数えられることもあるほど親しまれた……」

「いや、あの神様についてはいい」


 絶対助けを求めることはないし。


「それより、あの子供みたいな格好の像は誰なんだ?」


 ひとつだけ群を抜いて小さいから気にかかっていた。


「エルシード様のことですか? 彼は幸運の神です。人々が最終的にすがるのはいつの時代もエルシード様、というのがちょっとしたジョークのように語られがちですが……それを抜きにしても広く信仰されている神様ですよ」


 まあ誰だって幸運の女神には見放されたくないからな。


 でも『彼』ってことは女神じゃなくて少年の神か。愛嬌のある笑顔がまぶしい外見だけなら女の子でも余裕で通用しそうだけど。


 広く信仰されているってそういう意味じゃないだろうな。


「だったら俺はこっちの神様を信じたいところだけどな」


 俺が眺めたのはコケティッシュな服装をした、石であることを感じさせない柔らかい女性的な曲線がありありと浮き出た像だ。


 この石像を作った職人はいい趣味をしている。


「豊穣の神ルミッテ様ですね。リステリア地方に限らず、この大陸で働く農家のほとんどは彼女を信仰しているのではないでしょうか」

「ふむふむ。作物の神様か」


 俺の見立てどおり偉大な神様だな。衣食住を担当する神ってのはとりわけありがたがられるのが相場だ。ルミッテ様の名前は忘れないでおこう。


「じゃああっちの女神像は……」


 女性の神にばかり自然と目線がいってしまうのは許してもらいたい。俺も男だからこれはもう仕方のないことなのだ。条件反射の一例として教科書にでも載せてくれれば誤解は解けるだろう。


「あちらにおられますのは創造の神イリヤ様です。この世界を創り出し、すべての神々を束ねる、最も位の高い神様なんです」


 サヤは敬愛の眼差しをイリヤ像に送りながら答えた。


「そんな凄い神様なのか……ん?」


 なんかこの女神、どっかで見たことあるんだが。

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