俺、了承する
第三層での稼ぎ方を心得た俺は、着々と預金残高を増やしていった。
無論、地下に潜るたびに相当量の矢と聖水聖灰を必要としたが、得られる金額の大きさに比べたら些細な出費である。
これまでの町で自主的に課していたノルマは概ね五十万G程度だったのに、リステリアではその倍を目指すことができる。しかも町内から出なくて済むというオマケつき。
加えてここには俺の愛する蒸留酒がある。
仕事の疲れをスッキリとした酒で癒す。これが本当の本当に最高だった。蜂蜜に漬けた柑橘類を皮ごと輪切りにしてグラスの底に置き、そこに穀物由来の澄み切ったスピリッツを注いだ時なんかはたまらない。
稼げて、飲めて、くつろげる。
言うことなしだ。
土地を買う候補地としては現状一歩リードしている。
そんな生活が二週間続いた頃。
「明後日の式典に出席して欲しい?」
この日も地下層からの帰りに教会直営の酒場に立ち寄った俺は、そこでアリッサからそんな誘いを持ちかけられた。
アリッサとは妙にここで交流する機会が多く、その底抜けに明るいキャラクターもあってか、自然と仲がよくなっていた。
単にいつ行っても顔を見かけるというだけな気もするが。
とはいえ、アルコール類の取り揃えがよそに比べて頭一つ抜けて充実したこの店を俺が贔屓にしているのは紛れもない事実。
酒造産業の発展したリステリア大教会が開いているだけのことはある。
既に酒の席は深いところまで進んでいて、ホクトはカウンターテーブルに突っ伏して酔い潰れているし、おかわりを重ねたミミも胡乱な表情でうとうとしている。ナツメはミルクの飲みすぎでトイレから戻ってきていない。
俺がちびちびとウォッカベースのカクテルを舐めているだけだ。
「そう! 年に一度しかない特別な行事だよっ!」
一方でアリッサはタダなのをいいことにガンガン新しいボトルを注文している。
なお俺は近頃は骸布で作ったインナーを着こんでいる。町で評判の洋裁職人に製作を依頼したのだが、これが中々どうして感触がいい。軽量素材を繋ぎ合わせた服はなにも身につけていないのではと錯覚するほどに軽やかな着心地で、肌触りもさらっとしている。長らく愛用していたゴワゴワしたクジャタの毛糸とは大違いだ。
ホクトを前に出したおかげで攻撃を受ける機会が著しく減ったため、動きやすい防具のほうがなにかと都合がよかった。
カトブレパスのコートだけでも一定の防御力は保てていることだしな。
この服を作るのに結構な枚数の骸布を要したが、それだけ費やしてもまだまだ大量に在庫が有り余っているんだから、俺がこの二週間で狩ったアンデッドの個体数も推して知るべしである。
「はあ、特別ねぇ。なんで教団の関係者じゃない俺にそんな話が来るんだ」
「だってさ~、お兄さん、めちゃくちゃうちによくしてくれてるじゃない? 他の人とは違う扱いをしないと失礼だもん」
飲んだくれの聖女はそう説明する。
そういや信仰を篤くする……ってな名目で教会に貢ぐと、最終的には祝祭事への招待権がもらえるんだったな。
魔物との戦闘を楽にするために毎日二十から三十万Gは寄付しているから、通算するとかなりの金額に及んでいるであろうことは想像に難くない。
「でもさ、見返りは全部聖水と聖灰にしてもらってるぜ、俺」
「それはそれ、これはこれ! 寄付金の総額でも見てるからねっ!」
なんでも、贈答品の引き換えとはまた別に点数がカウントされているらしい。
これは困った。いらない特典を押しつけられてもな……。
「お願いだから来てよぉ。あたしだって最初から最後まで出なくちゃいけないんだし」
「仕方ないだろ。あんたは聖女様なんだから」
「そうだけどさぁ……はー、まったく嫌になっちゃうよ!」
やけくそ気味にぼやきながら、ブランデーのボトルを新しく開けるアリッサ。
「義務を果たすことがそんなに偉いんですかねぇ、この社会では!」
絡み酒をしてくる。
高雅なプラチナの髪を惜しみなく振り乱して。
「あー、やだやだ。行きたくないな~。今年こそお休みしたーい!」
「なんでそんな嫌そうなんだよ。そこまでのことか?」
「だって式典の日は夜までお酒飲めないんだもんっ! 司祭様に怒られちゃうから! そりゃあ憂鬱になるってものですわよ」
だから、とアリッサは懇願するような目つきで俺の瞳を覗きこむ。
「一日二人で禁酒してみない? ね?」
「『ね?』じゃねぇよ。俺まで付き合う義理はないぜ。一人で頑張ってくれたまえ」
「それじゃ寂しくて耐えられないよっ! 一緒に地獄に落ちようよ~!」
聖職者にあるまじき発言だった。
「分かったぞ、俺を道連れにしようって魂胆だな! そうはいかねぇぞ。せっかく蒸留酒が飲める町にいるんだから、好きな時に好きなだけ楽しまないとな」
「いいじゃん! あたし意志弱いから一人じゃ断酒できないもん!」
「まさかとは思うが、毎年俺みたいな犠牲者を生んでんのか?」
「うん」
正直でよろしい。
「……じゃなくて、真面目にやれ。今年で甘えは終わりにしとけ」
いい歳なんだから、と続けようとして俺は口をつぐんだ。
「ふええん、手厳しい……あっ! じゃあさ、一日式典に付き合ってくれたら、うちの酒蔵で一番高級なお酒を樽ごとプレゼントするよ?」
「そんなの買えばいいだけじゃん。これだけ寄付してるんだから俺が金でヒイヒイ言ってないのは分かるだろ?」
「実は非売品の幻の銘酒が……!」
「あるの?」
「……ないっす」
正直その二。
「お疲れさまでした」
「待って、帰らないで! じゃあねじゃあね、んとねぇ……」
「今度はなんだよ……」
「おっぱい揉ませてあげる」
平然とそう言い放ったアリッサは、長い睫毛をはためかせてウィンクしながら、特に恥ずかしがるふうもなく襟をクイッと引っ張った。
元々たるんでいた襟ぐりが更に伸びて絶景が広がる。
やばいこいつ。アホだ。
「だって他にあたしにできることないし! 文字どおりの身売りです!」
「……俺が十四、十五のガキなら乗ってたかもな」
口ではそう呆れたっぽく言いながらも、悲しきかな本能に忠実な俺の下半身はしっかり反応していた。正直その三が俺の中に潜んでいたとは。
めんどくさいが仕方あるまい。行ってやるか。いやホント仕方ない。
すべては金でおっぱいを揉めない世の中が悪い。
「ではまず、前金ならぬ前乳の拝借を……」
さすがに無理だった。