俺、収集する
前回の時もそうだったように、そいつは第三層に転送された直後に現れた。
レイスのお出ましである。揺らめくボロ布は浮遊の証。さながら俺たちを異界まで手招きしているかのようだった。
「さて、と」
どう料理してやろうか。今回は前回とは違って用意は周到。俺とミミの二人でツープラトンの火を浴びせたんでもいいし、聖灰をぶっかけて物理で攻めたんでもいい。
「だがまずは……こっちからだな」
俺は矢をあてがわずに弓を引く。
こいつがもたらす呪縛の効果がどんなもんか、早めに知っておくか。
狙いが定まったことを確認して、ためらわずに弦を弾く。
メラメラと燃焼する矢は錐揉み回転しながら一直線に飛んでいった。命中するや否や、魔物のガス状の肉体が暗色の炎に包まれる。
数秒かけて鎮火した後のレイスの状態を、じっくりと監視してみる。
「……なんか変わったところあんの?」
正直俺では分からない。ビフォーとアフターが一緒に見える。せめて焦げ目くらいは残っていてほしかった。
が、魔法の専門家であるミミの目によれば。
「判別できました。鈍化の呪いで間違いないと思います」
「なにそれ」
「文字どおり、です。動きが鈍くなる呪いですよ。シュウト様の炎には初級呪術のスロウに近い効果があるみたいですね」
ふむ、悪くないバッドステータスだな。使いどころは多岐に渡りそうだ。
「そういやゾンビ鳥も相当遅くなってたな……っと、それより」
レイスに視点を戻す。
まだ倒れる気配はない。挙動が鈍重になっているなりに必死に腕を伸ばし、前線のホクトへつかみかかろうとしていた。
次に試すべきは……。
「ナツメ、灰を撒いてみてくれ」
「はいですにゃ!」
指示を受けてリュックから聖灰を包んだ紙を取り出したナツメは、敏捷性豊かな身のこなしで魔物との間合いを速やかに詰め、バッとそれを振り撒いた。
聖灰のかかった部分だけが固体化し、石のような質感に移り変わる。
その様子を見届けてからナツメは離脱。
俺は変質した霊体目がけて、一本で一食分まかなえる純銀の矢を放った。
矢はすり抜けてはいかず、グサリと音を立てて突き刺さる。
鏃の埋まった箇所からは白煙が立ち昇っている。効いている証拠だろう。ドクロの顔も大きく歪み、上顎と下顎の噛み合わせが酷い有り様になっていた。
ひとしきり苦しんだ後レイスは昇天する。
落とした二十七枚の金貨と霊布をせっせと拾い集めるナツメ。手際がいい。
「すげぇな、マジで実体化してるじゃんか」
教会も凄いもんを開発したもんだ。
蒸留酒の次くらいに素晴らしい発明だな。
「えーと、聖灰は三口相当の寄付でもらえるから……差し引き二万4000Gか」
第二層の奴らを相手にするより全然マシだな。それにあいつらは悪臭が公害の域に達してるし。今日からは涼やかなこのフロアで金策に励むとしよう。
更に歩を進める。
「……む。主殿、ご警戒を」
細い通路にさしかかったところでホクトが足を止めた。
それもそのはず。かまどの火の光がかろうじて届いている少し先には、ぼんやりと魔物の影が見える。
ミミが明度を上げると、全容が白日の下に晒された。
そいつはカタカタと、剥き出しの歯を鳴らしながら怪しげに立ち尽くしている。眼窩に中身はなく、折り曲げた指に肉はない。それはつまり骸骨であることを表していた。
外見は第一層のスケルトンに似ているが微妙に違う。どこが違うかといえば、まとっている衣装だ。そいつは貴族が着ていそうな赤褐色のコートを羽織っていた。
「アンデッドのくせにいい服着てやがるな……じゃなくて」
地図を引っくり返す。
だだっ広い裏面にはアリッサから教わった魔物の情報が簡潔に記してあるのだが、そのメモによればワイトという種類のアンデッドらしい。
「幽霊じゃないんだし、特に工夫せずとも矢は当たる……よな? さすがに」
とはいえ弱くできるんならやっておくに越したことはない。
退治に時間をかけるのは得策じゃない。どういう攻撃をしかけてくるか分かったもんじゃないからな。圧倒的破壊力で敵に反撃の余地を与えず瞬殺。これこそが俺が今まで続けてきた必勝パターンだ。
「ナツメ、任せた」
指令を送る。
「承りましたにゃ! ていにゃあっ!」
後ろには行かせまいとホクトが懸命に盾で敵の前進を阻んでいる間に、ナツメは対象と距離を置いたまま瓶ごと聖水を投げつけた。
ガラス瓶はゆるやかな弧を描いてワイトの頭蓋骨に命中する。中々いいコントロールである。後から聞いたが手の平大のものの扱いは鉄鉱石の集積場で働いていた時に鍛えられたものらしい。なんでもありだな。
聖水の浸みこんだ骨は見るからに脆弱そうだった。
そこに向けて遠慮なく矢を放つ俺。
「げっ、これでもダメなのかよ」
完璧に銀の矢が突き立ったのにワイトはくたばらない。意外と頑丈だな。
「炒って豆殻を弾き飛ばすための火!」
間断なくミミがフォローを入れたことでようやく煙へと姿を変えた。
レイスを超える三万Gの報奨金に加えて、赤黒い布が素材として残される。
「これも霊布か?」
持ってみた限りでは同じにしか感じられない。めちゃくちゃ軽いし、めちゃくちゃ薄い。この辺の差異は帰還してからギルドマスターのおっさんに質問するか。
「でも一発で倒せないのは痛いな。時間のロスだぜ」
「ミミがサポートします。フラジリティなら虚弱の呪いをかけられますから、矢のダメージもグンと増すと思います」
「そいつは助かる。次から頼んだぞ」
ミミの肩をぽんと叩いた時。
「どうやら敵方は息つく暇を与えてはくれないみたいでありますぞ、主殿!」
最前線でホクトが吠える。今度はなにかと眺めてみれば、またしても宙に浮かんだアンデッドの姿が。
浮いているがしかし、幽霊の類ではない。紫苑のローブを着込んだそいつもまたスケルトンに酷似した容姿をしていたが、それは上半身のみに限った話。下半身に足はなく、ほつれたローブの裾がはためいているだけだった。
骨張った、というか骨そのものの指には細い杖が握られている。
「あれは、えー、確か……」
「リッチですにゃ!」
俺よりナツメが先に早押しアンデッド当てクイズに正解した。
一人だけアルコールを口にしていなかったから、飲み屋でのアリッサの話がしっかり頭に叩きこまれているらしい。
で、リッチの特徴についてだが。
見たまんまだ。杖とローブを装着している時点で「私、魔法を使います」と告白しているようなもの。この風貌で真っ向から肉弾戦を挑んでくるわけがない。
予測と違わず、魔術師を髣髴とさせるアンデッドは弾速の遅い火を発してきた。
「これしきッ!」
二枚のタワーシールドを隙間なく繋ぎ合わせてホクトが火をせき止める。多少高熱な程度では鍛え抜かれた鋼鉄に太刀打ちできるはずもない。
戦線は決して崩れない。
盾を支えるホクトの背中は、剣を握っていた頃とは見違えて立派だった。
「いいぞホクト! 最高に輝いてるぜ」
おだてると馬の耳がぴこっと動いた。喜んでいるらしい。
この機に乗じてちゃっかりナツメが清らかな灰をバラ撒いていた。
それを確認してから矢を射る。
リッチの物理耐久は同フロアに出現する他二種に比べてダントツで低いようで、たったその一射に貫かれただけでお陀仏となった。
撃破報奨は二万8000G。そしておまけで紫色の布。
「って、また布かよ」
しかも空気のように軽いところまで同じ。一体違いはなんなんだ。
ただ分かったことがある。リッチ戦が一番うまい。所持金の額からして本当なら魔法に苦しめられるんだろうが、手早く片付けたい俺からすれば攻撃面が充実している代わりに守りがおろそかな敵というのは希望どおりである。
金はワイトのほうが落とすがあいつは無駄に硬い。レイスに至ってはアイテムの使用を半強制的に要求してくるくせに報奨は一番低いから最悪。
「こいつばっか出てきてくれりゃいいんだけどな」
皆も同意見だった。
唯一他の魔物を相手する際より負担のあるホクトにしても、魔法から俺を守るという役割にかつてないやりがいを感じている。
「にゃにゃにゃっ!? ご主人様、今度は二体いっぺんに来ましたにゃ!」
……こういう時に限って一番会いたくないレイスが連続して襲ってくるんだから、まったく人生ってやつはホロ苦くできていやがる。
第三層の探索を始めてから二時間半が経過した。
現時点でもまずまずの成果を収められている。
獲得した金銭もそうだが、手探りで戦闘を重ねるうちに、少ない行動回数でアンデッドを討伐できる組み合わせがつかめてきたのは収穫だった。
レイスであれば、聖灰を投げつけてから銀の矢+ミミの火球。
ワイトであれば、聖水とミミの呪術で弱らせてからの銀の矢で一撃必殺。
そしてリッチであれば、単純に聖灰と銀の矢コンボだけで撃破可能。
聖水のほうがやや大きめに弱体化させられるが、その分貴重なのでワイト以外にはなるべく使いたくない……のだが、ぶっちゃけ俺の所持金を考えると微差なのでそんなに気にする必要はない。むしろ細々と使い分けてるほうがストレスが溜まる。
足りなくなったらまた寄付すりゃいいだけだしな。
とりあえず、効率のよさを求めるならワイト相手に聖灰は厳禁、という点のみを念頭に置いておく。
消耗品といえば、もうひとつ。矢の問題がある。
矢は可能な限りナツメが回収してくれたものの、全部が全部再利用できるわけではなかった。少々銀製の鏃が欠けた程度ならリペアで補修できる範疇だが、明らかに砕けていたり、そもそも矢柄が折れてしまったものはどうしようもない。
もっともこれも後で補充すればさして問題にはならない。
このフロアで活動していれば消費した額をチャラにして余りあるほど稼げるんだから。
これだけ多くの枚数の金貨をドロップする魔物と連戦できたのは、ジキと密林を歩き回っていた時以来だ。
移動時間や出現数も合わせて考えると過去最高の狩場といえよう。
落とす素材がどれも軽くて薄手なのも助かる。カバンの中には多彩な布がぎゅうぎゅうに押しこめられているのに、腕力のないナツメでも楽勝で運べていた。
「というかここの魔物、他になにも落とさないんだな……」
金を集めているのか布を集めているのか目的が分からなくなってくるんだが。
この素材を一挙に納品して教会からの信任を得るか、衣服の製作にあてるか。
難しい二択である。