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俺、寄付する

 明くる日の午前、俺は一人意気揚々と工芸品店に乗りこむ。


 ミミ、ホクト、ナツメの三人は地下層に繋がる魔法陣に先回りさせてある。


 ちゃっちゃと下準備を終わらせておかないとな。


「なんでそんなにニヤニヤしてんのか知らねぇが……ほら、完成させてあるぜ。一本の骨から削り出した正真正銘混じりっ気なしのスカルボウだ」


 会心の自信作だぞ、と語る職人のおっさんが作業用テーブルの上に乗せた弓は、隅から隅まで燃え尽きた灰のように真っ白だった。


 形状としては「C」よりも、横倒しにした上でグイッと引き伸ばした「W」に近い。


 小さな牙のような装飾が何個かあしらわれているが、これはおっさんいわく「ターゲットに照準を合わせる際の目安に使え」とのこと。


 持ってみると、大きさの割に非常に軽い。それから手触りがサラサラしている。


「どうだ、いい弓だろ? 湿気にかなり強い素材だから、樹液でコーティングせずに骨の質感をそのまま残してあるぜ。おかげで手によく馴染むように仕上げられたよ。全体の剛性との兼ね合いは大変だったけどな」

「うーむ、確かに収まりがいいな。滑りそうにないし、こう、指にフィットするというか」


 俺は手間賃の一万3000Gを支払いながらそれっぽいコメントを発した。


「ただなぁ、木材製じゃないからちぃとばかりクセはあるぞ。慣れるまでしんどいかも知れないが、ま、そこは勘弁してくれ」

「大丈夫だよ。この俺だからな」

「さっきからやけに自信うかがわせてるが……あんた弓使ったことないんだろ?」

「ふっふっふ。いやな、昨日ちょっと試しに湿地で弓矢を使ってみたんだけど、これが百発百中だったんだよ。さすがに震えたね。俺のセンスに」


 スカルボウを背負ってこれ以上ないくらい得意満面になる俺。


 が。


「……なに言ってんだ? 今時の弓の性能じゃまっすぐ飛ばすことくらい訳ないぜ」

「えっ」

「そうでないとハードル高すぎて売れねぇしよ。近めの距離でゆっくり引いてじっくり狙いをつけたんなら、そりゃまあ触って数分の初級者でも当てることはできるわな」

「な、なんだと……」


 衝撃的にして残酷な真相である。


 てっきり俺の中には某国民的漫画のメガネくん的な才能が眠っているのだとばかり思っていたが、盛大なぬか喜びだった。


 弓という武器自体が、ある程度持ち主の腕を補えるように作られているらしい。


 一気に脱力する。


 まさか誰でもできることだったとは……。


「でも手振れとかはなかったし……弦もスムーズに引けたし……」

「それは腕力の問題な」


 ああ、またあなたの働きですか、と俺は首元のチョーカーに手を当てた。


 こいつの助演男優っぷりには毎度頭が下がる。


「じゃあ弓の技術ってなんなんだよ!」

「そりゃあ照準を定めるまでの速度と精度、それと判断力だ。ちんたらやってるのを強い魔物が待ってくれるわけねぇだろ? 優れた射手ってのはそれこそ雨のように矢を降らせられっからな。ビギナーとエキスパートじゃ手数が全然違ってくるぜ」


 そこを練磨しろ、とおっさんは俺にアドバイスという名の正論を送った。


 といっても、パッパパッパと矢を連射できるようになるまで実戦投入を封印、なんてことをやっていたら永遠に弓を扱える日は来そうにない。俺がそんなに長期間日陰の努力を継続できるとは思えないし。


 やむを得ない。ここは一矢入魂のスタイルでいくか。


 レア素材を元にしたこの弓が攻撃力に秀でているのは疑いのない事実だからな。 


 おまけに。


「おお……本当に全部銀の鏃だ」


 武器屋に予約していた銀の矢を引き取りに行った俺は、二百というゆとりある本数に頼もしさを覚えると共に、その仕事の早さに感心する。


 地下層の魔物相手には効き目抜群なのは間違いない。


 この矢が加われば更に倍率アップだな。


 とはいえ、この量だと矢筒に収まり切らないので三分の二は皮袋にストックしておく。一日で二百本使い果たすのかって話になると多分そんなことはないのだが、備えあれば憂いなしとも言うし、これもホクトに運んでもらうか。


「それにしても、矢だけで四万2000Gって……下手な剣より値が張ってるぞ。こっちとしては嬉しいオファーではあるけども」

「ああそれなんだけど、数日でなくなるかも知れないから追加でもう二百本同じのを注文しとくよ。よろしく頼む」


 店の財政事情を更に潤わせた俺は、そのまま北を目指し――。


 リステリア大教会本棟に踏み入る。


 前回訪れた時もそうだったが、神聖なムードがムンムンに漂っている。この清らかな空気に包まれていると積年の邪念も消えていってくれそうだな。


 だが世俗に肩までどっぷり浸かった俺から邪念が消えたら消えたでクソつまんない人生になりそうなので、その辺の宗教的体験はそこそこに留める。


 教会に来た目的はただひとつ。


 ここにしかないアンデッドを弱体化させる品物の調達だ。


「ようこそ。拝観料はいただきませんが、寄付は二十四時間毎日受け付けております。神のご加護があらんことを」


 こっちから言い出す前に例のしつこい神官が寄ってきた。


 都合がいいっちゃいいが。


「寄付なら今すぐにでもしたいんだが、構わないか?」

「……むむっ! 本当でございますか!?」


 神官の目の色が変わった。


 色、というか、¥マーク$マークに似たなにかというか。


「それでは早速ご説明させていただきます。寄付は一口1000Gからとなっておりまして、職業身分を問わず金額に上限はございません。いえ! お気持ちで結構なのですが! 念のため金額に上限はございません」

「制限ないのは分かったから、寄付の見返りについて教えてくれよ。聖水がもらえるって聞いてるんだけど」

「はい。三口で聖灰を、五口で聖水を、十口でこれらを複数セットにして、教会から粗品として提供させていただく決まりになっています」

「その上はある?」

「ございますが、我々もそこまで多額の寄付をいただくわけには……いただけるものならいただきたいのではありますが……」


 めっちゃ本音漏れてるぞ。


 それはともかく、今のところは聖水と聖灰以外いらないな。


「とりあえず一万G分寄付するか。ものは試しだ」


 俺は布袋から金貨を十枚つかみとる。


「ほい」

「確かに受け取らせていただきました。誠にありがたいことでございます。では、こちらのリストにご記名を」


 なんらかの教典だと思われた神官が小脇に抱えている本は、なんのことはなくてこれまでの寄付者一覧だった。俺もそこにサインを入れる。


「それでは感謝のしるしとして、聖水と聖灰の詰め合わせを差し上げます。あなたにも神のご加護があらんことを」


 詰め合わせって。お歳暮みたいだな。


 実際木箱に入った状態で聖水と聖灰のセットを渡されたので、マジで「今年もお世話になりました」の挨拶感が強い。


 中身を見てみる。


 結構しっかりした外箱なのに中はスカスカだ。景品表示法に則って訴訟を起こしてやりたいところだが、この世界で通用するはずもないのでグッとこらえるしかない。


 聖水の瓶が一本に、聖灰の挟まれた紙が二包か。


 バラでもらうよりは多少お得だが。


「全然足りねぇな……もう九十口寄付しておくか」

「おお、なんと信心深いお方か! これほどまでに私財を投げ打っていただけるとは! 神のご加」

「いやもういいよ」


 総額十万Gの寄付を行って、得られた聖水の数は十本。聖灰は二十包。


 動いた金額だけ見れば消費アイテムの風上にも置けない高値だが、入手経路の特殊さゆえ致し方なし。


 まあ十万Gくらいならすぐ取り戻せるだろう。


 待ってろ二万7000G。


 俺は弓・矢・聖水の新生三種の神器を手に、三人が待つ魔法陣へと急いだ。

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