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俺、弓道する

 幸か不幸か時間は有り余っている。


「……今日のうちに練習しておくか……」


 ってことで、お試し用の手頃な長弓を求めて武器屋に立ち寄る。


 店主いわく最もオーソドックスだという樫の弓を6700Gで購入。


「樫の木はいいぞ。堅く、弾力性に富み、加工が容易で、なにより安価だ! まさに最高ではないが最善の木材だな」


 と、こんな具合に素材のウンチクをだらだらと語られたが、そんなに興味はなかったので俺の耳を右から左に突き抜けていった。


「長弓は垂直に立てて構えても、水平に寝かせて構えてもいい。使い手の自由だ」

「自由ねぇ」


 そう言われても、弓の全長は一メートル少々もあるので、そんなに取り回しがいいようには思えない。


 大体弓の正式なマナーを知らないから応用もクソもないし。


「で、だ。兄ちゃん、矢はどうするんだ?」

「あー……そういやそれもいるんだったな」


 弓と矢が抱き合わせ商法であることを失念していた。


「だけどさ、矢に差なんてあるのか? 全部一緒じゃないの?」

「甘い甘い。鏃の違いで大きく性能が変わってくるぜ」

「そんなに違うのか」

「おう。大きく分けて石と金属があるが、石製の鏃は威力と貫通力が高く、金属製の鏃は皮膚や鱗といった魔物のサーフェスによる影響が少ない。一長一短だな」


 ふーむ。つまり石の鏃のほうがハマった時の最大値はでかく、金属の鏃だとバラつきの小さい安定したダメージを稼げるってことか。


「ま、基本は黒曜石と鉄の二種類さえ覚えておけば大丈夫だ。こいつらが石と金属それぞれの代表みたいなもんだからな」

「へえ。だったらそれを買っていくか」

「一束十本から販売させてもらうぜ。黒曜石の矢は一束450G、鉄の矢は一束400Gだ」

「んじゃ、とりあえず三束ずつ頼むわ。あと矢筒もな」

「毎度!」


 肩掛け紐つきの矢筒二つに収められた状態で矢を売り渡される。


「うちじゃ矢のオーダーメイドも承ってるから、気が向いたら検討してみてくれよ」

「そんなことまでやってんのか」

「ああ。矢柄の長さや鏃の重さを自分に合ったものにできるぞ」

「素材そのものは弄れないのか?」

「それも可能だぜ。たとえばうちは鉄と銅を金属製の矢として置いているけど、人によっては鉛のほうがいいってケースもあるし」

「じゃあ銀で」

「は?」

「純銀で」


 俺は至って真面目にそう提案したのだが、残念なことに店主は「頭大丈夫かこいつ」みたいな目で見てきた。


「別に銀でも作れるだろ? 金属なんだし」

「いやできなくはないが……コストって概念を知ってるか?」


 銀の価値を説かれる。


「言うまでもないとは思うけど矢は消耗品だぞ? 使うたびに耐久度は落ちていくし、毎回回収できるわけじゃない。ただでさえ割高な特注品だっていうのに……」

「別に高くていいから頼むよ。銀が地下層の連中に効くのは分かってるんだから」


 潤沢な資産をバックに意見をゴリ押しし、手始めに二百本ほど注文しておいた。


 製作費用が一本あたり210Gかかったが、まあその辺はご愛嬌。


 これまた明日の朝には出来上がっているというので、肋骨の弓を取りに行くついでに受け取りに来るとしよう。


「行こうぜ」


 待機させていたホクトに声をかけ、その足で近場の湿地帯へと出向いた。


 目当ての湿地には徒歩三十分で到着した。


 四方を柵で囲まれたそこは付近の探索スポットの中でも特に魔物のレベルが低く、駆け出し冒険者にとっての修行場という話だったが……。


「意外でありますな。強そうな方々もちらほらと見えるであります」


 吸収できるものがないかと他人の戦闘風景を遠巻きに眺めるホクトがつぶやいているとおり、湿地には到底初心者には見えない手練がゴロゴロいた。


 特に魔術師風の格好をした奴が多い。こんな不安定な足場で裾の長いローブなんか着ていて動きづらくないんだろうか。重装備のホクトはホクトで若干沈んでるけど。


 いぶかしむ俺の耳に、ふと、おしとやかな声が届く。


「ここでは質のいい魔石が採れるんですよ」


 振り向くとオレンジのローブに身を包み、頭にティアラを飾った女性がいた。


 黒いロングヘアーにキメの細かい雪めいた肌。


 おお……正統派の美人だ。


 が、その後ろには五人の野郎どもが控えていた。全員揃って俺に血眼の視線を送ってきているので、姫とそのナイトといった関係性があからさまに透けて見える。


 というか、剣を抜くな。こえーから。


「ごく稀に、ですけどね。だから私たちのような魔術師はよく訪れるんです」

「そうだったのか。ははあ、なるほどな」

「もちろん資金源として探す方もいますから、激しい競争にはなりますけどね」


 美人魔術師は子供のように舌をぺろっと出して笑った。


 親切な解説をしてくれるのはありがたいが、俺が彼女と一言会話を交わすたびにジャキジャキと殺気立った金属音が鳴り響くので、名残惜しくも退散。


 しかしこれだけ人がいるとなるとスキルを隠すのは困難だな。


 ルートを微妙に逸れ、人目につきづらい小規模な針葉樹林へと移動。


 弓の弦をピンピンと弾きながら得物を品定めする。


「ちょうどいい奴は……いてくれたか」


 枝に逆さまになって止まっているコウモリを発見。


 フィーの森で飽きるほど見てきた相手だ。攻撃しにくい割に落とす額がしょぼいという、かなり実益の薄い魔物ではあるが。


「あいつで練習してみるかな。攻めも守りも大したことないし」


 なにせ俺は弓に関してはまったくの初心者だ。なので最初に戦う敵は弱い魔物であればあるほどいい。安全第一。


「といっても金にはならないからな……はー、モチベが保てねぇ……」


 いまひとつ気が乗らないながらも、鉄の矢を弦にかけ、ギリリと引き絞る。


 狙いは当然枝にぶらさがって休んでいるコウモリだ。


 でたらめな構えで指を弦から離した刹那、矢がヒュンと風を切り裂いて放たれる。


 音の感じは悪くない。


 とはいえ、弓を使うのは初体験。一発目からそんなうまくいくなんてことは――。


「あっ」


 当たった。


 めちゃくちゃ呆気なく。


 俺の謙遜とは一体なんだったのか……いやいや、そうじゃなくてだな。


「弓ってこんな簡単に成功するようなもんなのか?」


 んなアホな。適当も適当だったのに。


 だが魔物が一発でくたばらないあたり、ダメージはさほどではなさそうだった。


 樫の弓はあくまでも平均的な代物。肋骨の弓が完成するまでの代替品に過ぎない。腕をカバーしてくれるだけの性能があるはずもなく。


「そりゃそうだよな、チッ」


 襲撃を知ったコウモリは傷に苦しみながらも飛行を開始。


 両手にタワーシールドを掲げたホクトが急いで前に出るが、空高くを飛ぶコウモリ相手にはブロックが成り立たない。


 まっすぐにこちらへと向かってくる!


「……だからなんだ感が凄いな」


 切羽詰まった「!」なんて記号はまったく必要なかった。


 あいつの攻撃力じゃフル装備の俺たちにロクにダメージを与えられないのは分かりきっているから、欠片も焦りが生まれてこない。


 落ち着いて二発目の矢を番える。


 またしても命中。その射撃によってコウモリは墜落し、1500Gだけを残して消えた。


「おお! 主殿、お見事であります!」


 喝采を送るホクトは心から嬉しそうにしていたが、当の俺はというと、このケチのつけようのない成果を額面どおりには受け取れない。


 あまりにも過不足なく出来すぎているせいで逆に疑わしい。


 もしかして俺、弓のセンスがあったのか?


「まさか。いやでも、結果が結果だからな……手こずりもしなかったし……」


 まあ待て。結論を出すにはまだ早い。もっと試行回数を増やしてみないとな。


 そう考えていると、おあつらえむきに。


「っ! 主殿、あちらを!」


 気配を察したホクトが指差した先にいたのは、二足歩行のトカゲ……と呼ぶには、いささか人間の形態に寄りすぎている。


 顔はトカゲそのものだし、だらりと長たらしく伸びた尻尾もあるし、体表も緑の鱗で防護され尽くしているが、全体的なシルエットは人型だ。


 あれか、リザードマンとかいうやつか。


 装備はなにもなく、ボクサーがヤケを起こしたみたいな奇妙なステップを踏んでいる。


「……あれって練習台にできるレベルの魔物なのか?」


 まあまあ強そうだが。


「お下がりください。あやつの進軍は自分が食い止めるであります」


 その間に援護を、とホクトは願い出てきた。


「機が熟した頃に、主殿の弓術をご披露いただければ」

「よし。やってみるか」


 断る理由はない。俺はホクトに前衛を任せ、チャンスをうかがうことに専念する。


 爬虫類の変異種が大股で接近してくる中。


「さあ、かかってくるであります!」


 ホクトは二枚の鋼鉄の盾を、ガチンとド派手に打ち鳴らした。


 けたたましく響き渡る衝突音に、魔物の注目は一気にホクトへと引き寄せられる。


 魔物は俊敏なフットワークで続けざまに殴りかかるが、その連打を受けようとも、重装備で統一されたホクトはびくともしない。太く、たくましい脚部でしっかりと地面を踏みしめている――ぬかるみをものともせずに。


「貴様の進むべき道を、開いてなるものか! でいやああっ!」


 気合一喝。ホクトは隙間なく繋ぎ合わせた盾で勢いよく敵を押し返す。


 ホクトの馬鹿力で思い切り弾き飛ばされたリザードマンは、水気を多量に含んだ泥に足をすくわれてスリップし、大きく体勢を崩しながら転倒。


 機を得た俺はそこに狙いを定める。


 闇雲に、ではない。俺がつけた照準はリザードマンの右目に固定されていた。


「本当に俺にセンスがあるんだったら……これも当たってくれよな!」


 果断して矢を放つ。貫通力に優れた黒曜石の矢を。


 鋭く尖った鏃は、鱗に覆われていない右の眼球をピンポイントで射抜いた。透明度の乏しい、下水道の澱みじみた黄褐色の血が噴き上がる。


 おびただしい流血も、無様な身悶えも、金切り声も……数秒の間に治まった。


 その一撃のみで息絶えてしまったのだから。


「おいおい……マジか、これ」


 やばい。


 俺、人生で初めて『才』ってやつを見つけてしまったのかも知れない。

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