俺、実行する
翌日。
結局あの後一睡もできなかった俺は、小鳥が笛によく似た声でやかましく鳴く朝早くから工芸品職人の作業場にまで足を運んでいた。
肩に魔物の肋骨を担いで。
「こいつで弓を作りたいだぁ?」
頭に布を巻いた職人のおっさんは、俺の申し出に顔の右半分をひん曲げた。
「そうだ。微妙にカーブしてるからちょうどいい形だろ」
肋骨特有のなだらかな曲線を手でなぞってみせる俺。
骨の素材は激しい接触が起こる武器には向かない、とはギルドで教わっていた。
ってことは接触さえ起きなければいいわけで、俺が考えついたのは弓にする案だった。
ここに来てついに遠距離武器の導入である。
「これだけの長さがあるんだから、足りなくはないだろ?」
「ふーむ、確かに骨はコンポジットボウの素材としてはそこそこメジャーだがなぁ。骨だけで作るとなりゃ強度やしなり、あと加工に難が出てくるぜ」
工房には多くの弓が並べられていたが、その多くが木で出来ている。いわゆる一本物となるとやはりというべきか木製が弓業界の王者なのだろう。
「まあでも、地下層のでけぇ奴の骨か。だったら耐久性は問題ねぇかな」
「おっ、それなら」
「待て待て。話はまだ終わっちゃいない。一番面倒なのは加工だよ」
おっさんはひとつ溜め息を吐いた。
「木のなにがいいってぶっちぎりで扱いやすいところだからな。削り出すにしても型をつけるにしても。ところが骨はそうはいかねぇ」
「む、じゃあ無理なのか?」
「いや無理ってわけじゃないけどな……あんたの言うように、この弧を描いた形状をうまいこと活かせりゃ短期間で製作できる。ただ技術がいるんだよ」
「俺はおっさんの腕を買って頼んでるんだぜ」
「適当なおだて方しやがって。はあ、まったく仕方ねぇ奴だ」
やれやれ、とおっさんは観念したようにつぶやく。
「分かったよ、突貫工事で明日の朝までには間に合わせてみせらぁ」
「そうこなくちゃな。感謝するよ」
俺は約束を取りつけることに成功し、ほっと一安心する。勝手を聞いてもらったんだし駄賃もいくらか弾んでおかないとな。
「どんなタイプの弓が希望だ?」
「あんまり詳しくないからな……そっちに任せるよ」
「なら長弓だな。デザインは?」
「かっこいい感じで」
「そいつは曖昧すぎるぜ。ま、美的感覚には自信があるから安心しな。この俺が作りゃあなんでも芸術品だ」
「けどゴテゴテしたのはやめてくれよ。邪魔になるようなのは困るぞ」
「任せとけって。俺のモットーは機能美の追求だからな」
スラスラと要望をメモに取っていくおっさん。
「ところで、この骨に宿ってる魔力の属性ってなんなんだ?」
「こいつの性質は火だ。骸のくせに情熱的だろ? といってもレアメタルほど派手な効果は見込めないから、あまり期待はすんなよ」
追加効果のほうはイマイチか。まあ地属性でないだけマシだな。
せっかくの新武器が、レイス相手には無力です、なんてことになったら虚しすぎる。
「朝一番に取りに来るよ」
そう言い置いて工房を後にする。
本日の予定はこれだけではない。次に向かったのは防具屋だ。
「主殿、お待ちしておりました!」
防具屋にはホクトを先回りさせていた。ミミとナツメには市場で食料品の買出しを命じているから、少なくとも昼まではこの二人での行動になる。
「……して、主殿」
「なんだ?」
「一体なにを購入なさるのでありますか?」
「ああ、それか」
不思議がるのも無理はない。昨晩ホクトには「防具屋で買い物をする」としか話していないから、まだピンときておらず怪訝そうな表情を作っている。
「まあ見てなって。おーい、ちょっといいか?」
前後にギコギコと揺れるチェアに腰かけていた店主のおっさんを呼ぶ。
「いらっしゃいませ。どのようなご用件ですか」
「盾を買いたいんだ」
店内をざっと見渡しながら俺は目的を明かす。
品揃えはまずまずといったところか。在庫は豊富である。ただ価格帯を見た限り、レア素材で作られた装備は売られていなさそうなので残念だが。
「ほう、盾ですか。盾、と一口に言っても多数の種類がありますが……お客さんみたいな軽戦士におすすめなのは手甲やバックラーですね」
「俺じゃなくて、こっちな」
後ろで直立不動の姿勢を貫いているホクトを店主に紹介する。
俺よりも遥かに筋肉質な体格をしたホクトを眺めて、店主は「なるほど、これは盾を持つにふさわしい」と納得して手を打った。
なんか一人の男として悔しくなってくるが、まあそれはいいとしてだ。
「だから軽いのじゃなくて頑丈なのがいいんだよ」
「頑丈……といいますと、そうですね、主なものにはラウンドシールド、カイトシールド、グレートシールド、タワーシールドとありますが」
「どれが一番丈夫なんだ?」
「それはもうダントツでタワーシールドですね。その分重量も凄まじいですけど、守りを固めるのが目的でしたらこれ一択といっていいです」
店主は盾類が立てかけられたスペースにまで俺たちを案内する。
そこに鎮座していたタワーシールドは、ナツメの全身くらいは楽々裏に匿えてしまえそうなサイズを誇っていた。光沢は一切なく、無骨な外観をしている。
「木材と金属を張り合わせた合板ですと、耐久力は若干劣りますが比較的軽いですよ。全面金属のものはひたすらに重いのであまりオススメはしませんが……」
「大丈夫だ。ホクトは力だけは並大抵じゃないからな」
俺は即断でフルメタルの盾に決めた。
欲を言えば素材にもこだわりたいところではあったが……ないものねだりをしても仕方がない。現状は鋼鉄製のこれで妥協しておくか。
「その盾を買っていこう」
「お買い上げ誠にありがとうございます。こちらには二万1000Gの値をつけさせていただいていますが、よろしいでしょうか?」
「よし。じゃあそれを二個頼む」
「は?」
当然のように二本の指を立てる俺に、店主は「なにを言い出すんだこいつは」みたいな呆気に取られた顔をした。
「なんかおかしいか? ダブルで装備させるつもりなんだが」
「いえ、装備できはしますけど……両手がふさがってしまいますよ?」
「でも二個あれば効果も倍だろ?」
単純な計算だ。
最近分数の掛け算割り算が怪しくなってきた俺でも分かるような。
で。
二つ売ってくれ、というのは想定外の要求だったようだが、商人であるおっさんとしても断る理由がない。盾の売買はそれ以上滞ることなく済まされた。
「それではこちらをお渡します。運搬はご慎重に」
出口前で引き渡しが行われたのだが。
「うおっ、お、重いな……ホクト、運んでくれるか?」
潰されるかと思った。
片方だけでも十キロ超はある。それをまとめて悠々持ち上げてみせるホクト。
「おお、さすがだな。要塞みたいだ」
「し、しかし、主殿!」
ホクトは盾を両手に勇ましく構えながらも、顔には戸惑いの色を浮かべていた。
「店主の方が話したように、これでは防御一辺倒であります! 武器もなしに主殿の支えになれるとは……」
「剣なんか使えなくたっていいじゃねぇか。お前の武器はお前自身なんだから」
技術どうこうじゃない。俺はそう続けた。
「荷馬車を引いたり、俺を背負って走ったり、アイテムを運んだり……全部ホクトにしかできないことだろ。俺に同じことができるか? ミミは? ナツメは? 言うまでもないけど全員無理だぜ。お前と違ってパワーがないからさ」
女の子だらけの登場人物の中に約一名ほど成人男性が混じっていることに気づいてはいけない。
「俺はその長所を活かしてやりたいんだよ。他の奴にできない役割で、な」
「それが盾……でありますか?」
「ああ。こんな馬鹿でかい盾を二個も持てるのなんて、俺たちの中じゃお前だけだ。それが最大の武器なんだよ。最前線に立って俺を守る盾になってくれよな」
しばらく俺は後ろにいさせてもらうぜ、と軽口を添えてホクトの肩を叩く。
重量級の防具を装備できるホクトを前に出す……というのは、宝石採掘場でゴーレムを相手にしていた頃から考えてはいた。
これまではきっかけがなく試せずじまいだったけれど、今は新加入の戦闘要員としてナツメもいる。遠距離から攻撃できる手段として弓の製作にも入っている。
そしてなにより、ホクト自身が奮闘を望んでいる。
今が実践してみるのに最適な時期なのかも知れない。
「主殿……」
しばらくの間唇を真一文字に結んでいたホクトは、やがて二枚の盾を片手に抱え、空いた側の手で頬をパシンと打ってから俺にこう話しかけてきた。
「……ありがとうございます。胸のつっかえが取れたような気分であります」
「そうか。だったらここに来た甲斐があったよ」
「主殿から任された大役、全力で務め上げさせていただく所存であります!」
張り切るホクトだったが、決意を述べ終えると急にもじもじとし始める。
その理由は女心に疎い俺でもなんとなく分かった。
「ですが、ええと、その、昨夜のことはミミ殿とナツメ殿には内緒にしておいてほしいであります。……特にミミ殿には」
「分かってるっての」
そう答えると、ホクトはやっと重くのしかかっていた肩の荷が下りたのか、珍しく優しい女性的な笑みを見せてくれた。
が、これでオール解決とはいかないのが世が不条理である所以。
この期に及ぶまで弓の導入を渋っていた最大の理由――『自主トレ』という名の苦行が待っているんだからな、俺には。