99.正面突破
「待て待て待てェェ!」
街壁の階段を駆け下りて、さっきから一人で喚いている弓兵の隊長がやってきた。
後から血相を変えた部下も付いて降りてくる。
「なんだ、うるせえな」
「この東門を守る、ガルザ様の許可無く入るんじゃねえよ。うああっ、大門がなんで開いちゃってんだよ。お前ら何やってんだぁぁ!」
ぶった斬って入ってきた俺ではなく、門の中を守っていた犬耳の盗賊達を叱りつけるガルザとかいう隊長。
部下もいい迷惑だな。
「ガルザ様、どうやら閂が、その人族のバカでかい刀で斬れられたみたいで」
「はぁ、バカいってんじゃねえぞ! 鋼鉄製のぶっとい閂で補強してるんだ。斬れるわけねえだろ。このデカイ扉だって街に攻め入る時、俺達が十人がかりで押してようやく開いたんじゃねえか。こいつ……剣士の格好をしてるが、もしかして強力な魔術師か。どんな魔法を使いやがった?」
普通に、刀で閂を斬って、扉を蹴り開けただけなのだが。
四メートルも高さのある分厚い大門を、俺が力ずくで開けたということを認めないらしかった。
うるさそうな連中だが、すぐに攻撃する気がないなら一応尋ねてみるか。
どうせ戦闘にはなりそうだと覚悟しているが、こいつらが何か知っている可能性もある。
「おい、ガルザとやら。お前、死者の蘇生について何か知らないか?」
「何を言ってるんだ、死んだ人間が生き返るわけないだろ。それより、どうやって門を開けたのか、答えやがれってんだ人族野郎!」
どうやら本当に知らないようだ。
盗賊団だから、もしかしたら蘇生アイテムを手に入れているかとも期待したが、そうは簡単にはいかないよな。
「知りたいなら教えてやるよ。扉は見ての通り、刀で閂を斬ってあとは蹴り開けただけだ。お前の部下が、そう言ってただろ」
「普通の人間に、そんな真似できるわけねぇだろ!」
まあ、普通の人間にはできないだろうな。
「俺は、ジェノサイド・リアリティーで最終到達者まで行ったから、この程度は軽いんだよ」
「ふっ、ふざけるな。どっから来たか知らんが、弱い人族がマスターランクなんてありえねぇ。言うんことかいて、最終到達者……やはり気狂いか」
どうやら、こいつは俺のことをどうしてもキチガイ扱いしたいらしい。
自分の想定外のものを目にすると、こういう反応をする奴っているものだ。まあ、どっちでもいいな。
「蘇生手段について知らないなら、お前に用はないからどっかにいけよ」
「ふ、ふざけるな! このガルザ様の許しなく、東門を通すわけにはいかねえって言ってんだろ」
ガルザとかいう犬頭は、俺に向かって勢い良く強弓を引いて放った。
ヒュッと頭に向かって飛んでくる矢。
ほぼノーモーションで射撃した上に、狙いは正確。
間抜けに見えた犬人も、さすがに隊長クラスをやっているだけのことはあるか。
だが、狙いが正確ならそれだけに読みやすい。
飛んでくる矢を俺は悠然と手で掴んで、投げ返してやった。
「ほら矢を返してやるよ。人族程度を殺すには、矢がもったいないんじゃなかったのか?」
「クソッ! なんて奴……。おい野郎ども、何をのんびりつったってんだ! こいつを撃て! 全員で撃ち殺すんだよ!」
ふん、結局は戦闘になるか。
しょうがない。盗賊とまともに話し合えるとはこっちも思っていない。殺してもいい連中だろうしな。
ガルザとかいう指揮官の掛け声とともに、目の前にずらりと並んだ弓兵が俺に矢を放った。
一斉射撃、無数の矢が正面から飛んでくる。
いや、目の前だけではなく囲まれているので、三方から降り注ぐ。
東門の中は、警備が厳重だったらしく意外に弓兵の数が多かった。
騒ぎを聞きつけた増援の盗賊どもも含めて、だいたい五十人ってところかな。
ウォーミングアップにはちょうどいい相手だろう。
一気に五十本の矢が前と側面から飛んでくる。
これはもう弾幕、面の攻撃だ。
いちいち見て避けていたらとてもじゃないが、かわしきれない。
スローの魔法を使うべきだが、ここはあえて使わない。
この程度の矢衾、実力だけでかわしきれないと大規模戦闘じゃやっていけないだろうからな。
静かに平静を保ったままの俺は、孤絶を握りしめて、集中して直感を研ぎ澄ます。
かの剣豪宮本武蔵いわく、物を見る方法には二種類ある。
「見」と「観」。
飛来する矢を一本一本「見」るのではなく、周辺視野を使って三方全ての矢衾を面として「観」る。
そうして飛んでくる無数の矢に向かって、俺はすっと刀を振った。
青白い軌跡を描く剣風が、隙間のない矢衾のなかに俺が通れる道を作る。
俺はただその道をゆっくりと前に進むだけだ。
「バカな! なぜ、一発も矢が当たらないんだぁぁ! もっと撃て! 撃ちまくれ!」
長大な刀。孤絶を握りしめて近づいてくる俺に、焦るガルザとかいう隊長の声。
何度弓兵が矢をつがえて撃とうとも無駄だ。普通にかわすし、かわしきれないならその度に俺は剣を振るうだけで済む。
自分の通るべきラインは、すでに観えている。
まず殺すべきは指揮官だ。俺の意識のなかでは、すでにガルザとかいう隊長の首は飛んでいる。
そして、俺が思い描いたイメージのままに――
「バカな。やめろぉ、バケモノ! ちっ、近づくなぁぁ、お前ら俺をまも、いぎゃあァァ!」
――ガルザの首は、剣先であっけなく斬り飛ばされる。
「他愛もない雑魚だな。犬人ってのは、みんなこの程度なのか?」
胴体だけになった身体から血柱を噴き上げて倒れこむ隊長を見て、盗賊どもは悲鳴をあげて、弓を手から取り落として逃げていく。
「うぁ、こいつ人間じゃねえぞっ!」「ヒィ、バケモノだぁ!」
隊長がやられたことで、弓兵達は一気に統制を失った。
一部は逃げ、一部はまだ弓を構えて立ち向かおうとするが、もう俺の動きを押し留めることすらできない。
弓という武器は、集団で面の攻撃をするから効果があるのだ。
単体でバラバラに撃ったところで、動く的にそうそう当たるものではない。
「俺は人間だぞ、失礼な連中だな」
「ヤッ、ヤベデェ!」
まだ抵抗してくる犬人盗賊どもから先に、一刀の下にたたっ斬る。
真っ二つに斬り裂かれた犬人盗賊どもの激しい血しぶきが、辺りを汚した。
戦闘になってしまった以上、どっちかが降参するまで戦うことになる。
ここで少し、敵の数を減らしておこう。
俺は無造作に孤絶の長い刃を振り回して、当たるを幸いに弓兵どもをぶった斬っていく。
抵抗してくる奴が終わったら、今度は逃げ出した犬人盗賊を追いかけて斬り飛ばす。
「アーッ!」
「たすっ、たすけぇゲェェ!」
いちいちうるさい。バラバラに逃げまわるんじゃねえよ駄犬ども。
犬なら最後まで飼い主のために戦え、殺しにくい。
だいたい相手に矢を射かけておいて、助けてもないだろう。
大人しく通してくれるなら戦うつもりもなかったのに。
殺されたくなければ、俺に弓を向けてこなければよかったのだ。
ちゃんと俺のランクが、最終到達者だって警告してやったのに信じなかったのも悪い。
ダンジョンの中も外も変わらない。
力の差というものが分からない奴は、長生きできない世界だ。
「たっ、助けて!」
「おっと済まない、お前らは違うんだな」
逃げた奴を路地裏まで追っていくと、水瓶を取り落として割った女が居たが、犬人盗賊ではない。
静かだと思ったが、盗賊に支配された街にも当然ながら住んでいる民はいるか。
犬耳の盗賊どもは、いかにもならず者風の武装しているので、見分けはつく。
間違って街の住人を殺さないようにしないと。
別に巻き添えになっても俺はどうってことないんだが、攻め掛かってこないものを殺すのは寝覚めが悪い。
住民を巻き添えにしないように、ヤクザを殺すゲームみたいなもんだな。
「人族の剣士、調子に乗るなよ!」
「ほぉ、まだやる気がある奴がいたか」
犬人が三人、路地裏で態勢を立て直してきた。
殊勝にも、勇敢に剣を抜いて攻め掛かってくる盗賊どもがまだ三人もいたとは、すこしは骨がありそう……。
「おのれぇ!」
「手が震えているぞ」
ショートソードを向ける構えが全然ダメだ。
やっぱり盗賊って正面から戦うのに慣れてないんだな。
斬り掛かってくるショートソードを軽くよけて、孤絶を無造作に振るう。
俺の孤絶とは、リーチも斬れ味も違うわけだが、それ以前の問題だな。
残念だが、こいつら雑魚が何人居ても敵にはならない。
「がぁ、げはぁ!」
「おっとスマン。苦しめた」
だが俺もまだ実戦では未熟か。
一気に三人斬り飛ばして殺そうとしたが、刀の刃先が届かずに一人中途半端に生かしてしまったようだ。
さっと、もう一度斬り上げて吹き飛ばす。
犬人の死体は灰色の壁に叩きつけられて、真っ赤な花を咲かせた。
「邪魔をした」
土瓶を取り落として割ったまま、唖然と路地裏に座り込んでいる市民に謝って、俺は街の大通りに戻る。
しかし、そこにはもう東門を守る盗賊はいなかった。
五十人もいた弓兵隊は全滅して、残存は街の中央部へと逃げていったわけだ。
衆の力を持ってしてもこの程度。
手応えがなくてつまらんが、弱いのはしょうがないか。
正規の戦闘訓練を受けた兵士ではなく、盗賊団というから元から期待などしてなかった。
一部を逃してしまったのは残念だったが、どうせまた攻め掛かってくるだろう。
長期戦になってはウザいので、次はもっと虱潰しに殺るべきだな。
取り逃がしても、この狭い街の中だ。
もう盗賊どもに逃げられる場所などない。
「おそらく、盗賊の本体を連れてきてくれるだろうが、どれほど出来る奴がいるものかな」
ダンジョンの外の敵がどれぐらいのものか確かめてみたい気もあったのだが。
立ち合ってみた感想としては、犬人盗賊団は下級モンスターの群れ以下だった。
こんな盗賊に街を奪われてしまう領主の軍とやらも、大したことはないかもしれない。
もう少し手応えがある奴がいるといいんだが。
そう思った時、俺の後ろから鬨の声が上がった。
アリアドネと十数人の戦士達だ。
アリアドネは、ボーダーのように見所のある農奴にきちんと武装させて戦士に仕立てたてて慌てて入ってきたらしい。
「見たか、我らが人族の王者、真城ワタル様のお力を!」
なんかアリアドネが、そんなことを言って人族のにわか戦士達を焚き付けている。
「王様、めっちゃつぇぇ!」
「すごい。勝てる、これは勝てるぞ!」
アリアドネについて付いてきているのは、比較的若い連中が多い。
若くて血気盛んで体力もあるだろうから、やる気もあるのか。
そう思ったら、その後ろからたくさんの農奴達がぞろぞろとたくさんついてきた。
こいつらは武具が足りなかったのか、ボロ布をまとったままで手に先が尖ったピッチフォークを持っている。
老人や女子供まで含めて、百……いや、二百人以上いる。
おい、こんな連中が何しにきた。
「おい、こいつらの弓を使おうぜ」
「飛び道具があれば、ワシらだってやれる……」
犬人の弓隊が落としていった武器を拾い、死んだ死体から硬皮鎧を剥ぎとって身に着けている。
年老いた農奴が、目を輝かせてやれると叫んでいた。
年寄りだけじゃない、ボロ布を引きずって女子供まで石を握りしめて寄り集まって進んでいる。
怯えるだけで何もできなかった農奴達がこんなにやってきたのは、アリアドネの扇動が思わぬ功を奏したとは言えるが。
こいつらは危うい。
雰囲気に酔っているだけだ。
このまま乞食軍が進んでも、武装した盗賊団に簡単に殺られるだけだぞ。
アリアドネは何を考えてるんだ。
「チッ……」
こいつらが死んでも、俺には関係ない。
関係ないが、そもそもなんでこいつらは来たんだ。
熊人の支配に抵抗するという農奴反乱ならまだ分かるが、こいつら農奴までが犬人盗賊団と戦う義理はないはずだろう。
邪魔なだけだから、弱い奴まで戦場にしゃしゃり出てくるんじゃねえよ。
「やるぞ、王様に味方してタランタンをワシらの街にするんだ!」
「うおおおおっ!」
武器を拾った農奴達が盛り上がってきているせいで、街の外で思案していた連中もどんどん入って集まってきている。
その集団は三百人を数えた。
街を落とすとか、どうせアリアドネが、妙なことを吹き込んだんだろう。
だが、戦も知らない連中を立ち上がらせても、犠牲が増えるだけではないか。
「おい、アリアドネ」
「ご主人様、ごらんください。これで街を盗賊団から奪取する兵は揃いました」
「いや、俺は特に街を取るまでのつもりは……」
そこに装備を固めた七海達もやってくる。
「真城ワタルくん、ここはやるしかないよ」
「マジかよ。七海達まで、なんでそんなに好戦的になってるんだ」
俺はともかく、お前達は人型を殺すには抵抗があるんじゃないかなと思ったが。
ゾンビとの戦いで、そうでもなくなってきてるのか。
「この戦の火蓋を切ったのは、真城ワタルくんじゃないか」
「それはそうだが」
俺は、埒が明かないから街に強行突破するつもりだっただけで、軍を率いて戦争やるつもりは毛頭ないんだが。
「犬人の盗賊は、街の人だけじゃなくて農民達も虐殺したんだ。僕は先に来ているから、犬人の盗賊がどれほどの横暴をやったか見てきている」
「温厚な七海が、そう決心するほどなのか?」
「僕だけじゃない。ここは、やるしかないってみんな思っているよ。だからみんなアリアドネさんの言葉に立ち上がったんだろう。及ばずながら、僕達も真城ワタルくんに協力して戦わせてもらう」
「いや、だからさ……」
なんで俺が、戦争の主導者みたいになってんだよ。
俺はただ街に入るのに邪魔な盗賊団を潰そうと思っただけで、人族農奴もどうでもいいし、こんな街は別に欲しくないんだが。
「ご主人様、ご下命を!」
「旦那様、ワタシもやるデスよ!」
アリアドネだけじゃなくて、ウッサーまでやる気にあってるのか。
しょうがない。
「お前らよく聞け! 俺は、街を使えるように盗賊の頭を探してぶっ潰すだけだから。お前らは、俺の戦闘の邪魔にならないようにしろよ」
「お前ら、ご主人様のご命令はわかったな!」
エクスカリバーを抜き放って、気合が入りまくっているアリアドネがそう声高に叫ぶと。
寄り集まって農奴軍と化した集団が「盗賊の頭を潰して、街を取り返す!」と口々に叫んだ。
こいつら、完全に戦争する気になってやがる。
だがどちらにしろ戦うしかないのは確かだ。俺も流れに乗ってみることにした。
このままじゃ街で情報収集もできないし、俺が速攻で行って盗賊の頭を潰せばいいだけだ。
そうすれば、この騒ぎも終わるだろう。
次回更新予定、2/7(日)です。