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ジェノサイド・リアリティー  作者: 風来山
第二部 『コンティニュー・ムンドゥス』
97/223

97.難民キャンプ

 俺達が飛んだ先は、タランタンの街の外壁が見える道の上だった。

 道といっても、アスファルト舗装がされているわけではない。


 砂利が敷いてあってぬかるまないようにされてるだけ上出来なのだろう。

 ジェノサイド・リアリティーの中世風とはいえ、現代的な舗装の道を見ているのでどうもみすぼらしく感じる。


「まっ、一発で飛べたな」

「やっぱり、旦那様だと一発で転移できるんデスね。ワタシだと、五回ぐらいマナ回復の休憩しながらの移動になったデス」


 チラッと、アリアドネの顔を窺うと、何か自慢気だった。

 碧い瞳がキラリと輝いて、「やっぱり私の申した通りでしたね」と言っているように思えた。


 そのとおりではあるが、なんでお前が一番ドヤ顔だよ。

 街の中は、ルードック族とかいう灰色の毛がフサフサしてる犬人の盗賊団が占拠して入れないということだった。


 しかし、どうも街の外にもテントがたくさんあって賑やかな感じがする。そこらで焚き火の煙が上がり、煮炊きしている人間もいる。

 街の外だに、なんでこんなに人がたくさんいるんだろう。


「真城ワタルくん! 来てくれたのか!」


 そこに、俺達を見かけて七海達の集団パーティーが手を振りながらやってきた。


「七海、街に入れないって話だったな。俺が早速門番をぶっ飛ばしてやるから街に突入しよう。相手は盗賊なんだから、構うことはないだろ?」

「まっ、待ってくれ! その前に助けて欲しいことがあるんだ」


「なんだ、さっさと言ってくれ」

「実は……ゾンビが出て近隣の村が崩壊状態にあるのは、真城ワタルくんも知っているよね?」


「もしかして……あー七海は、また人助けをやってんのか」

「怪我をしている人も多いんだ。街に人族は入れてもらえないし、みんなここで立ち往生している。ゾンビや野良モンスターなんかは、僕達が片付けてるんだけど。それだけにマナが足りない。怪我人の数が多すぎて、僕達の力では回復し切れないないんだよ」


 情報収集をしていたはずが、七海は避難してきた人族の貧しい農民達を助けているらしい。

 農民を助けるとか、そんなの街の領主の仕事だろうと思うが、盗賊団にやられて逃げ出してたんだったか。


「まったく、相変わらずのお人好しめ。自分で生きられない奴らなんか放っとけばいいのに……」

「ご主人様。卑しき端女めが、差し出がましい口を利くのをどうぞお許し下さい」


 アリアドネが、さっと跪くと俺と七海の会話に口を挟んできた。

 いちいち発言の度に跪かなくていいって、コイツは何度言ったら分かるんだろうか。


「前置きはいい、なんだ?」

「ここにいる人族の農奴は、助けておけばおんために使えると愚考いたします」


「自分の身も自分で守れない奴らが、何の役に立つ?」

「農具のピッチフォークでも持たせて立ち上がらせれば、人族の農奴とて雑兵にはなるでしょう。久美子殿が集めた武具も余っておりますから、めぼしいものにはそれを与えてもいい。ご主人様のことですから、街を占拠した盗賊団を討つおつもりでしょう。ならば、手勢に使える農奴は飼い慣らしておくべきです」


 街の外でうずくまっている痩せっぽちの難民どもを見ていると、そんな役に立つとはとても思えないんだけど。

 結局のところ優しいアリアドネは、俺に見捨てて欲しくないのだろう。


 決めるのは俺だ。みんなに食い入るように見つめられては、断ることもできない。

 しゃーなしか。


「七海、俺は何をやればいいんだ?」

「回復ポーションを作って欲しい。僕達ではとてもマナが賄いきれないんだよ。あと、水と食料も欲しい……ああっ、ありがとうこれで助けられる」


 俺は、無限収納のリュックサックから水と食料をドカドカと掻きだす。

 どうせ水はただ汲んできただけのものだし、食い切れないほどの大量の食料は和葉が作ったものだ。礼など言われる義理はない。


「食料はかなり持ってきたが、水は少ないぞ」

「近くに川があるんだよ。そのままというわけにはいかないけど煮沸消毒させて、公平に配っているから水は大丈夫。食料がこんなにあるのは助かるよ。着の身着のままで逃げてきてるから、飢えている人が多いんだ」


 情報収集だけのつもりが、いつの間にか七海修一は、街の外にできた難民キャンプのリーダーのようになってしまっているらしい。

 どこにいても、弱い連中に祭り上げられる奴だと苦笑してしまう。


「あとは、ポーションか。農民は、どうせヘルスが少ないだろうから、上級ハイで十分だろ。上級ハイ ヘルス(リス)……」


 俺は空ポーションを、高速詠唱で青色のヘルスポーションへと変えていく。

 無駄になるかもと思いつつ、爆弾ポーションを作成することもあるかと大量に買い込んだ空ポーションが、こんな風に役に立つとは皮肉なもんだ。


「ありがとう。さすが真城くんだ。さっそく怪我人に配ってくるよ!」

「もう空ポーションはないから、足りなくなったら再利用できるから空をまた持ってきてくれ。俺のマナは、まだ残っている」


 おそらく百個以上作ったはずだ。

 まだ、マナが足りてるというのは俺も自分の成長が実感できてよかった。


 ジェノサイド・リアリティーの街の外では手に入りにくいから、空ポーションはもっと買っておくべきだった。

 大した重量ではないので、次は気をつけることにしよう。


「あの、真城くん……」

「どうした七海。まだ何かあるのか?」


「和葉は一緒じゃないんだなと思って」

「本人が残ると言ってな。『アリアドネの毛糸』の数も足りないし、こっちにいるよりダンジョンの中にいるほうが安全だから心配しなくていい」


「そうか、そうだね……」

「俺はこのあたりをちょっと散策してくる」


 肩を落とした七海を見ていられなくて、俺は散歩に出てみることにした。

 七海の周りには今だってそこそこ可愛らしい女子が、常に甲斐甲斐しく世話を焼いて回ってるんだから、和葉にこだわらずそっちで満足すればいいのに。


 幼馴染ってのはそんなに大事なもんなのかなと思うけど、それは七海が決めることだから俺が言うべきじゃないな。

 そんなことを考えながらそぞろ歩く。


 ついでだ。

 タランタンの街の外を調べるため、ぐるりと偵察してみよう。


 どこの門の前にも、人族の農奴達が寄り集まっている難民キャンプがあった。街の外のだけでも、何百人いるのか分からない。

 ダンジョンの外の様子を初めて見るが、本当に外には世界があって人が息づいているのだと実感する。


 あの閉ざされた門の向こう側には、どれほどの人間が住んでいるのか。

 街を支配している、犬人の盗賊団って敵もいるわけか。腕が鳴る。


 俺は、どこから街を攻めるかと考える。

 街は正方形で、広さはせいぜい一キロってほど。


 四方の門はどこも閉じられて、盗賊団の見張りが石造りの外壁の上を闊歩している。

 三メートルほどの大門の上には、立て掛け式の大きな木の盾が並べられて、その隙間からも、弓兵が数人チラチラとこっちを監視している。


 装備は、硬革鎧。弓は木製だが、鏃には鉄が使われている。

 雑兵程度の力はあるだろう。街に近寄るものは、みんな威嚇して追い返している。


 クーデターを起こした直後で、領主である熊人達の兵士が戻ってくるのを警戒しているようだ。

 それだけに、盗賊団と戦わずに通れる隙はありそうにない。いざとなれば、強行突破かな。


 一方で門の外の難民キャンプでは、ゾンビに襲われたという村々から逃げてきた農民達が、着の身着のままという格好で焚き火を囲んで寄り添い合っている。

 歩いて行くと、やけに人気がない場所があるなと不思議に思ったが……。


「こっちは、死体安置所か」


 死体を埋葬することも出来ないのだろう。

 安置といえば聞こえはいいが、土の上に死体がたくさん転がしてあるだけだ。人の死体などもう見慣れたが、暗い気持ちにはなる。


 ゾンビに襲われたのか野犬にでも喰われたのか、身体の一部が損壊している死体も多い。

 外の世界にもモンスターも出ると言ってたな。一体どんなのが……。


「ゴフッ!」


 完全に死んでいると思っていた一人が、足元でいきなり咳き込んだので少し驚いた。

 もちろん俺は、いきなり駆け寄って起こしたりしない。


 息を吹き返した可能性もあるが、死体がゾンビ化したのかもしれない。むしろ、その可能性のほうが高い。

 ゾンビが出ている現状で、死体は焼却処分しておくべきだろうと思うが、そんな余裕もないんだろうな。


「おい……生きてるか?」


 ソンビなら、ゾンビで構わない。一度、実物を見ておきたいなと思ったところだ。

 俺は咳き込んだ子供に軽く蹴りをいれるが、反応はない。


 小さく痩せ細った身体。せいぜい十二、三歳の子供か。ところどころ継ぎ接ぎだらけの貫頭衣を着ている。

 身体に無数の裂傷を負って血だらけになっているのと、全体的に薄汚れているので性別もよく分からんが、よく見ると可愛らしい顔立ちをしている。


 おそらく少女、これで少年だったら瀬木の仲間だな。

 そう言えば、この子は髪が少し青みがかって見える……顔は全く似てないのに、瀬木を思い出してしまった。


 このままだと、仮に生きていたとしてもすぐ死んでしまうだろう。

 捨て置くわけにもいかない。


「……しゃあねえな」


 万が一ってこともあるので、俺は自分用の最上級ハイエンドヘルスポーションを飲ませてみた。

 自力で飲むということも出来そうにないので、抱え込んで強引にポーションを口に突っ込んで嚥下させる。


 少々乱暴だが、どうせ何もしなければ死ぬのだ。


「ゲハッ、ゴフッ!」

「おっ、生き返ったのか」


 切り裂かれた傷が治っていく。これでやっぱりゾンビだったら笑うけどな。

 俺の経験でいえば、ゾンビってのはヘルスポーションで傷が治ったりしないものだ。


「あっ、ああ……」


 弱々しい、かすれた声。

 傷は治ったはずだが、「喉でも乾いているのか?」と聞いて、水の入った皮袋を渡してやる。


「あっ、お水……ケホ、ケホッ!」

「慌てて飲むなよ」


 少女は、皮袋に小さな頭を突っ込むようにして、ガブガブと飲んでいた。

 さっきまで死んでいたとは思えない勢いだ。ついでに、グーと腹を鳴らす。


「腹も減ってるのか、しょうがねえな。食えたら食ってみろよ」


 俺はリュックサックから、和葉が作ってくれたサンドイッチを取り出した。

 柔らかいパンに、脂の滴るようなドラゴンステーキが挟んである極上の逸品である。


 厚切りのトマトやフレッシュレタスも挟んである。

 消化はともかく、栄養バランスは取れている。


「美味し、美味しい……」

「じゃあ、これも食え」


 消化が良さそうだから、こっちを先に食べさせればよかったな。

 パンに甘いクリームと木苺が挟んである、フルーツサンドである。


「あまっ、甘い……」

「これで一食分だぞ、満足したか?」


 してない顔だなこれは。

 消化に悪そうだからどうかと思っていたが、ドラゴンステーキの炙り肉もたくさん出してやった。


「ううっ、美味い!」


 ガツガツと小気味良い食いっぷりである。

 よっぽど腹が減っていたのだろう。


 子供が一心不乱に食っている満ち足りた表情というのは、見ていて悪い気分のするものではない。

 この俺ですら、思わず笑いを誘われてしまう。


 七海が助けたくなる気持ちも分らなくもない。

 食料なんかはどうせ、ダンジョンの街に戻ればいくらでも補充が利くものだ。


 行きずりの農民の子どもに分けてやるぐらいは、構わないだろう。

 俺は、小分けできるズタ袋に水と食料を多めに置いていってやる。


 あとはあんまり酷い格好だから、服ぐらいは恵んでやるか。

 サイズが合わないが、伸縮性のある下着とローブならいいか。


 男物で悪いが、ボロ布よりはマシだ。


「これだけあれば、しばらく食いつなげるだろう。せっかく助かった命だから、無駄にしないようにしろよ。じゃあな」

「あ、ああ……」


「なんだ、まだなんかあるのか」

「……ありがとう」


「ふん」


 ガキのくせに礼が言えるとは感心だなと思った。

 俺がこれぐらいの歳なら、知らない人に施しを受けても、絶対に礼は言わなかっただろう。


 つい金も恵んでやりたくなったが、やめておく。

 食い物だけなら、悪い奴に出逢っても奪われるだけで済むが、ガキが金貨なんか持ってたらそれが原因で殺されかねない。


 盗賊団が街を占拠している、弱肉強食の世界ムンドゥスなのだ。下手な善意が人を殺すかもしれない。

 そこら辺の用心は、してもしきれないであろう。


 そもそも、俺が行きずりの子供の身まで守ってやる義理はないんだ。

 ならば渡すべきは武器かもしれないが、子供が剣を持っても命を縮めるだけかもしれないと思えばそれもできない。


 難民キャンプに戻り、同じように貧しそうな農民達に別け隔てなく食料と水を配って、怪我人を治療している七海達をみて。

 俺は、あんなふうに優しい人間にはなれないなと思った。

次回更新予定、1/24(日)です。

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