96.出立の朝
「久しぶりの街だな」
陽の光は、『庭園』でも浴びられるので目が眩むということはないが、やはりダンジョンから出てきたのだなって気にさせられる。
「足元がふわふわするわね」
「なんだか、外のほうが慣れない感じになってしまいましたね」
久美子と、アリアドネがそんな感想を述べる。
ちなみに和葉は、『庭園』に居残っている。
俺は、一緒に付いてくるかと尋ねたのだが、「畑の面倒も見なければならないし、留守を守ってます」と言われてしまった。
これから、タランタンの街からこっちに戻ってくるはずのウッサーと合流してタランタンの街まで向かう予定だ。
きっと、和葉は七海に会いたくないのだなと思う。
作ってもらった食料は、たっぷりと無限収納のリュックサックにしまってあるし、和葉が付いてこなくても問題はないのだが。
「やはり、少し寂しいな」
そう思ってしまう。
「そうですねご主人様。この街は、人気がないから不気味ですからね」
俺の独り言を、街の静けさと解釈したらしいアリアドネがそう返してくる。
「街が無人なのも困るから、そのために黛京華を見張りに置いたはずだけど……あっ、きたきた」
意外にも、京華はダンジョンの出口から出てきた俺達にすぐ気が付いて駆けてきた。
意外と言ったのは、思ったよりもちゃんと見張りの役割を果たしているからだ。たまたまかも知れないが、おそらく見晴らしの利く位置に居たのだろう。
「真城く~ん、久しぶり!」
「おう、久しぶりだな黛。ちゃんと俺達に気づくとは感心だ」
「うん、よく考えるとやることないんだよね……。食っちゃ寝も飽きちゃって、公会堂の上にある展望台から、誰か来ないかな~と見てるのが習慣になっちゃった」
「そうか。どちらにしろ見回りの仕事をちゃんとしてたなら報酬は払うぞ。ちょっと重いが持てるか?」
溜まった金貨と宝石をゴッチャリとやる。
マナポーションとしても使える希少石はともかく、金貨や宝石なんかは必要以上にあっても使い道がない。
知らない奴がジェノサイド・リアリティーを出入りする可能性が残る以上、念のためということはあるのだ。
京華が気張って見張りしてくれるなら助かる。俺は、京華の好感度を一ポイント上げた。まあ、マイナス千ポイントがマイナス九百九十九ポイントになっただけだが。
「えっ、こんなにくれるんだ?」
「次、いつ来れるかも分からないから、金貨は生活費として大事に使えよ。宝石はまあ、貯めこんでても構わん」
「嬉しいなあ。宝石が好きだってちゃんと覚えててくれたんだ。これなら、退屈に耐えて見張りをしてる甲斐もあるね」
「暇なら適度に身体も鍛えておけよ。街は安全と言っても、何があるか分からないからな」
「食っちゃ寝しても、太らない程度には運動してるよ。何なら触って確かめてみる?」
そう言って、京華は誂うように俺の腕を掴んで、形の良い胸に触れさせる。
職業が魔術師ということもあり、鎧は付けていないので柔らかい感触がする。
「ふーん」
「揉んでいいとは、言っていないんだけどなあ……」
「俺に色仕掛けは効かんぞ。お前に対しては、魅力を全く感じないから、抱き着かれようが、胸を触れようがなんとも感じない」
「なるほど、これはそういう意思表示のつもりなのね」
いい加減、誂われるのにも飽きたからな。
だいたい和葉達と暮らしているから、ラッキースケベには事欠かない生活をしている。
いくら元が女にあまり縁のなかったただの高校生と言っても、ここ最近での経験値の増加で俺も多少は大人になった。
もうこの程度で、キョドったりはしないのだ。
柔らかいとは言っても服や硬いブラの上からだし。
これぐらいなんとも思わんよ。
だいたい京華は、俺を裏切って殺そうとした女だ。
コイツは、いつ寝首をかくか分からん女だと思えばクールにもなる。
「性欲を生存本能より優先させるバカは、長生きできないってこともある。お前に金をやってるのは、見張りとしての利用価値があるからだ。油断できない女に言い寄られたからって、気を許すほど俺はバカじゃないとは知っておけ」
それはまあ、裏切られてみても京華は可愛い女子だとは思ってしまうが、命を賭けるに値する女ではない。
客観的に見て可愛いのは仕方がない。もともと、学年一の美少女と言われていた女だ。久美子と違って、ちゃんと胸があるし……。
しかし、あれだな。
俺とは絶対に関わりがないだろうなと思ってた女生徒の胸に、平然と触れているというのは、興奮はないにせよ。どうしてこうなったのかって、感慨はある。
深窓の令嬢と言われて美姫扱いされていた黛京華が壊れてしまったように、俺もまたどっかおかしくなってしまったんだろう。
ジェノサイド・リアリティーは、いろんな人間の人生を変えてしまったなという感慨深さ。
「あの真城くん……これ、裏切った私への罰なのかな。いつまで……」
「おっと」
「あのね……私、九条さんと違ってまだ成長してるから、あんまり芯を強く握られると普通に痛いのね。なんとも感じないのは分かったから、次に触れる時はその点だけ注意して、壊れ物のように優しく扱ってもらえると嬉しいです」
「すまん……」
普通にダメ出しされてしまった。
これは俺が悪かった。
そういえば、やけに久美子が大人しいなと思ったら、なんか落ち込んで座り込んでしまっていた。
なんか、アリアドネに慰められている。
「久美子殿、女の価値は胸じゃないですよ」
「ちゃんと胸があるあんたに慰められたくないわよ! どうせ私は揉むところがないわよ……」
これも、俺が悪かったのか?
京華の誘惑を拒絶したら誂われると思って、試しに平然と触れてみたんだが、どっちの選択肢を選んでも面倒になるってどうすればいいんだよ。
「九条さん残念。真城くんは胸のある女がいいってー」
「黛、しばらく黙ってろ」
ここで久美子に追い打ちをかけるとか、お前は鬼か。
まったく、コイツらを相手にしてると埒があかない。
もう放っておいて、街での必需品の買い入れを済ませておくか。
空ポーション瓶など、ダンジョンの外に出ればもっとたくさん持っておいたほうがいいアイテムはある。
「ワタルくん、ここは胸なんて関係ないよ。愛してるのはお前だけだよって、私を慰めるところでしょう!」
「ああそうだな、久美子。胸なんか関係ないよ」
「棒読みだし、セリフに心が篭ってない! やり直し!」
正直、胸があるとかないとか俺は、どっちでもいいんだよ。
女同士でやってろ。
しかし、街の雑貨屋の自動販売機って、在庫管理とかどうなってんだろうな。
買えば買うだけ、空ポーションが出てくるんだが、どこで生産されて供給されているのか謎である。
「そういや、ウッサー遅いな」
ダンジョンの外でも、『アリアドネの毛糸』で移動できたという報告だったのだ。
こっちに向かうという連絡があるから、一瞬で来るはずなのである。
俺の疑問に、アリアドネが答えた。
もともと彼女の名前が付いているアイテムなのだ。
「ご主人様、もともと『アリアドネの毛糸』は、私の故郷の天空城のテレポーターとして使われていた古代の秘宝なのです」
「そうだ、お前が持ち込んだアイテムだったんだな。じゃあ、ウッサーが遅い理由も分かるか?」
「長大な巨大建築物である天空城の縦移動に適した転移アイテムなので、おそらく一回で飛ぶには距離がありすぎるんだと思います。使用者の魔法力の限界もありますので」
なるほど、ウッサーは俺に言われてから魔術師ランクも鍛えだしてはいたが、下級師範に行ってたらいいほうってところだろう。
マナポーション代わりの宝石にも限りがあるから、回復させながら数回に分けて飛んでるってことだろうか。
「魔法力が強ければいいなら、俺が使えばタランタンまで一回で転移できるか?」
「ご主人様は、すでに魔術師ランクも最終到達者に達しておりますので、おそらく一回でいけるかと」
「だといいがな……」
「出来ます、ご主人様ならば」
どんな根拠があるんだ。
まあ、アリアドネの持ってきたアイテムだからか。
必要な買い物を済ましてしまうと暇なので、俺は神託所で自分のランクを確認してみた。
最強ランクは、何度見てもいいからな。
そう思って触れたんだが、なんか変な表示が出た。
「なんだこれ、『新流派開眼』?」
「何でしょう。見たことありませんね」
アリアドネや久美子も覗きこんでくる。
ゲームで、こんな表示が出たことはない。もっとも多彩なシステムであったMMO版でも、流派なんてものは存在しなかったはずだ。
そこに、ウッサーが飛んでやってきた。
「旦那様、おまたせデス!」
「おう、ウッサー来たか」
「おや、これは新流派が出来てマスよ!」
「何だよ流派って」
「流派って、ワタシなら兎月流デス。ご主人様は、決まった流派に師事してないから我流でしたが、技ランクが十分に溜まったので自分の流派ができるのデスよ。新しい流派が開けますデス」
そういや、ウッサーの使う武術にそんな流派名が付いていた。
俺の剣術に、流派が生まれたってことか。
「技ランク、そんなのもあるのか」
ゲームでいうと、マスクデータになってて、一定以上経験値が貯まると起きるイベントだな。
いや、もうジェノサイド・リアリティーもゲームではないのだろうが、技ランクなんてものがあるならそれも極めたくなってくるぞ。
「さて、旦那様の流派はどんな名前にしますか」
「自分で決められるのか……じゃあ、『絶流』だ」
俺がそう言うと、ステータス表示に進んだ。
『真城ワタル(しんじょうわたる) 年齢:十六歳 職業:剣神 戦士ランク:最終到達者 軽業師ランク:最終到達者 僧侶ランク:最終到達者 魔術師ランク:最終到達者 【絶流開祖】』
「旦那様、【絶流】の絶とはどういう意味デスか」
「深い意味はないが、俺の剣の形を一文字で表せば【絶】かなと思っただけだ」
孤絶、断絶、絶縁……あとは敵に絶望を与える剣だ。
それが、俺の一番斬れると思うイメージだったというだけだ。
「旦那様の流派が、この世界に広がっていくといいデスね」
「それはぞっとしないな。まあ、俺だけの剣技ってところだな」
もう中学生ではないから、流派の技なんかが出来ても、技名を叫ぶような真似もしたくないし。
あってもなくてもいいようなものだ。
「ワタルくん、じゃあ準備もできたようだし行きましょうか」
久美子がそういうので、俺は京華に見張りの続行と、何か起きたら俺に知らせるようにだけ命じると、ウッサーの手を握った。
これで、俺達は一緒の集団になる。
「ウッサー、タランタンの街を頭に思い浮かべろ。そこにみんなで飛ぶから」
「分かったデス」
アリアドネの言葉通り、一回でタランタンに飛べると良いがなと思いつつ。
俺は、転移の呪文を唱えた。
次回更新予定、1/17(日)です。