95.朝鍛夕錬
千日の稽古を鍛、万日の稽古を錬とする。
最強を目指してダンジョンの最下層を練り歩き続けて十日間。
ジェノサイド・リアリティーの効率育成を知り尽くした知識チート。
それを活かした過酷な訓練の十日は、一万日の鍛錬にも匹敵するものであった。
十日後、俺は全ランクを最終到達者まで成長させた。
俺の異常な成長振りを、アリアドネは信じられないと言っていたが。
俺から言わせれば、十日もやり続ければどんなゲームでも最強になって当たり前だ。
むしろ、この世界の戦士はどれほど非効率な訓練やってるんだよ。
アリアドネに実力を信じさせるためにも。
俺は、一体一で対決することになった。
アリアドネと俺は、同じ集団扱いとなっているため、戦うために補助魔法の類は使えない。
使ってもいいが、お互いに掛かってしまうので意味がなくなる。
正々堂々、剣だけの勝負。
これもまた、一興。
「アリアドネ、全力で来い」
「御意、それではいきます!」
目の前のアリアドネがエクスカリバーを鞘から抜き放つ。
そして、もう一本の剣、終末の刃。
一本しか出ないエクスカリバーに比べれば落ちるが、これも聖騎士向きの最高級の剣である。
アリアドネが最強の双剣を構えた瞬間、ゾワッと俺の全身が総毛立つ。
激烈な殺気。これが、最強級の聖騎士の本気か。
これに比べれば、ジェノサイド・リアリティーのモンスター戦など子供の遊びだ。
四方八方から襲い来る殺気が、刃となって俺に襲いかかる。
無数の斬撃の幻視が見えるだけではない、実際に撃ち込みを仕掛けられた痛みすらともなう。
アリアドネの開眼した奥義、『覇王幻魔剣』。
恐ろしいことに、リアルな幻痛までもが伴う架空の刃だ。
濃密に凝縮された剣気をぶつけるだけで、相手に斬撃を幻視させるフェイント。それどころか、撃ち続ける幻の攻撃はリアルに斬られる幻痛まで与えてくる。
聖騎士の位を極めたアリアドネの剣技は、超能力の領域にまで達している。
全ランクに於いて最強となった俺の斬撃速度は、アリアドネを凌駕する。
しかし、アリアドネも負けてはいない。足りない手数を、幻惑する剣技によって補おうとしたわけだ。
引き伸ばされた刹那、無数に襲いかかってくる幻の攻撃にジッと耐える。
フェイントに引っかかったが最後、取られる。
俺が取るべきは――後の先。
幻の攻撃に遅れてやってくる、アリアドネの本当の斬り込みを見極めて受ける。
そして、一刀のもとに双剣を同時に叩き斬るのだ。
今の俺にはちゃんと見える、何の迷いもない。アリアドネを倒す勝利のライン。
「――ここだ!」
研ぎ澄まされた一閃。その斬撃は音速を超え、斬ったと思った自分の意識から刹那遅れて、現実が後追いする。
弧を描くように踊る孤絶の刃のサムライブラスト。
その青白いエフェクトが、アリアドネの持った双剣を一刀のもとに撥ね退ける。そのままアリアドネの喉元に、俺の孤絶の刃が届いた。
「お、お見事」
「なっ、アリアドネにも勝てただろ」
やはり、ジェノサイド・リアリティーのランクは絶対だ。
アリアドネは、戦士ランクでは最高ランクまで達したものの、軽業師ランクでは俺に及ばない。単純に、パワーとスピードが違うのだ。
「そうですね、妾は負けます……真正面からの試合ならば」
試合ならば。
それが、死合いとなれば違うと?
「ほう、言ってくれる」
「確かに、お見事な一刀でした」
「これでも、まだ足らないというのか?」
「そもそも、デーモン四体を四方から襲わせ続けて体術を鍛える修行など聞いたことも見たこともありません。これほどの短期間に、全ランクで最終到達者となられたご主人様の剣は、力でも速度でも、すでに私に勝りました」
「くだらん世辞はいい」
「ですが、技にまだ僅かなブレがあります」
「そうか……。それは、自覚がないこともない」
ゲーム的な知識で剣技を育てたのだ。促成栽培である。
長らく武闘家として訓練を受けてきたウッサーには体術で、騎士として訓練を受けてきたアリアドネには剣術で、技術的に劣る部分はあるだろう。
さっきの刹那のスピードを超えて、相手に幻痛を与えるような便利な技は、俺はまだ使えないしな。
経験不足は、俺も承知しているのだ。
だから、日本から古武術の本を持ち込んで、実戦の中で心技体を調和させようと心掛けているがやはり技が足りない。
超人的な力を振るうことをが前提の剣技なんて、日本には存在しないしな。格闘漫画のほうが役に立つぐらいだ。
「最強ランクとなられたご主人様の力は圧倒的だと感じました。普段は、問題にならないでしょう。でも妾は、精霊の加護を受けたシルフィード族です。一度守りに入れば、飛び道具を気にすることなく、立ちながらでも走りながらでも寝ることが可能です。ご主人様にそれができますか?」
「それは、難しいな」
ヨガの達人なら、もしかすると人間にもできるかもしれない。
しかし俺は、今のところこの異世界の最高ランクに達しただけ。『最強なだけ』の人間だ。
種族的な話をすれば、人間は繁殖力が旺盛だという長所がある程度で、この世界では弱い種族だ。
繁殖力であれば、ウッサーの種族であるラビッタラビット族のほうが高くて、身体能力にも勝る。
増え過ぎで自滅しかかったラビッタラビット族が繁殖を抑えてからは、人間は数だけが自慢の種族となっている。
身体が弱い分だけ奸智に長けるとされ、人間には商人や詐欺師などが多い。
他種族の奴隷として使われる率が一番多いのも人間であるそうだ。
平均的に弱い種族って感じ。まあ、ジェノサイド・リアリティーのMMO版のときの種族設定通りだな。
「倒されないように戦うことができるなら、妾はご主人様相手でも七日七晩ぶっ通しで戦い続けることもできます。ほんの小さなラグが、疲労と不眠で大きくなった結果。妾は七日間の後にご主人様を殺せる。例えばこうです」
アリアドネは、俺の刃が当たった喉を引いて。
ゆっくりと、舞うように双剣をこね回してみせる。
俺も合わせてゆっくりと動いてみると、意外にもアリアドネの双剣は粘っこく動いて、ついに俺の喉にエクスカリバーの剣先がかすった。
避けるはずが擦れてしまった。なるほど、こういう撃ち合いだとほんの少しブレがあるな。かすれてもセーフとは言えるが。
紙一重がブレて皮一枚となれば、あとは疲労などでそのブレが大きくなっていけばいつかは致命傷ともなる。
アリアドネに粘られると、俺のほうが危うくなる。
では、種族的な身体能力の差と技の不足。
それらの弱点をぶち破って、人間である俺が勝つには速攻で殺すしかない。
「じゃあ、こうする!」
俺は、腰のサブウエポンである聖銀の長剣を抜いて、二刀を持ってアリアドネの左右の双剣を即座に撃ち払った。
そうして、再びアリアドネの喉元に、長剣の先を突きつける。
「お見事です。今度は完璧です。ご主人様、つまり」
「後は言わなくていい。ランクを極めても、俺は剣士としての経験が浅く、種族的に特性が低い人間だ。特殊な特性がある相手を見くびらないように、一発で決めろと言いたいのだろう。アリアドネの双剣撃に対して、孤絶の一刀で立ち向かうのは早すぎたかもしれんな」
この異世界には、いろんな特性を持った種族がいる。
強種族の特性を軽視するのは、油断につながる。いざというときは、こだわりを捨てて手段を選ばず全力で潰すべきだな。
「御意です!」
「うわっ」
俺だってバカじゃない、アリアドネは心配しすぎなんだよなと言おうとしたら。
いきなり双剣を捨てたアリアドネに、飛び付かれて驚いた。
今度は格闘術の訓練かよと思ったが、そうではない。
また、俺の足元に抱きついてすがりついてくる。頬を赤らめ、感極まった嬉しそうな表情である。
「ご主人様。お許しがあったとはいえ、卑しき端女ごときが偉そうに講釈を垂れて申し訳ございませんでした。この不始末にどうぞ罰をお与え下さい、躾の悪い妾を足蹴にして矯正してください」
「アホか」
真剣勝負ならともかく、俺に無防備な女を蹴るような趣味はない。
一度、まとわりついて邪魔だったから足が当たってから、俺の足が降りるところに滑りこんでくる様になって怖い。
あらゆる攻撃に対して警戒している俺ではあるが。
積極的に踏まれようなどとする気持ち悪い動きは想定外で、対応しきれない。
どのような形であれ俺の足を止めて動きを封じたのだから、これは体術ではアリアドネの勝ちと言うべきなのかもしれない。
死合いならともかく、俺の足にすがりついてくるときのアリアドネの勢いにはなんか勝てない。
これが、人間に勝る強種族、シルフィード族の種族的な粘り強さ。
こんな技が使えるなら、さっきやっとけよ。
「どうか、思いっきりお踏み下さい。妾はご主人様の足拭きマットです」
「やっぱり、アホだな」
アホには勝てん。さっきまでの引き締まった戦闘訓練の気分が台無しだった。
本当に大丈夫なんだろうかコイツ。
俺の仲間を殺した罪悪感とかじゃなくて、もうこれは単なる趣味になってないか?
違う意味での矯正の必要がありそうだが、俺は虐められて喜ぶような女を相手にする経験が薄いので、どうやってコントロールすればいいのか分からない。
「ああっ、待ってくださいご主人様!」
「今日はもう終わりな。『庭園』に戻るぞ」
何がご主人様だよ。俺に女を虐める趣味はないし。
アリアドネが虐げられて喜んでしまっているとなると、どっちが奉仕しているのか分らなくなってしまう。
訓練が終わったら風呂だ。
何も言わなくても、そのぐらいの時間になると、『庭園』にいる和葉は風呂を炊いておいてくれるのだが……。
「また大きくなったな」
「ですね」
大きくなっているのは風呂場である。煙突から湯気が上がっているところを見ると、すでに沸かしてくれているのだろう。
小さなログハウスだった風呂場は、増改築が繰り返されてついに半開放型の大きな露天風呂にまで進化している。
湯気の上がった岩風呂から、遠方に見える滝が望めるロケーションである。
命の洗濯ができるのも素晴らしいが、池の水をポンプで組み上げて窯焚きできているのも凄いと思う。
『庭園』で一人で待っている和葉が、暇にあかせて工作を続けるうちに、和葉の建築スキルもかなり高くなったのだろう。
もはや、一人で別ゲームをやっている感じがある。ゲームのジェノサイド・リアリティーに建物を作るクラフトみたいな機能はなかったんだけど。
和葉は、好きでやってるみたいだからいいんだが、ここまで凝っても無駄だなって気もするが。
風呂場に近寄って見ると、男湯と女湯で暖簾が分けてある。
「お、やった!」
これは嬉しい。
どうやら、男湯と女湯を分けてくれという俺の要望がついに通ったらしい。
ここで暮らしている他の女子と俺が風呂に入る時間がブッキングしてしまうと大変なことになるので(なぜか、ぶつかることがとても多い)、気兼ねせず入れるのは嬉しい。
無駄なんて言って悪かった。
これは、有用なスキルである。
「じゃあ、別れて入ろうぜ。これは男と女で別れて入るんだ」
「御意」
アリアドネは、男湯とか女湯の意味が分からないらしく、俺にそのまま付いてきたので別々だと説明してやった。
ダンジョンでも、なかなか一人になれずに息が詰まっていたので、たまに一人で風呂に入れるなんて嬉しいものだ。
そう思って、脱衣所から湯船に入ると。
素っ裸のアリアドネが立っていた。肌が雪のように白い。
なんで仁王立ちなんだよ。
あまりのことに、呆然とした俺は普通に挨拶してしまう。
「おう」
「ご主人様、また会いましたね」
だな、別れてもまた巡りあう運命だったようだ。
というか……。
「脱衣所が違うだけで浴槽が一緒なら意味無いじゃん!」
「真城くん、言われた通り男湯と女湯ちゃんと分けて作ったよ」
石畳の洗い場に、和葉と久美子がいた。
アリアドネみたいに真っ裸ではなく、二人はちゃんとバスタオルを巻いていたのでホッとした。
いや、バスタオルを巻いてたからいいってもんじゃないぞ!
「おい、和葉。ぜんぜん分かれてないよ!」
「ワタルくん、こっちの檜風呂が女湯で、そっちの岩風呂が男湯らしいわ」
「壁を作れよ!」
「えっ、ああ真城くんが言ってたのって、そういうことだったんだ。ごめんなさい」
テヘッと和葉に謝られた。
うっかりうっかりって、うるさいわ。
「一体、どういうことだと思ったんだよ」
「いやほら、脱衣所で脱いでるところを見られるのってなんか恥ずかしいじゃない。だから、そこは分けろって意味かと」
「一緒に風呂に入るのは恥ずかしくないのか」
「うん、そこはもう、今更じゃない?」
いや、今更じゃねえよ。
あんまり言うのも、なんか意識してるみたいだったので、俺は黙って岩風呂に入ることにした。
男は俺しかいないんだし、俺が見なきゃいいだけだ。
チッ、さっさと浸かってさっさと出てやる。
「久美子、今は止めろ」
「たまには裸の付き合いもいいじゃない。竜胆さんも言ってたけど、私達にとっては今更だわ」
久美子が男湯の岩風呂にまで入ってきて、俺の腰に巻いているタオルを取ろうとしてくる。
俺は久美子よりも軽業師ランクが上がったから、そう簡単には取らせないがいい加減にウザイ。
「風呂ぐらいのんびり入らせてくれよ」
「ワタルくん、細身だと思ってたけどこうしてると筋肉付いてきたわね。良い感じに鍛え上げられてるわ。胸板とか腹筋とか、たくましくて素敵よ」
お前のは相変わらず平らなままだなと、皮肉でも言ってやろうかと思ったが。
見てしまってるってことになるので言えない。
「子供じゃあるまいし、なんで風呂場でまで格闘やらなきゃいけないんだよ」
「あら、じゃあ大人の遊びをやりましょうか」
「久美子、いい加減にしないと向こうの池に投げるぞ」
「はん、最高ランクの忍者相手にやれるもんならやってみなさいよ」
警告はした。
俺は、まとわりついてくる久美子の腕を取ってそのまま持ち上げると、思いっきり池に向かって投げ下ろした。
「最終到達者舐めんな!」
「うそぉ~、ウワアアアァァァ」
まさかほんとに一本背負いで飛ばされると思ってなかったのか、綺麗に一回転して池に向かって飛んでいく久美子。
ザーと流れる滝の音に続いて、ドッボーンと池に落ちた水音が風流であった。ふうっ、ようやく風呂にゆっくり入れる。
「たまに、真城くん乱暴になるよね……」
隣の檜風呂に浸かってる和葉が、呆れたように言った。
あれは、久美子が悪い。止めろって言ってんのに。
「ご主人様、妾も投げて下さい!」
もっとどうしようもない奴がいた……。
俺はこの後、全裸のアリアドネを何度も池に向かって投擲するハメになった。
「クソッ、しょうがねえな」
「キャァァァアアア!」
嬉しそうな顔で投げられやがる。
フリスビーを投げられた犬のように「ハァハァ、もう一回」と、息を荒げて帰ってくる無邪気なアリアドネを投げ続けているうち。
もう混浴とかにこだわってるのも、アホらしくてどうでも良くなってしまった。
確かに、もういろんな意味で今更かもしれん。
新年明けましておめでとうございます。
最強ランクに到達した主人公が、ついにムンドゥスの地に旅立つというところで今年もスタートです。
どうぞ、今年もジェノサイド・リアリティーよろしくお願いします。
次回更新予定、1/10(日)です。