93.最強を目指して
ジェノサイド・リアリティー最下層。
かつて狂騒神が待ち構えていた大部屋に並んだのは、ガラス張りの棺桶であった。
「真城ワタルくん、これは……」
「瀬木もいるな、これは人質みたいなものだ」
金属でできた棺桶の中には、何らかの液体が溜められて、ジェノサイド・リアリティーで死んだ人間が浮かんでいる。
まるで、古いSFに出てくる生存維持装置のようだ。
「なるほど、餌を撒いたってこれのことなのか」
「そうだ。死んだ人間の再生を餌に、創造神は、新しいゲームをやりたがってるんだよ。おそらく損壊された死体まで再生されてんじゃないか。生き返らせられるかどうかは、俺達次第だと言っているんだろ」
「ワタシの仲間もいるデス!」
「妾の従卒達も……」
ご丁寧に優凜学園の生徒だけでなく、ジェノサイド・リアリティーに挑戦したこの世界の様々な種族の死体も保管されているらしく。
その棺桶の数は、三百を超える。
みんな、各種族からジェノサイド・リアリティーに派遣されるほどであったので一角の勇士であったのだろう。
これほど多くの人間が、ジェノサイド・リアリティーに降り立って死んでいったということか。
蘇るその日まで、死体を保存するための棺桶が大量に並んでいるのは、俺にはまるで勇士の墓標のように見えた。
実はこの光景も、俺はジェノサイド・リアリティーの続編で見たことがある。
異世界ファンタジーでありながら、SF染みた演出が混ざっているのも、レトロゲームの特徴だ。
続編では、こうして棺桶に収められた前の冒険者を復活させて、プレイすることもできた。
しかも、この地下二十階は、墳墓とも玄室とも呼ばれていた。
それは、文字通り墓場のこと。
俺は創造神の言葉を思い出す。「どうなるか、私にもわからない」だと?
その割には、まるであらかじめ定められたような収まりの良さじゃねえか。
「まあ、ジェノサイド・リアリティーのシステムがゲームと準拠するのは、今に始まったことじゃない。仲間の再生の可能性が高まったと喜ぶべきところだろうな」
死体が納められている棺桶の横には、よく見ると鍵穴のようなものがある。
あるいは、カードかコインを入れる穴か。これがヒントってことだろう。
瀬木には滅多なことはできないが、御鏡や神宮寺など、どうでもいい死体が入った棺桶もある。
強引に叩き壊して中の死体を取り出せないかと試してみたが、どうやら破壊不能オブジェクトになっているようだ。
「さてと、真城ワタルくんは、まずどうするべきだと思う?」
「まずは、街まで上がってみようか」
ジェノサイド・リアリティーに帰還してまず最初にやったのが、エレベーターの復旧である。
地下二十階の封印を解放すると、ジェノサイド・リアリティー各階を繋ぐエレベーターが作動し、自由に行き来できるようになる。
こうして、初めてジェノサイド・リアリティーを完全攻略できたと言えるのだ。
むしろクリアしてからが本番とも言える。
延々と鍛え続けて、最終ランクである最終到達者を目指すことがこのゲームの本質である。
街の信託所で測って見たところ、俺の戦士は最上級師範にまで上がっていた。
他の能力値も、上級師範。職業はすでに剣神なので上がりようがない。
これなら最強ランクまですぐだろうと思うだろうが、そう簡単な道のりでもない。
マスターランクまでいくと、ランクアップに必要な経験値は倍々ゲームになる。
最上級師範から最終到達者に至るまで、単純計算で最上級師範に成るまでと同じ時間がかかるわけである。
むしろ、ここからが鍛錬の始まりといったところだ。遊びでやってるわけじゃないから、なるべく早めに終わらせようとは思うが、訓練の楽しさに期待はある。
こういう地道な作業が大好きな俺は、やはりまだ強くなれる嬉しさを押さえ切れない。
ジェノサイド・リアリティーの街に行くと、かつては幽閉されていた街から、階段を登って外の世界へと出られるようになっていた。
その出口を前にして、俺がジェノサイド・リアリティーに残って、まず最高ランクまで鍛えると言うと、七海修一は意外そうな顔をした。
「真城ワタルくんなら、すぐにでも外に駆け出して行くと思ったけど……」
「仲間の蘇生って餌をぶら下げられているんだから、すぐに顔を出したら逆に創造神の罠にはまる気がするんだよ。用心し過ぎかもしれないが、俺はそうやって勝ち抜いてきたからな」
「それが、真城ワタルくんの選択ならばいいさ。僕達だって、外の世界に出てすぐに蘇生手段が見つかるとは思っていない。それではまず偵察と、君が動く前の露払いとの役割を果たすことにしよう」
「すまない七海。……本当のところを言えば、ライフルの凶弾から瀬木を守りきれなかった自分が許せないのかもしれない。ああやって死体が保存されていればとりあえず心配はないし、まず限界まで自分を鍛えてみたい」
そういう俺を弁護するように、久美子が続ける。
「ジェノサイド・リアリティーには、まだ有用なアイテムが埋もれてるんでしょう。それを集めることも今後の役に立つはずよ。ダンジョンの外に蘇生の鍵があると見せかけて、実はダンジョン内にヒントが隠されてたなんてあるんじゃないかしら」
確かに、それもあり得る。
久美子も、ジェノサイド・リアリティーの嫌らしさというものをよく理解するようになった。
久美子も、俺と一緒にジェノサイド・リアリティーに残るようだ。
アイテムを集めるのも大事なことなので、高レベル忍者である久美子にガンガン宝箱を開けてもらえれば助かる。
むしろ、俺達よりもランクが低い七海達のほうが、出ていく前の鍛錬は必要だと思うのだが。
彼らには、そうしないだけの理由もある。
「俺達には、これがあるから大丈夫だ」
三上直継達が携えているのは、生徒会執行部(SS)が使っていたアサルトライフルである。
現代日本では非合法の武器だが、異世界での使用を制限する法律はない。
ジェノサイド・リアリティーの防具よりも軽くて丈夫だと判断して、ボディーアーマーまで身に着けている。
使えるものは使うという理屈は分かるが、俺はそんな動きにくそうで無粋な装備を付けるのはゴメンだった。
「俺はそんなものに頼りたくないから鍛えるんだが……三上、ライフル銃は強いが、その力を絶対に過信するなよ。アリアドネのように、魔法的な理屈で飛び道具が一切通用しない敵もいるはずだ」
「もちろん、俺だって道中に槍の腕も鍛えるぜ。お前にもらった槍も、しっかり役立てさせてもらうさ」
実は、アリアドネが生来の能力として持っている能力と同じように、飛び道具の攻撃の一切を無効化するマジックアイテムもある。
一回のクエストではまず出ないほどのレアなので、そんなものを持った敵がおいそれと出てくるとは思わないが、用心は必要だった。
「分かった、じゃあ真城ワタルくんと僕の集団で、ここで二手に分かれよう」
「そうしてくれると助かる。そうだ、七海達にもこの世界の道案内がいるな。ウッサー、護衛と道案内をしてやってくれるか」
「えー、ワタシはこれから、旦那様と大事な繁殖があるデスよ」
だから、離れてて欲しいんだよ。
しかし、そんな本音をおくびにも出さないで、俺は強くウッサーの肩を抱きしめ、なるべく真面目な顔をして頼んだ。
「ウッサー、お前の仲間を救うためだ」
「そうデスね……ワタシだって、仲間を助けたい気持ちはもちろんあるデス。分かったデス、じゃあこいつらと一緒に、近くのタランタンの街の様子を見てくるデスよ」
よし、誤魔化された。
やっぱり、ウッサーちょろいぜ。
しかし、外にも街があるのか。
それは当然かもしれないが、ジェノサイド・リアリティーの外に広がる世界というのにも、俺は興味を持った。
タランタンの街とは、聞き覚えがあるような気もする。
MMO版ですら、ジェノサイド・リアリティーはダンジョンが中心で、あんまり外のマップの広がりは重視されてなかったんだが、確かに外の街や別の迷宮とかは存在した。
それがどの程度、現実の世界と同一なのか。
ゲームでかなり大雑把に描かれていた森や街が、リアルではどうなってるのか。
気にならないこともないが、どっちにしろまずは鍛錬だ。
木崎晶が、少し迷った様子を見せてから話しかけてくる。なんだ?
「私も、真城と……」
「おい、人数が少ないんだから木崎はこっちに来てもらわないと困るぜ」
木崎が何か言いかけたが、その後ろから三上達が声かけてくる。
木崎は、手に持ったライフルを見つめ。
「……三上さん達が心配だから、今回はこっちに行く」
「ああ、木崎も七海達を助けてやってくれ。大斧より、そっちのほうが似合ってるんじゃないか」
俺がそういうと、ボディースーツにアサルトライフルをぶら下げた木崎は、複雑そうな笑みを浮かべて肩を竦めた。
そっちはいいのだが、もう一人。
「はーい! 私は真城くんの班でーす!」
黛京華が手を上げてそう言うと、しれっとした空気が流れた。
俺の班とか、こいつは……もう何から突っ込んでいいか分からん。
「というか、お前よくここに顔を出せたな……」
「だってここって、宝石とか金とかたくさん取れるじゃない? ロイヤルスイートルームもあるし、私そういうキラキラしたものも、贅沢な暮らしも大好きだもん」
こいつ、ぶっちゃけやがった。京華は、完全にキャラがぶっ壊れている。
俺達が知っている京華は、図書館でいつも本を読んでいるような、学年一ニを争うお淑やかな文系美少女だったはずだ。
どうしてこうなった。
生き残るために取り巻きの男を利用しだして、そこを神宮寺に利用されて刺客に仕立て上げられたまでは分かる。
しかし、この人格の壊れっぷりは、怒るのも呆れるのも通り越してドン引く。
ジェノサイド・リアリティーで、京華に何があったのか、じっくり聞いてみたい気分にさせられる。
「言うまでもないけど、こんな裏切り者を近くにおいておくのは危険だわ。ワタルくんの言うとおりよ。なんで貴女がのうのうと顔を出せるのかが、私には分からない。貴方は来るべきじゃなかった!」
いつもは冷静な久美子が、やや感情的になっている。
周りのみんなも、一様に頷く。
ふーん、なるほどこういう流れか。
じゃあ、こう言ってやろう。
「よし、京華には街で連絡役を務めてもらうことにしようか」
俺がそういうと、「えー!」と周りが驚きの声を張り上げた。
当然のごとく反発がある。俺は天邪鬼のひねくれ者だから、みんなと違う意見が言いたくなる。
もちろん、それだけでなく。
京華を利用するのに、それなりに考えもある。
「さすが、真城くんは、話がわっかるー、こころがひろいー、おっとこまえー」
「黛。いい加減にその気色悪い媚びキャラは、やめとけ」
「やだなー、これは、私の地だよ?」
「どこまでが、お前の地だよ……まあいい。お前はようは、街のロイヤルスイートで金や宝石をじゃらじゃらさせて贅沢に暮らしていければいいんだろ。だったら、街でそういう暮らしをさせてやる」
「ありがとー、私にたくさん貢いでくれる真城くんなら、特別に私の処女あげてもいいかもーん」
「いらねーよ。俺達はダンジョンにこもるし、七海達は外に偵察に行く。その間、街を無人にしておくのも物騒だと思ってたところだ。街の店で食い歩くついでに見回りをして、七海との連絡役としてちゃんと仕事するなら、その分の給金に宿屋代ぐらいは出してやる」
今は、人手が足りない。
京華のように、またジェノサイド・リアリティーに来ようなんて物好きの生徒は少ないのだ。
信用出来ない奴でも、信用出来ないなりに使う度量も必要だろう。
久美子が、これ以上ないぐらいぎゅっと眉根を顰めて京華を睨みつけ、忍刀の柄を握りしめながら低い声でつぶやく。
「ワタルくんがそう言うなら仕方ないけど、黛さんにはあらかじめ警告しておきます。貴女には裏切った前科があるから、今度ワタルくんの半径一メートル以内に近づいたら殺すわよ」
「やだー九条さんの顔が、鬼みたいでこわーい。真城くんたすけてー」
警告を無視して、ふざけて俺の腕にすがりつく京華に対して、久美子はシュッと忍刀を鞘から抜いて斬りつけたが、撥ね付けられた。
どうやら街のネガティブ行為禁止の機能はまだ残っているようだな。
そうやって、ダンジョンの機能が生きてるかを確かめるのもまあ重要なことか。
「じゃあ、方針が決まったなら遊んでないでさっさと動こうぜ」
「真城ワタルくん、とりあえず外に出たら『遠見の水晶』が使えるかどうかも試しておこう」
女どものつばぜり合いをやれやれと言った様子で眺めながら、七海が言う。
「そうだな七海、通信機が使えるかどうかも重要だ。ジェノサイド・リアリティーのアイテムがどこまで外で使えるか。ウッサーお前が頼りだからな、外で『アリアドネの毛糸』が使えるかどうかも試しておいてくれ」
「ウッサーくん、道案内よろしくお願いする」
神妙に頷いた七海と、俺の両方に言われて、満更でもないのかウッサーもウサ耳を揺らして答える。
「フフンッ、了解デス。旦那様にそこまで頼まれては、しょうがないデスね。久美子、アリアドネ、旦那様にその裏切り者が近づかないように、くれぐれも気をつけておくんデスよ」
ウッサーはそんなことを言ってから、七海達と一緒に外のタランタンという街を目指して出ていった。
さて、俺達も動くか。
「久美子は、いつまでやってるんだ」
「黛さん、これはもう警告じゃなくて決定事項よ。街から一歩でも出たら、二度と復活できないように死体をミンチにするからッ!」
本気で怒っている久美子は、ガキンガキン音をさせながら、京華を忍刀で殴り続けている。
街のネガティブ行為禁止のせいで、一秒間に三回の斬撃を受けようが傷ひとつ付かないが、マスタークラスの忍者に撃ち込まれるのはなかなかの迫力。
普通の人間なら、十分警告になるだろう。
しかし、これが完全にぶっ壊れてしまっている京華には、まったく通用していない。
「九条さんがこわーい。真城くんも、こんな乱暴な女より私のほうがいいよね?」
人格がブレ過ぎて、媚びが本音に見えるようになってきた京華も、十分怖いけどな。
まったく、俺には女はみんな怖く見える。心を許せば、取って喰われそうな気がして仕方がない。
「真城くん、じゃあ『庭園』に戻りましょう」
ずっと黙って俺を待っていた竜胆和葉は、俺の手を引く。
和葉は、さっきから七海と一番遠い位置にいて、声をかけるどころか視線も合わせなかったのがなんとも言えない。
七海に言わせると、和葉が怒ってる限りは可能性があるというのだが、まあ俺はもう深入りしないでおこう。
和葉の言う通り、街よりも『庭園』を拠点とするのがいいだろう。
保存の利く食材を増産しておくことも、ポーションの他にプラス補正を与える料理スキルを和葉が極めてくれるのも、今後の冒険の役に立つはずだ。
こうして黛京華を連絡役として街に残し、俺と久美子とアリアドネと和葉は、しばらくダンジョン内でアイテム収集と修行の日々だ。
当面、俺は最高ランクである最終到達者を目指す。