89.ゲームクリア
「真城ワタルくんか」
一際、人だかりができている中心に、沈痛な面持ちで、座り込んでいた七海修一がいた。
どうやら狙撃された場所が良かったらしく、気絶するだけで済んだらしい。衝撃で肋骨にヒビが入ったぐらいは、回復ポーションですぐ治る。
神宮寺の拳銃は、それなりに威力を増してあったようだが、それでも拳銃に過ぎないので、弾丸は鎧の装甲を貫通していなかった。
超鋼鉄は、防弾チョッキ程度の強さはあるようだ。
鎧を装備していない魔術師系ならば、拳銃の弾も脅威になる。
超鋼鉄ランクの鎧を装備した戦士なら、致命傷の位置に当たるほうがおかしいぐらいだ。
神宮寺が撃ったのはあくまで脅しだった。
七海修一を殺すことには、さほど執着していなかったのかもしれない。
もうどうでもいい駒だったので、俺を脅すための道具に使ったということだろうか。
まあ、神宮寺が死んだ今となってはどうでもいいことだが。
「七海も、大丈夫だったんだな」
「僕を助けようとした白鳥小百合くん達が殺されてしまったんだ。それなのに、なんで僕はまだ生きているんだ……」
気絶しただけの七海を助けようとした白鳥達のほうが、急所に当たって亡くなってしまう。
そこにも、ジェノサイド・リアリティーの創造神の皮肉な嘲弄を感じる。これは、七海をどこまでも生かして苦しめたいってことだろ。
「七海、立ち上がって手伝え。クリアに、四人いるんだよ。その内の一人がお前だ」
「分かった、僕にできることならなんでもしよう」
そう言うと、七海は俺が差し出した手を取って、ゆっくりと立ち上がった。生き残ったなら、まだ為すべきことがあるという言葉は、慰めの言葉よりも効果がある。
もちろん身体は立ち上がったが、心は悲しみに沈んだままだろう。七海だって今にも泣き出しそうな、悲壮な顔をしている。
それでもいい。誰が七海修一に泣くなと言えるだろう。七海だって、もう一生悲しみに沈んだままで過ごしてもいいぐらい傷ついてきた。
ただベッドに倒れこんで、悲しみに暮れるのはもう少しだけ後にしてくれ。やることを終わらせてからにしよう。
「あとは、久美子とウッサーとアリアドネ。頼めるか?」
みんな、頷く。
あの戦闘で活躍したせいか、紅の騎士となって俺達と戦ったアリアドネを、仲間の敵だと言う生徒はもういなかった。
生徒同士の殺し合いが起きてしまったあとなので、もう争いは懲り懲りだったのかもしれない。
裏切って神宮寺に加担していた黛京華も息を吹き返したし、最初に降服した生徒会執行部(SS)の何人か生き残っていたが、もうみんな何も言わなかった。
疲れきって、涙も枯れて。みんな夢から醒めたような顔をしていた。
一刻も早く、この悪夢を終わりにしたい。それだけだ。
「真城、私は?」
「あ、木崎か」
忘れてたとか言ったら怒るよな。
いや、忘れてはないけども。木崎だけでもよく生き残ってくれたと思うよ。本当に。
「木崎、お前はみんなを守ってくれ。一緒にクリアするんだから、生きてる人間はみんな一緒に連れて行かないといけない」
「殺されちゃったみんなも、一緒に連れて行こうよ」
そうだな、滑車のついた荷台があったからそれで運ぶか。生存者はもう半数近くまで減っている。
ここにある亡くなった生徒の遺体を運ぶだけでも、結構な手間となるだろう。
それでも亡くなった仲間を、元の世界に連れていきたいというのは、今の俺にはよく分かる。
俺も手伝うことにしよう。
みんなでゴールするという言葉を、内心で笑っていた俺だったが。
それができればどれほど良かったかと、いまさらながらに思う。
もうときは元に戻らない。
俺は、一番大事な友達を守ることができなかった。
「じゃあ、木崎達はその仕事を頼む。もうこれで最後だから」
「うん、ありがとう。真城、あのさ……」
「木崎。礼なら全部終わってから聞くよ。俺からも礼を言っておく、後少しだけ頼む」
俺はポンポンと、木崎の頭を撫でてから、地下二十階への扉を開きに行った。
四つの神封石を持つ俺でないと開かれない、最後の扉。
狂騒神が待つ、地下二十階。
特に名前は決まっていないが、こういう最下層はダンジョンモノのレトロゲームでは、霊廟とか玄室とか言うのが決まりである。
ラスボスとの死闘があるなら決まりが良いのだが、ジェノサイド・リアリティーの場合は、ただ四隅に神封石を置いて封印するだけだ。
ただ、封印している間に狂騒神を引き止めておかなければならないので、その戦闘は俺が引き受ける。
実際のところ、狂騒神は倒すことさえ考えなければ弱い。
地下十八階で素手でデーモンと殴り合うよりも、よっぽど楽な仕事だった。だから、俺は本当の攻略はそこで終わりと言ったのだ。
「真城、いいぞ!」
木崎が合図してくれる。
生存者は、残すところ二十一人。それと、員数外のウッサーとアリアドネの集団である。
もう数えるほどになってしまった全員に見送られて、最後の狂騒神の間へと足を踏み入れる。
最後は、俺と七海と久美子とウッサーとアリアドネの五人でやる。
「やることは簡単だ、分かってるな?」
「もちろんだ」「任せて」「大丈夫デス」「御意!」
みんな、神封石を1つずつ持って四方に散る。
俺の目の前には、死神のようにも見える痩せ細った姿をした狂騒神がいた。
黒ローブを羽織った、赤く光る瞳だけがおどろおどろしい骨と皮のアンデッドといったところだ。
もう、こんなモンスター、怖くもなんともないが。
こんなものが狂う神か。
俺には、その虚ろな顔も枯れ細った身体も、痩せがれた老人にしか見えなかった。
腹いせに何発か殴ってやるかとも思ったが、弱り切った顔をみたらそんな気も失せた。
さっさと終わらせる。
「さて、封印するまで相手をしてやるぞ狂騒神。まず、何からくる。いつもみたいに、炎球の連発か?」
「……」
狂騒神は、俺の前までくる。こいつは魔術師タイプだから、杖しか武器を持っていない。
それなのに、接近戦を仕掛けてくるなんて珍しいなと思っていたら、俺の両肩に手をついた。
ゾクッと全身が凍えるように寒くなって。
その瞬間、俺の視界が暗転した。
※※※
「あっ、ここはどこだ?」
そこは、地面が仄かな銀色に発光している砂漠のような場所だった。
空は真っ暗で、鮮やかな星空が広がっている。星の光に包まれているように鮮明だ。こんな夜空は見たことがない。
なんとなくだが、上下が逆さまになった気分がする。
そうして、辺りを見回していると、俺は地球を見つけた。
いや、似ているけれど地球ではない。
一つの大陸と三つの大きな島がある、全く別の惑星であった。
どういうことだと立ち尽くしていると。
一人の男が、銀の砂漠を音を立てて踏みしめてながらやってきた。
砂漠と同じように銀色に発光している、簡素な白い衣を身につけた男だった。
俺の前に立つと、重々しく口を開く。
「ようこそ、異界の冒険者。ここは私の住まう場所だ。地上の人間は、ここを月と読んでいるらしい」
若く見えたその男の声は、砂漠の砂のように乾いて、しわがれていた。
その顔は、よく見れば酷く疲れきっている老人のようにも見えた。
「なんで、月で呼吸ができるんだよ?」
ここが宇宙なら窒息死してしまうところだ。
「そうか、君達の世界の月には大気がないのだね。私の世界では、月にも大気があるのだよ。あの大地まで、マナの回廊で繋がってるので大気も循環している」
「魔法的な理由があるということか」
この世界には魔法があるから、俺達の世界の法則は通用しない。
きっと、独自の法則があるのだろう。
月から見る、世界は美しくどこまでも鮮明に見えている。
よく目を凝らせば、ジェノサイド・リアリティーがあるところも見えるかもしれないと思うほどだった。
結局、ジェノサイド・リアリティー異世界説が正しかったということになるか。
しかし、この魔法世界は見れば見るほどに不思議である。
こんな不思議な光景を瀬木が見れば、きっと大興奮で俺にいろんな仮説を話してくれたことだろう。
しかし、もうそうなることはない。そう思うと、俺の胸はズキリと痛んだ。
「大気がなければ生き物は生きていけないのに、君達の世界の神はなぜ月に大気を作らなかったんだろうね」
そんなことを独りごちている。
その理由は、瀬木が生きていれば教えてくれただろうに。
「それで、ジェノサイド・リアリティーの創造主。お前は、俺をここに連れてきて何をさせるつもりだ」
「何をさせるつもりもないよ。ただ、もう私の化身を神封石が封印すれば、ゲームクリアだからね。その間の束の間の時間を無粋に殴り合うより、話でもしたらどうかと思って招待した次第だよ」
「俺には、お前と歓談するつもりはないぞ。恨み言ならいくらでも聞かせてやるが」
「恨み言は、正直なところ聞き飽きているんだよ」
そう言うと、創聖神は頭上にある大地に手を振り上げた。
途端に辺り一面に、おどろおどろしい怨嗟の声に満ちる。
「なんでこんな酷いことするの」「死ね、死ね、死ね、死ね、死ね!」「痛いッ、苦しいッ」「やめろ、悪いのは俺じゃない!」「みんな死ね」「滅びればいい」「いやだ、なんで」「ああああっ!」「ああ、神様……」「アイツだ、アイツがやったんだ!」「僕のせいじゃない」「こいつさえいなければ」「悪いのは、お前らだろう!」「死にたくない」「殺す、お前だけは絶対に」「こんなのって……」「なんで俺だよ、なんで俺だけ!」「うはははっ、ゴミめ」「俺を裏切ったのか」「こんな世界、滅びろ!」「いやぁああああ」「助けて! 助けてください!」「消えてなくなれ!」「みんな殺す!」「俺だけ、俺だけは死なない!」「痛い、痛い、痛い、痛い痛い痛い」「こんなの嘘だろ」「もう痛いのはいやです」「死んどけ!」「みんな死ぬんだよ」「もう殺して……」「殺して、みんな殺して」「こんなの許されない」「殺す、殺す、殺す、殺す、殺す!」「あああああ、もうダメだ、このままじゃみんな」「死んじゃえ」「うあああああ」「せめて、ひとおもいにやってくれよ」「おいやめろ!」「お願いします、子供だけは」「やめて」「死ねェェ!」――
ふっと、創聖神が手をおろすと、また静寂が戻る。
それはほんの一瞬だったが、それだけで十分だった。俺は耳を押さえて、うずくまった。
この世を呪う、おびただしい数の呪詛を浴びた俺は、全身から汗が噴きだした。
そのまま倒れそうになるのを足を踏みしめて堪える。感情が飽和して、じわっと涙がわき出してきた。なんだ、これは……。
「君の世界の神は、同情が喉に詰まって死んだそうだね」
「それは……昔の哲学者が勝手にほざいたセリフだ。俺の世界に、神なんてもとからいない」
俺の声が、まるで別人のように、酷くしわがれて聞こえた。
まるで、目の前の神を名乗る男と同じような声だった。冷や汗をたっぷりかいたせいか、喉が乾く。
「私の世界には、私という神がいる。そして、世界の声を聞く」
「これが、世界を滅ぼそうとした理由か?」
「そうだ、この世界は失敗だった。この世界に住まう民の多くが憎しみ合い、殺し合い、世界の滅びを望んでいる。君には美しい世界に見えたようだが、あの地表では、いまも一つの種族が他の種族に滅ぼされようとしている。よりにもよって、神である私の名による民族浄化だそうだよ」
「それが、たまらないのは分かるが……」
あれを聞いた後では、俺も同情せざるを得なかった。
ニーチェが言うことは嘘ではなかったのだ。愚かな、あまりにも愚かな人間への同情は、喉に詰まって神の息の根を止める。
たった一瞬、耳にしただけでも気が狂いそうになるほどのおびただしい数の呪詛。
みんな本当に勝手なのだ。勝手なことを叫びながら死んでいく。
無慈悲な神を呪う声もそこにはある。そして異口同音に聞こえたのは、「私を苦しめるこんな世界はもう滅ぼせ!」という切なる願い。
だから創造神は、人の願いのままに世界を滅ぼそうとしたのだ。
「私の世界にあるのは、民族主義による戦争、権益をめぐる数限りない紛争、いわれなき虐殺、正義の蛮行、不正の横行、奴隷狩り、仲間割れ、人身売買、姥捨て、親殺し、子殺し、皆殺し、弾圧、差別、陵辱、貧困、飢餓と疫病……数え切れないほどの悲嘆。さあ、もう一度、よく目を凝らしてこの世界を見るといい」
緑が生い茂り水を湛えた美しい惑星が、どす黒い赤に染まっていた。
よくよく目を凝らせば、そこは屍山血河の地獄。そこに愚かな人が住まう限り、永久に繰り返される虐殺の悲劇。
なるほど、これは全てを消去したくもなる。
この世界の縮図が、ジェノサイド・リアリティーのダンジョンであったわけか。
「創造神、お前の気持ちは分らなくもない。同情もしてやる、だからって関係ない俺達を巻き込むことはなかっただろうが!」
「それは、そうかもしれない。だけども異界の冒険者、君の友人が死んだのを私が仕組んだことだと思っているようだが、それは違うよ。君の友人は、君の世界の武器によって死んだのだ。君の世界の人間も、私の世界の人間と変わらない。やはり愚かに殺し合うようだね」
世界から立ち上る怨嗟の声が聞こえるように。
この神は、ダンジョンで殺し合う、俺達の叫びすら聞いていたのかもしれない。
「他人ごとみたいに言いやがって」
「全てを聞いている私にとっては、みんな他人ごとではない。もう分かっているのだろう。君だって無益な殺し合いを経験しただろう。奪われる悲しみに怒り、呪い、恨み、涙を流しただろう。世界が続く限り、こんな悲しみばかりが繰り返される。だから、私は……」
「俺はな、お前が世界を滅ぼしたくなった理由なんかどうだっていいんだよ。人間には、悪だけはなく善の側面もあるなんて、定番のお為ごかしも言わねえ」
「それは残念だ、できればジェノサイド・リアリティーを生き抜いた君に、この世界を滅ぼさないでいい理由を教えて欲しかったのだけどね。できれば、世界を滅ぼすべきではないと、愚かな神である私を叱って欲しかったよ」
そういう創造神の老人めいた顔が、一瞬だけ泣いている子供のようにも見えた。
「俺が言いたいのは、お前のクソッタレなゲームに巻き込まれて、死ななくていい奴らが死んだってことだ」
「先に言っておくけれど、君の死んだ友人を蘇らせろってのは、なしだよ?」
それは、俺が密かに期待していたことだ。
ゲームクリアには、何らかの報奨があるべきだろう。
全員を生き返らせろなんて言わない。
ただ、たった一人生き返らせることができればと、期待しなかったと言えば嘘になる。
やはり、ジェノサイド・リアリティーはそんなに甘くないのか。そういう諦めもあった。
だけど、それでも俺は、理不尽を前にした子供のように叫ばずにはいられなかった。
「なぜダメなんだ創造神、ゲームなんだろ。お前はなんでもできる神なんだろ、だったら瀬木を生き返らせてくれ!」
「一度死んでしまったものを生き返らせるなんて、理に反する。この世界にも、一度死んでしまった人間を蘇らせる手段はない。君のやってたゲームだって、そんなに都合よくはなかっただろう?」
「だったら、そんな理は無くしてしまえよ!」
その俺の叫びに、目の前の神は眼を見開いた。
ニヤッと、口が裂けるような不気味な笑いを浮かべる。まるで、神ではなく悪魔のような笑い。
「……よろしい、その願いならば聞き届けよう」
「どういうことだ?」
何気なく言ってしまった言葉だ。
俺もそれがどういう意味を持つのか分からない。
「君が望むものを生き返らせることはできない。創造主として、そんな贔屓はできるものではないが、その代わりに『死んだものを生き返らせられないというこの世界の理』を破壊してやろうって言ってるんだ」
「えっと……」
「死んだものを生き返らせることができないという理そのものを破壊する。そうすれば、ジェノサイド・リアリティーで死んだ人間が、生き返るかもしれないという希望にはなるだろう?」
「希望ってどういうことだ。蘇生手段を作ってくれるってことか。いや、たとえこの世界に、蘇生アイテムを作ってもらったとしても、俺達はもう元の世界に帰ることになるんだが……」
「だからだよ。君達が再び、この大地に足を踏むための餌は撒くと言っているのだ。それほど、強く仲間を蘇らせたいと願うならば、自分で探してみればいい。もう一度この世界で」
「俺達に、またこの異世界に来いと?」
創造神は、月の石を一つ拾って俺に手渡した。
「そうだ、星幽門を開く力をこの石に込めよう。これを地中に埋めれば、この世界へのゲートが開く。普通の人間にはくぐれないが、この世界と縁ができた君達ならば、行き来できるだろう。言うなれば、延長戦がゲームクリアの報奨だよ。君は、思う存分、仲間を再生できる可能性を追うといい」
コンティニューが、ゲームクリアの報奨。
それはまさに、レトロゲームでありがちなお約束だった。
しかし、生き返らせることができる可能性とはなんだ。
俺は、瀬木さえ蘇らせることができたらそれでいいのに……。
「なぜそんなまどろっこしいことをする。瀬木を生き返ることができるのなら、すぐにやってくれよ!」
「これは餌だ、と言っただろう。あるいは罠かもしれないよ。死んでしまったものを生き返せろなどと君は簡単に口にするが、それを願うことがどれほど現実の理そのものを変質させ、壊すか分かっているのか。その願いは、新たなる惨劇を生み出すことになる。それでも、本当に君は神にそれを望むのか?」
ジェノサイド・リアリティーの罠。
創造神は、蘇生を求めることで、新たなる犠牲が増えると言っているのだろうか。そんなのいまさらだろう。
「死んだ仲間を蘇らせてくれと願うことの何がいけない、どんなことをしても俺はそれを望むぞ!」
そうだ、人はそれでも再生を求める。
俺は瀬木が蘇るならば、なんだってやってやる。
どんな犠牲を払っても、たとえ神を敵に回してもだ。
その思いが惨劇を生むというのならば、その惨劇すら俺はこの手でねじ伏せてやる!
「よろしい。どうせ一度は滅ぼしてしまおうと思った世界だ。一か八か理を破綻させることを試してみよう。だがその結果がどう転ぶか、神である私にも分からない。君の期待通りに行くとは、考えないで欲しいものだ」
「結局のところ、お前は俺達をまだ弄ぶつもりなんだな。そうやって、あるかないかも分からない希望をぶら下げて、また俺達に殺し合いのゲームを続けさせようってつもりなんだろう?」
「そう思ってもらっても構わないよ。だが、私が本当に求めているのは、ゲームが続く限りそこに残る希望だ……」
神は、静かに独白するように続ける。
「……この世界は、完全に行き詰ってしまった。だから私は、ジェノサイド・リアリティーを作って、人が悲嘆に負けずに生きる力を持つ存在か確かめたかった。まさか、ジェノサイド・リアリティーから逃げるために異世界へと転移する者達が出るとは考えもしなかったが、そのおかげで君の世界と私の世界が結ばれた」
「俺達がやってきたのは、お前が意図したことではなかったというのか?」
「私は、お前達の神ではない。そこまでは制御できないさ。でもだからこそ、そこに希望が生まれた。この世界の民だけでは、やはり運命のままに滅びていただろう。だが、ジェノサイド・リアリティーを見事にクリアした君達なら、この爛熟して閉塞してしまった世界を革新できる希望となる。そう私は、期待しているのだ」
「俺は、世界の希望になんかならないぞ!」
俺は、俺の友達を蘇らせたいだけなのだ。
俺は世界を救う勇者が出てくるようなゲームは好かない。
壊れかけた世界がどうなろうと、知ったことじゃない。
世界の命運なんて、託されてたまるものか。
「ならば、やはりこの世界が虚しく滅びることも、運命なのかもしれない。異界の冒険者よ、私はお願いしてるんじゃない。取引をしたいと言っている。仲間を復活させることができるかもしれない希望を与える代わりに、どうかこの世界が、今一度再生される希望を私にくれないか……とね」
「こんなゲームに人を巻き込んでおいて、よくも勝手を言う!」
「創造主とは、プレイヤーの都合など考えないものだよ。君の世界でもそうではなかったかな……」
そういうと、神は楽しそうに笑いかけてくる。
「……どちらにしろ、種はすでに蒔かれた。あとは、プレイヤーの君達が決めればいい。その結果が、希望をもたらすか惨劇に終わるかも君達の意志と行動次第だろう。さて、そろそろ、楽しいおしゃべりの時間も終わりのようだ」
その言葉を合図として、ぐぐっと重力が反転して俺の視界が一回転した。
身体が浮き上がり、頭の上にあった世界の大地に向かって引き寄せられる――
いや、違う。これは落ちている!
「おい、これは!」
「どうやら、狂騒神の封印が終わったようだね。ジェノサイド・リアリティーの終焉だ。異界の冒険者よ、ゲームクリアおめでとう。また会えることを祈るよ」
神に祈られるとは皮肉だな。
そう言ってやりたかったが、もうそのような余裕はなかった。
俺の身体は、月から地上に向かって物凄いスピードで落ちて行ったからだ。
空を飛ぶ身体が、速度を増し、地表に近づいていく。
落ちる、落ちている――
「うあぁぁあああああああああ」
やがて惑星の大気層にぶつかったのか、強風に煽られて空中で何度も身体を回転させた俺は、その衝撃に絶叫していた。
天空に向かって落ちる。青い海に囲まれた大きな大陸が、俺の視界の中でグングンと大きくなる。
そうして、やがて大陸の西岸にあるジェノサイド・リアリティーの街までもが、はっきりと見えた。
最後の最後で、スカイダイビングとは、やはりジェノサイド・リアリティーは意地が悪い。
絶望した神と、永遠の虐殺を繰り返す残酷な生き物達が住む星。
それでも、天から見下ろした水と緑にあふれる世界は、やはり美しかった。
第一部完です。
ゲームクリア、ここまでお付き合いくださってありがとうございました。
ちょっと蛇足にもなりますが、書き残した人間関係や、やり残したこともあるので次回より第二部「コンティニュー」編(仮)に入ります。
よろしければ、引き続きお付き合いいただければと思います。
次回更新予定、11/29(日)です。