86.正しきもの
「いいですね、真城くんのその顔が見てみたいと思ってましたよ」
もはや、隠すこともなく陰湿そうな笑みを浮かべる神宮寺司。
その白手袋を嵌めた手には、白の神封石が握られている。
すでに、正しいものを何らかの方法で倒しているということか。
防弾・防刃ボディーアーマーで身を包み、アサルトライフルという強力な武器があるのだから、地下十九階層のエリアボスとなる正しいものを倒すのも簡単だったのだろう。
「なんなの、なんで神宮寺くんが、キャァアア!」
俺の傍らにいた、京華が神宮寺の玉座に近づこうとして、アサルトライフルの狙撃を受けた。
当ててはいないが、足元に威嚇射撃を受けただけで、京華は腰を抜かした。
アサルトライフルの連射による音と衝撃は威嚇効果十分だった。
これは、敵わないという気にさせられる。
アサルトライフルの弾丸は、ジェノサイド・リアリティーで鍛えあげた俺の動体視力を以てしても見えなかった。
その超音速で飛来する弾は、狙撃音がこちらに聞こえたときにはもう着弾している。
これは、いかに身体能力を上げても避けようがない。
殺るとしたら、不意をついて撃つ前に襲うしか無いが。
「おっと、それ以上近づかないでくださいね。こっちが圧倒的とはいえ、近接戦闘になったら真城くんは怖いですからねぇ」
そう言って、神宮寺はカラカラと笑う。
その神宮寺はアサルトライフルを持っていないのだが、アサルトライフルで武装した護衛の二人に対して、どう攻撃を仕掛けたら倒せるのか、必死に考える。
いくつか手はあるが……。
相手が銃の扱いに手慣れていないということが前提だ。
さっきの京華への狙撃を見るに、狙いを外さずに撃つことはできている。
どこで射撃訓練したんだよ。銃火器が扱える普通の高校生とか反則過ぎる。相手がまともに撃てると仮定すると、条件はかなり厳しくなる。
「そんな怖い顔しないで、おしゃべりしましょうよ真城くん。君はどうも、不利になると口数が少なくなるようですな。いけませんね、ここはもっと時間稼ぎをするべきところじゃないですか」
「時間を稼げば、お前がもっと有利になるんだろう」
「ハハハッ、さすが真城くんだ。さすがは、あの真城隆三郎のご子息であられますな」
「この期に及んで、まだ俺を挑発して嬲るか」
どうやら、神宮寺は俺の親父を知っているようだ。
前の俺なら言われただけでブチギレていただろうが、親父の話を出されたからといって、今の俺はそう簡単に激昂したりはしない。
これでも、少しは成長したつもりなのだ。戦闘中に冷静さを欠いては勝てるものも勝てない。
それにこんなことで怒る必要はない。俺は俺だ、もう親父の好きなように操られる道具ではないのだから。
「挑発するつもりも、嬲るつもりもありません。私は、賞賛しているんですよ」
「賞賛だと?」
「そうです、真城ワタル。よくやってくれたと褒めてやりましょう。貴方が上手に攻略を進めてくれたおかげで、こっちとしてもやりやすかった。おかげで、愚かな生徒どもを使って街でたんまりと稼がせてもらいましたからね」
「俺は、お前のためにやったんじゃない!」
「何のためにかはどうでも良いのですよ。結果的にはそうなったということで、感謝申し上げている次第です。ただ少し有能すぎたのか、やり過ぎてしまいましたね」
「どういうことだ」
「フフッ、ちょっと計算より残った生徒の数が多すぎたんですよねぇ。七海副会長を説得して、生徒全員をダンジョンに入れて間引きするのに、だいぶ手間をかけさせられました。実際にやってみると、計画通りにはなかなか進まないものです」
「神宮寺、お前達が殺したのか!」
「それは、いまさらじゃないですか。おっと来たようですな」
中央の広場で待っていた、七海達がロープに手を括られて白の門の部屋にやってくる。
みんな生徒会執行部(SS)にアサルトライフルで脅されて、連行されてきたようだ。
縛られている七海修一が叫ぶ。
「神宮寺くん、これはどういうことだ!」
「ハハハハッ、この状況でまだ説明が必要なんですかねえ。我が指導者やはり貴方は、最初から最後まで愚かなリーダーだったようだ。こんなことなら、むしろ真城くんを指導者に据えるべきでしたかね」
そういうと、神宮寺は懐から拳銃を取り出して、即座に七海修一に向かって撃った。
ダーンと、銃声が響き渡って七海の回りの女子が悲鳴を上げる。
「おい、何やってる! 神宮寺ぃぃ!」
「死にたくなければ動くな! 真城くんも、騒がないでください。私はあんまり狙撃が上手くないんですよね、まだ息があるかもしれませんが、ヘルスポーションを飲ませるとか止めてくださいね。どうせ七海修一は殺すんですから、どうぞそのまま死んで――止めろと言ってるだろ!」
神宮寺の配下がアサルトライフルを向けているにもかかわらず、撃たれて倒れた七海の傍らにいた七海ガールズの白鳥小百合達が、ヘルスポーションを飲ませようとした。
彼女達に向かっても、神宮寺は躊躇なく弾丸を撃ち込んだ。
動けば殺される。
いや、拳銃の弾程度なら、当たりどころが良ければ死なないはずだが。
銃弾がたまたま上手く当たってしまったのか、白鳥小百合は頭を撃ち抜かれて絶命していた。
それでも、悲鳴すら上がらない。騒げば、次に撃たれるのは自分だ。乾いた銃声が響き渡り、七海の傍らにいた七海ガールズが三人ほど撃たれて倒れたところで、みんな動けなくなった。
「よろしい。静かになりました」
「神宮寺、お前は何が狙いなんだ……」
そういう俺に対して、ニヤァと神宮寺が笑う。
「ようやく、私とまともに話をしてくれるようですね。いやー長かった、前から話そうと言ってたじゃないですか。ここまでしないと話をしてくれないんだから、真城くんにも困ったものです」
「話をさせてやるから、もう撃つな!」
七海修一を拳銃で撃ったのは脅しのつもりだったようだ。
拳銃で撃たれた七海はピクリとも動かないが、神宮寺がいる玉座から七海達のいた入り口近くまでは距離がある。
拳銃の弾であれば、鎧の装甲が守ってくれる。仮に当たりどころが悪くても、ヘルスポーションを飲ませれば助かる。
しかし、アサルトライフルはそうはいかない。執行部員が構えているアサルトライフルが火を吹けば、超鋼鉄の鎧ですら貫通しかねない。
動きを封じておいて、撃つぞと脅すのではなく、実際に拳銃でいたぶって脅すのが神宮寺という男だった。
ここまでやるかよ。
「フフッ、させてやるか……この状況でも、尊大な真城くんはやはりお父君そっくりですな」
「何で親父の話をする、関係ないだろ」
「このジェノサイド・リアリティー計画にも関係ある人物だからです」
「ジェノサイド・リアリティー計画?」
計画……、この異常な現象は、最初から仕組まれていたことだったということか。
俺の思案している顔を、神宮寺は探るように笑いながら眺めている。
「もちろん、最後ですから全部話してあげますよ。フハハッ、ここの関門のボス、正しいものでしたか? まさに私がなるに相応しいですね。いわば、私がラスボスだったと言うわけだ」
「御託はいい、話すなら早く話せ」
「ことの起こりは1980年代のアメリカ。真城くん、君も熟知しているはずですよね。1989年にアメリカで発売されたのが、ジェノサイド・リアリティーでしたか」
「そうだ、当時はパソコンのゲームだった」
「ねえ、このゲーム誰が作ったと思います?」
「そりゃ、アメリカ人だろ」
「ブブー、不正解。このジェノサイド・リアリティーがある異世界の人間が作ったんですよ。もっとも、1989年当時にまだジェノサイド・リアリティーは存在してなかったそうですが、創聖破綻の兆しはあった。さて、ここまでの話、ちゃんと付いてこれてますかね?」
「ああ、分かる。今の俺達とは逆に、この世界から、俺達の地球へと転移したのがジェノサイド・リアリティーの作者だったんだろう。この世界の祭祀王とやらは、未来を予言する力を持っている。推測するに、創聖破綻によって滅ぶ世界から転移で逃げたんだ」
「ご明快! 見事な理解力ですね。私は、この与太話を最初聞いたときに、あまりに荒唐無稽で訳がわかりませんでしたよ」
「そりゃ、レトロゲームなんて、荒唐無稽なもんだよ」
「しかし、現実主義者の私も、世界からもたらされた産物や超技術を見て、考えが変わりました。ねえ、アメリカ政府が抱えていた双子の赤字って知ってますか? 80年代だと日本はバブル景気の真っ最中ですが、未曾有の大不況のどん底だった80年代のアメリカが、90年代に経済復興した理由はなんだったと思います?」
「そりゃ、アメリカ人が頑張ったからだろ」
「わざと話を逸らせて、私を怒らせようとしても無駄ですよ。ここまで話せば分かるでしょう。その一因は、世界からの転移者がもたらした新素材による技術革新だったわけです。分かりやすいケースをあげれば、ステルス爆撃機や宇宙飛行機に使われている素材です。当時は、エイリアンのUFO技術だなんて陰謀論が囁かれましたが、実際はもっと突拍子もない筋からの技術提供だったわけです。その代わりとして転移者達は、アメリカ政府に保護を受けた」
「それで、転移者達が作ったのが予言書ならぬ、予言のゲームのジェノサイド・リアリティーか」
「まだもご名答、真城くんはゲームの話になると話が早いですね。そのゲームを作った人達。ある種の予言能力を持ち、この世界の創造神とやらと繋がっている祭祀王を含めて、我々の地球に逃れた人族の転移者は百八十六名だったそうですよ。生き残らせる人間を選ぶのに、十代後半の若い男女が百八十人と年長者が六人」
「俺達と同じ数か」
「そうです。どうやら転移魔法には、反動があるようなんですよね。人族の祭祀王が作ったゲームのジェノサイド・リアリティーは、いずれ地球から創聖破綻に巻き込まれる予定の百八十六名に対する罪滅ぼしだったようです。ゲームに熟知している人間が一人でもいれば、巻き込まれても生き残れる確率が高くなる」
「……あっ、そうか」
「全部分かったようですが、説明します。その集団転移を優凛高校という実験場を使って意図的に起こすのが、ジェノサイド・リアリティー計画です」
「その計画に、俺の親父も加担しているってことか?」
「偉大なる政界のフィクサーは、加担しているどころか企画立案から実行までも主導しておられますよ。真城隆三郎といえば、CIAや米共和党にも太いパイプを持っている大物政治家ですからね。もちろん、高校生を百八十人、開始当初に死んでしまった無能教師も合わせれば百八十六人。これだけの人間のほとんどを殺してしまう計画が、おおっぴらにできるわけもないのでこうなったわけですよ」
「無茶苦茶だが、俺の親父ならやりかねない……」
神宮寺達、生徒会執行部(SS)が所持しているボディースーツやアサルトライフルは、親父が用意したものだろう。
優凜高校の生徒・教師あわせて百八十六名を巻き添えにした転移実験、ジェノサイド・リアリティー計画。
人道上許されない実験だが、巻き込まれた人間を全員殺してしまうか、口を封じ込めてしまえば大規模な災害事故に見せかけて誤魔化すこともできる。
普通の人間なら考えもつかない残忍な計画だが、親父ならやる。頭が痛くなってきた、俺はこれまでアイツのために働いてきたようなものだ。クソッ!
「真城くんは、真城隆三郎氏のご子息ですからね。特別扱いはしなくていいとは言われていますが、私は君に助かるチャンスをあげようと思ってます。これでも私は、貴方の能力を高く評価しているのですよ」
「それは過分の評価ありがたいが、俺はお前のことを大馬鹿野郎だと思ってるよ。あのクソオヤジの言いなりに、何人殺したんだ」
「フハハッ、いまさら人道論ですか。あの頭が沸いている七海修一ならともかく、その手で何百何千という人を斬ってきた君が言うんですか。君に比べれば、私の手などまだ白いほうですね。君と違って、我々は白手袋をつけてるので、手は血に汚れてません」
「俺が殺人狂なら、お前らは俺と一緒だと言ってやる。いや、それ以上に狂ってる。何のためにこんなことをするんだ」
神宮寺は、生徒会執行部(SS)が電動で動く大型の台車に乗せて運んできた財宝の山をみて笑うと。
青磁器の壺を持ち上げて、指で弾いてみせた。凛と硬質な音が、広い部屋に響き渡る。
「素晴らしい財宝です。大量の宝石、金貨。それだけでも一財産だが、地下十六階からの油絵、彫刻、焼き物などのこの世界独自の文化で産まれた古美術品も素晴らしい。粗野な君には、この貴重さが分からないのですかね」
「そんなもののために、生き残れるはずの生徒まで殺したのか」
確かに俺は戦闘で、取り憑かれた生徒も屠ってきた。
だが、それはみんな生き延びるためにやったことだ。その戦いを、神宮寺の連中の虐殺と一緒にされるのは、心外だった。
しかも、これだけの量の金貨を生徒会執行部(SS)は溜め込んでいたのだ。
生徒達が、金貨の枯渇に苦しんだのもこいつらの仕業だったのかと思うと、俺は許せないと感じた。
いや、俺じゃなくても、どんな愚か者でも分かる話だが。
人間の命と、所詮は土塊でできた器のどっちが大事なのか、どんな愚かな奴でも分かる。
結局、美辞麗句で飾ったところで、金を独占したいだけだ。
そのために、神宮寺達は生徒を苦しめて、さらに殺そうとしているってだけのことだろう。
「クックックッ、これだけならば確かに、まだ若い我々が尊い命を賭けるには値しない。しかし、これだけではない。本命は、君の持っているその刀にある」
「孤絶がどうした?」
「この世界独自の希少金属、加工技術。そして魔法という未知の力! これが、どれほどのイノベーションをもたらすか想像してみたまえ。これはね、端的に言って未曾有の不況下にある我が国を救うに足ります。まったく私こそが正しいものといえる。私こそが、日本の救世主になる!」
これが、神宮寺司の本性。陶然と夢を語る神宮寺は、まるで狂人だった。
現実主義者が語る夢ほど、気持ち悪いものはない。
「神宮寺、お前は……」
「もちろん私は、ジェノサイド・リアリティーで死んだ生徒達全てに哀悼の意を表しますよ。だが、その先に我が国の新たな発展と未来がある信じたからやったのです。これは、大いなる創造的破壊を生むための、人の世の新たな進歩のための尊い犠牲なのです!」
神宮寺の起こした虐殺、それが個人の欲望に根ざしたものであるというのならまだ良かった。
しかし、この男は正義を語る。そこにはもっともらしい愛国心と、公益があるように説明してみせる。だからこそ、あまりにも醜い。
一を殺して、十を救うと謳う。
血塗られた手を美辞麗句という白手袋で覆い隠す、醜い政治家の姿がそこにある。
神宮寺の顔に、俺は憎い親父の顔を幻視した。
同じだ。同じ、卑しさを持った表情を浮かべている。
自分がいい暮らしをしたい、金が欲しいだけというならまだ理解はできる。
納得はできないけれど、犯行動機としては十分だ。
しかし、こいつは同じ仲間を殺した血塗られた手で、人々を救うを言ったのだ。
お前の歪んだ正義で、殺された人間はどうなる。踏みにじられた人間はどうなるのだ。
それはまるで、もう一人の自分の醜さを見せられているかのようだった。
もう止めろ。口を開くな神宮寺。
「神宮寺、やはり俺はお前とは合わないようだ……」
「なぜだ、真城くん? 君は弱者を踏みにじってきた強者ではないか。同じ強者である私に協力したまえ。代々高級官僚を務める我が神宮寺家と同じように、真城家に生まれた君もこの国の支配階級たりえる貴種だ。そこにいる喚き散らすだけの無能どもとは違う、私の話が分からないほどバカでもないはずだ!」
そうだよ、俺だって人を犠牲にしてきた。
争うこともあった、利用して生き延びようともしてきた。
いや、だからこそだ。
だからこそ許しておけない。交渉はここで決裂だ。
「神宮寺……俺をお前と一緒にするな!」
「フッ、やっぱり分かりあえないか。なら仕方ありません……死になさい真城ワタル!」
俺が、神宮寺に向かって攻撃を繰り出す。
魔法の壁をだして相手の弾丸を防いで、魔闘術で飛んでの不意打ちを仕掛けてやろうと、思った。
そのとき俺は、殺気を感じて横を見る――
俺のすぐ目の前に、銃口が向いていた。
神宮寺が俺に向けた銃口が――ではない、俺に銃口を突きつけたのは、俺のすぐ横にいた黛京華だった。
次回更新予定、11/20(金)です。