85.最後の関門
三つ目の試練の門を超えたところで、七海達が間に合ってしまった。
全部終わらせて、クリアの直前で合流の予定だったのに、俺の計算より時間を取りすぎてしまったらしい。
七海達は、残り何十人だったっけ。
ぱっと見で四十人弱かな。
それでも、六人か八人集団が基本のジェノサイド・リアリティーにはちょっとみない部隊数である。
みんなでリュックサックを背負って疲れきった様子だった、まるで遠足だなと場違いな感想が出てくる。
そんな呑気なものでもないのだが。死の遠足と言ってみれば、不気味にもなる。
そんな集団のなかから、一番最初に飛び出てきたのは、絹糸のような長い髪の純和風な美人、黛京華だった。
大きな宝石が埋め込まれた魔法の杖と、魔術師のローブがよく似合っている。
こいつの職業は、そういえば魔術師だったなと想い出す。魔女と言ったほうがいいかもしれない。
「真城さ~ん」
「なんだよ、黛」
こんな馴れ馴れしい奴だっただろうか。というか、俺とお前はそんなに仲良くないだろ。
俺の拒絶に近い対応にもかかわらず、蕩けるような笑みを浮かべた京華は俺にまとわりついてくる。
「私のB班は全滅しちゃったんで、真城さんのS班に私も加えてもらえることになりました」
「なんだよS班って、勝手に決めんな」
ちなみに、俺が二軍と呼んでいた連中はB班C班D班と三グループあって、そのうちのB班C班はすでに壊滅だそうだ。
三軍もE班F班とちょうど学校のクラスと同じ数だけ別れていたそうだが、瀬木のE班を残して全滅。
それもそのはずだ。
百二十人以上の死者がでて、もう四十人ほどしか生徒は残っていない。
後半にデスナイト達に殺されたのは、サポート要員でしかない非戦闘員が多かったのだが、戦闘員だって多く死んでいる。
それは、組も少なくなるというものだ。
ちなみに、七海達一軍はA班と呼ばれていて、本当にどうでもいいのだが生徒会から別れて単独行動していた俺を中心とした部外者の集団をS班と生徒会では呼称していたらしい。
そのS班に、京華は勝手に入るといっている。そもそも、S班とか俺は初耳なんだよ。
「というわけで、仲良くして下さい」
「お前みたいな女は、もう間に合ってるんだよ」
「ワタルくん、お前みたいなって女って、もしかして私のこと言ってる?」
「そうだよ、久美子」
久美子が遅れてやってきて声をかけた。
珍しく人に先んじられたのは、久美子は京華のように自由ではなく、生徒会役員としてみんなを守る役割があるからだろう。
「あーっ! 真城さんは、九条さんだけ名前で呼ぶんですね。私も名前でいいですよ」
「黛さんあんまりフザケてると、クナイ投げつけるわよ」
久美子が言うときは、本当にやりそうなので一応止めておく。
二軍のメインの集団として活動していたので、京華もそこそこできるのだろうが、マスタークラスの久美子のクナイを受けたら即死だろう。
「真城さん助けてください、九条さんがイジメますー!」
「久美子、イジメは止めろよ」
なんとなく京華に話を合わせてやったら、久美子が秒速で切れた。
「あ゛あ゛あ゛っ!」
「久美子、冗談だから。その忍刀を逆刃に持つ、ガチの戦闘態勢は止めろ」
久美子が怒ってるのが、ちょっと面白かったので調子に乗ってしまった。
大抵は冷静である久美子が怒るのは珍しい。京華とは、よっぽど反りが合わないようだ。
まあそれもそうか。黛京華と比べられては久美子が、持ち前の負けず嫌いを発揮しておかしくはない。
どちらも、学年で一二を争う楚々とした美人であり、もし人気投票というものがあれば京華が一位、久美子が二位といったところだろう。
そんな人気投票が本当にあったわけではないが(他の生徒とあまり接点がない俺が知らないだけで本当にあったかもしれないけど)、一般的な男子生徒の人気は京華のほうが集めていたと記憶してる。
もっとも、その人気投票に票を投じる男子生徒とやらもほとんど死んでいるのだからいまさらだけどな。
……というか、黛京華。このシリアスな状況で、本当にテンション高過ぎないか。
なんだか、無理にはしゃいでるような感じもするのが気にかかる。
学校ではお淑やか系で通っていたのに、なんでこんなにキャラ崩壊してるんだろう。
もちろん、こういう環境だからテンション上げてかからないといけないというのは分かるのだが。
その笑顔に、どこか違和感があるというか。演技している印象を受ける。
俺は、こういう距離感が近すぎる女には、徹底して注意する。
妙に感情的になっているのも怖い、とっさにどう動くか分からない。
さすがに、用心しすぎかもしれないが。
もししなだれかかってくる女が、いきなり敵になって俺を殺しに来たらどう対処するかぐらいまでは考えている。
我ながらどうしようもない性分だが、人間がモンスターに憑依される可能性もあるジェノサイド・リアリティーでは正しい用心だとも思っている。
それぐらい冷たい哲理を持っているから、馴れ馴れしい女にもクールに対処できるわけだしな。
不思議なもので、死のイメージがあると性欲が引っ込む。
まあ、それも当たり前か。生物にとって種族繁栄より生存本能のほうが優先順位が高い、ダンジョンでサカッてるような男はすぐに死ぬ。
もしかつての学校で、黛京華にこんな調子で話しかけられていたら、俺は多分無言で逃げていたことだろう。
学校のことを思って、遠くまで来てしまったものだなと思う。俺達はそこに、戻ろうとしているのだが、もうそっちのほうが異世界のように感じてしまうのだ。
久美子と、京華が争ってるところをため息を吐いて見守っているところに七海達の本隊がやってきた。
「真城ワタルくん……」
「真城くん、無事だったんだね。良かった!」
七海と瀬木が一緒に連れ立ってくる。
二人とも、ズラズラと女子生徒を連れている。こいつらは、本当にいつもモテモテだなと苦笑する。
しかし、七海と一緒にいるのは良い判断だぞ瀬木。
特にはぐれたものが、次々に消えているというこの状況ではベストの選択。
瀬木の班には、木崎もいる。
ウッサーにも守るようには頼んでおいたから、万が一にも危険が及ぶことはないとは分かっていたがな。
「瀬木もよく無事で来たな」
「うん、真城くんも!」
俺がそう言うと、瀬木は俺に向かって拳を突き出した。
あっ、これアスリート軍団がやってるこっ恥ずかしい奴か。
どうやら一緒に戦うことで、瀬木も感化されたらしい。
瀬木相手ならいいかなと、俺は差し出された拳に拳を突き返す。すると、瀬木はいい笑顔で笑った。
もうその可愛らしいローブに完全に馴染んでるのなと、ちょっと笑ってしまう。
いや、笑っちゃダメだけど。防御力の高い装備だから、からかって脱ぐとか言われると困る。
「瀬木、後少しの辛抱だからな」
「そうだね、犠牲は出ちゃったけど……後はもう一人も欠けずにクリアしよう」
瀬木は、ことさら明るい笑顔を見せる。出てしまった犠牲者、仲間の死を悼んでいないわけではない。
そうしないと、傍らにいる七海を落ち込ませてしまうからだ。
「七海、あとひとつ神封石を手に入れたらクリアだ」
「そうか、ダンジョンに入ってから死亡者十五名、行方不明者十七名だ。僕達は、みんなで三十九名しか残っていない」
七海修一の顔色が悪いのはそのせいなのだ。
群れの弱いものから襲われて、数を減らしていく集団のリーダー。
本来なら、一人でも欠けたら助けようとする七海が、それを振り切ってでもここまで強行軍できたのも責任故だ。
この身一つで勝手に動いている俺ごときが、お前の責任じゃないと言ってやっても、何の慰めにもなるまい。
七海は、どこまで重い十字架を背負って行かなくてはならないのだろうか。
それだけでも、このクソッタレなゲームを終わらせる理由にはなる。
不意に、七海の後ろにいる和葉と眼があった。
和葉は俺に声をかけてきたりはしない。ちゃんと空気を読んでいる。
ただ、ほんの数秒合った視線で、俺に自分の仕事は果たしていると伝えてくるだけだ。
いま七海がパンクしたら、全滅の危機だからな。和葉は、よくやってくれていると俺も眼だけで感謝を送った、
「さてと、じゃあ最後の門で白の神封石を手に入れてくる」
「真城ワタルくん、僕達は行かなくていいのか?」
そうだな、別に来てもいいけど。
「いや、来なくていいだろ。適当に周りを警戒しつつ待っていろ。俺がサクッと行って、サクッと取ってくるから、それでクリアだ」
「分かった、じゃあ待たせてもらうよ」
ここまで急いで来て息も絶え絶えだったのだろう。
みんな、その場に座り込んで休み始めた。
「私は、真城さんに付いてきますよ!」
「なんでだよ。まとわりつくなといっただろ」
やけに距離の近い京華が、俺の後を付いてくる。
俺はもう一度ため息を吐いて、放っておくことにした。ここで待ってても付いてきても一緒だ。どうせ、精神攻撃しかしてこない試練の門に危険はない。
俺は、無造作に白の門の中へと足を踏み入れる。
すると、その部屋の真ん中の玉座に座っている銀縁眼鏡をかけた男が、俺にいやらしい笑いかけた。
白の門の部屋は、正しいものが審判する最後の関門である。
一瞬、先ほどの孤立するもののように、モンスターが神宮寺司に化けているのかと思ったが違う。
なぜなら、悠然と玉座に座り、俺を見下す神宮寺の左右にいる生徒会執行部(SS)の二人が構えているのは、ジェノサイド・リアリティーにはもっとも似つかわしくない現代の武器。
アサルトライフルであったからだ。
「神宮寺……これは、何のつもりだ」
冗談、ではないのだろう。生徒会指導部(SS)が身に着けている装備も、軍人が着ているような防弾・防刃加工のボディーアーマーだ。
まさかジェノサイド・リアリティー最後の関門が、現代装備に身を包んだ同じ学校の生徒となるとは、この俺ですら予想しようもなかった。