84.三つの試練
「ご主人様は、ジェノサイド・リアリティーは地下十八階で終わりだとおっしゃいましたが、地下十九階には何があるんですか?」
「アリアドネには、教えてなかったか。地下十九階には、狂騒神を封印する、四つの神封石があるんだよ」
「その神封石を集めれば、最下層の地下二十階におわす、全ての元凶たる狂騒神を倒せるのですか?」
「倒すのではないな。狂騒神もモンスターだから、無限に近いヘルスを削っていけば倒せるが、そうするとクリアできなくなる」
アリアドネは、はてなという顔をする。
ウッサーもそうだったが、こいつらは倒すと教えられて来てるんだよな。
「あのな、狂騒神の正体は、この世界の創世神、えっと創聖神だったっけ。そいつの化身なんだよ」
「いや、そんなことあり得ません。なんで世界を創聖した創聖神様が、世界の滅びを望まれるんですか!」
「そんなこと俺に聞かれても知ったこっちゃないけど、ウッサーは創聖破綻と言っていただろう。創聖を破綻させる。世界を滅ぼすなんてこと、創造した本人にしかできないだろう」
「そんなことは……しかし、まさかそんなことが!」
アリアドネは思い当たる節があったらしく、強くは反論してこなかった。
別に、どうだっていいことなんだけど。俺のほうが正しいのだと、アリアドネを説得する必要性も感じない。
「俺はこの世界の人間ではないからよくは知らないが、今のこの世界は上手く行ってないんだろ。ゲームでも、どうしようもなくなったらリセットボタンを押したくなる欲望に駆られるのは当然だと思う」
「この地に生きる人々が、世界への愛を失ったことを創聖神様が嘆いておられたというのは聞いたことがあります」
「だったら、それが原因なのかもな。お前らの神様が、何を思ってこんなことをしたかは知らない。俺が知ってるのはゲームのクリア方法だけだ」
「ご主人様は、創聖神様のお怒りの鎮め方までお知りになられているということなのですね。やはり、ご主人様も妾と同じように人族の祭祀王に連なる尊きお方なのでしたか。運命を感じます」
アリアドネは、どうしても俺をよく分からん王様の親戚にしたいらしい。
自分が仕えてるんだから、偉い人物であって欲しいというのは分らなくもないが、誤解されるのも困る。
「アリアドネ、そこは違うと否定しておく。俺は異世界から来た人間だ。言ってなかったか、俺達の仲間もウッサー以外はみんなそうだ」
「ウッサーというと、ご主人様の配偶者を自称しておられるラビッタラビット族の武闘家のことですね。なるほど、他の種族の戦士とともに、地球という世界より来たれる人達が創聖破綻を食い止める。妾の聞いた、予言通りです」
「お前らの祭祀王というのは、クリアの仕方まで教えてくれないんだから、中途半端な予言だよな」
「ご主人様が、来られるということを見越してなのでしょうか。考えますに、ご主人様こそが世界を救う本命であって、妾達はそれを補佐する立場に過ぎないのかもしれません」
「それもおかしな話だけどな。お前らの世界の問題だから、お前らで解決すべきだろ」
「妾は、これでもシルフィード族の祭祀王の血脈を引いております。その妾がご主人様を見たときに、これは妾がお仕えすべき尊きお方だと本能的に見定めましたことも、全て意味があると思われます」
アリアドネの目が節穴なだけだと思うけどな。
そう言おうとしたときに、リュックサックの中の『遠見の水晶』が騒ぎ出した。アリアドネに隠れる様に命じてから、応答する。
「真城ワタルくん!」
「どうした、七海。モンスターは全部片付けたから、あとは下まで来るだけだぞ」
時間的に余裕があるとみたから、アリアドネの無駄話に付き合ってたんだが、七海の声は切迫しているようだ。
すでに一番危険な地点は片付けたので、そんなに慌てるようなことはないと思うが。
「真城ワタルくんは、本当にモンスターを片付けたのか。いま、地下十六階なんだがここでももう二人殺されてしまった」
「なんだと! 犠牲は何人出たんだよ?」
「ダンジョンに入ってから、十二人が亡くなっている。行方不明者を入れると十八人か……」
「バカな、犠牲が多すぎだろ。あと、地下十六階というと黒の騎士団だよな。黒の騎士は、さっき俺が全滅させているはずだ」
アリアドネが残り一体を残して、全部地下十階に上げたのだ。
その残り一体を先ほど倒したのだから、黒の騎士が新たに湧いたにしても早すぎる。
そんな速度でモンスターが増えるなら、俺達は黒の騎士に負けているはずだ。
黒の騎士の姿を見たのかと、もう一度確認する。
「そうか、実はおかしいと思っていたんだ。大人数で動いているので、どうしても目の届かないところが出てくる。そのたびに、生徒が消えるんだ。黒の騎士は見ていない」
「なんだそれは、地下十六階は黒の騎士しかいない。他のモンスターが他の階層から来て襲われたとも考えられるが、姿が見えないってのは変だ」
「真城ワタルくん、そういうモンスターがいるってことはないのか?」
「隠密しつつ襲ってくるとか、そんな忍者みたいなモンスターはいない」
「そうか、真城ワタルくんにも分からない異常事態が起こってると見ていいわけだね。死体が見つからないこともあって、それで街に戻るか突っ切るか相談したんだが、もうここまで来たんだから突っ切るしかないと、なりふり構わずここまで降りてきたんだ。
「その判断は、おそらく正しい」
「確かにモンスターの抵抗は少なかった。それなのに多くの死亡者と行方不明者が出ているということは……」
明らかな異常事態。
行方不明者というのは、ダンジョンで消えたならもう死んでいると考えるべきだろう。
えっと、すると生徒は残り四十三人か。俺達が切り開いた安全圏を最短ルートで下りてくるだけなのに、殺られすぎだ。
一体何が起こっている。
「そうだ七海……瀬木は、無事なんだろうな?」
「瀬木碧くん達の集団は、比較的大丈夫というべきなんだろうね。九条久美子くんや、ウッサーくんの目の届く範囲は大丈夫なんだ。だから和葉も無事だが、それ以外の僕達の眼が届かない生徒が次々と……」
「もういい分かった。急いだのは正解だ。一刻も早くこっちに来てくれ。俺も、すぐにクリアできる用意を整えておく」
地下十六階まで来たんならもうすぐだ。
その間に四つの試練の部屋をクリアしておく。
と、ふとアリアドネを見る。
そうだ、こいつがいたな。俺は、自らの『減術師の外套』を脱いで、アリアドネに渡す。
「ご主人様、これは?」
「アリアドネ。このマントは、隠密の力を上げる。極まったお前の実力なら、七海達からも身を隠せるはずだろう」
「それは、隠密も可能ですが」
「だったら、これからはそうすることを命じる。お前が七海達に見つかると厄介だから見つかるなよ」
アリアドネは、少し迷った様子を見せてから、俺の渡した『減術師の外套』を身に着けて、隠密状態に入った。
俺の眼から見ても、よく目を凝らして見ないと見つからないぐらいに消えている。
「では、妾は息を潜めて、陰ながらご主人様をお守りします」
そういう意味で隠れろと言ったわけではないのだが、いまさら単独プレイもあったものじゃない。
アリアドネが、何をしてても害はないかと思って、好きにさせておくことにした。
この地下十九階に、雑魚のモンスターは出ない。
もうここまでくれば、もうゲームクリアは間近だ。
俺は四つの神封石を入手しに向かう。
その四つの試練は簡単だ。
まず第一の赤の扉。
俺を出迎えたのは、掴み所がないものだった。
「やあ、よくぞここまで」
「御託はいい、さっさと赤の神封石をよこせ」
「なんだよ~、せっかくだから俺はこの赤の扉を選ぶぜじゃないの?」
「どっかで聞いたふうな無駄口だが、付き合ってる暇はない」
赤い背広のような服を着た特徴的なところが一切ない影のような男。
掴み所がないものの言うことに惑わされてはいけない。
おしゃべり好きで、こいつの言っていることにもっともらしいが、全て意味が無い。
一度付き合うと、もっともらしい大法螺に、延々と付き合わされることになる。
ゲームでは、とにかく取り合わない選択肢を選ぶことでクリアだった。こういうセンスもジェノサイド・リアリティーだ。
ここまできても心理攻撃。
「最終階層なんだぜ、もうちょっと付き合ってくれてもいいだろう」
「大人しく、神封石を渡しとけ、お前の頭を叩き割ってやってもいいんだぞ?」
俺は、孤絶を構えて脅す。
「ハハハッ、ボクにゃぁ攻撃できねーようになってるんだよ」
「そうか、できるってことだな。悪い」
脅すといったのは嘘だった。
面倒なので、頭を叩き割ってやった。こっちは時間がない。
グシャッと、あっけなく潰れて赤い塊となって終わり。
掴み所がないものであった胴体が倒れた後ろの棚に、『赤の神封石』が出現した。
「時間があれば、もうちょっと御託に付き合ってやっても良かったんだが、今は非常時だから悪かった」
次は青の扉には、調停するものという存在が待っている。
「血塗られた刃物を持って、この神聖なる試練の門に足を踏み入れるか冒険者?」
青い法曹服のような服を着た威厳ある男。
調停するものの声は、美しい調度で飾り立てられた神殿のような青い部屋に響き渡る。
「汚い格好で済まないが、俺に血塗られてないところなんてない」
「汝冒険者よ、そんな身となりなりて、どうしてそこまで終わりを目指そうとする。その先に、何がある?」
「お前らは、質問しないと死ぬ病気にでもかかっているのか?」
「そのために我らはここにある、さあ質問だ」
試験官にでもなったつもりか。
「頭を叩き割って通ってもいいんだぞ?」
「質問に答えたら、お前の欲しいものを渡そう」
頭を叩き割るというのは、脅しではない。
邪魔をするなら、本当に叩き潰して先に進むつもりだが、一言で済むならまあいいか。
「俺がクリアを目指すのは、元の世界に戻してやりたい奴らがいるからだ」
「他人のためと? 自らの意志を曲げてまで、尽くす価値があるのか?」
こいつらは、俺が本当は元の世界に戻りたくないと知っているらしい。
なるほど、最後まで心理攻撃だな。付き合いきれない。
「質問には答えた。今度質問したら、頭を叩き割る」
「……青の神封石だ、持っていけ」
調停するものは約束を守って俺に神封石を投げ渡した。
しっかりと受け取る。
素直に渡すとは。
それを意外に思った俺は、一言だけ質問を返す。
「なあ、なぜ素直に渡した?」
「異なことを、お前が寄越せと言ったのだ。我の役割は、先の問いかけで終わっている」
そういうと、調停するものの姿は虚空へと掻き消えた。
意味が分からんし、質問の意味なんかないのかもしれない。これは、そういう演出なんだと思っておくしかないな。
第三の試練、黒の門
現れた孤立するものの姿は、血塗られた孤絶を肩に構えて、薮睨みの眼は油断なくこちらの隙を窺う、殺気に満ちた若い男だった。
まだガキの癖に、世界を敵に回しても戦い抜く覚悟を決めた。
戦意過剰、自信過剰、殺意過剰の高校生。
街であったら目を逸らす、一目でカタギじゃないと分かるヤバイ奴だった。
その姿は、まるで俺に生き写しだった。
……というか、あれ俺だよな。
俺のつもりなんだよな。
そう心で独白してから、いやいやと否定する。
いや、俺ってこれほど酷くないだろ。パッと見似てるけども、人相悪すぎ。ちょっと悪意ありすぎのディフォルメじゃないか。
「俺って、これほど酷くないだろ?」
「ああ?」
俺の心を言い当てるようなことを言って笑ったので、イラッとした。
こいつは、また最悪の心理攻撃だな。
「俺のご想像どおり、俺は俺を模した存在だ。力も装備も同じだ、何なら孤絶を撃ち合って見るか? 俺はお前そのものの姿を模しているから決着は付かないぞ」
「時間稼ぎのつもりか、いい加減にしろよ」
何ならもう一人の俺と戦ってもいいけど。
ここまできて、そんな面倒な展開は懲り懲りだ。時間も差し迫ってるんだよ。
「どうせ、俺が勝つに決まってるもんな。分かりきった勝負をするのもつまらない」
「お前ほんとムカツクな」
俺は思わずカッとなった。それが、相手の思うつぼだと思うので怒りを抑える。
目付きの悪いガキが、上から目線でくだらんことをほざきやがる。
それが自分だと自覚させられるので、なおも苛立つ。
自分というものを目の前にして、怒りに震えない人間はいない。
「これはさ、自分に打ち克てとか、そういうつまらん試練じゃないんだよ。つまり客観視だな」
「自分を客観的に見ろと、お前は何様のつもりだよ」
「もちろん、『俺様のつもり』だよ。良くも悪くも俺。これはジェノサイド・リアリティーの悪あがきでもあるね。俺にクリアして欲しくないのさ、ずっとここで遊んでいて欲しいってね」
「ふん」
「狂騒神が封印されて、創聖破綻が回避される。世界が救われて、めでたしめでたしだがモンスターである俺達はどうなる?」
「世界の代わりに、お前らが滅びればいいだろ」
「さすが俺だな。仮にも命あるものに、簡単に滅びろと言ってしまえるとは」
「それが、ジェノサイド・リアリティーのルールだ」
「そうだな。強いもののみが生き残る。それが俺の性には合っている。俺達は、もうここのルールでしか生きていけないのに、なぜ終わらせるかってことだ。元の世界に戻ったってろくなことには、おっと!」
俺が孤絶で撃ちかかろうとする気を逸らした。
さすがに、俺と同程度の力を持つだけあってできる。本当に、力は互角か。戦えば負けないが、時間がかかるな。
「なあ、そんなに怒るなよ。殺し合いじゃなくて、話し合いで決着を付けようと言ってるんだぜ?」
「怒ってはいない。無駄な戦闘以上に、意味のないおしゃべりが面倒なだけだ」
「意味ならあるさ。このジェノサイド・リアリティーにも、お前がここで行った全ての行動にもみんな意味がある。それは、俺である俺が保証して、おっと!」
俺は、渾身の力で孤絶を一閃させてた。
同じような青白い軌跡を描いて、二本の野太刀は交差する。避けきれないと思ったから受けたのだろう、実力はまさに互角。
「ふん、くだらんおしゃべりに付き合うのも嫌だが、戦闘での決着も時間が掛かりそうだな」
「確かにこうして戦うのもいい。俺が、俺とここで対峙することにも意味がある」
一呼吸ついた俺は相手の呼吸を読んでから、意表を突いた動きで、再び横薙ぎに刀を振るった。
だがそれも読まれていたようで、全力で振るった横一文字は、いともたやすく受け流される。
「おい、『いともたやすく』じゃねえよ。これでも、かなりギリギリなんだぜ?」
そう言って、笑ってみせる俺の姿は無性に腹が立った。
ギリギリのところで、そうやって余裕ぶって見せるのもまさに俺の姿だろうから。
「はぁ、まあいい。戦闘は、本当に止めだ」
「これ以上続けても、こっちの術中に乗るだけか? 時間稼ぎだと思ってるようだが、そうじゃないぞ。俺は言っただろ、全てに意味があると」
ムカつく誘導だった。
こういう展開、本当に頭にくる。
「じゃあなんだよ! 俺が元の世界に戻りたくないのに、それを曲げてまでクリアするのは、瀬木のためとか七海のためとか、あるいは和葉のためとか。そういうことを俺に言わせて、光の俺が闇の俺に勝つみたいな茶番をやらせてぇのか!」
「アハハッ、それを先に言っちゃったらお終いだな。その展開もやってやろうと思ったが、諦める」
「まさに、茶番だろ。俺を模してるなら分かるはずだ。七海ならともかく俺の行為に、そういう正義みたいなものはない。悪ですらない。ただ感情に押し流されて、その場その場で優先するものを変えているだけだ」
「そういうのも真実の吐露めいた嘘だろ? 全部分かっちまうんだぜ」
「分かってるなら、話す意味ないだろ」
「俺ながら、なんでそうも素直にならないかね。話を続けるが、俺がジェノサイド・リアリティーで学んだ力を持ってすれば、現実に立ち向かえると思った。だから帰っても構わないんだ。そこは俺の言うとおりだ、俺が本当に帰りたくないと思えば、俺は他人のためなんかに動かない。俺は、俺のために動いている」
「だったら、さっさと神封石を寄越せ。俺は、俺のためにゲームを終わらせるだけだ」
「……分かった。もういいだろう」
俺に扮した孤立するものは、俺に黒の神封石を手渡した。
あっけなくこっちの間合いに入って手渡すから、今なら殺れるなと一瞬思ったが、殺らなかった。
俺の目的は、こいつを殺すことではなく神封石を手に入れることだ。
だから、殺る必要はない。
だが、向こうが殺らないとは限らないので、俺は警戒しつつゆっくりと部屋から立ち去ろうとする。
そんな俺に向かって、孤立するものは最後に声をかけた。
「同じ俺のよしみで、忠告してやろう。これから、何が起きても、誰が死んでも、『自分のせいだ』なんて思うなよ。これは、俺が七海修一に言った言葉だ。気がついていないと思うが、俺が口にする言葉は、全部俺に向かっても言っている言葉なんだ」
「さっさと消えろよ!」
本当に、もう一人の俺を見せられるというのはムカツクものだ。
俺であって、俺ではないもの、孤立するものはさらに俺を模した癇に障る声で言葉を続ける。
「ジェノサイド・リアリティーは、最後までいやらしい。これで終わりだとは思うな。さらに人は死ぬ。俺は、見たくないものを目にすることとなる。この殺戮迷宮は、俺が望む世界を打ち砕くだろう。だが、最後まで希望は捨てるな。全ては……」
そこで、孤立するものの姿は掻き消えた。
「全ては意味がある」と、そう言いたかったのだろう。
最後まで、芝居がかったムカツク野郎だった。
予言めいた言葉は、見え見えの悪いフラグ。
希望を捨てるなだと?
俺に化けたのに、そんなことも分からないのか。
俺が何度、挫折を繰り返してきたと思っているんだ。
この先に誰が死んでも、何があっても、脛に付いた無数の傷が一つ増えるだけだ。
ヘルスポーションでも飲んで回復して、また先に進むだけだ。
次回更新予定、11/14(金)です。