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ジェノサイド・リアリティー  作者: 風来山
第一部 『ジェノサイド・リアリティー』
79/223

79.地下十階の清掃

黒の騎士(ブラック・デスナイト)でしたら、地下十六階の最奥に一名を残して、全兵力を地下十階のエレベーター前に集結させるように命じてあります」

「そうか、やはりお前がエレベーターを稼働させて、街へと侵攻させるつもりだったんだな」


「妾が、ではありませんが……」

「そうだったな。お前は赤の鎧の呪いに身体を乗っ取られていたのだから責は問わない。むしろ、そのおかげで敵の動きも分かったわけだ」


 アリアドネは、神妙な顔で頷く。

 そうだ、俺がこいつを殺さずに生かしたのは、善意ではない。


 残りの黒の騎士団の動向。それを指示した本人に聞くのが、一番話が早いではないか。

 ダンジョンのどこにいるか分からない敵を相手にすることを思えば、この情報だけでも生かしておく価値はある。


 しかし、やはり街への侵攻準備をしていたのかと冷や汗が出る。

 七海達の頑張りや、瀬木のあの大型爆弾弩バリスタがなければ、エレベーター占拠による、街への再度の侵攻が成功していたかもしれない。


 本当に、危ないところだったのだ。

 だが、ここまできたらあとは俺一人でも始末できる。


「良し。では俺が地下十階の黒の騎士(ブラック・デスナイト)をちょっといって清掃してくる」

「ご、ご主人様お待ち下さい。お一人では危険です」


 アリアドネは、また俺の足にひっしとしがみついてくる。

 いい加減、それ止めて欲しいんだけど……。


 慣れた女ならまだいいけど。

 知らん女にベタベタ身体に触られると、俺はちょっと焦る。


 生理的に苦手なんだよ。

 しかし、弱みは見せたくない……。


「アリアドネ、どうして止める?」

「地下十階に上がってくる黒の騎士(ブラック・デスナイト)は、総勢三十八名であります」


「はぁ? ……三十八体もいるのか!」


 あれだけ叩いたのに、まだそれほどの戦力を残していたか。

 一気に来たらちょっとした軍隊じゃねえか。本当に、油断ならない連中だ。


「はい、地下十四階、十五階、十六階層のすべてを集結させた全兵力です。地下へと侵攻してくるご主人様達の動きが分かってからは、全力で騎士団の兵数を増やすことに専念しましたので」


 あの地下十六階の攻略のとき、左右の隠し通路のどちらに黒の騎士(ブラック・デスナイト)を潜ませていたのかという選択があったが。

 何のことはない、アリアドネによるとその両方の通路に潜ませていたらしい。


 俺という強敵を相手に、紅の騎士カーマイン・デスナイトも、必死だった。

 他の階層を放棄して、全力で戦力を結集して、圧倒的な敵である俺達を叩き潰そうとしたのだ。


 そう考えれば悪い気はしない。紅の騎士カーマイン・デスナイト達の視点からみれば、俺達が敵の総本部へと侵攻して行った形になるわけだ。

 まったく、どっちが侵略者か分かったものではない。仮初めの命でも与えられれば、モンスターだって必死で生きようとする。


 正義とは、常に相対的なものだ。

 勝ったほうが正義となるのが世の常だ。そして、俺は負けるつもりはない。


「三十八体か、多少キツイが俺なら殺れるさ」

「ご主人様、黒の騎士団を倒すに当たって、私に策がございます。どうぞ、お任せ……」


 そこで、アリアドネはゲホゲホと咳き込んで倒れた。

 任せろと言って倒れる奴がいるかよ。


「おい、どうした大丈夫か」

「すみません、お水を、一杯だけ……ゲホゲホッ」


 なんだ、喉が乾いているならそう言えばいいのに。

 慌てて水袋を取り出して、口に咥えさせてやる。おい、慌てて呑むなよ。余計に咳き込むだろ。


「ねえ! やっぱりご飯にしたほうがいいんじゃないかなぁー!」


 飢え渇いているアリアドネの様子をみてとったのか、和葉がそう提案するので飯が先という話になってしまった。

 地下十階へと登って、エレベーター前に集結する黒の騎士団はそこで動かないはずなので、そこまで焦る必要はないけれど。


 本当、俺の調子を狂わせてくれる女ばかりだ。


     ※※※


 なるほど、和葉が話の腰を折ってまで、食べろ食べろと勧めるわけだ。

 レッドドラゴンの熟成肉は、信じれないほど美味かった。


「真城くん、ご飯もあるからね」

「ああっ、ありがとう」


 和葉は、俺が言わなくても、ちゃんと白飯を用意してくれている。

 何も言わなくても気が利く和葉がいてくれると、便利すぎてダメになりそうだ。


 ドラゴンステーキの熟成肉は、白飯にも良く合うのだ。

 焼き肉をご飯に載せてワシワシと食べると、脳天に突き上げるような旨さだ。うん、やっぱ肉には白飯。


「しかし、ドラゴンステーキの熟成肉は、美味いとしか言えないな」

「……言葉を失うわね」


 和葉の料理をあまり褒めたらがない久美子ですら、夢中で食べている。

 俺だって箸が止まらない、口の中で肉がさらっと蕩ける。これまでのどんな美食よりも優っている。


 レッドドラゴンの熟成肉には、最高級の松阪肉の霜降りでも勝てないだろう。

 まず香りが違うのだ。肉の香りではなく、フレッシュで爽やかな香りがする。それが、霜降り肉よりもさっぱりした旨味にさらに深みを与えているようだ。


 ドラゴンステーキの熟成肉。ダンジョンの奥深くでしか味わえぬ、深淵の味である。

 肉を超えた肉。もはや、これは美味いを超えている。


 淡麗な口当たりでありながら濃厚な深みが舌に残る。

 その極限まで熟成された肉の旨味は、エレガントでありながら自然の野趣も感じさせる。


 もはや、この旨味は他のものに例えようがない。

 これまで人類が出会ったことがない新しい旨味。魔法的な美味。


「よかった、喜んでもらえて」


 みんなに料理を食べさせる和葉は、いつも嬉しそうな顔している。

 久美子は、皿に載った熟成肉ステーキを綺麗に平らげておいて、フォークとスプーンを置いて言う。


「でも、和葉さんの料理が勝ったんじゃないわよ。レッドドラゴンの熟成肉が美味しかっただけだということを忘れないで」

「どんな負け惜しみだよ久美子。素材の味はあるが、熟成肉に加工したのも和葉だろ……」


 あと、無言で食べ続けているウッサーもだが、アリアドネ姫の食いっぷりが凄かった。

 二人とも鬼気迫る顔で食べている。もう食べているというか、吸収している。


 ドラゴンステーキが好物のウッサーは分かるが、アリアドネはどうやら極度の空腹だったらしい。

 声がかすれていたのは、喉が乾いていたせいもあったらしいが、腹も減っていたようだ。


 空腹からいきなり、そんなに急いで肉を食べて大丈夫なのだろうか心配になるのだが、止めらない迫力がある。

 細面のアリアドネが、大食漢のウッサーに競り勝つぐらい、飲むわ、食うわ……。


 どちらかといえば、アリアドネは言動が上品なイメージがあったのだが。

 食い物ならなんでもいい状態で極上の美味を饗されて、とても外面など気にしていられる状況ではなくなったようだ。


 俺は、どんどんウッサーとアリアドネが平らげるたびに、新しい肉の皿を差し出す和葉の嬉しそうな様子を眺めながら。

 ここまで飢え渇いているにもかかわらず、水や食料をくれとも言わなかったアリアドネは、本当に死ぬつもりだったのだろうと思った。


 睡眠と違い、空腹はかなり耐えることができるが。

 それでも、ジェノサイド・リアリティーでも空腹と喉の渇きが限界に達すると、やがてヘルスとスタミナが削られて死ぬ。


 そうやって死ぬのはかなりの苦痛を伴うが。

 罪の意識に苛まれているアリアドネは、苦痛な死こそ望むところだったのかもしれない。


 俺は、ウッサーとアリアドネの猛烈な食事が終わるのを待ってから聞く。


「それで、アリアドネ。策があると言ってたな」

「わらっ、失礼……」


 和葉は、アリアドネに口を拭くナプキンを差し出す。

 本当にお母さんみたいだな、和葉は。


「まあ、良いから。ゆっくりしゃべれ」

「妾が、君主の聖衣を身に着けてエクスカリバーを持って、適当な赤い兜を持って現れれば、黒の騎士(ブラック・デスナイト)はまだ言うことを聞くのではないかと思います」


「お前は、またあの装備を身に付けるのか」

「はい、おそらく大丈夫です。兜が割れた段階で、私の呪いは解けてますから」


「そうか、黒の騎士(ブラック・デスナイト)を騙すわけだな。もう一度操られる危険はないのか?」

「大丈夫だと思いますが、もし万が一操られたらその場で殺して下さい。どうにかして償いのチャンスをいただけなければ、私は生きていられません」


 本人がそういうなら、そうさせてやるか。

 手足を拘束しながら装備させて、また操られたら倒せばいい。


「ふうむ……じゃあ、やってみるか」

「あら、ワタルくんは、アリアドネの言うことは良く聞くのね」


「なんだ久美子?」

「別に……だけど、私がそんな提案をしたら、意固地になって俺は一人でやるから助けはいらないとか言うくせに」


 そうでもあるかな。

 まあ、あれだ。


 君主の聖衣と、エクスカリバー。

 このまま使わないでゲームを終えるのも、もったいないとは思っていたところだ。


 あと使わないのはもったいないのは、アリアドネの剣技も含めてのことだ。

 憎き敵とはいえ、あの流れるような剣に俺は見惚れていた。


 そんなこと、絶対に口にはしないけど。

 このジェノサイド・リアリティーで、俺が本当に強敵ライバルだと思ったのは、紅の騎士カーマイン・デスナイトだけだ。


 何度も、何度も、己の全てをぶつけ合った喜びがあった。それは、剣士としての充実だ。

 あの激闘の果てでなら、俺は死んでも本望だと何度も思った。


 その剣を腐らせることは、俺にはできん。

 誇り高き剣士が剣の借りを剣で返すというのなら、奴隷になられるよりそっちのほうがよっぽど嬉しいのだ。


     ※※※


 結局のところ、君主の聖衣とエクスカリバーにもう呪いはなかった。

 装備したアリアドネは、平気な顔をしていた。


 そこで、久美子が持っているアイテムの中から、なるべく紅の騎士カーマイン・デスナイトっぽく見える赤い兜を選んで被らせる。

 これで、偽者の紅の騎士カーマイン・デスナイトが完成した。


 地下十階、エレベーター前。

 三十八体の黒の騎士(ブラック・デスナイト)が立ち並んでいるところに、アリアドネは行く。


 そして、四体ずつ分散させて、次の部屋に隠れている俺と久美子とウッサーのところに送り込んで、次々と叩いていく。

 もし、アリアドネの扮装が暴かれて失敗したら、全員で通路で戦う。


 三十八体と一度に戦うのはちょっと厳しいが、この最強の四人集団(パーティー)でなら殺れないことはない。

 まあ、そういう単純な作戦――


 殺ってみると簡単だった。

 アリアドネは、黒の騎士(ブラック・デスナイト)を騙すことに簡単に成功した。


 次々と、四体ずつ来る黒の騎士(ブラック・デスナイト)の首を、俺達は飛ばしていく。

 音も立てずに一瞬で、二体の首を飛ばすことなど今の俺には容易い。


「旦那様、さらに出来るようになりましたデス」

「そうかな……」


 近頃、自分が思うよりも速く手が動いている。

 殺ると思うよりも前に、殺っている――


 もちろん、この意識よりも剣が速く走る感覚は、戦闘で異常に集中力が高まった場合だけだが。

 自分の認知の限界を超えて刀が振るえるのは楽しかった。


 やはり、黒の騎士(ブラック・デスナイト)は手応えのある敵だ。

 首を斬り飛ばすたびに、刀が鋭さを増すのが分かる。経験値が上がっていく確かな感覚。


 久美子とウッサーにも、まあ一体ずつくれてやるが、かなり強くなった彼女らにとっても、それは赤子の手を捻るようなもの。

 そうやって快調に始末していったのだが、二十四体目を屠ったあと、急に敵が来なくなった。


「何かあったんじゃない?」


 久美子が、そう言う間に、俺はアリアドネが居るエレベーター前に駆けて行って立ち止まり。

 その光景に絶句した。


 周りに黒い鎧の山を築いたアリアドネが、エクスカリバーを無造作に握り一人たたずんていた。

 残り十四体をたった一人で斬り飛ばしたのだ――無茶をする!


 そう思わず叱責しそうになったが、彼女は無茶をしたわけではない。

 同じ剣士である俺には分かる。


 四体ずつこちらに送り出して行ったアリアドネだったが、冷静に状況を見て『残り十四体なら、自分一人で瞬殺できる』と判断して、成すべきことを成した。

 それだけだ。


 その独断専行をやりすぎだとか、チームプレイを乱すなとか注意するべきだろうか。

 この俺が、それを言うのか?


 ソロプレイを重んじる俺が、それを非難できる立場でもないだろ。

 一人で殺りたければ、殺ればいいじゃないか。


 俺は、そう思い直して、それでも苦い笑いを浮かべてアリアドネの目の前まで行く。

 君主の聖衣に身を固め、エクスカリバーを構えた誇り高きシルフィード族の聖騎士は、俺の前に平伏する。


 剣を床に置き、赤い兜を脱いで、俺の足元に金糸がごとき綺羅びやかな長い髪を垂れた。

 その姿は、地に伏してなお、気高く美しいと思えた。


「まあなんだ……良く殺った、アリアドネ」

「御意のままに……」


 目的は黒の騎士(ブラック・デスナイト)の討伐。アリアドネは、正しくそれを成した。

 俺としては、良くやったとしか言いようが無い。

次回更新予定、10/30(金)です。

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