77.双剣遊技
「古屋ぁぁ!」
三上が悲痛な叫びを上げて、駆け寄るがすでに古屋広志は死んでいる。
死んだものは、いくらジェノサイド・リアリティーでも生き返らせることはできない。
古屋は、運のいい男だった。みんなに愛される、気のいい奴だった。
どんなに無様でも、ここまで生き延びてきたのに。
しかし、幅広の剣で胸を貫かれて心臓を潰されたら生きていられない。
また、一人死んだ。
「よくも古屋を、殺りやがったなぁ!」
普段は冷静な三上が怒りに燃えて『三叉の神矛』を突き上げるが、そのスプラッシュトライデントでも紅の騎士は微動だにしない。
三上だって常人レベルでは強いが、強さの格が違う。
どれほど三上が怒りに震えても、心だけでは埋められない。
その力の差は、絶対的。
俺の聖銀の長剣と『孤絶』の攻撃すら、その双剣術に全てを受け止められる。
この期に及んで、俺の二刀流を即興で完全コピーして、それをさらに実戦の中で高めて上回るというのか。
お前は、どんな少年漫画の主人公だよ。数の有利が、才能に凌駕されるとかねぇだろ。
人が死ぬリアルで、こんな反則許されていいわけがない!
「クソがぁ……」
悪態ついて、気持ちを入れ替える。冷静になれと、俺は呼吸を深くした。
無闇に打ち込むだけでは、敵に経験値を稼がせるだけに終わる。それでは、犠牲が増えるだけ。
敵はたった一人だ。大部隊で囲んでいるこちらのほうが、まだ有利。
しかし、撃ちこめば撃ち込むほど、紅の騎士の双剣術はそのスピードとパワーを増していく。
二刀流、古武術で言えば二天一流。
かの剣豪、宮本武蔵が「手が二本あるのだから、剣も二本使えばいい」という単純な理屈で始めたその奇抜なる剣技は、そうやすやすと使いこなせるものではない。
いろんな武道を中途半端にやっては面倒臭くなって止めてしまう俺は、剣術ってカッコイイなと思って剣道道場にも通った経験があった。
すぐ飽きてしまったのだが、木刀と竹刀を使った我流の二刀流をやって遊んでたら師範代に「ふざけるな」と怒られたせいで、逆にムキになって熱心にやった覚えがある。
その経験があったから、辛うじて二刀流の真似事もできたのだ。
だからこそ、二刀流をいきなりやるのは無理だと言いたい。
二刀流とは、片手で重い刀を振るうことのできる、宮本武蔵の異常な膂力があって始めて可能となる剣技である。
理屈で言えば、俺も紅の騎士も、最強クラスの握力と膂力を持っているのだからやれる。
しかし、片手剣と両手剣では勝手が違いすぎる。
俺だって『孤絶』を振るうときは、左手の聖銀の長剣を盾の代わりに使っているに過ぎない。
聖銀の長剣の持つ、デスナイト系に倍増ダメージを与えるという特性を生かしたまま。
扱いが手馴れていて、サムライブラストのプラス補正もある『孤絶』を使うという裏ワザなのだ。
それなのに、紅の騎士は、両方の剣をまるで別の生き物のように巧みに使う。
俺の二刀流を上回るほど双剣を巧みに使い、間隙を縫って攻撃してくる七海達を相手にしても無双した。
なんという剣士としてのセンス、なんという土壇場での強さ。
このまま倒せなければ、何のために犠牲を出した。何のために、仁村は、古屋は死んだのだ!
「あと一撃なんだ……後一撃、兜に当てらればきっと……」
その俺の叫びも虚しく。
残った片方の手甲を砕かれて、ウッサーが斬り飛ばされてしまった。
圧倒的な力。プレッシャー。
その剣技の前に、ついに囲みは砕かれた。紅の騎士は悠々と逃げていく。
「ごめんデス!」
「いいっ、まだ終わってない!」
ここで決めなければ、増援も来てしまうかもしれないのだ。
いや、リスクを省みず速攻で街に飛んだ紅の騎士であれば、必ず全軍を街へと向かわせている。
ここで倒せなければ、街は滅びる。全ては終わる。
マナが回復せず、転移の呪文が使えない紅の騎士は、ダンジョンの入り口に向かっている。
そっちには、瀬木達がいる。
すぐに脳裏に、紅の騎士に惨殺される、瀬木達のビジョンが浮かんだ。
「させるかよぉぉ! 熱量 炎 電光!」
久々に使う魔闘術。俺は、足のマナをオーバーロードさせて、街中をぶっ飛んだ。
角度も調整せず慌てて上に飛んだために、街の建物に身体がこすってバシッと弾かれた。
無茶苦茶なハイジャンプだが、そうでもしないと間に合わない。
街の天井に向かって飛翔しながら、身体を無理やりひねって反転させる。
「熱量 炎 電光!」
やがて十メートル上の天井まで到達した俺は、さらに魔闘術で天井を蹴って下へ。
目指すは、瀬木達が守っているダンジョンの入り口。
しかし、敵もなんと速いことか。
眼下に見える紅の騎士は、まるで矢のように街を駆けている。
「間に合うかっ!」
間に合わせる。
俺はダンジョンの入り口へと砂煙を上げながら不時着する。
「し、真城くん!?」
「瀬木、敵がくる!」
「僕に任せてッ、みんな今だ!」
俺は、逃げろという意味で言ったんだけど。
それなのに、瀬木は向かってくる敵に立ち向かうつもりらしい。
それならば、また人が死ぬ。
俺にできるのは、できるだけ早く立ち上がって犠牲が一人でも少なく――
「なんだこりゃ」
瀬木達が構えているのは、巨大な大型弩だった。
その弾倉に詰まった、ありったけの爆弾ポーションを一気に放った。
とにかく無数、大量の爆弾ポーション。
狙いを付けるまもなく俺が叫ぶと同時に撃ち出されていったが、それが功を奏した。
紅の騎士がダンジョンの入り口を目指して、矢のように駆けていった先に。
爆弾ポーションが炸裂する弾幕!
一つ一つの爆弾ポーションは、それほど威力は高くない。
中級か、ぜいぜい上級。
紅の騎士の飛び道具を撥ね退ける特性上、直撃はない。
だが、これだけの数の爆弾ポーションは、直撃させる必要すらない。
大量の爆弾ポーションが着弾した瞬間。
眩いばかりの閃光、爆発のハレーション、盛大なる花火。
それは、瀬木達の集団がこの日のため。
この瞬間のために溜め込んだ、大量の爆弾ポーションであった。
「瀬木、これは……」
「これが僕達の考えた、街に攻め寄せる強敵に対する最後の奥の手」
そうか、瀬木達はどうしようもない強大な敵に対して、ただ震えているだけではなかったのだ。
ただ、守られているだけではなかった。
人間は道具を使う動物だ。
弱いからこそ工夫する。武器を持ち、防具で身を固めて、やがてその力は百獣の王をも上回る。
瀬木は、俺の親友は強い男なのだ。それを、守ってやるなんて俺の考えが甘かったんだな。
よくやってくれた。
「良し、後は任せろ!」
空からは、慌てて追いかけたのだろう久美子やウッサーが魔闘術で飛んでくるが、間に合わないだろう。
もう決めてしまう、この瞬間に決めてしまわなければ!
「最後だろ、アタシも!」
俺に追随できたのは、瀬木達の護衛にずっと待機していた木崎だけだった。
爆発の煙が晴れた視界の先に見えた、紅の騎士の姿に俺は足を止めた。
――無傷だと!
ジェノサイド・リアリティー最強防具君主の聖衣は、ゲームなら処理落ちでフリーズしてしまうほどの大爆発にも傷ひとつなかった。
ガチャリと甲冑を鳴らして、こちら向かって歩き出す。
斧を構える木崎、二刀を構える俺。
紅の騎士は、俺達を見て足を止める。
そのまま一切の隙もなく、エクスカリバーを構えたまま立ち尽くした。
――動かない?
そうか……やはり、無傷ではない。
紅の騎士は、左手に手に持った赤い剣を地面に突き刺した。
それでバランスを保ったつもりが、ついにグラっとよろけて片膝を突いた。
明らかに、爆弾ポーションで深いダメージを受けている。
爆風の衝撃に揺さぶられている。
そうだ、あの爆発の連打を浴びて耐えられるわけがない。いかに最強防具に身を固めようとも。
だって中に入っているのは『ただの人間』なのだから。
「これで終わりだ!」
俺が、聖銀の長剣を叩きつけた。
しかしそれを、エクスカリバーで撥ね退ける。
「真城、アタシがぁ」
斧を振りかぶって叩きつけようとした木崎を、一瞥もしないままに紅の騎士は、赤の剣で突き刺した。
圧倒的な剣術センス、だがそれもここまで――。
俺は、渾身の力を込めて『孤絶』を振り下ろした。
パリンと、ガラスが割れるような音を立てて、赤い兜が割れた。
「女?」
そのまま前に倒れた紅の騎士の中身は、金髪の髪をした碧い瞳の女だった。
頭を砕く勢いで兜を叩き割ったのだが、額から血が流れているだけで、おそらく生きている。
ただ一瞬、それが本当に生きている人間なのかどうか惑った。
彫刻のように、美しい顔をした女だったからだ。絶世の美女という言葉では足りない。精巧に作られた人形のような完全なる美形。
白人の顔立ちなのかと思うが、透き通るような肌は白雪のようだ。
あと耳が長い。この特徴だけで、人間ではないと分かる。ファンタジーによくいるエルフか?
ジェノサイド・リアリティーの世界設定に、エルフなんて存在しなかったけどな。
だったらこいつは。
「しんじょ……う、くるしぃ」
「あっ、悪い」
木崎が、苦しげに呻いている。
俺は駆け寄って、ヘルスポーションを飲ませながら、ゆっくりと胸に刺さった赤い剣を引き抜いてやった。
しかし、木崎もよく生きていたものだ。
貫かれたのが赤の剣ではなく、より幅広の刃を持つエクスカリバーだったら、おそらく命はなかった。
しかし、どれほどの重体でも、ヘルスポーションさえ飲ませれば傷は塞がる。
ここがジェノサイド・リアリティーでよかったというものだ。
「真城くん、こいつ殺すわよ!」
「まて、久美子。そいつはまだ生かしておけ」
久美子達が紅の騎士だったものを殺そうとするので、慌てて止める。
「でも、危ないデス!」
「武器を取り上げて鎧を脱がせ、それでロープでふん縛っておけば、呪いが続行していたとしても無力化できる」
もし、まだ暴れるようならそのときは殺すが、赤の鎧による憑依の呪いは続行していないと見ていた。
なぜなら、そこに階層ボスを倒したときに出現する宝箱が出ているから。
紅の騎士は、最後に残った赤の兜が砕けたときに倒されたのだ。
だったら、鎧の中に入っていたこいつは一体誰なのか、どこから来たのか。
どうして、紅の騎士に成り下がったのか。
いまは情報が欲しかった。
俺達は、ジェノサイド・リアリティーのことを分かっているようで、何も理解していない。
なにせ、地下十六階にいた女だ。情報を引き出せるだけ引き出すべきだ。
そのあとは……殺すことになるのだろうな。
こいつは、生徒をたくさん殺した敵だ。それを生かせとは俺も言えない。
殺すときは、俺が一刀のもとに殺る。それが、強敵への礼儀だ。
妖精のように美しい女が、久美子とウッサーによって裸に剥かれて縛られるのを、俺は冷徹に見下ろした。
「なんだこいつ、下に服も着てないのかよ」
「君主の聖衣を剥いだら、裸でしたわね。ところで、この防具はどうします?」
騎士系最強装備なら、七海に渡すべきかもしれないが。
やっぱり止めておこう。ここは、ジェノサイド・リアリティーだからな。
全てが終わったと油断した瞬間。
今度は、君主の聖衣にも呪いがかかっていて、それを着込んだ七海が紅の騎士と化すとか、あり得ない話ではない。
「エクスカリバーも、君主の聖衣も、俺が管理する」
エクスカリバーを拾い上げて、無限収納リュックサックに放り込む。
君主の聖衣は見た目よりずっと軽かった。さすがは最強防具だな、この程度の重さなら大したことはない。
あとは、『アリアドネの毛糸』。
もう分かっていたことだが、やはりこいつは、俺から奪った転移アイテムを使っていた。
宝箱も漁って中の宝石と、地下十六階の扉を開く『紅の鍵』を頂いておく。
そうして、後始末を済ましていると、七海達がやってきた。
殺された、古屋や仁村の死体もタンカで運ばれてくる。
他にも死傷者は多数でた。街はまた、傷ついた。
「古屋は、やっぱり即死だったか」
「ああ、残念だ。死体の処理は、真城ワタルくんが言った方法でしておく」
いかにも苦しげな表情をした七海は、眉根を顰めて頭を強く振った。
こんな辛い死別を、生徒会の指導者、七海修一は繰り返し続けている。
戦闘の犠牲、全ては七海の責任なのだ。
それが、指揮官になるということ。
俺はやっぱり、七海の真似はできん。したいとも思わん。
好き好んで、人の命の重さなど抱えたくはない。
「真城さん、やりましたね。貴方がみんなを助けてくれるヒーローだって私、信じてました!」
「……黛」
屈託なく、明るい様子で黛京華は俺に抱きついてくる。
俺は、この女の性格がよく分からない。自分の命を賭して京華を守った仁村を、一瞥だにしないとは。
仁村流砂は、京華が好きだったのかもしれない。仁村は、つっけんどんな奴だったが、京華だけは大事にしていた。
命をかけて守ったのだから、好きだったに違いない。
仁村は、慢心しがちな悪癖はあったものの、明らかに剣士としてのセンスがあった。
生き延びられるタイプだった。
あのときは、前に出た盾戦士と槍使いが殺られていた。
絶対に守りたい女が後ろにいなければ、仁村ほどの剣士が一撃で殺されるなんてことはなかったはず。
仁村を殺したのは、足手まといになった京華かもしれない。
この女は、そのことが分かっているのか?
京華の楚々としていながら、どこか艶のある笑顔を見て、俺はそれが『分かっているのではないか』と感じた。
確かに、京華は美しい女生徒である。
その長い艶のある髪は、絹糸のようであるし、愛らしい声は男の保護欲をそそる。
しかし、それは女のか弱さではなく、男を利用する強力な武器なのではないか。
こいつは、巧みに頼る男を変えて、ジェノサイド・リアリティーを最後まで生き延びていく女ではないか。
あたら有望な剣士が、美少女の言葉一つで盾となって散る。
だから、女は油断ならない。
俺も下手をすると、そこで死んでいる仁村と同じとなる。考えすぎかもしれないが、そんな恐ろしさに背筋が少し寒くなった。
何が深窓の令嬢だよと思うが、案外と令嬢というのはこういう強かな生き物かもしれない。
無垢なだけでは、女はここまで美しくはなれない。媚びなきゃな。
自分を守って死んだ仁村をさっさと切り捨てて、今度は俺に頼ろうと腕に絡み付いてくる女の得体のしれなさ。
それは、知り合っても間もないのにやたら馴れ馴れしい女を好きじゃないという、俺の偏見もあるだろうが。
コイツは、底の知れない部分があるぞという直感がある。
こういう女には特に気を許さないようにしようと、俺は思った。
次回更新予定、10/24(土)です。