76.街は地獄
「真城ワタルくん、まずどこに向かう?」
そこらで悲鳴でも上がっているかと思えば、街中は静まり返っている。
七海に行き先を聞かれて、俺は即座に答える。
「公会堂だな。町の中央であり、エリアを潰していく拠点に使いやすいということもあるが、紅の騎士達は、そこでの襲撃に一度成功してる」
人間は、追い詰められれば成功体験に固執する。
紅の騎士が、プレイヤーの特性を併せ持つなら、まず成功体験を繰り返すはずだ。
公園での襲撃、公会堂の襲撃……。
もちろん味方の生徒達も、同じような動きになるから奥の宿屋に向かって逃げる。
ダンジョンの入り口が生徒会の防衛本拠地になったことで、こっちに逃げてきた生徒もいたけど。切羽詰まった人が逃げる方向なんてのは、決まっているものだ。
敵は一人、生徒側は街中にバラバラに逃げるのが一番生存率が高いだろうが、人間はそうは効率的に動かない。
俺達と一軍の精鋭は、一丸となって町の中央、公会堂まで進む。
そこまで、殺された人間の姿はなかった。
つまり、敵はこちら側には来ていない。
公会堂の中に入ると、無残にも壁に斬り飛ばされた生徒の死体がいくつもあった。
斬撃の勢いが、あまりにも激しかったのだろう。
死体は真っ二つに斬り飛ばされたまま、壁にぶつかって弾け散った跡を残す。まるで悪趣味な現代アート、血と肉の花だ。
「誰か、生きているか!」
七海が大盾を構えて警戒しながら、公会堂に入って声をかけた。
紅の騎士が、奥から飛び出してくるという可能性はありえる。
「七海さん? 七海副会長ですか!」
奥から、女の子の声が聞こえた。
ガタッと、バリケードが外される音が聞こえた。
出てきたのは、黛京華と、二軍のリーダー仁村流砂だった。
どうやら彼らは、避難してきた生徒達とともに、公会堂の奥に逃げ込んだらしい。
結果的に、救助が間に合った形になる。
しかし、紅の騎士がこっちに来てないとなると。
「おい、黛。紅の騎士はどこに行ったんだ!」
「真城さん……やっぱり、助けに来てくれたんですね!」
感極まった声で、京華はむしゃぶりつくように俺に抱きついてきた。
極度の興奮に息を弾ませて、潤んだ瞳で上目遣いにこちらを見つめ、すがりついてくる。
抱きつくなら七海にしとけよ。深窓の姫を助ける騎士役はそっちだ。
七海なら、怖かったろうと抱きしめもしてやるだろうが、俺はそれどこじゃない。
この瞬間にも、俺の宿敵が飛び出してくるのではないかと思えば、腕の動きを制限されるのも苛立たしい。
学校でも一二を争う美少女だろうが、戦場でうつつを抜かすような気持ちにならん。そんなバカは、ジェノサイド・リアリティーではすぐ死ぬ。
「黛、お前だけを助けに来たわけじゃない。いいから、早く敵はどっちに行ったのか教えろ!」
俺に抱きついて離れない京華を即すと、仁村が叫んだ。
「あの状況じゃ、分かんねェよ!」
染めているのか天然なのか、前髪に一房白い髪が混じっている仁村は、髪を苛立たしげに前髪を弄っている。
仁村に聞くのが早いか。コイツが一番状況が見えてそうだ。
「いいから。分かることを言え、仁村」
「チッ……俺達がバリケードを築いたら、すぐに諦めてどっか行きやがった。あとテメェは、いつまで京華を抱いてんだ、離れやがれェ!」
向こうが抱きついて来たんだよ。
俺はしつこい黛京華の腕を振り払って、七海達に声をかける。
「敵はバリケードを崩す時間が惜しくて、おそらく奥の宿屋方角に逃げた生徒を追ったんだな」
「じゃあ、宿屋まですぐ助けに行こう!」
七海はそう言う。
まあ、それが正解だな。
「七海、ちゃんと固まっていくんだ。目的は、敵を確実に捕捉して囲んで倒すことだと忘れるな」
俺達が行こうとすると、仁村達も後ろから付いてくる。
七海に、「君達は生徒をダンジョンに避難させてくれ」と言われても引かない。
「待てェ、俺達も行く。敵に一泡吹かせてやらァ!」
「真城さんの近くに居たほうが、安全そうですもの……」
仁村は、圧倒的な敵を前にしてそれだけの強がりが言えるのだから上等だ。戦力になるなら猫の手でも借りたい状況だから、使い物になるなら来ればいい。
俺の背中に引っ付いてくる黛は、俺を盾にしそうな予感がしてちょっと怖いが、そうならないように気をつければいいだけだ。
「仁村、黛、付いてきたけりゃ勝手にしろ。ただお前らを守ってる余裕はないから、死ぬ気で戦って生き残れよ。七海もそれでいいな?」
「うん、敵を倒すのが先決だからね……」
七海は少し悔しそうに言った。今度は敵に警戒しながら、ゆっくりと宿屋まで向かう。敵が見つかったらすぐ声を上げる段取りになっている、
そう言えば、生徒会執行部(SS)の連中はどこに行ったんだろうと不意に思った。
もともと神宮寺のやつは顔を見せてなかったし。
執行部の腕章を付けた連中も、どさくさに紛れてすぐ姿が消えた。
「七海、神宮寺達はどこに行った」
「ああ、執行部なら街中からダンジョンに逃げてきた生徒を保護するとか言ってたね」
「ふうん……」
まあ、神宮寺達が討伐軍にいても糞の役にも立たないだろうからどうでもいいけど。
あいつら、危険が迫ったときになるとすぐ消えるな。
「真城ワタルくん、紅の騎士が出たらどうしたらいいんだ」
「誰かが、一瞬でも足止めしてくれればいい。俺にも考えがある」
紅の騎士の最強の剣と、最強の鎧。
俺の当世具足もサムライ系最強の防具なのだが、おそらく聖銀の剣は攻撃力で劣る。
だとしたら、俺にはもうこれしかない。
俺は、肩に背負い直した長大な野太刀、決して砕けぬ隕鉄の刃、『孤絶』の柄に右手で触れた。
「真城ワタルくん、もうすぐ宿屋だが……」
「敵は出てこないな、まず突き当りまで行ってみるか」
「これは酷い……」
宿屋の宿泊先を選ぶパネルが血だらけになっている。
パネルは全室埋まっている。そこに、死体が折り重なるように倒れていた。
先に逃げた連中が我先に逃げ込んで、全室埋まってしまったのだ。
後から来たものは為す術もなくパネル前で惨殺されたのか。
「七海、宿屋の中にいる可能性もある」
宿屋の各部屋に繋がる通路のところに、紅の騎士が潜んでいる可能性もある。
誰が奥まで確認するのか、すぐ言い争いになった。
「あーお前ら騒ぐな、俺が行く」
「ワタルくん、危ないわよ!」
久美子が騒ぐが、俺なら一撃は必ず受けられる。
俺がぶつかれるなら、それが一番いいのだ。
「最上級 放散 刻限 敏捷」
念のためにスローの呪文をかけてから、聖銀の剣を左手に構えて、宿屋の通路の奥まで進んだが誰も居なかった。
宿屋の中に隠れている生徒達は音も立てない。
「ハズレか……」
そのとき、宿屋の前から怒号と悲鳴が上がった。
そっちが襲われたか。俺が、表に飛び出ていくとそこでは戦闘が始まっていた。
七海達の討伐隊を後ろから襲った紅の騎士は、最後尾に居た、仁村達二軍を襲う。
二軍の生き残りは、盾戦士、槍使い、剣士である仁村、魔法使いである黛の四人集団。
俺が出たときは、もう悲鳴を上げる京華と、それを身体を張って守る仁村しか生き残っていなかった。
盾戦士、槍使いは一瞬にして血まみれの肉片へと変わっている。七海達は、二軍を助けようと動くが遅い。
そして、それよりもはるかに動きの速い久美子とウッサーは、攻撃を控えて左右から紅の騎士を大きく囲んで、逃がさないようにしている。
仁村達は捨て石にして、俺の命じた通りに足止めをするつもりだろう。
非情の策だが、よくやってくれた。
音を置き去りにするスピードで、斬撃を繰り出す紅の騎士。
ジェノサイド・リアリティー最強武器、エクスカリバーの斬撃の前に、エストックを構えて立ち向かった仁村も無残に斬られようとする。
スピードも、パワーも、違いすぎる。仁村は、一矢報いることすらできない。
「ぐぁぁあぁぁぁ!」
それでも仁村は、前へと出た。
真一文字に斬り込んでくる紅の騎士に対して、無謀にも真正面から剣を構えたのだ。
砕けるエストック、頭から真っ二つに斬り裂かれる身体。悲鳴にも似た、断末魔の怒声。魂すら吹き飛ぶほどの斬撃が襲う。
それでも、仁村は後ろに弾き飛ばされなかった。
剣を砕かれ、肉を刻まれ、骨を砕かれる激痛の中でも、微動だにせず立ち尽くした。
決して後ろには倒れない。その背中に、女を守っていたからだ。
血柱と化した仁村の魂は、もう次の瞬間には消し飛ぶだろう。
だが、命を賭した仁村の最後の踏ん張りは、最強の敵である紅の騎士の足止めを可能にした。
「よくやった!」
仁村は、やはり俺が見込んだ通りの強者だった。口だけの男ではなかった。
それが嬉しい。その気高い剣士の最後は、俺の心を震わせた。後は、俺が殺ってやる!
七海達を飛び越して、俺は左手の聖銀の長剣を渾身の力を込めて叩きつけた。
この攻撃をまともに受けるほど、紅の騎士は甘くない。
エクスカリバーに軽く弾かれる、だが――それでいい。
俺は体勢が崩れて無防備になるのも構わず、地に転がりながら、そのままの勢いで背中の『孤絶』を抜き、斬り放った。
当たる場所など、どこでもいい。
紅の騎士は、俺の二刀目を受けようとするが間に合わない。『孤絶』の一撃が、しっかりと届いた。
強かに打たれた紅の騎士。君主の聖衣は、鉄壁の壁のごとく俺の一撃を撥ね除けたが。
その勢いは殺し切ることが出来ずに転倒。
これなら、殺れる。
俺もぐるっと転がってから、すぐに起き上がった。
俺が起き上がるタイミングで、転倒した紅の騎士に向けて。
正面の七海が大盾を構えて、久美子が忍刀で斬りかかり、ウッサーが超鋼の鉄鎖が巻かれた拳を打ち込む。
三方からの、圧殺。
しかし、その連続攻撃も、ジェノサイド・リアリティー最強防具を身につけた紅の騎士には通じない。
だが、それでいい。
こいつを倒すのは、俺だ!
ほぼ同時に起き上がった俺と紅の騎士は、剣をぶつけあう。
敵は王者の聖剣エクスカリバー、俺は聖銀の長剣。
もちろん、武器の強さで撃ち負ける。
だが、俺は左手の剣が撥ね除けられるのにもかかわらず、右手の『孤絶』を叩きつける。
俺は、もう防御を捨てた。捨て身の二刀流。
お互いが最強防具であるなら、守りは切り捨てて、攻めに徹する。
これが、あらゆるこだわりを捨てて俺の紅の騎士を倒すための唯一の方法。
斬りたいなら、斬れ。それよりも速く、鋭く。強く、激しく。
――俺は、敵を殺る!
エクスカリバーは、当世具足を斬り破る。
その斬撃は、確実に俺にダメージを与える。
だがそれ以上強く、激しく。
俺の『孤絶』は、敵を斬り刻む。
決して刃こぼれせぬ『孤絶』は、絶対無二の野太刀。
この孤高の刃は、上階層で出る武器だ。
最強ではない。最強とは程遠い。
それでも、決して壊れぬ孤高の刀は、持ち主が力を込めれば込めるほどに力を増す。
「俺が最強なら、『孤絶』が撃ち負けることは絶対にない!」
これが二億年の孤絶と、俺のこれまでの全てだ――
打ち砕けるものならば、打ち砕いてみろ!
一刀、撃ち合うごとに紅の騎士は追い込まれた。
何せ敵は、俺のみを相手にすればいいわけではない。
久美子、ウッサー、そして七海達に囲まれている。
大盾を構えた七海は、盾を砕かれて後方に下がったが、その代わりに三上が出る。古屋達も出る。
もはや、袋のネズミ。
さあどうする、紅の騎士、ここで終わりか!
壁に追い込まれた紅の騎士。
俺の振り上げた一刀が触れたのか、その赤い兜は、下顎の部分が砕けていた。
俺は聖衣に守られていない、あの頭こそ弱点と見ている。
後少し、後一撃だ。
そこで、紅の騎士は、両手で使うロングソードであるエクスカリバーを片手に持ち替えた。
腰から、これまで使っていた赤い剣を抜剣すると左右に構えた。
双剣流だと。
俺の二刀流のコピー。
「ふざけるな、そんな付け焼刃が――」
――いきなりやって、できるものかよ!
しかし、俺が斬りかかった聖銀の長剣の一撃を、やすやすと赤い剣が受け止めた。
そして、エクスカリバーの斬撃が襲う。
見事な双剣術。
「ぬっ!」
俺が、押されて一歩下がる。
その代わりに、殺刃の乱舞、その紅き死の暴風が七海達に襲いかかる。
赤の軌跡を描く赤の剣と、白銀の軌跡を描くエクスカリバーは、その全てを斬り刻む。
不運なことに一番最寄りに居たのは、古屋だった。
「グエェ――」
ここまで運が良かった男が、あれほど無様に転がっても生き延びた男が。
胸を深く貫かれて悲鳴も上げる間もなく、その命をグシャッと捻り潰される。
ドスンッと突き飛ばされて、仰向けに転がった古屋はすでに事切れていた。