71.犯人探し
「ウッサーは勘が鋭いな。耳が良いからか、そう言うスキルでもあるのか」
とりあえず宿屋まで見まわった時に、「この先に敵がいるかもしれない」と言い出したのはウッサーだ。
ピョコンピョコンと、何も考えないような顔をして素早く進むウッサーだが、その迷いのない足取りの先にはちゃんと黒の騎士がいるのだ。
それにしても、黒の騎士が一体だけでいるとか、いいカモだな。
先ほどの失態を挽回したいのか、久美子が勢い良く跳びかかって忍刀で首を落とした。
中身には、生徒が入っていたが、こちらに顔を見せて心理攻撃する暇もなく退治された。
「確かに、勘はあるかもしれないデスね。でもスキルと言うなら、旦那様にもスキルはありマス」
「俺にも?」
「先程の戦闘を見せてもらいましたデスが、あれほどの強敵を威圧して下がらせたこと、叩き込んで体勢を崩して致命的な打撃を与えたこと……」
「それがどうした」
「二つとも立派なスキルですよ。旦那様は、前に剣の声が聞こえると言ってましたが、戦闘の中で研ぎ澄まされる感覚で、旦那様にも剣士として新しい力が目覚めたということデスね」
「そういうものかな」
俺は必死にやっているだけだから、新しい力だの覚醒と言われてもピンとこない。
ジェノサイド・リアリティーには、もともとそんな設定はなかったし、ウッサーが勝手に言ってるだけだろう、
威圧して下がらせるのは、他ならぬデスナイト系の連中の技をやり返してやっただけだ。
相手に致命的打撃を与えるクリティカルヒットは、ウッサーや久美子がやっているのと同じで大したスキルではない。
さて、そんなことを言いながら歩いていると。
また潜伏している黒の騎士を見つけた。
三人で囲んで、俺は致命の一撃を叩き込んだ。
雑魚相手を一撃に倒すのは容易いことだ。
これがスキルなどと言われても、ただ殺るべきことを殺ってるに過ぎない。
「まだいると思うか、久美子?」
「もういないと思うけどね」
宿屋まで一通り巡回して、二体の黒の騎士を片付けるとようやく一息つけた。
街で人が多い地域は、公園、公会堂、宿屋である。
敵も人に釣られたように、そこを襲うように動いていたようで、その三箇所での遭遇戦を終えると目撃情報はなくなった。
俺達のランクなら敵が隠密していても暴けるのだが、それも完璧とは言えない。
まだどこかに潜んでいる可能性もあるが、それを言い出すと切りがない。
出てきたら叩き潰してやればいい。
潜んでいる可能性についてより。
問題は、紅の騎士が転移アイテムを使えるというだな。
あのアイテムは一度来た場所であれば、いつでも来れる性質がある。
それを、生徒会の連中に教えるかどうかなんだよな。
「あークソ」
「ワタルくん。もうすぐ七海くんたちが帰ってくるから、それから考えたら」
不意に分かったようなことを久美子が言うから。
髪を掻きむしる手を止めて、俺は尋ねる。
「口に出してたか?」
「ううん、でもワタルくんの顔を見てたら分かるわよ。『アリアドネの毛糸』のことよね」
「まあ、そうだな……」
「ズルいようだけど、どうするかはワタルくんに全部任せるわ。言えば神宮寺くんとかはうるさくなるのは目に見えてるし、言わないと街の生徒達を危険に曝すことになるし」
「そんな言い方するなよ」
「だからズルイって言ったわよ、そこも含めて判断はワタルくんがして」
そう言って、久美子は俺の肩に触れて微笑む。
責任を俺に取らせようとするのはズルいかもしれない。しかし、久美子の立場なら、問答無用で生徒会に報告してもおかしくないのだ。
それをしないだけ、「生徒会よりも俺を優先する」と言った久美子の言葉は嘘ではないと分かる。
久美子は俺のことを信用していないと言ったが、俺は久美子の言葉を信用している。
面倒だから本当は関わりたくないのだが、仕方なくでも久美子を使うからには信じる。
そうしないと人は使えない。信じて騙されたなら、それは人に期待した俺が悪いというだけのことだ。
「宿屋の中の生徒は、出てこないんだな」
「中に立て篭もってる生徒達は、よっぽど怖い思いをしたみたいよ。宿屋の更新は一日ごとだから、明日になったら嫌でも出てくるしか無いでしょうけどね」
久美子やウッサーがもう大丈夫だと呼びかけてやっても、中の生徒は出て来なかった。
扉の奥から「騙されないぞ!」って声が聴こえた。騙されないぞってなんだよと思ったが、中身が人間の黒の騎士に襲われればそうなるか。
もしかしたら、モンスターが声色を使って誘い出そうとしていると思っているのかもしれない。
ここが街だったことが幸いだったな。人間に取り憑くというのは恐ろしいことだ、下手するとプレイヤー同士の同士討ちになった可能性もある。
無用心なのにも困ったものだったが、こうなると薬が効き過ぎる。
これから街はどうなってしまうのだろう。
知ったことじゃないといっても、瀬木達の集団のことは気がかりだ。
七海達生徒会にしても、補給できるのは街しかない。混乱を収めるのは、七海のカリスマ性に期待するしかないな。
街の治安に関しては、俺にできることはない。
「とりあえず、瀬木達に街に戻ってくるように言うか」
「そうしてあげたほうがいいわね。瀬木くんたちだって、街で補給ができないとキツイもの。ワタルくんが居る間なら街は安全でしょう?」
逆に言えば、俺がいなくなれば、街は襲われても対処できない危険地帯と変わる。
なるほど、俺の足を止めるには街を襲撃し続けるのはいい方法かもしれない。
こっちだって後は地下十六階の攻略だけだから、こっちから黒の騎士団の本拠地を攻める手もあるのだが、そうなるとお互いの本拠地を潰し合うスピード勝負になる。
まるで、お互いの喉元に剣を突きつけあっているようだ。
「ウッサーの手甲の修理は無理かな」
「そうデスね、ここまで砕けてしまうと」
鍛冶屋はあるのだが、耐久度が残っている防具しか直してくれない。
片方でも完全に手甲が砕けてしまえば、ジャンクという扱いになってしまうだろう。
「しかたない、代わりにこれを巻いておけ」
俺は、砕けて短くなった『超鋼の鉄鎖」を渡す。
防御に使おうと思っていたのだが、それより優れた防具が手に入ったので無駄になったアイテムだ。
俺は、それを砕けたほうのウッサーの拳に巻いてみる。
うん、悪くない。鉄鎖は武器にも防具にも使いやすいデザインだから、これで殴っても攻撃力がありそうだ。
「旦那様が使ってた鎖をいただけるなんて、まるで結婚指輪みたいで照れマスね」
「鎖を巻かれて、そういう発想がでてくるのは怖いわ……」
鎖を巻かれて頬を染めているウッサーは、そのまま抱きついてくる。
もう戦闘中じゃないってことか、気持ちが緩んでいるようだが、まあいいかとそのままにさせておく。
気を張り続けては、いざというとき働けない。
俺も少しだけ息を抜く。
「ワタルくん、少し休む?」
「そうは言っても、宿屋で休憩しようにも、避難民でいっぱいだろ」
街で安全な場所というと、宿屋の中しかないのだ。
敵がいつ来るか分からないのは事実なので、俺達が休むからお前らは外に出ろと言うわけにもいかない。
「あら、休むって言っても、別に宿屋でご休憩って意味じゃないわよ……エッチね」
「アホか! そんな意味で言ってないだろ。無理やりエロい話にするなよ」
久美子は自分で色ボケたことを言っておいて、俺に責任を押し付けてくるから敵わない。
少し休んでもいいかと思ったが、おかげでそんな気分ではなくなった。
「休んでる暇はない。気が抜けてるときこそ、奇襲の絶好の機会だ。今すぐエレベーターが奇襲されて黒の騎士が大量に上がってくる可能性だってあるぞ」
「そんな残存戦力が地下十階にあったなら、それまでに使ってたんじゃない?」
それもそうだと思う。
連中もバカではないから、戦力の逐次投入なんて愚かな真似はしないだろう。
敵の配下である黒の騎士に、転移を使えるマナがあったとしても、敵が持っている『アリアドネの毛糸』は一本しかない。
戦力を一気に転移させて送り込むという真似はできない。
こうなると『アリアドネの毛糸』を奪われたのは痛いが、それが一本だけだったという点は不幸中の幸いと言えた。
でもまあ、俺の考えが正しいかどうかなんて分からないからな。万が一ということもあるので、様子は見に行ったほうがいい。
「とにかく、ここに突っ立ってても仕方がない。エレベーターのところに行ってみよう。街に上がってくる七海達も迎えにいったほうがいいしな。久しぶりにコーヒーが飲みたいからマクバーガーには寄っておこう」
「相変わらず好きね、ポテトも付けるとか言い出すでしょ」
まあな。
いくら和葉の料理が美味くても、ファーストフードはまた別なのだ。さほど美味くもない泥のようなコーヒーの味だって、たまには懐かしくなる。
慌ててもしょうがないので、人っ子一人いなくなった街を歩きながら、補給物資を買い込みマクバーガーに寄って結局はセットを買い込んで。
苦いコーヒーをズズズッと音を立てて飲みながらダンジョンに入りエレベーターのところに向かうと、そこには多くの生徒会が屯していた。
生徒会執行部員だけではなく、仁村達生き残りもここにいる。
なるほど、少しは頭が働くらしい。俺達と同じように、街の治安が回復したあとは、エレベーターが危ないと考えて来たようだ。
「俺はやってない!」
集団の真ん中から、聞き覚えのある叫び声が聴こえる。
囲みを覗きこんで見ると、御鏡竜二がロープで簀巻にされていた。
「一体なんの騒ぎだ」
「やあ、真城くん。敵戦力撃破、ご苦労様」
久しぶりに見た陰険メガネ、神宮寺司がいる。
こいつら姿が見えなかったが、どこで何をやってたんだ。モジャ頭を捕まえてどうするつもりだ。
「神宮寺、別にお前のために殺ったわけではない。ところで、なんで俺が街の黒の騎士どもを倒したのを知ってるんだ」
「仁村くん達、B班からの報告でね。彼らは、君達より先にこちらに来てくれたのですが、真城くんや九条書記までこちらに来たということは、街の安全は確保されたということでしょう。無事で何よりでした」
「そうか、まあお察しの通り街の安全は確保できた。敵の大将は逃がしてしまったが、配下の黒の騎士は全滅させられたと思う」
「そうですか」
肩をすくめる、眺めていても逃がしてしまった紅の騎士はどこに行ったとは聞かないんだな。
神宮寺は一体どこまで知ってるんだ。こいつが眼鏡の奥で何を考えているのかは、いまいち分からない。
やはり、神宮寺は転移アイテムがあることを想定済みということかな。
そういうことなら、今更秘密にする必要もない。
「ところで、この騒ぎは何だ。モジャ……じゃない御鏡竜二が何をやった?」
「エレベーターを再起動した犯人が御鏡くんなんですよ。残念なことですが、そういう疑いがあるということです」
「違う、僕は無実だ! おいっ、真城助けてくれぇぇ!」
助けてくれぇぇと言われても、助けるいわれはない。
しかし、味方に捕まって晒し者にされて座り込んでいる御鏡を見ると、俺は無実だろうとは知っているので少し可哀想にもなってくる。
エレベーターが動いたことが、今回の街への侵攻を招いたのだ。
犯人探しにはいずれなると思っていたが、こうも早く容疑をかけられるとは普段から行いがよっぽど悪かったんだろうな。
どうも疑われた原因は、御鏡は「みんな死ねばいい」とか、そういう物騒なことを普段から口にしていたかららしい。
最初はゲーム知識を買われて生徒会協力者として優遇されていた御鏡は増長して、それで嫌われるようになってだんだんと孤立していったそうだ。
もともと子供っぽい奴だ。そうなれば、腐ってそれぐらいのことは言うだろう。
そういう物騒な言動が、余計に周りのヘイトを集めて、犯人扱いされてしまったというところか。
モジャ頭を利用していた生徒会執行部(SS)が弁護をしてやらないどころか率先して弾劾しているところを見れば、もう用済みとして切り捨てるつもりだなと分かる。
神宮寺がモジャ頭を何のために利用するのかと頭を捻っていたのだが、これだったか。
生徒会執行部(SS)のバックを得て増長したモジャ頭に好き勝手させて、みんなのヘイトを集めさせて。
ちょうどいいタイミングで罪に落として処刑する。そうすれば溜飲が下がって、生徒会執行部(SS)の仕事もまたやりやすくなるというわけだ。
相変わらず、神宮寺は陰湿なことを考える。
俺だってモジャ頭が好きなわけではないが、神宮寺のほうが嫌いだ。
こいつらの思い通りになるのはつまらないと思ったので、俺はモジャ頭を弁護してやることにした。
「あのなあ、神宮寺……犯人は御鏡竜二じゃない」
こうなってはしょうがないので。
俺は、実は転移という転移魔法があり、一度行った場所ならどこでも行けるという話をした。
犯人は、黒の騎士に取り憑かれた生徒だ。
敵はこちらの戦力をバリケードに引きつけてから、エレベーターまで飛んで黒の騎士団を街へと送り込んだのだろう。
俺の説明は理路整然としたものであり、生徒会書記である久美子もその事実を裏付け証言したので、みんな納得してモジャ頭の縄が解かれた。
もともと、モジャ頭が犯人であるなんて証拠はないんだから当然だけどな。
せっかく助けてやったのに、俺達にまで敵意のこもった目を向けてくるモジャ頭はこんなことを言ってきた。
「これで勝ったと思うなよ!」
「なんでだよ、礼を言えとは言わないけど弁護した俺達にまで突っかかるのかよ」
助けてくれてありがとうと言うような殊勝な奴じゃないとは知ってるが、この状況で唯一の味方だった俺達にまで突っかかってくるので笑ってしまう。
モジャ頭はきっと、相手に弱みを見せられてない性格なのだろう。これまでずっとそれで酷い目にあってきたから、弱みを見せたら、付け入られると思っているのだ。
それはクラスで孤立していた俺も少し分かるし。
性格の悪さなら俺も負けてないので、咎めようとは思わない。
「真城……お前が先に転移アイテムあるってみんなに説明してくれていれば、僕は疑われずにすんだんだぞ。大事なことを秘密にしやがっておかげで迷惑した!」
「なるほど、ふうむ。それは言えるか」
俺はもう苦笑しているだけなのだが、久美子が切れてしまった。
「御鏡くん、いい加減にしなさいよ! ワタルくんが、弁護してあげなきゃアンタ今頃、あそこの大穴から落とされて追放処分されてたのよ!」
「ぐっ……」
久美子が言うと、モジャ頭は反論できない。
言われて納得したわけじゃなくて、女の子が相手だと上手く喋れないのだ。
それが俺には手に取るように分かるので、なんだか笑えてきてしまう。生徒会執行部(SS)にも切られたモジャ頭はいよいよ孤立を深めるだろう。
これから大変だ。
みんなに嫌われているモジャ頭だが、俺はさほど嫌いにはなれない。
ネジ曲がった性格の悪さはあるが、こいつなりに人のために頑張ってはいたはずなんだよな……。
心の底から真っ黒な神宮寺と比べれば、だいぶとマシだ。
その神宮寺はといえば、銀縁眼鏡を手で直しながらとんでもないことをつぶやいている。
「まっ、結果的に今回のことは良かったといえるかもしれませんね」
「これの何がいいんだ……」
「街の人口調節ができたと考えれば悪くない。今回の死亡者は二十二名ですが、そのほとんどは非戦闘員です。足手まといが減ったと考えればどうです。真城くんなら、賛同してくれるのではないかと思ったんですけどね」
わざと悪ぶってるのか、本当に心の底から悪人なのか。
とんでもないことを平然と口にする。さすがにそれはどうだと口を挟もうとしたところで――
「それは聞き捨てならない話だな、神宮寺司くん」
そう神宮寺に声をかけたのは、下から戻ってきた生徒会のリーダー七海修一だった。
もう地下一階に戻ってきたのか、よっぽど急いで来たのだろう。
俺達と、仁村の二軍と、神宮寺の生徒会執行部と、七海の一軍と、瀬木の三軍……。
奇しくもダンジョンの出口近くに、戦闘集団が一堂に会することとなった。