69.公会堂
「俺ァ、流砂ってんだ。仁村流砂よろしくな」
「……」
長い前髪に白髪の混じった二軍の集団のリーダーは、俺に妙に絡んでくる。
何度でも言うが、こんな状況でよろしくするつもりはない。
次に敵にあったらこいつらは死ぬかもしれない。下手すると、敵に取り込まれて敵となるかもしれない。
そんな人間と馴れ合いたくない。
「あなたもしかして、真城ワタルさんじゃないですか。一番下にお独りで潜ってて、最強って……」
「……」
「わたしは、黛京華って言うのですけど」
「……黙れよ」
ちょっと悪いなと思いながら、俺は親しげな笑みを浮かべて話しかけてくる女を、凄みを利かせて黙らせた。
この魔法効果のかかっている魔術師ローブを着ている長い髪の美しい女生徒だが、俺はこの女生徒を前から知っていた。
黛京華って図書部の女の子。文化系にやたら人気のあった才媛の一人だ。
寡黙でいつも一人で本を読んでいるような大人しい女生徒で、それでいて人目を引く美貌であったから、ヲタどもから深窓の姫とか呼ばれてた。
活発な久美子よりも人気があったぐらいのお淑やかで通っていた女生徒だったが、実はこんなおしゃべりな女だったんだなとは思った。
前に見た時よりも血色も良いように思う。二軍の集団と一緒に戦闘に参加するような、活発さもあったのかと少し驚く。
それは、ジェノサイド・リアリティーで生き残るために、そうであることを強いられたのかとも思うが。
どちらにしろ俺にはかかわりあいのないことだ。
相手は濡れてるんじゃないかと思うほど艶のある髪をしていて、肌は白磁のように白く、顔は評判になるのが分かるほど整った独特な雰囲気を持つ美少女である。
他の女と並んでいるとよく分かる品位のあるオーラ、しかも活発さもありながらどこか男が守ってやりたくなる女の弱さもしっかり残している。
マニア受けする貧乳お嬢様の久美子より、こっちのほうが一般受けするタイプだろうと分かる。
さぞかしモテるだろう。
たしか、学校では久美子と並んで三美人なんて言葉もあったなと笑ってしまう。全部もう、昔の話だ。
そりゃ俺だって、美人は好きだから邪険にしたいわけじゃない。だがそんな男好きする女なら余計に、今はしゃべりたくない状況なんだ。
こんなところで親しく会話すれば、次の瞬間に死ぬ展開だろってフラグが見えてきているのだ。
お前らは勝手にすればいいが、仲良くなった奴が目の前で死んで嫌な気分をするのは俺だ。
さっき黒の騎士に取り憑かれた、向田冬美という女生徒にこの手をかけた嫌な感触が未だに残っている。
取り憑かれたのがその直前に会話した女だったら、たまらないだろう。
俺が無視しても諦めず、京華はなんどか話しかけてきた。
それでも黙って顔を背けて取り付く島もない俺に、京華は肩をすくめて引き下がった。
ようやく諦めてくれたかと内心でホッとしたら、今度はリーダーの仁村が、不機嫌そうに俺を睨みつけて絡んでくる。
さっきまで曲りなりにも友好的だったのに、今度は敵意のようなものを感じる。
美人の京華が俺を褒めたことかプライドを刺激したのか、それとも同じ集団の姫様が褒めてやっても無視したことが許せなかったのか、とにかく俺の態度が癪に障ったらしい。
仁村は、プライドの高い男だな。
まあ、そうじゃないとリーダーなんかやってられないか。
「最強の真城ねェ、確かに持ってる装備はいいけどよぉ。どうせお前も、強いアイテムで身を固めたゲーム知識だけのハリボテだろ」
「あー、あのモジャ公みたいに」
仁村の嫌味を含んだ発言に、盾持ちの戦士が合いの手を入れて、アハハハと二軍の集団から耳障りな笑い声が上がった。
少し気になる話だ。
「モジャ公って、御鏡竜二のことか?」
モジャモジャの頭というと、あいつしかいないだろう。
何か嘲笑されるようなことをやったのだろうか。
「おっ、乗ってきたねェ。あのモジャのバカが言った適当な情報を真に受けて、酷い怪我を負ったり死んだ奴がいたんだ。ヒデェ話だろうがァ」
「なるほど、よく分かる話だ」
中途半端な知識で、何か失敗したのだろう。
罠の位置を一つ間違えれば、それで負傷したり死んだりする奴は出る。そんなことが続けば、信用されなくなるのも分かる。
「何が生徒会協力者だ。俺ァ、あんな奴は信じねェ。お前もだ真城。ゲーム知識だけで、F組のゲーオタが最強になれるわきゃねェだろがァ!。この殺し合いで最強になるのは、七海さんみたいにスゲエ頭が切れるとかァ、三上さんみたいに剣道の大会で優勝してるとかァ、元々の能力が高いやつなんだよ!」
言外に俺みたいにな、という意味合いも感じられて苦笑してしまう。
こいつらはB組だったか。ダンジョンでもそこそこ戦えたせいもあって、中途半端なエリート意識をまだ残しているんだろう。
確かに、俺と御鏡はバカクラスのF組だった。
ゲーム知識を武器にしてるって意味では、一緒だと言われてもおかしいとは思わない。
俺だって強敵に打ち勝つために、こだわりまで捨てて最強装備に身を固めている立場だ。
そこを否定したりはしないが、いまさら学校のクラス分けの話をしてるのは呆れる。
俺に吠える仁村に、久美子が反発してなにかいいそうだったので、手で抑えた。
どうせ、どっちが強いかは強敵を前にすればすぐに分かることだ。
こいつらはすぐに死ぬかもしれないと思えば、ここで言い争ってもしょうがない。
「もうすぐ公会堂だ。お前ら、いくつか忠告しておくが、敵の黒の騎士には魔法は効かない。人間に取り憑くことがある。取り憑かれた人間を見ても、動揺せず戦って倒せ。あとは、自分が取り憑かれないように気をつけろ」
「真城、オメェが仕切ってんじゃねェよ!」
仁村という二軍のリーダーが、エストックを掲げて「お前ら行くぞ」と掛け声をかける。
それに合わせて、二軍の集団も「オオォォ」と声を上げた。
どうでもいいけど、敵が公会堂にいたらバレバレだ。
足手まといにだけは、なって欲しくないものだと思った途端、公会堂の中から絹を引き裂くような女の悲鳴とバタンと大きな物が倒れる音が聞こえてきた。
公会堂の大きな門は大きく開かれている。
中に敵がいるのか。
「おいっ、お前ら行くぞ!」
「あっ、バカ……俺達も行くぞ」
中に敵がいるかもしれないのに、俺が止める間もなく仁村達は特攻してしまった。
俺と久美子とウッサーも、連中に続いて公会堂の大きな入口から中に入る。
平屋建てだが、公会堂は天井が高く広い建物だ。
普段は並んでいるはずの椅子が乱雑に倒れている。死体はない。人が殺されている様子はないが、入った途端に、血の匂いを感じる。
「敵は……」
俺がそう言った途端に、建物の奥から男の怒号と悲鳴が響き渡った。
仁村達の声だ。
公会堂の大広間から奥に行くと、小部屋が分かれていてそっちは扉が閉まるようになっている。
ただ、各部屋に鍵はついていない。
そこに立て篭もった生徒を黒の騎士達が襲っているのだろうか。
俺はスローの呪文を詠唱しながら、奥の通路へと駆け込んだ。
角を曲がると、さっき仁村と一緒にモジャ頭を笑っていた盾持ちの男が倒れているのが見えた。
頭を黒死剣で斬られて、ざっくりと割れている。
「キャアァァ!」「こいつらァァ!」
二体の黒の騎士を相手に、仁村達八人のパーティーは奮闘しているが、ほとんど戦いになっていない。
大盾で守ろうが、そのまま斬り裂かれて頭を砕かれる。
人間に取り憑いて力を強化した黒の騎士の攻撃に耐えられる装備ではないのだ。
魔術師の京華が苦し紛れに炎球を詠唱して喰らわせたが、魔法攻撃など通用しない。
「うおおおおおおぉぉ!」
一人、仁村だけがエストックをひらめかせて黒の騎士相手に火花を散らせて鍔迫り合いを演じている。
凶暴な腕力を誇る黒の騎士にはパワーでは敵わないが、小刻みに身体を前後させてエストックを持つ腕をしならせることで。、辛くも敵の斬撃の勢いを殺している。
なかなかセンスの良い動きで感心する。
他の槍や盾を使っている腰の引けた連中と違って、相手の剣が身に触れるほど斬り込める仁村は度胸が良い。
だから動きにキレがある、戦闘経験値も一際溜まっているのだろう。
二軍といえど、さすがはリーダー。大口を叩いてただけのことはあると褒めてやりたいが、他の連中はその間に殺られてしまう。
ほんの一瞬の遅れだったのだが。
俺が駆けつけるまでに、もう一体の黒の騎士は斬撃を繰り返して、盾持ちや槍持ちの戦士達を斬り殺して回った。
「いやぁぁ!」
「魔法は効かないって教えただろ、どいてろ黛!」
狭い通路で、まだ攻撃魔法なんて無駄なものを使おうとしている京華を強引に壁に押しのけて、俺は聖銀の剣を黒の騎士に叩きつける。
大丈夫だ、コイツはさほど強くない。このまま押し斬る。
俺に力で敵わないとみたか、黒い兜のバイザーが開いて黒の騎士に取り憑かれた人間の顔を見せる。
どこかで見たことがあるはずの、生徒の顔――
「ワタし人間ダよ」
「だからどうしたぁぁ!」
これは敵の心理攻撃。
取り憑かれた生徒を殺す覚悟など、とっくにできている。
そのまま黒死剣を撥ね退けて、聖銀の剣を敵の喉元に刺し込んだ。
やはり騎士への攻撃力の高い武器は違う。すっと軽い感じで、深々と突き刺さって黒の騎士は動きを止めた。
次、もう一体。
俺は、仁村と鍔迫り合いを演じている黒の騎士を横から叩き斬った。
ドス黒い血を撒き散らしながら、黒の騎士は派手に倒れる。
大きく斬り裂かれた身体は血だまりに沈んだ。
「オメェ、こいつはァ人間……だったんだぞ!」
「だからどうした、相手が人間だったらそのまま殺られて死ぬのか!」
俺がそう叫ぶと、あれほど威勢の良かった仁村が、真っ青な顔をしてその場に崩れ落ちた。
中身が人間だからって、襲ってくる敵なら殺るしか無いんだよ。
警告してやったのに、何をビビってやがるんだとは言わない。
俺だって取り憑かれた人間を相手を殺すのは躊躇したから、最初はみんなそんなものだろう。
俺は、扉が開いている奥の部屋に入った。
中には扉の前に立て掛けてバリケードにしようとしたのか、壊れた机と壁の周りに赤黒い肉の塊と化した死体が、積み重なっている。
「ちくしょう、間に合わなかったか」
先ほどの悲鳴は、この部屋からだったのだろう。
逃げようと足掻いたせいか、黒の騎士にメッタ斬りにされていて一目でこの部屋にはもう生きている人間はいないと分かった。
転がっている手足が、もう誰のものかもわからないぐらいグチャグチャに斬り刻まれている。
ここまでやらなくてもいいだろうというほど酷い殺し方だ、思わず瞑目した瞬間、外から新たな剣戟の音が聞こえた。
これだけでは済まないと思ったら、案の定また敵襲か。他の通路から黒の騎士が二体やってきていたようで、そっちは俺の後ろにいた久美子とウッサーが食い止めている。
これだけの敵なら、二人に任せておけば大丈夫だろうか。
問題は紅の騎士がいるかどうかだ。
アイツの相手は、俺でなければできない。チラッと、二軍の集団の様子に眼を走らせる。
「おい、黛。これで生きてる奴がいたら回復させろ。怪我の深いやつから優先的に」
「うっ、うん……」
俺は倒れている黛京華に、多めに作っておいた最上級のヘルスポーションを渡した。
京華は、俺に壁に叩きつけられただけで怪我はしていないはずだ。
斬創を負って倒れている奴らが、死んでるか生きてるかは分からないが、俺が回復役をやっている時間はない。
付いてきた以上、自分のケツは自分で拭いてもらうしかない。
振り向くと、久美子とウッサーが一体ずつ相手にしているが徐々に敵を圧倒しつつある。この分なら加勢は要らない。
二人も、もうマスターランクだ。これぐらいは、できるようになったか。
「殺ったわワタルくん」「殺ったデス!」
二体を倒し終えて、嬉しそうな声を上げる二人。
その二人の前に、突然紅の騎士が、現れた。
「おい、前!」
その出現は、あまりにも突然だった。
人間が憑依した黒の騎士すら軽く倒したマスターランクの二人に、紅の騎士は、瞬時に斬撃を浴びせる。
最初に臆すること無く跳びかかったウッサーが、続いて身を引きつつ反射的にクナイを投げつけた久美子が斬り飛ばされる。
立ち向かうウッサーを斬り飛ばしながら、引いた久美子を追いかけて斬ることができるスピード。
それだけで、紅の騎士がどれほど速いか分かろうというもの。
「久美子、ウッサー!」
久美子の投げたクナイは、紅の騎士の目の前で大きく撥ね飛ばされて通用しなかった。
どういう仕組みかは知らないが、まるで空中にバリアが張ってあるみたいに飛び道具は通用しない。これも魔法か呪いの類なのだろうかな。
飛び道具が通用しないことは、久美子にも教えたはずだったのだが。
いまはそんなことを言ってる余裕も、二人を助け起こす余裕もない。
紅の騎士は、俺にしか殺れない。
だから、俺はそれを優先する。
俺は、聖銀の長剣を強く握りしめて紅の騎士に跳びかかった。