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ジェノサイド・リアリティー  作者: 風来山
第一部 『ジェノサイド・リアリティー』
64/223

64.ドラゴンステーキ

 レッドドラゴンを倒したことで、十四階層へと続く『緋竜の門』の鍵が手に入った。

 サムライにとっては最強防具である当世具足とうぜいぐそくも手に入ったので、そのまま勢いに乗って黒の騎士団の待つ十四階層の攻略に行きたいところなのだが。


「おっ、重いデス」

「そりゃ、無理だろ……」


 なんとか背負ったリュックサックだが、ウッサーは移動できない。リュックの紐が、ものすごい勢いでウッサーの胸……じゃない肩に食い込んでいる。

 なにせ、無限収納のリュックサックの中に小山ほどの大きさがあったレッドドラゴンの肉を全て詰め込んでいるのだから、その重さはトン単位になっているはずだ。


 俺もかなり詰めたが、ウッサーは欲張り過ぎである。

 食べられそうな部位だけ斬り取ったといっても、竜の巨体をそのまま背負いこんでいるようなもので、いかに超人的なヘルスを誇る武闘家ウッサーでも動けるはずがない。


 立ってる段階で異常なのだが、これが肉体的にプラス補正のある武道家の能力とウッサーの種族ラビッタラビット族の特性なのだろう。


「これしきのことで……」

「いくら重たい荷物を背負うのも訓練になるとはいっても、これで探索は無理だろう。いったん荷物を『庭園ガーデン』に置きに行くことにしよう。ウッサー、転移ルーアンするぞ」


「ガーデン? ああっ、待ってください。すぐ準備しマス!」


 慌てて『アリアドネの毛糸』を手に持ったウッサーの手を握って、一緒に『庭園ガーデン』へと転移した。

 情報漏洩を心配して、ウッサーに教えなかったのだが、直接転移できるなら別に連れてきて構わなかった。


 転移アイテムに余分はない。秘匿しておきたい大事な情報は『庭園ガーデン』への出入りの方法である。

 それをウッサーに教えなければいいだけのことだ。


「本当に一緒に飛べば、新しい場所でも飛べるんだな」

「旦那様、ここは外デスか?」


 とてもダンジョンの内部とは思えない、『庭園ガーデン』の光景にウッサーは驚いている。

 そりゃ、湖のほとりに建つログハウスを見れば外だ錯覚するよな。


「外ではないんだ。『庭園ガーデン』は、ダンジョン内にある秘密基地だとでも思ってくれ。お前も食べていると思うが、能力値がアップする料理をここで竜胆和葉りんどうかずはに作ってもらっている」

「そうなのデスか。あの美味しくて元気が出る料理デスね。その和葉と言う料理人に、ドラゴンのお肉も美味しく料理してもらえるなら嬉しいデス」


 そうか、ウッサーはまだ和葉に会ったことはなかったかと思った。

 紹介するには、ちょうど良い機会だろう。


「ところでウッサー、転移ルーアンの魔法でダンジョンの外には出られるか?」

「それは久美子と試してみたのデスが、ダメでした。それで、この『庭園ガーデン』が外なのかと思って驚いたのデス」


 やはり抜け目ない久美子は、もう試しているか。

 もし、転移ルーアンの魔法でダンジョンの外に抜け出せるなら、弱い生徒達を避難させることも可能だ。そんな抜け道を、ジェノサイド・リアリティーの主が許すわけがない。


「あら、いらっしゃい。ウサギさん?」


 森に作った養鶏場の帰りなのか、和葉は籠いっぱいに卵を持ってきたところだった。


「竜胆和葉さん、ワタシは旦那様の妻アリスディア。どうぞよろしくお願いしマス……」

「あら……貴女が」


 何のつもりなのか、ウッサーはドサッとリュックサックを下ろして、俺の後ろから抱きついて強く背中に胸を押し付けてくる。一瞬で、空気が張り詰めてピリピリと帯電したように感じた。

 二人とも笑顔のままだが、この空気は殺気に近いものだ……居心地が悪い。バッサバッサと音が聞こえると思ったら、ウッサーの白いウサギ耳だった。


 ピンクの髪から生えている白い長耳は、俺の顔の側で不機嫌そうに揺れている。なんでウッサーは、戦闘態勢に入ってるんだよ。和葉を快く思ってない久美子が、妙なことをウッサーに吹き込んだのだろうか。

 険悪な空気を変えようと、俺はリュックサックからドカドカとドラゴンステーキを取り出してみせた。


「和葉、ちょっと量があるんだが、新しい食材を持ってきたんだ」

「うあ、ものすごい量ね。どれだけあるの?」


 俺が、だいたい小山ぐらいの量だと伝えると眼を丸くした。

 そりゃ、信じられないけど事実なのでしょうがない。


「全部出して一気に使うってわけにはいかないだろうが、これだけあれば街の食糧問題は解決するだろう。無限収納リュックサックをひとつ貯蔵庫に使うといい。中に入れておけば腐らないから」

「小山ぐらいのお肉って想像がつかないんだけど、燻製にしてもちょっと量が多すぎるから……熟成肉でも作ってみましょうか」


 和葉は、味噌や醤油などを自家製で作り始めている。

 本来ものすごく時間がかかるのだが、裏の畑は物凄く生育のスピードが早まるので全てが三日程度でできるのだという。


 どういう理屈で出来てるかといえば、促成栽培の魔法というしかない。

 その土地なら、本来は半月から一ヶ月かかる熟成肉も三日で出来るだろうと。


「しかし、熟成肉ってただ腐らせるだけじゃないんだろ」


 和葉の説明によると、乾燥させた肉を保存する小屋内の温度を零度近い低温にして。

 湿度はおよそ八十パーセントに保つ環境がいるそうだ。そんな環境を作るのは、かなり難しいように思える。


 しかも、その上で空気を常に循環させ続けなければならない。

 単に小屋を作って放り込んでおけばできるというものではない。冷房と加湿器とファンがいるってことになるか。


「そうなんだけど、熟成肉を作るための環境装置が倉庫にあったから、それを設置すれば簡単に出来ると思うんだよね」

「あのガラクタの山には、そんなものまであったのか。マナで動く魔法冷蔵庫とかもあったから、そりゃあってもおかしくはないが……」


 ジェノサイド・リアリティーを遊び尽くしたと思った俺だが、そんな道具がログハウスに転がっているなんて考えもしていなかった。

 俺には盲点になって見えなかった物が、その手のスキルを持っている和葉には見分けが付くのだろう。


 しかし、のちにオンラインゲームになったときにも、熟成肉を作る小屋なんて設備は実装されてなかったように思う。

 これが元々のプログラムだったのか、それとも新たなる進化なのだろうか。


「たくさんお料理作ろうと思って、熟成肉を作る小屋もいま建ててるところだったからちょうど良かった。やってみないと分からないけれど、きっと美味しくなると思うよ」


 食事は、ダンジョンでは数少ない楽しみ。美味しく調理してくれというのは、ウッサーの願いでもある。

 そうしてやれるなら、やってほしいとは思う。


「じゃあ、用は済んだからから俺は行くからな」


 さっきから、俺の背中から離れないウッサーと、和葉の周りに漂う空気が微妙な感じがする。

 久美子と和葉みたいな表立った言い争いはないが、かかわり合いになりたくない感じだ。


「あっ、待ってよ真城くん。せっかくだからお昼食べていってよ。お肉もたくさんあることだし」


 ウッサーはどうするのだろうと見ると、凶暴な笑みを浮かべたままグーと腹を鳴らしている。

 色気より食い気だよなコイツは……。


「しょうがねえな。じゃあありがたく、食いだめしていくか」


 昼飯を食う時間ぐらいは良いかと、和葉の好意に甘えることにした。

 ログハウスのなかに、食材であるドラゴンステーキを持ち込む。


 ウッサーはと見ると、和葉の料理を手伝わず、フォークとナイフを持って食べる側に回る気満々のようだ。

 まあ、大人しく食べててくれるならそれでいい。


「さてと、じゃあまずは普通に焼いてみましょうか」


 和葉が磨き上げた包丁で、薄くドラゴンの肉をスライスして、キッチンで焼いた肉を出してくれる。

 ジェノサイド・リアリティーで最も美味いとされるドラゴンステーキ、片面だけ焼いたレアステーキなのは、まず素材の味を確かめようという趣向だろう。


 俺は、無造作にフォークで突き刺し、口に放り込む。

 ドラゴンステーキのレア肉を口に入れて出てきた感想は、自分でも意外なものであった。


「鮭?」

「えっ、真城くん。これはお肉だよ?」


 最も上質な鮭とされる鮭児けいじ、トロを超えるとされる鮭児の最も美味い脂の乗った部分。俺の味覚は、それが一番近いものだと感じた。

 見た目は赤みの肉なのに、口の中でさらっと旨味が溶けるまろやかな口当たりは極上の鮭児けいじにも似ている。


「なるほど、お魚にも食感が似てるねー。トロみたいですごく美味しい」


 和葉も口にして、うんうん頷いている。


「しかし、それだけじゃない。口の中で蕩けたあとにしっかりした肉の旨味が広がる。なんだこれ……うめえ」


 あとから魚とも肉と違う。

 これまでに食べたことがない食感と旨味が無限に広がる。


 うーと美味しそうな声をあげた和葉が、腕まくりしてさらに料理に入った。


「フフッ、これは腕が鳴るなあ。ドンドン作っていくね」

「どうせなら、揚げ物も食べたいな」


 和葉がドラゴンステーキを素材に、物凄いスピードで料理を作っていく。

 食材の味を生かして薄くスライスして網で焼いたものに加えて、和葉は俺の注文した揚げ物も作ってくれる。


 ドラゴンステーキにパン粉をまぶしてカラッと揚げたカツレツ。ピーマンのドラゴン肉詰め、レンコンでハサミ揚げにしたもの。

 ちらっと横を見ると、和葉が肉を焼くのと同じスピードで肉料理を消費しているウサギ耳がいた。


「ウマいデス、ウマいデス、ウマいデス……」

「アリスディアさん。お肉はたくさんあるから……慌てないで、ゆっくり食べてね」


 美味い食い物さえ与えておけば、ウッサーは文句は言わない。

 先程までの険悪な空気も吹き飛んで、和葉の料理にすっかり篭絡されてしまっているようだ。所詮はウサギか……。


 しかし、ウッサーが「ウマいデス、ウマいデス」と壊れたレコードのように繰り返している気持ちも分かる。

 ドラゴンステーキのカツレツを一切れ噛みしめると、中に閉じ込められていた肉汁が溢れだして止まらない。これはヤバい。


 ピーマンの苦味とも、よく合っている。レンコンのハサミ揚げも食感が素晴らしかった。

 歯ごたえはしっかりと肉なのに、口の中で溶けていくような食感。肉の旨味がぎっしりと凝縮されているドラゴンステーキは、何にでも合う。


「本当に美味しい。こんなに料理しやすい食材は初めて」

「魔法の食材だな。どのタレの味にも合う」


 さっと塩コショウでもいけるし、ソースの味付けも良い。

 刺し身にしたドラゴンステーキを、たまり醤油に付けて食べるのも乙なものだ。


「ワタシがこれまで食べてきたドラゴンステーキは、ドラゴンステーキではなかったデス!」


 ウッサーがよく分からないことを言っているが、それぐらい美味しいということだろう。

 比べられるほどドラゴンの肉を食べたわけではないが、確かにこれまで食べたもののなかでは一番美味い。


「こうなるとご飯も欲しいな」

「真城くん、ちゃんと炊いてあるよ」


 和葉は言わなくてもご飯を炊いておいてくれたらしい。こうなると、早くダンジョンに戻らなければという気持ちも失せて、ゆっくりと食事会をやらかしてしまった。

 まあ、その分だけ気力と体力が充溢した気もするからいいか……。


 たっぷりとドラゴンの肉を腹に収めたら、今度こそ地下十四階にトライだ。

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