63.レッドドラゴン
マスタードドラゴンどもの猛毒の回廊を一気に飛び出てボスの部屋へと飛び出した。
緋炎の広間は、天井がやたら高い。十メートル近くあるだろうか、ちょうど街の天井と同じぐらいの高さか。
構造的には、おそらく上の階層も二段ぐらいぶちぬいて巨大なホールになっている。
それだけの巨大な円形型の空間であるが、壁はドラゴンのブレスによって重ねて焼かれ続けて溶けたのか、天然の洞穴のようになっている。
ある意味、人口的に創られたダンジョンよりも、ダンジョンらしい。
「ドラゴンの洞穴といったところか。しかし、肝心のボスが居ないな……うわっ」
後ろを見ると、ボスの部屋に、モンスターハウスから湧いてくるマスタードドラゴンが溢れだしてきている。
ボスの部屋に入ってはいけないというルールはないはずだが、基本的にモンスターはボスの部屋には入ってこない。ボスの部屋に他のモンスターが漏れだすなんて、異例の事態だ。
そう言えば、『険しき道』を強行突破するなんて真似は、俺も初めてやる。
俺がジェノリアをプレイするときはタイムアタックを仕掛けることが多いので、あえて早く済む「容易き道」の方を行く。強力な防具が手に入る『険しき道』を通ってしまうと、後が簡単になってつまらないから通らない。
なるほど、モンスターハウスを全滅させずに無理やり突破すると、ボスの部屋にまでマスタードドラゴンの群れが雪崩れ込んでくるのか。
こんな面白いことになるとは気が付かなかった。
マスタードドラゴンが湧き出すなかで、ボス戦をやるのも一興だなと俺がにやけた瞬間。
大きな赤い鱗の生えた巨大な足が天から降り注ぎ。マスタードドラゴンの群れを一気に踏みつぶした。
グシャッと、同種である毒竜を足で一思いに踏みつぶした。その超巨大な竜は、俺の頭上にいた。
ボスがいないと思ったのは間違いだった。
目の前にいたのに、あまりに巨体過ぎて視界に入らなかったのだ。
「……デケエな」
見上げれば、巨大な竜。その威容には、もうため息しか出てこない。
冒険者の試練にしても、ちょっとやりすぎだろう。デカすぎて、どう倒して良いのやら見当もつかない。
これが、ジェノサイド・リアリティー最大の敵、古代竜レッドドラゴン。
ゲームだと、一画面ではとても収まりきれないほどにデカいモンスターなのだが。
それがリアルになると、これほどの迫力を持つものか。まさにその姿は、肉食恐竜そのものである。
「ゲオオオオオッ!」
足元を揺らすほどの地響きと咆哮、ビリビリっと耳鳴りがする。
俺に向かって咆えたレッドドラゴンは、「ゴミはこれで十分だ」とばかりに、デカい尻尾で振り払った。
硬いトゲのついた巨大な尻尾は、喰らうだけで大きなダメージがある。
ハッ、いきなりお客様にケツを向けるとは、行儀の悪いやつだ。
飛び退いて避けると、俺の頭ほどもある緋色の瞳が俺を睨みつける。
言葉は喋れないようだが、知性はある。「避けたか、邪魔なゴミめ」とでも言いたげな憎々しげな面だ。
軽く倒せない敵と理解したのか、レッドドラゴンは、こっちに向けて炎の広範囲ブレスを噴射した。
どこに逃げても避けきれるものではないので、『減術師の外套』で身体を覆って爆風を防ぐが、爆炎の熱と痛みで眼が眩みそうになる。
この威力と衝撃は、もしかすると最上級クラスの炎球に匹敵するかもしれない。
逃げ切れないほどに、火炎の効果範囲が広いというのもキツいが、マントで防いでいてもジワリジワリとヘルスを削られる。
まあ、いい。
こっちには最上級のヘルスポーションがあるから体力を削られても回復すればいいだけ。
マントで防ぎながら、ポーションでダメージを回復して攻撃に移る。
落ち着いてかかれば、デカイだけでそう怖い敵ではない。
俺は、孤絶を大きく振りかぶって斬りつけた。
カキンッと金属音を立てて、俺の攻撃が弾かれた。
「孤絶の刃がたたないのか?」
孤絶で斬っても通用しない硬度を持った強敵。
そう思うと……俺は心が躍った。
俺のランクで、普通に攻撃しても斬り裂けない硬い鱗。
同じ緋色だからってことはないだろうが、紅の騎士に勝るとも劣らない装甲を持っているということだ。
ならば、練習相手にはちょうど良い――
巨大な緋竜だからなんだ。所詮、紅の騎士に比べれば鈍重な敵。
俺を踏み潰そうとする巨大な足をかわしながら、その足をめった打ちにする。力ずくで鱗を傷つけようと斬り続ける。
これでもか、これでもかと斬りつけても。
軽く傷つくだけで、鱗の下の肉に攻撃はまったく届かない。
「ハッ、これは良い」
俺は、孤絶の力を信じている。
二億年の孤独を耐えぬいた、世界で最も硬い隕鉄の刃は、決して折れることも曲がることもない。
だからその刃が届かないのは、俺の力が足りないだけ。
だったら――
「俺次第ってことだ!」
手を変え品を変え、俺は渾身の力を込めて刃を振るう。
手首のスナップを利かせて、腕で斬った一撃がドラゴンの柱のようなデカイ足にめり込んだ。
斬られた痛みを感じたレッドドラゴンが、滅茶苦茶に炎のブレスを吐きまくった。
硬い岩で出来たダンジョンの壁ですら蕩ける灼熱のなか、俺は減ったヘルスをたびたび回復しながらさらに斬撃を続けた。
「これでどうだ、デカブツ!」
身体を大きく回転させて、全身のバネもフルに使って遠心力で巨大な竜の身体に刃をぶつけていく。
刀は腰で斬るんだ。そう俺に教えてくれたのは、誰だっただろう。
あるいは、俺自身の声だったのか。あるいは――手に強く握りしめる孤絶が囁いてくれているのか。
無心に孤絶を振るう俺は、いつしか鋭き刃と同化していた。
二億年の孤独のなかを、貫いた一筋の光。
流星剣。
宇宙を両断する孤高の刃の後に、俺はもういない。
刃の先に、俺はいる。
もっと速く、もっと鋭く。
命などいらない。
刀が届くよりも速く、俺はその身を巨大な敵めがけて投げ捨てる。
気がつけば、俺の刀は長く伸びて、レッドドラゴンの緋色の胴体を大きく斬り裂いていた。
赤い血と肉が辺り一面に飛び散る。
俺は、己と敵の血に染まる。生暖かい血だった。生き物を殺す実感に、魂が震える。
レッドドラゴンは、苦痛に身を捩り暴れまわる。
「なぜこのような小さき敵に」そう言いたげな悲痛な咆哮を上げながらレッドドラゴンは巨大な爪を振るい、尻尾を叩きつけてくる。
その全ての攻撃も避け、あるいは孤絶で受け流しながら、俺はさらに無心で刃をぶつけた。
何もかもどうでも良かった。ただ刀を振るい、命を断つ。鼓膜が破れそうなレッドドラゴンの絶叫も、やがては遠くなり……消えた。
ただ自分の鼓動と、レッドドラゴンの鼓動だけが、トクントクンとゆっくり聞こえる。
俺の孤絶は、緋竜の鱗を断ち斬れる。その生命の芯を貫き通すことができる。
「振り下ろす!」
捨て身になり、無心となって振り下ろした刀は、超鋼よりも硬い緋竜の鱗を両断した。
ドラゴンの大きな柱ほどもある足が、縦にスパっと割れてその巨体がドウと地面に転がった。
レッドドラゴンには感謝する。
こいつのおかげで、俺は新しいランクに到達できた実感がある。
「礼に一思いに殺してやろう。 熱量 炎 電光!」
俺は魔闘術で、足にマナを大量に通してオーバーロードさせると、十メートルの高さの天井まで一気に飛び上がった。
天井を蹴って、横倒しになった竜の頭にむけて孤絶を構え、一筋の光となって貫く。
身体をぶつけるようにして、レッドドラゴンの頭の芯を長い野太刀の刃で一直線に貫き通す。
深く突き刺した瞬間、ぐあんっと大きな巨体が震えたがそれでも俺は刀を握った手を離さなかった。
頭を貫かれた竜の大きな眼が、ゆっくりと暗く沈んでいく。
その巨体に合わせたゆっくりとしたスピードでレッドドラゴンの魂は抜けて、俺の手によって物言わぬ巨大な肉塊へと変わった。
レッドドラゴンを倒した証として、宝箱が出現した。
終わった。
「ふむ……やっぱり出たか」
大きな宝箱を開けると、大量の宝石の真ん中に大きな鎧がひとつ置かれていた。
サムライ専用装備、当世具足。戦国時代の鎧である。
もちろん、ジェノサイド・リアリティーのことであるから本物の具足ではない。たぶん、適当に名前を当てはめただけだろう。
本来の武者鎧の構造は、西洋で言うとラメラーアーマーに近いのだが、これは単純に東洋風のデザインをした西洋甲冑という趣である。
日本のリアルな鎧でいえば、辛うじて南蛮具足に近い形状といったらいいだろうか。
確か設定だと、この当世具足は『古の玉鋼』という素材で出来ている。『ミスリルの鎧』よりも軽く、『超鋼の鎧』よりも硬い。
硬度と重量のバランスの良い防具であるうえに、『防刃』の魔法効果で直接攻撃に強い。
その上で、吸収系の攻撃や、ドラゴンのブレスを減殺するというおまけまで付いてくる。
サムライ専用であるという欠点を除けば、ジェノサイド・リアリティー最強の防具である『聖騎士の鎧』に匹敵する。
こんなチート防具、使わなくてもクリアできるだろうという甘い考えは、すでに捨てている。
これを身に着けて紅の騎士とは、ようやく互角。
そこまで到達できたのだから、最強まであと一歩だ。
「さてと、肉も少しもらっていくかな」
レッドドラゴンの肉は、このダンジョンでも最良の素材とされている。
デカいトカゲの肉が美味いとは思えないんだが、まあワニ肉でも美味いというから試してみる価値はある。
「お見事デスね、旦那様」
大きなウサ耳が垂れ下がったピンク色の髪、エプロンドレスの武闘家。
なんだウッサーか、こんなところにいきなり現れるからビックリさせてくれる。
「お前、どうやってここまで来た?」
「さっきから、見てましたデスよ。終わりかけでしたが、加勢は必要ないと思ったので、黙ってみてましたデス」
俺は、ウッサーが見ているのに気がつかないほど夢中になって戦っていたのか。
しかし、コイツの言うことは微妙に質問の答えになっていない。
たしか、コイツがこれたのは地下十階までだったはず。
地下十三階まで降りてくるのには、かなり時間がかかるはずなのだが。
俺の訝しげな顔で気がついたのか、ウッサーはこう付け加えた。
「久美子が近くまで送ってくれたのデスよ。なんでもちょっと忙しいから、旦那様の見守りをワタシに頼みたいのだとか、たまにはあの貧乳も役に立つのデス」
「そうか、久美子が……『アリアドネの毛糸』はそういう使い方もできたってことか」
みんなが『アリアドネの毛糸』を持っている集団で一緒に飛べば、一人が場所を知っていれば全員がそこに飛べるというわけなのだろう。
俺が思いつかなかった使い方をしてくるとは、アイツらしい。
やっぱり久美子は、俺の見守りを兼ねて後をこっそりとつけてアイテムを回収していたのだろう。
街に金貨を持って行ったり、戦っている集団に和葉の作った料理を配るためにそれをやる時間がなくなったので、俺がもしものときの補助役としてウッサーを寄越したのだ。
勝手な判断をしやがって、久美子は結局のところ俺を信用などしていないに違いない。
食えない女だが、そこがアイツの一番できるところで、それに助けられることがあるのも認めざる得ない。
「もしかして、お邪魔でしたか?」
「来てしまったものは仕方がない、いま肉を切り分けるからお前も持つのを手伝ってくれ」
「ドラゴンのお肉は、ワタシの大好物デス」
「そうか、そういや前にそんなことを言っていたか……」
「妻の好みぐらい覚えておいて欲しいものデスね」
「そりゃ、悪かった」
ダンジョンにいる短い間だけだが、ウッサーが俺の妻であることには違いない。
せっかく来たのだから、たっぷりと好物のドラゴン肉を持って帰らせてやろう。
俺が力を込めて、孤絶を振るい。
身の丈八メートルにも及ぶドラゴンの肉を斬り分けていくと、ウッサーが歓声をあげた。
「それにしても見事デス。振った刀の長さよりも肉が大きく斬り裂けています……この綺麗な断面は、断裂刀と呼ばれるものデス」
「俺の孤絶は、それを流星剣と呼んだがな」
「刀の声を聞いたのですか? 旦那様は、ついにワタシの領域まで達しマシタね」
「かなりできるようになったとは思ったが、これでまだウッサーの領域なのか」
武器の力やランクに関係ない、武術の腕で言えば確かにウッサーは誰よりも達人なのかもしれない。
俺のなんとも言いがたい体感を、ウッサーは言葉にできるのだから、同じ位置に立っているのだろう。
「ワタシは生まれたときから鍛錬を続けているのデスよ。そう簡単に追いつかれては立つ瀬がありませんが、それでこそワタシの旦那様デス。妻として誇らしい」
「そう褒めたもんでもないだろ」
ウッサーの領域ぐらいはさっさと飛び越えるぐらいでないと、あの紅の騎士には勝てない。
「一切の焦りや逸りがなくなり、拳が……旦那様の場合はその刀がデスが、心の赴くままに働くこと。是則、心武一体デス」
「まあ、心の成長とかはどうでもいいんだがな。敵が倒せるならそれでいいさ」
ウッサーには、「それも旦那様らしいデス」と言われて、笑われてしまった。
俺らしいってなんなんだろうな、どうでもいいか。
「ほら、時間は有限だぞ。これは良い食料資源だ。できるかぎりレッドドラゴンの肉を無限収納のリュックサックに詰めて持って帰る。これと和葉の料理スキルを合わせれば、もう俺達は食料には困らなくなる」
「ハイデス!」
思わぬウッサーの登場であったが、ちょうど良い所に来てくれたともいえる。料理は苦手だが、肉を斬り分けるのは結構楽しい作業だ。
ウッサーにも手伝わせて、俺達は食べきれないほどの大量のドラゴンステーキを確保することができた。
次回は9月12日(土)更新予定です。