62.攻略の再開
「あっ? なんで俺こっちで寝てるんだ」
昨晩は、ログハウスで宿泊した。何回も泊まっているから、見知らぬ天井とはもう思わないけど、寝ている場所が違う。
和葉は、二人とも、疲れてるからと快く、俺と久美子にベッドを譲ってくれた。
そこで、まあいつものように。
寝ているとまとわりついてくる久美子の手足を適当に押しのけながら、眠ったはずなのだが。
いつの間にか、ベッドの下の和葉の布団で寝てしまっている。
しかも、何か柔らかいなと思ったら、和葉の身体を思いっきり下敷きにしてしまっていたようだ。
寝相は良い方だと思っていたのだが、昨晩はよっぽど疲れていたのだろうか。
ベッドから転げ落ちても気が付かないほど深く眠るとは、不覚の極み。
俺も和葉もお互いに下着は脱げてないので、万が一にも間違いは起きてないと思うが、寝乱れている和葉の深い胸の谷間が艶かしい。
そんなものが、眼を覚ましたときに目に入ったので慌てて飛び起きようとして、触れては行けない部分に手が触れてしまった。
「おわっ、と!」
俺としたことが焦ってまた、和葉の上に身を落としてしまい、抱きしめるような形になってしまった。
慌てて横にごろりと転がって身を離す。
なるべく素早く飛び起きたが、無かったことにはならないよな。
気まずいなと思って、見下ろすと布団に仰向けに寝そべっている和葉もしっかりと眼を覚ましていた。
「起きたの、真城くん?」
「ああ、おかげさまでハッキリと目が覚めた。……いや、済まない。俺みたいなのがもたれかかって、重かっただろ」
「全然いいよ。だって、こっちのお布団に真城くんを引きずり込んだの私だし……」
「えっ? ……なんだ、冗談かよ。ビックリさせるな」
俺に続いて身をゆっくりと起こした和葉が、相好を崩しておかしそうに笑ったので、俺も釣られて苦笑する。
まあ冗談だよな。俺を無理やりベッドから布団に引っ張りこんだりしたら、横で寝ていた久美子が気が付かないわけがない。
「おい、久美子もいい加減に起きろ」
和葉を一晩抱いて寝てたのかと思うと、なんか気まずくなってくるので、久美子を揺すって起こす。
久美子だと慣れてしまってなんとも思わないが、和葉だと恥ずかしい。
「うう……ワタルくん。なんか、私ここに来ると異常に深く眠っちゃうんだけど、薬でも盛られてるんじゃないかしら」
そんなわけないだろう。
そもそも、高ランク忍者に睡眠薬は利かないはずだ。
「よく眠れたんならいいじゃないか。スッキリした目覚めだろ」
「そうね、昨晩は私も、ワタルくんのせいで疲れちゃったから……」
またふざけたことを言ってる久美子を無視して、うーんと伸びをする。
俺はダンジョンの硬い床で寝るのに慣れてるから、柔らかいクッションがあっただけでも贅沢に感じる。
ぐっすり眠れたおかげで、また元気に戦えそうだ。
いい匂いがするなと思ったら、和葉はもう立ち上がって、台所の鍋に火をかけてトントンとネギを刻んでいる。
「二人とも、朝ごはんも食べていってね」
和葉の手際の良さに感心しながら、俺はその隣で湖から引かれている冷たい水をすくって顔を洗った。
ログハウスは三人で住むにはちょっと手狭だが、一通りの家具は揃っているので機能的とはいえる。
朝食は、鱒を捌いたあとの粗を使った粗汁だった。
粗の旨味が出ていて薬味がよく利いていて、朝御飯にはちょうどよかった。
あとは、ふわふわに焼いた甘い卵焼き。鶏卵が手に入るのは、和葉が鶏を捕まえてきたからだ。
俺は甘い卵焼きより辛いほうが好きだが、ネギの味がアクセントになってるのでこれも悪くはない。
ありふれた朝食がこんなに美味いと感じるのは、素材の良さか。
和葉の料理スキルのおかげだろうか。とにかく、箸が進む。
「美味しい?」
「ああ、美味い」「認めざる得ないわね……」
料理を褒められて笑顔の和葉と、憮然とした顔で黙々と箸を口に運んでいる久美子の対比が見ていて面白い。
久美子の悔しそうな顔など、そう見れるものじゃないからな。
「良かった。二人ともたくさん食べてね」
「ああ、言われなくても、ここでなるべく補給させてもらう」
料理とはいえ、大量に持てば荷物になるし、久美子もそのつもりでたくさん食べているのだろう。
食べられるときに、腹になるべく収めておくべきなのだ。おかわりして、食いまくる。
「それにしても、久美子は和葉と料理で競おうとはしないんだな」
「ワタルくん。もしかして、私が料理出来ないと思ってる?」
負けず嫌いの久美子なら、こうも和葉の美味いところを見せられたら、私のほうができるわよと張り合うかなとも思った。
そう言い出さないのは、もしかするとできないのかと。
「まあ、優等生の久美子にそんな欠点があったら面白いなーぐらいには思っている」
「美しくてなんでもできる私なら、料理ができないぐらいのほうが可愛らしいかもしれないけど……。私ってほら、なんでも出来る完全無欠のお嬢様だから、和葉さんがいないなら普通に料理ぐらいするわよ」
「完全無欠とか、自分で言うかよ……。まあ、そう言う俺だってほとんど料理できないんだけどさ」
正確に言うと俺のできる料理は、カップにお湯を沸かして注ぐことと、鍋に沸かしたお湯で茹でることの二つに分類される。お湯オンリーだ。
現代生活ならそれで困らないのだが、こういう場所にくると料理ができないのは、少し困るかもしれない。
「ワタルくん相手なら、いつでも料理勝負してもいいわよ。でも、私は最初から勝てないと分かってる相手とは戦わない主義なの」
「そうだったな……お前はやっぱり賢いやつだよ」
久美子は、計算高い。
一度勝負したら、絶対勝ちたがる負けず嫌いだが、無謀な戦いを挑まないのは偉いな。
「ところでワタルくん。私は結構、強引に迫ってくるオラオラ系の男がタイプよ」
「朝から何を口走ってるんだ……お前は」
いきなり変なこと言うから、粗汁噴きそうになったじゃねえか。
なにが、完全無欠のお嬢様だよ。久美子は学園でも一、二を争う優等生のはずなのだが、たまにこいつ、本当はアホなのではないかと思うときがある。
「ワタルくんは、やることが中途半端なのよ。なんで『アイテムだけじゃなくて、お前の宝石も全部もよこせ』って言わないのかってこと!」
そう言うと久美子は、懐から革の小袋を取り出して。俺に押し付けてきた。
中を開けてみると、ダイヤ、ルビー、サファイヤだけがより分けてたっぷりと詰めてある。
宝石は各種様々な効果があるが、マナポーション換わりに使えるダイア、ルビー、サファイア以外はカス宝石だ。
宝石はどれも換金性が高いので持っていても損にはならないが、マナを大量に使うと自然とマナポーションに使えないカス宝石だけが残ることになる。
時間さえあればマナはいくらでも回復するが、タイムアタックになればマナポーション代わりの宝石は重要なアイテムになる。
下層階スピード攻略では、マナはいくらあっても足りないのでありがたい申し出なのだが……。
「さすがに、これは受け取れない。久美子だって強敵に遭遇する恐れもある。宝石が無ければ、いざというときの保険がなくなるだろうが」
「今がいざというときだから言ってるの! それにこれは、奉仕じゃなくて投資よ。これを使ってワタルくんが最速で強くなってくれたら、私も助かるもの」
わざと挑発的に、宝石袋を俺に押し付けてくる。こいつは、俺が断れない言い方を心得ている。
久美子がこうなると、強情なのも知ってる。こいつの実力なら、時間をかければまた宝石を集めることもできるだろう。
これだけマナに余裕があれば、最上級の爆弾ポーションを一つ。
いや、二つは作りおきして備えられるか。
「分かった、もらっておく」
「あと、これも緊急用にもらっておいて。なんとか、一つはできたから……」
久美子は、最上級の爆弾ポーションを渡してくる。俺が爆弾ポーションの特殊性を教えたから、早速作ったのか。
抜け目の無いやつだ。
俺のために疲れたと言っていたのは、マナが枯渇したという意味だったのか。
せめてもの代わりに、久美子に換金性のあるカス宝石を渡すことにした。戦闘には使えないが、街の連中を養うにはこれでも使えるだろうし。
「久美子。投資と言ったよな。良いだろう、借りにしておいてやるよ。いずれ倍にして返す」
「私の男を見る目が、節穴じゃなかったってことを証明して頂戴ね」
「あのっ、真城くん! 私も特別製のクッキー作ったから食べてね」
「そっちもありがたくもらっておく」
久美子と似たような布小袋に、クッキーを入れて渡されたので笑う。
大量の宝石と爆弾ポーションに、特別製のクッキーか。どっちのアイテムが使えるんだろうな。焼き菓子も、保存食としては有能だろう。
「あと真城くん……」
「なんだ、和葉まだ何かあるのか」
「私も、強引なほうが好きかも……」
「和葉。アホが伝染るから、久美子の真似だけはするな……」
さて、そんなこんなで、つかの間の休息も終わりだ。
「ワタルくん、七海くんへの通信が残ってるわよ」
「それ、俺が居ないときにできないのかよ」
チラッと、和葉を一瞥すると、いやいやと首を横に振っている。
しょうがねえな……まあ、俺も七海のほうの情報を聞いておいたほうがいいか。
また、七海を安心させるための『遠見の水晶』による気まずい通信だよ。
「和葉、和葉なのか!」
「うん、七海くんも元気そうで……」
俺が手を握ってさえいれば、和葉は俺のために七海のやる気を引き出してくれる。
必要な儀式だと分かっているので、久美子も芝居に付き合ってくれる。しかし、気まずい……。
七海達の集団は、街に戻って一息いれているところらしい。
代わりに二軍を偵察に下ろしているが、今のところ地下五階の封印は解かれていないらしい。
紅の騎士の奴は、攻めあぐねているのか、一旦引いているのか。
どっちにしろ、敵がもたもたしている今のうちだ。
久美子に、和葉が作ったスモークした肉や魚を七海達にも供給するように頼んでから、俺は一人で地下十三階の途中に戻る。
「転移」
ようやく、冒険の再開だ。
ちょうど、黒の騎士と化した黒川垂穂と出くわした地点だ。
未だに黒川の霊は俺を恨んでいるだろうが。
俺はもうこいつに同情しているので、死体の残骸に手を合わせる。成仏してくれ。
……さて、ここからはボスの部屋に行くまでに二股に道が分かれている。
真ん中のプレートにはこうある。
『汝、『容易き道』を選ぶか、『険しき道』を選ぶか』
俺はもちろん、右の『険しき道』を選ぶ。
この道は険しいが、ちゃんと報奨が用意されている。
単独クリアなら、さらにボーナスの上乗せが期待できる。
険しい坂を先に登っておいておいたほうが、後々楽になるのだ。
しかしまあ、ジェノサイド・リアリティーが『険しき道』とは言うぐらいなので、そのルートは生半可なものではない。
大広間にはいると、さっそく前から矢が二本ヒュッと飛んでくるので、右に避ける。
「右、前、前、左左、前、右、右右、後、左、後後、左左、前前前前前とっ」
辺りは、大量のファイヤーボールと矢が飛び交っている。
その中を、歩幅を合わせて一定の速度で、踊るように渡っていく。
下は、落とし穴が開いたり閉じたりしているが、その合間を縫うようにして危なげなく渡っていく。
ちゃんと順路を間違えなければ、無事に通れるようになっているのだ。
この順路が分からないと、一つ一つ罠を作動させて確かめることになるので。
何度も何度も矢やファイアーボールを受けて、落とし穴に落ちてほとほと嫌になるのだ。
順路を、体感的に覚えていなければ。
いかにダメージを受けても平気な俺とは言っても、この罠の連発には苦戦させられたことだろう。
罠の部屋を抜けて次の扉を開くと、唐突に現れたのは一階のボスであるオーク・ロードと、二階のボスであるコボルト・ロード。
仲の悪かった二匹が、左右から襲いかかってくる。
俺はそれを、孤絶を抜きざまに斬り捨てる。
この程度の雑魚に、技術も何もいらない。
孤絶の長い太刀を、軽く横に振り払うだけだ。
そして、後ろから攻撃してきた、殺鬼の一撃を左にかわして、それも真一文字に斬り捨てる。
「ふう……」
血飛沫を浴びながら、一息付く。この後ろからの攻撃は、まったく気配がなかった。
二匹を倒すと同時に、テレポートで後ろから現れる仕掛けになっている。
来るとあらかじめ分かってなければ、必ず一撃喰らってしまう。
ここまで来ても初見殺しとは、まったく意地が悪い。こいつらはボスキャラ扱いなので、出現する宝箱には罠がかかっていなかったはずだな。
「うん、大丈夫だ」
念の為に石をぶつけて宝箱を横倒しにしたが、罠はかかっていなかった。
宝箱の中からは、カス混じりの宝石と金貨のみ。今の俺にとっては、下手なアイテムよりも宝石のほうがありがたい。
なぜなら次の部屋は……。
扉を開けると、ウっとくる。俺は、毒ブレスに対して抵抗力のある『減術師の外套』で口元を覆った。
吐き気を催す、毒ガスの刺激臭。
マスタードガスの猛毒で、床や壁、大気までもが黄土色に染まっている。視界を埋め尽くすのは、マスタードドラゴンの群れだ。
マスタードドラゴンだけではなく、レッサードラゴンやガーゴイルなども一部混じっているのだろうが、この猛毒だとすぐ死んでしまう。
やたらすし詰めになっているので、敵の塊を強引に押し潰して道を開かないと進めない。
こちらに向けて、無数のマスタードドラゴンが何も考えず猛毒のブレスを吐きまくるものだから、味方のモンスターにまで猛毒ダメージを与えている。
自家中毒で死んでも構わないほどの数のマスタードドラゴンが、大部屋に所狭しと蠢いている。
こいつらは扉を開けると同時に、次々と湧き続けてくるのだ。
これがモンスターハウスってやつだが、ここまでくると猛毒の部屋と呼びたくなる。これまでは曲りなりにも、モンスターが生きられる配置だったのだが、ここは違う。
このゾーンに限っては、これが冒険者への試練だと言わんばかりに、どのような生物も生存できないほどの危険地帯になっている。部屋ごとが致死性の罠といえる。
猛毒を持つマスタードドラゴンが、すし詰めになって自らの猛毒で悶え苦しみ、ゆっくりと死に続ける地獄。
雑魚とはいえ、巨体なドラゴンによる肉の壁は容易に突破できない。
倒しても倒しても、次々に湧き続ける敵。じわじわと猛毒で削られるヘルス。
だが、その湧きも無限ではないので入り口を開けてから、ずっとそこで頭を押さえて殺し続けていればいつかは全滅させられる。
入り口を固めて、自家中毒でマスタードドラゴンの群れが死滅するのをゆっくりと待つのがここでは正攻法だが、俺はあえて力ずくで突破する!
「最上級 炎 飛翔!」
たまたまか、魔術師のランクが上がってきたのか。
一回で魔法が成功した。俺の手から超巨大な炎球が飛び出して、敵の群れを一掃する。
この数のドラゴンを刀で倒していたのでは、どれほど時間がかかるかわからないが、最上級の魔法ならば一瞬で焼き尽くせる。
雑魚を一網打尽にできるのが魔法の強さだ。
目の前の敵が消し炭に変わった隙に、新たな敵が湧く前に突破する。
炎球で焼き飛ばしたドラゴンの灰を踏みしめながら、俺は一直線に駆ける。
左右の壁からはまた次々に、マスタードドラゴンが湧いてくる。
駆け抜けながら口では、最上級の炎球の魔法を繰り返す。失敗、失敗、成功!
身体はでかくても、所詮は雑魚竜。
爆炎を浴びせるたびに、左右から迫りくるマスタードドラゴンどもは為す術もなく消し炭に変わった。
こんな魔法の使い方をすれば、マナはあっという間に空になるが。
久美子からもらった大量の宝石のおかげで、マナの残量を気にせず撃ち続けることができる。
炎球が間に合わない敵は、左手に握った孤絶で斬り殺し。
右手で魔法の炎を浴びせながら、俺は黄土色に染まった猛毒地獄を一気に駆け抜けた。
閉ざされた扉を蹴り開ければ、そこは十三階層のボス、レッドドラゴンの待つ緋炎の広間だ。