60.地下六階の封殺
俺が、転移で飛んだ先は、すぐ近く。
地下七階から階段を登った、地下六階の階段の上の扉の前だった。
飛んだ瞬間に、濃厚な血の匂いが充満している。なんとか階段を登り、扉前まで突破した七海達が死闘を繰り広げていた。
俺は、ヘルスポーションで怪我だけ直すと飛び込んで、すかさず目の前の黒の騎士の首を斬り飛ばす。
「真城ワタルくん!」
サポーターの女子五人の防御魔法を受けて、聖鋼の大盾を構えた七海が防戦している。
七海はあいかわらず、盾役としてみんなを守っている。
七海に襲いかかっている黒の騎士をたたっ斬る。
その間に一体は久美子が、もう一体はなんとアスリート軍団が倒していた。
俺がくれてやった超鋼の鉄鎖で、何度か斬り刻まれても生きている古屋は、たった一人で敵の攻撃を受け止めて囮になってみせた。
それで、三上達が囲んで倒す隙ができたのだ。
間が抜けている古屋のことだから、先頭に立ったわけではなく偶然そうなってしまっただけかもしれない。
それにしても、黒の騎士の無数の斬撃を生き延びたのは見事の一言に尽きる。
七海の聖鋼の大盾を除けば唯一、黒死剣を受け止められる超鋼装備を所持していた古屋が攻撃を受け続けたおかげで、怪我人は多数でたものの誰も死ななかった。
俺と久美子の後ろで、敵の動きを見続けてことは無駄ではなかった。みんなに褒められていたが、臆すること無く戦った古屋を俺も賞賛する。
「グェェ……」
「よくやったなカエル、上出来だよ」
何度も斬り刻まれた四肢は萎え、今にも力尽きそうだがそれでも片目でウインクしてくる気持ち悪い古屋に苦笑して。
最上級のヘルスポーションを口に突っ込んで注ぎ込んでやる。
超鋼鉄はさすが最下層に出てくる素材だけあって、打たれ強い。
黒死剣の斬撃を何度も受け止めた古屋の身体はズタボロでも、鎖はまったく傷ついてない。
俺が左腕に巻きつけていた超鋼の鉄鎖は、途中で断ち切られていて武器には使えないものの、まだ腕に巻いてあと一回防具としてなら使えそうではある。
久美子は何をしているのかと思えば、リュックサックから槍を取り出して衝立にして扉を封鎖していた。さすが物持ちがいい女、この展開を予想して用意していたのか。
すぐ破られるかもしれないが、少しでもここで時間稼ぎするというわけだな。
俺も久美子を手伝う。
「みんな、九条久美子を手伝うんだ」
「おう!」
準備がいいことに、久美子はダクトテープまで用意してあるので、手元にある道具で必死になって補強する。
扉封鎖の処置が終わるまでに、敵は登ってこなかったが時間の問題。
「おい、何してる。終わったらお前らはさっさと逃げるんだよ」
「真城くんは?」
「俺はなんとでもなる、できれば地下五階に上がった扉も一緒のように閉鎖してくれ。できればそこで合流だ、さっさと行け!」
「分かった、気をつけて……」
七海達は、素直に撤退してくれた。
「私は、残ってもいいわよね。私だって、なんとかなるんだから」
そう微笑む久美子に、俺は「勝手にしろ」と告げる。
俺と久美子は『アリアドネの毛糸』があるから、扉を破られた瞬間に転移すればいいだけ。
七海達を逃がすことを思えば、なんとかここでその時間を稼ぎたい。
だが、俺も奥の手を使い切ってしまっている。
手持ちの最上級爆弾ポーションはもうない。
新たに作ろうにも、かなり使いまくってしまったからマナポーション代わりの宝石も乏しい。
扉を身体で押さえつけている。強引に突破してこようとすればあとはもう根性で押さえつけるしかない。
そう覚悟して、じっとしていると……ドン、ドンと。二回壁を叩く音が聞こえた。
まるで、優しくノックするように……。
この向こう側に、ヤツがいる。
「久美子、分かってるな!」
「ここで喰い止めて、破られたら撤退ね」
相手は、最上級の爆弾ポーションの爆炎を、難なく超えてくる強敵だ。
こんな槍をダクトテープで巻いただけのつっかえ棒など、本気を出せば簡単に打ち抜いてくる。俺と久美子の力だけは押さえ切れない。
時間は稼ぎたい、だが撤退のタイミングを間違えれば殺られる――
極度の緊張のなかで、聞こえるのは自分の心臓の高鳴りと、久美子の激しい息遣い。
「久美子、怖いか」
「怖いわ……」
いつも冷静な久美子が、泣きそうな顔で身を寄せてきた。こいつですらビビってるんだなと思えば、少し気が楽になる。
それはそうだ、久美子は強者だからこそ紅の騎士の別格の強さを理解できてしまえる。
まともにぶつかり合えば、即座に斬り殺される自分を幻視できる。
それは恐怖だ。
そして、それに付き従う黒の騎士が四体。
この扉の向こう側に、どうにもならない絶望的な戦力があると思えば、身も震える。
俺と久美子は身を重ねるようにして、そのときを待った。
しかし、来ない……緊張感が途切れるから、来ないなとは言わない。いや、言えない。
こちらを油断させておいて、一気に突破してくる作戦かもしれない。ここで気を抜いたら、殺られる。
――五分、十分、その時間が永劫のように感じられた。
他にやることはない。
扉の向こう側に、敵の気配を探る。探り続ける。なぜ来ない。
「――久美子、いるか」
「分からない、けど……引いたのかも」
ここで、敵が撤退か?
あり得ない……わけではない。紅の騎士は、あれほどの強敵でありながら、意外と慎重に動くタイプだ。
残りの四体と黒の騎士も脅威とは言えるが、逆に言えばたった四体。
しかも、爆弾ポーションの爆発ダメージは他の魔法攻撃とは違い、確実に効いているはず。
その特性があるから、俺は切り札として最上級の爆弾ポーションを用意したのだ。
そして、敵は俺の爆弾ポーションが尽きたことも分かってない。
この戦いは探りあいだ。
こちらが相手の戦力を把握できないように、向こうもこちらの強さを測りかねているはず。
俺や久美子ランクの冒険者が、まだ上にたくさんいるとでも誤解してくれれば。
安全策を取って、一旦引いて戦力の立て直しを考える可能性は十分にある。
敵がどのような仕組みで増えるのかは分からないが。
ゲーム上のルールの延長線上にあると考えれば、まさかその場で分裂で増えるということはあるまい。
地下十階で敵の本体に遭遇したときは、少なくとも十体以上。おそらく相当の数がいたはずだが、すでに敵は四体にまで数を減じている。
地下七階に分散した敵がまだいて、それらをまとめたとしても、その数は十体を超えまい。敵は、戦力を消耗し過ぎた。
俺の推測が正しければ、敵が戦力を回復できるのは黒の騎士が出現する、十四階以降。
できれば、敵本拠地の地下十六階まで降りないとできなければもっとありがたいが、そこまで望むのは虫が良すぎるか。
もしかしたら、紅の騎士がわざわざ下っていかなくても、増援の黒の騎士が上に『侵攻』してくるかもしれない。
そして合流……。
どのような可能性を考慮するにしても。
ここで下がるということは、敵は俺と久美子によって減らされた戦力の回復を優先するということには違いない。
少しホッする。
いや、まだ安全圏じゃない。ここで気を抜くな。
「久美子、地下五階の扉に飛ぶ。それぐらいのマナは残してあるな?」
「ええ、大丈夫……」
一応、扉に警報装置を仕掛けてから、地下五階と地下六階を繋ぐ階段の地点に転移で飛ぶ。
そこで、七海達と合流。
地下五階に出ると、すぐに出てくる小うるさい幽霊どもは、久美子が霊刀で斬り殺してくれた。
雑魚相手に、俺が手を出すまでもないが久美子も霊刀を持っていたのだな。
「真城ワタルくん、九条久美子くん、無事だったか!」
「七海、地下六階の封鎖は破られていない。一応、敵は引いたようにみえる」
七海の聞こえ心地の良い声を聞くと、安堵する。
俺達が飛んですぐに、血相を変えて走ってきた七海達と合流できたわけだが、思えばこいつらも強くなったものだ。
地下五階にはもうレッサードラゴンや、ガーゴイルが湧きだしているはずだが。
そこを足を止めずに、突き破ってくる程度の強さはすでに持ちあわせている。
当たり前か。
七海達は、曲がりなりにも地下十階のボスでもある黒の騎士を相手にできる集団だ。
「真城くん、これからどうしようか」
「七海達もそうとう疲弊しているだろう。このまま一旦地上に補給に帰ってもいいが、できれば地下五階でまた防衛線を張って欲しい」
「分かった、真城くんの言うとおりにしよう」
「悪い、敵を喰い止める最前線に……囮に使うような真似もしている」
「良いんだ。僕には、生徒会のみんなを守る責任があるし、その覚悟もある。それにみんなを付き合わせてしまうのは、少し申し訳ないけどね」
七海にそう言われて、共に戦わないという男はここに一人も居ない。
命まで捧げようとする女子達は、七海に心酔してるから、言うまでも無いだろう。
「真城くんはどうする?」
「俺は、さらに下を攻める」
敵が引いてくれたとしても、ここは安堵して休んでいる場合ではない。
敵が引いたなら、さらに一歩踏み込んで前へと進む。
敵の本拠地が地下十四階以降ならば、むしろこっちがプレッシャーを与えるためにも攻めていきたい。
そしてこれだと、俺は手元に巻いている半ば砕けた超鋼の鉄鎖を眺める。
敵の一撃に砕け散ってしまい、ダメージを与えられたミスリルの鎧に比べて、硬い超鋼の素材はよく耐えた。
俺に足りないのは防御力だろう。敵に合わせて、長剣程度の長さの刀もあったほうが戦いやすいか。
ともかく、さらに上位素材のアイテムが手に入れば、紅の騎士とだって互角に戦えるはずだ。
「良し、そうしよう。定期的に連絡入れるから」
「ああ、そうしてくれ」
いつ敵が登ってくるかも知れないので、通信が面倒くさいとも言ってられない。
地下五階も同じように閉鎖して、警報装置を付けたあとで、街へと帰還する七海達のパーティーと俺は別れた。
攻めるのは良いが、補給も必要だし休息なしでは戦えない。
街に戻る気にはなれないし、俺は『庭園』にでも行くか。