58.七海との合流
通路の先に黒の騎士の二体を発見。
すかさず斬り込んで、首を落とす。
「チッ……」
ほぼ互角のスピードで、久美子が忍刀を打ち込んできやがる。
俺が二体殺そうと思ったのに。
「久美子、忍者ランクから戦士ランクの訓練に切り替えてるみたいだが、紅の騎士はお前のランクでは無理だから慢心するなよ」
「安全マージンが足りないのはワタルくんのほうでしょう。私は常に無茶しないし、万が一のときにあらかじめ備えておくだけよ」
やれやれ。
同じ減らず口なら、古屋のほうがマシだった。
そういや、妙に古屋が大人しくなったなと思ったら、唖然とした顔で手に持った超鋼の鉄鎖をプラプラさせてつったっている。
「何をボサッとしてる」
「いや、真城も九条さんもスゲェんで、オレちょっともうどうしたらいいか……」
「古屋、何もやることがないなら、俺達のやり方をしっかり目を開けて見ていろ。集団全体に経験値が入るっていうのは、見るのも訓練になるってことだ。お前の黒の騎士とやりあった経験が、七海達のところに戻った時に役にも立つ」
「ワタルくん良いこと言ってるんだけど、いっつも例えがゲームなのよね……」
うるせえよ。
古屋も、ボサッとしてしてるなっていってんだろ。
「古屋、ほら後ろから来たから退け!」
「グエェェ」
言ってもノタノタして退かないので、邪魔な古屋を弾き飛ばしつつ、ガシャンガシャンと足音を立てて迫ってきた黒の騎士を斬り飛ばす。
背後からヒュッとクナイが飛んできて、吹き飛ばされた黒い兜のスリットに吸い込まれていった。
この距離から、動いている黒の騎士の兜のバイザーの隙間を、クナイで撃ち抜くとか無茶苦茶な精度ではある。
だが忍者の久美子は、いざとなれば飛び道具のほうが得手なのだと感じた。
遠距離攻撃が効かない紅の騎士が相手では、久美子はあまり役に立たない。
そのことは覚悟して置かなければならない。他人とパーティープレイしていると、どうしても他人を頼る気持ちがどこかに生まれる。
「敵の出現が、早くなってきてるわね」
「隠れている七海達を探しているんだろう。もう近いから、俺達も急ぐぞ」
今の俺達のランクで、行けるなどと勘違いしないようにはしないと。紅の騎士との実力差が、理解出来ているのは俺だけなのだ。
敵の数が増えるってことは、敵の本隊も近い。
「古屋くん、置いてくわよ」「古屋置いてくぞ」
「おい、二人とも待ってくれェェ」
また仰向けに転がっていた古屋が慌てて起き上がって、ソワソワしながら追いかけてくる。
別に戦力として期待してないが、こいつの腰が据わってないのはどうにかならないのかとも思う。
たぶん古屋の職業はアーチャーかレンジャーだろうけど、飛び道具使いってのはこんなものなのかもしれない。
ただ古屋は、意外に打たれ強さがある。倒れこむときも、きちんと受け身が取れている。押すとすぐにコケるような靭やかさがあるから、ここまで生き残ってこれたともいえるか。
まあ、もう少しだ。ここまで来れば、生き残って欲しいもんだが……。
久美子が加わったことで黒の騎士を倒す効率は倍になり、危なげなく包囲を突破できている。
後少しという思い。
こういうときこそ、絶望的な数の敵本隊にぶつかるのではないかという悪い予感がするのだが。
幸いにしてそういうことはなく、七海達が潜んでいるはずの隠し部屋のある場所に到達した。
なんか意外だ、俺の悪い予感が当たらなかったか。そうすると、敵本隊の位置は……。
「隠し扉、開けるわよワタルくん?」
「あっ、ああ」
俺が目を凝らしてもほとんど分からない隠し扉が、高ランク忍者の久美子には簡単に見えるらしく、さっと開けた。
「七海くん入るわよ?」
「七海、大丈夫か?」
「……九条久美子くんに、真城ワタルくんか、良かった」
俺達の声を聞いて、息を殺して武器を構えていた七海達は、安堵した顔で手を下ろした。
小さい隠し部屋に、十名を超える人数がすし詰めになっているので、中はムッとした空気だった。
いつ黒の騎士の本隊が、隠し部屋を見つけて攻めこんでくるかと戦々恐々としていたことだろう。
こんなとこでジッとしてるのも、精神的にくるものがある。
「七海、よく我慢して耐えたな」
「ここで待てというのが、真城ワタルくんの指示だったからね。来るのが遅かったのは、この機会に敵を削ってくれていたからかな」
さすがは七海修一。
ちゃんと、俺の意図を理解していたようだ。
「隠れているお前達を、囮にするような真似をして悪かった」
「いやこちらこそ、古屋広志くんまで助けだしてくれてありがたかった。江田尚史くんは……」
「はぐれてたもう一人なら、斬り殺されていたところを発見した」
「そうだったのか、それは残念だ」
「実はな、その江田と言ったか。そいつの首を斬り落としておいた」
「なんでそんな真似を……」
「黒の鎧に呪われた黒川垂穂に襲われたんだよ」
「黒川くんが……」
「黒の騎士が綺麗な遺体に取り憑くと、アンデッド化する。そうなると、パワーが上がるから厄介だ。死体を利用されないためには、死んだら首を落としておくしか無い。落とすのは手足でもいいが、動かない状態にしておかないと敵に利用される」
「そうか……心苦しいがそうするしかないなら、みんなに指示を出しておく」
昔の七海修一なら、一悶着あったところだろうけど。
余計な犠牲を広げないために、死体の損壊を命じられる覚悟が今の七海にはある。
生徒会のリーダーである七海が理解してくれたなら一安心だが。
それにしても小さい部屋に、何人いるんだ。
俺達三人を除いても、男が六人に女が五人潜んでたわけか。
小さな隠れ部屋に、この人数が溜まっているのは実に息苦しい。
木崎が抜けて、生き残った古屋も入れても六人だけになったアスリート軍団のメンツに変化はないが、女子だけがまた増えている。
この女子は、アスリート軍団ではなくて七海ガールズなのかな。
「カエル、無事だったのか!」「カエル、心配かけやがって!」
「グェェ!」
俺が七海と話をしている間に、仲間に囲まれてバンバン肩を叩かれていた古屋が、本当にカエルってあだ名で三上達に呼ばれてて笑ってしまった。
アスリート軍団は、本当に仲がいい。運動部のノリってやつか、みんな無事だった古屋の肩や背中を力強く叩いて再会を喜んでいる。
その強烈なスキンシップで、古屋が痛そうにグエグエ鳴いているので、俺も思わず苦笑してしまったが。
しかし、そのアスリート軍団どもが、俺にまでハイタッチしようとしてくるのには辟易した。
俺に、男とベタベタする趣味はない。
人種が違うから、こいつらのノリにはついていけないな。
それより、女子は装備を見るとアスリート軍団ではなく全滅したはずの七海ガールズだよな。
もう五人揃っているって、こいつら無限に湧いてくるアンデッド軍団かよ。
クラスが違う女子の顔なんぞ、俺はまったく覚えてもいないので、前に死んだ連中とそんなに変わらなく見える。
俺の視線が女子のほうに向いたのを、七海が目ざとく気がついて紹介してきた。
「真城くん、紹介するよ。この子達は、新しいサポートチームだ」
「白鳥小百合です! 七海副会長のサポートリーダーを勤めさせていただいております。真城さんのお噂はかねがね聞いてます。お強いらしいですね」
「あー、かしこまった挨拶はいい。のんびり挨拶してる場合でもない」
また、巻き髪のお嬢様がリーダーか。
白鳥と名乗った七海ガールズ特選隊五人のリーダーは、どこぞのお嬢なのか上品そうな顔立ちをしている。
新しい七海ガールズは、さすがに第一線で戦闘に参加しているのでそれなりに硬い鎧で身を包んでいるが。
上から白いマントを羽織って、やけに身奇麗にしている。
こいつらの髪がビシッとセットされている謎は、街にヘアスプレーが売っていることが分かったので解けたが、ダンジョンの地下奥深くでも身だしなみに気を使う女子という生き物は難儀なものだ。
屈託ない笑顔で挨拶してくる七海ガールズ特選隊の女子達に、俺は手を軽く振って適当に返した。知らない女子の相手は、男どもより苦手だ。
それにしても、実力ではなく容姿で選んだのではないかと疑いたくなるほど、五人とも粒ぞろいの可愛い女子である。
これは、黒川も化けて出るはずだ。こんなにあっけなく、綺麗サッパリ元通りでは好きな男の犠牲になって死んだ甲斐もない。
俺は、ほんの少しだけ死んだ黒川に同情した。和葉のイジメを主導した罪を黒川達に全部被せてしまったのは、今思うと可哀想だったかもしれん。
おかげで丸く収まった感もあるが、化けて出ないでくれよと心で手を合わせた。
第一線で戦える戦士は貴重だ。
アスリート軍団だって、まだ補充ができていない様子なのに、一瞬でスタメンが補充されるとか、普通に考えたらあり得ない。
優凛高校で一番選手層が厚いのは、七海ガールズじゃないだろうか。
そんな益体もないことを考えていると。七海に、相談を持ちかけられる。
「それで真城ワタルくん、これからどうすればいいだろう」
「そりゃ、上に上がるしかないだろうが……敵がうろうろとこの辺りを重点的に探しまわっているということは、敵は七海達がまだこの階層にいると察知している」
「もしかして、待ち伏せされている?」
「さすが七海は察しがいい。俺だったら、本隊を連れて地下六階への階段のとこで待ち伏せしてるだろう」
七海達が逃げたあと、敵はまず地下六階に上がる階段を先に押さえたのだろう。
確実に捕捉して殺すことを考えるなら、それが最善手だ。七海達が、敵の知らない隠し部屋を知っていたことだけが誤算だった。
それで、敵は七海達を補足することができず。
探しまわって戦力を分散させる結果となって、俺と久美子で各個撃破してやれたわけだが。
敵もバカではないので、そろそろ探索ではなく地下六階の階段の地点での待ち伏せに切り替えたに違いない。
「真城くん、逆に意表をついて、下に降りるのはどうだろう」
「ほう、七海は面白いことを考える。地下十階のエレベーターは俺達が潰してしまったが、再び動かすこともできないわけじゃない」
だが、この場をそんな奇策で切り抜けても問題を先送りにするだけだ。
ダンジョンには他のモンスターもいる。
地下十階まで七海達がもたもた降りている間に、紅の騎士が勢い良く上に登ってしまったらどうする。
今度は、他の連中が襲われる。
そうなると地下三階あたりにいる瀬木達の集団が危険に晒されるかもしれない。
そのとき、俺が七海達と一緒にいたら誰が瀬木を守る?
だから下に降りる案はダメだ。
容認できない。
「どうする、真城ワタルくん?」
「七海、お前らは地下六階に上がれ。俺が先に行って囮となって、敵の本隊をまとめて引き付ける。その隙に上に行くんだ」
俺が囮になって敵の本隊を引きつけ、その間に七海達を逃してやる。
ここは、それしかない。
「それが危険だから一緒に下に降りようと言ったんだ! 紅の騎士といったか。真城くんが勝てない程の強敵もいるんだろう。君一人を危険に曝すような真似は……」
「七海。俺は、お前達を囮に使ったんだぜ。今度は、お前が俺を囮に使ってくれればいい。なに、やりようはあるし俺は死なない」
今の俺の実力が、紅の騎士相手ににどこまでやれるか試してみたいのが一番の理由なのだ。
恩を売るために囮になると言ってやったが、七海が気に病むことはない。
「真城くん……」
「そんな顔をするな。俺にも策があるから、囮の役割を終えたらさっさと逃げるだけだ。お前達にはせいぜい生き残ってもらって、上の連中を守ってもらいたい。分かったか」
時間が経てば経つほど、敵は一箇所にまとまるはずだ。
あまり考えてる時間はない。俺なりに、やれるという目算もある。
「分かった……僕達は真城くんに頼るしかないからね。じゃあ、作戦は任せる」
「よし、じゃあさっそく行くぞ!」
決戦を避けられれば一番良いが、俺の予想が正しければ敵は地下六階への階段前で待ち伏せしている。
そこを何とか突破すると決めて、俺達は小部屋から出ていくことにした。