55.地下十三層
地下十三階は石と砂の迷宮である。壁はゴツゴツと硬い玄武岩に覆われて、地面は砂で埋まっている。
ようやく、暗いダンジョンに戻ったかという安心感がある。
レトロなゲームを愛する俺には、やっぱり擬似的とはいえ外という環境は落ち着かなかったが。
暗くひんやりとするダンジョンに戻ってようやく、心が落ち着いた。
ザッザッザッザッと、砂を踏みしめながら独り暗闇の中を進む。
灯りの魔法は最小限だ。暗いのが落ち着くということもあるが、敵に発見されにくくなるし、ランクが上がるごとに暗視の力も上がっていくからこれで十分に見える。
「ダンジョンの醍醐味はこれだよな。独りで、静かで……モンスターが出てっておい」
なんてな、一人ボケ一人ツッコミも孤独であるからこそできる。
コイツが出てくるのは分かっていた。ゲームのときの知識通りに出てくれてホッとするぐらいだ。
地下十三階層で、冒険者を最初に出迎えてくれるのがジャイアントワームという毒虫。
地下三階で出現するワームがただ巨大になっただけのモンスターだが、幅三メートルもある通路が埋まるほどの大きさはそれだけで圧倒的だ。
脅威なのはその巨体だけではない。俺を飲み込むほどの大きな口に生えそろった牙には猛毒があり、消化液なのか酸まで撒き散らす。
普通なら強敵だが、今の俺にとってまっすぐにこちらに向かってくる敵は雑魚にすぎない。
それに、こいつらは炎に弱いという弱点がある。
「上級 炎 飛翔」
詠唱とともに、手から大きな炎球が飛び出した。
通路を埋め尽くさんばかりに出てくる毒虫を、ほぼ確実に撃てるようになった上級の炎球の連発で焼却する。
そして、苦手な炎に焼かれて敵の勢いが収まった隙に「最上級 炎 飛翔」の詠唱を二度繰り返す。
今度は、二回目で成功できた。
最上級の迷宮の通路を覆い尽くすほどの紅蓮の炎。
自らと同じ大きさの爆炎の塊をぶつけられて、巨大毒虫達はあっけなく消し炭と化した。
しかしそれでジャイアントワームの勢いが収まるわけではなく、誰にも狩られることなく繁殖し続けていたであろう毒虫の群れは次々に出現する。
まっ、それでいい。こちらは、マナポーション代わりの宝石が大量にある。湧き続ける毒虫の数だけ、上級と最上級の炎球を交互にぶつけ続けるだけだ。
呪文を連発することで、魔術師ランクの鍛錬にもなる。そのために、さっき地下十二階で手に入れた宝石を全て使い尽くす勢いで行く。
魔術師のランクをせめて中級師範にまで上げて、二回に一回は最上級炎球が成功するようになりたい。
魔術の攻撃によって敵のヘルスを削るとその分も経験値にもなるので、単純に敵に向かってくるジャイアントワームはまさに魔術師の訓練のいい的だった。
百発はかましただろうか、黒焦げのジャイアントワームの死体が大量に折り重なって、迷宮内に髪の毛を焼いたような嫌な匂いが充満する頃にようやく向かってくる敵の群れがいなくなった。
「綺麗に一掃できた」
ジャイアントワームの死体をかき分けながら進むと、次に砂の中から出てきたのはサンドゴーレム。
こいつらは魔法攻撃は効かない。打撃攻撃しかないのだが……。
「シャー」
サンドゴーレムの声なのか、身体を動かすたびにこぼれ落ちる砂の音なのか。流砂の音とともに迫る太い腕をよける。
そして、抜刀した孤絶で二度切り刻んだが、手応えはない。
「むっ?」
三度目に、腰を斬り飛ばしたときにガチッと硬いものを砕いた感触がしてあっけなく人間の形をした砂は崩れた。
こいつは身体の何処かに核を持っていて、それを砕くと倒せる……という設定だったな。
ゲームでは、ダメージの当たり判定が極度に悪いというだけだったが、こうしてみるとリアルだ。
身体のどこにあるか分からない核を潰さない限り、無限に襲い掛かってくる砂人形。その腕に巻き込まれたら、砂で押しつぶされて窒息死させられる。
ギリギリで避けるときに、顔にバラバラと当たる砂粒の感覚にゾクゾクとさせられる。
一度でもまともな攻撃を受けたら致命傷、そんな手応えがある敵はいい。
「これでこそだな!」
砂の腕を紙一重でかいくぐりながら、乱れ斬りを浴びせる。
もう一体の核を叩き潰した。
しかし、奥の砂からまた三体湧きだしてくる。
囲まれてもマズいので、半歩下がってまた刀を振るう。
いいぜ、どれだけでも相手をしてやる。
戦闘の極度の興奮のせいか、疲れは感じない。
確実にスタミナは減っているはずだが、そちらも大分鍛えられたということだろう。
当たるを幸いに、俺は砂の化け物に向かって刀を振るい続けた。
三匹倒したところで、敵の動きになんとなくパターンがあるのに気が付く。
サンドゴーレムの核の位置は大きく分けて二パターンかはあると思えるが、その動きはロボットのように自動的に見えても急所を庇っているようだ。
つまり敵が上体を低くすれば核は腰の位置にあるし、高く反り返って見せれば頭の辺りに核が存在する。
そのような予測で相手をしてみると、攻撃のヒット率が高くなった。
なるほど、これがゲーム上だと戦闘経験によって攻撃が当たりやすくなるということか。
敵のパターンに気がついてからは、順調に倒していく。
だいたい十五体を叩き伏せることで、サンドゴーレムが湧く地帯を突破することができた。
「ふうっ……」
さすがに疲れを感じて、ちょうどいい位置に見つけた泉で水分補給をする。どうも砂っぽくて乾燥しているせいか喉が渇く。
続けてポーションでヘルスとスタミナを回復してから、飯を喰らう。
和葉の作ってくれた猪神の肉の炙り焼きは、無限収納のリュックサックに入れておけば悪くならない。
口の中に肉汁の旨味が広がり、滋養が身体に染み渡る。
和葉が携帯食用に考えて添えてくれた焦げ目のついた香ばしいパンに挟んで食っても美味しい。
料理スキルによるプラス補正がなくても、栄養を考えた料理は身体にはいいのかもしれない。
そんなことを考えながら無心で食べていると、闇の向こうから殺気を感じた。
俺の食事を邪魔するとは、いい度胸だなと思って睨みつけると、黒の騎士だった。
本来、こいつらが現れるのは十四階層からだ。
つまり、意図的にここに派遣された可能性が高い。
十六階を目指して攻略を進めている俺に対する対応なのかもしれない。
だとしたら俺に対して、黒の騎士がたった一匹とは俺も舐められたものだ。
「いいぞ、かかってこいよ」
「ジンジョウゥゥ!」
濁った声だが、どこか女のような?
どこかで聞き覚えがある。こいつ確か……。
「お前あれか、だれだっけ……そうか黒川!」
「ジンジョウゥゥ、貴様がぁいなければぁぁ!」
七海ガールズのボスだった黒川穂垂。生前の澄んだ声とは似ても似つかない濁りきった声だが、なぜか俺には分かった。
その名を思い出したのは、横薙ぎに払われた黒死剣の強烈な一撃を受けるのと同時だった。
ギリッと硬い金属同士が擦れあい火花が散る。強い、女の力ではない。
ただの黒の騎士と比べても、数倍のスピードとパワー。反射的に敵の左肩口に叩きつけた一刀を、敵も受け止める。
「おおっと!」
「アハッ、アハハハハッ、アッ、アハハハハッハハハハッ、シネシネシネ!」
こいつはもう死んだ人間だ。ガンガンと打ち付けてくる黒死剣の斬撃を、からくも受け止める。
化け物じみた声で爆笑する黒川に若干引きつつも、俺は剣を引くつもりはない。
「黒川、悪いが潰させてもらうぞ。上級 放散 刻限 敏捷……」
「アアアアアアッ、おバエゴロスゥゥ!」
俺は一旦引くと、スローの呪文を唱えた。
もう死人であるこいつを殺すのに躊躇はないが、せめて最短時間で屠る。
間合いを詰め、敵の斬撃をかわす。
喉を狙ったが、鎧の隙間に上手く刀が入らなかった。チィ、仕方ない先に武器の方を落とすかと黒死剣を持つ腕ごと斬り飛ばした。
「ギャアアアアアアアアア――」
「悪いなぁ、二度も殺して。すぐに終わらせてやる!」
「――ァァ」
「死人は寝てろ!」
俺はそのまま黒川を押し倒すと、黒の鎧とヘルメットの隙間から刀を力ずくで入れて首を押し切った。
無理やり首を切り落としたせいか、ヘルメットが飛んで切り落とした頭が見えてしまった。
「げっ……」
血に染まった縦ロールの巻き毛。恨めしそうに俺を睨む生首。
顔は見たくはなかった。俺だって、一度は共に行動した人間をこの手で殺すのに、後味の悪さは感じないわけじゃない。
しかし、これで分かった。
黒の騎士は、死んだ人間に憑依する。
そして、人間に取り憑いた黒の騎士は、前よりも強さを増す。
おそらく他の死んだ七海ガールズに取り憑かなかったのは、死体の保存状態の違いではないだろうか。
俺はこいつらの死体を一つ一つ確認したが、七海ガールズの他の死体が真っ二つにされていたのに対して、黒川の死体だけが綺麗な状態だったから利用されたのだ。
「つまり、死体を焼いておけばいいわけだ、最上級 炎 飛翔」
俺は最上級の炎球で、黒川の死体を跡形もなく焼き尽くした。
こうしておけば、敵は二度と死体を利用できまい。
後味は悪いが……悪いことばかりではない。
こいつが俺の下に送られてきたということは、敵の騎士団に対して俺の攻略は一定のプレッシャーを与えているという証明だ。
雑魚から片付けていけば、いずれ紅の騎士だって降りてこざるを得まいよ。
仲間をモンスター化して攻撃を躊躇させるつもりだったのだろうが、そうはいくか。俺の覚悟は……。
「真城くん、真城ワタルくん……!」
なんだと思ったら、リュックサックの中から『遠見の水晶』が鳴っていた。
どうやら七海修一からのコールのようだ。
胸騒ぎがしたので即座に応答する。
嫌なことに俺のこういう悪い予感は、当たる。
「どうした?」
「地下七階の壁が敵に破られた、僕達は入口のほうの隠し部屋に撤退してきている」
「襲われたのは、紅の騎士と黒の騎士どっちだ」
「分からない、警告音に気がついて逃げたのだが、逃げる中で二人ほどはぐれてしまった。無事でいるといいんだが」
その二人は死んだな。
初戦、七海達のグループがその程度の犠牲で済んだとしたら、最悪ではない。
せめてもう少し時間が欲しかったが、無い物ねだりは止めろ。頭を切り替えろ、執行猶予は終わった。
ここからの俺の対処で、犠牲の意味があったかは決まる。リュックサックを軽く見て、マナポーション代わりの宝石の残りを確認する。
「そうか、入口のほうの隠し部屋だな。助けに行くから、ちゃんと扉は閉めて隠れていろよ、敵がその隠し扉の位置を知らないことを祈るしかないがな」
戦闘準備を整えた俺は、転移で地下七階へと飛んだ。