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ジェノサイド・リアリティー  作者: 風来山
第一部 『ジェノサイド・リアリティー』
53/223

53.戦況の把握と小休止

 地下四階に転移ルーアンする。

 座標を教えておいたので、久美子も続けて出現する。


「この落とし穴を降りていくんだが、ちょっと待て」

「あっ、ロープは要らないわよ」


 ぴょいっと、三メートルはある落とし穴を飛び降りた。

 一回転してシュタッとダメージまで殺してみせる。落とし穴でダメージを喰らわないのは忍者の特性なのだが、この足がすくむ高さを平然とした顔で跳ぶものだ。


 女にこんなことをされては、俺だってロープで降りるわけにはいかない。

 俺も、一気に飛び降りた。今の俺なら、この程度は平気だ。


「……」

「大丈夫? 無理しなくても良かったのに」


 無理してねえよ。ほんの少し足が痺れたのを、即座に立ち上がって誤魔化す。

 忍者と違ってこっちは着地補正がないが、ランクがかなり上がってるのでこの程度で怪我したりはしない。


 高いところから飛び降りると、なんだか子供のときを思い出した。

 近所の子と高いところから、勇気を競って飛び降りたものだ。いや、あのときの俺は臆病で怖くてみんなの後にしか飛べなかったんだっけ。


 母が死んでから俺は父方に引き取られて、こんなエリート校に無理やり入れられてしまったから、ガキの頃の友達はもう居ない。

 仲が良かったやつもいたような気がしたが、連絡を取り合うわけでもない。そうやって忘れていく。人間関係なんて、そんなもんだ。


「さっさと行くぞ。この先の通路だ」

「この鉄格子が開くの?」


「開かないよ」

「じゃあ、行き止まりに見えるんだけど」


 鉄格子の横の壁で、前に進みながら横に進む。


「こうやって、壁にめり込むように斜め移動すると入れる」

「壁に見えて、実は通れる隠し扉ってあるわね、それと一緒の原理?」


「いやちょっと違う。これは空間が歪んでる感じで、ゲームで言うとバグみたいなもんだな、ニュッと抵抗感があるところを力づくで押し通る感じだ」

「ふうん、こんな感じかしら」


 久美子は、一度試すように手で壁を探ってから、もう一回で壁にめり込むようにして鉄格子の先に入ってみせた。

 和葉を通すときは、すごく苦労したんだけど一発か。


「よく通ったな」

「私は忍者だから、普通の隠し扉なら気づくと思うんだけど、さすがにこれは言われないと気が付かないわね」


 久美子がそういうのだから、安心なのだろう。

 さすがに、ここを他の生徒に発見されると厄介になる。


「久美子、何度も確認するようで悪いがこの場所は」

「七海くんにも誰にも秘密にしておけって言うんでしょう。分かってるわよ、むしろそこにワタルくんだけが入れるというより、女子である私も行けるとしたほうが七海くんも安心するんじゃない」


 そこは久美子の言うとおりなんだよな。俺が久美子を連れてきたのは、あんまり和葉が怖いことばかりするからということもある。

 さて、鉄格子を越えた通路の先にボタン式の扉がある。


 開けるボタンを押すと、ビイイイイッッと警戒音が鳴り響いた。


「えっ、何なのこれっ!?」


 久美子がビックリしている。

 まあ、俺は扉に罠ぐらいあると思ってたからさほど驚きもしない。


「最近、竜胆は罠を作ることを覚えたんだよ。俺は転移で移動してくるから、扉には警報を付けたんだな。これは多分、警報が鳴るだけで鳴り終わったら開くと思う」


 案の定、しばらく鳴っていると音が止まって扉が開いた。

 和葉が大工スキルで作った『警告音発生装置』は、普通の扉ならどんなものにでも取り付けられるらしい。


 今のところ近くのモンスターを呼び寄せるだけで使い道が思い浮かばないが、もしかしたら使えるアイテムになるんじゃないかな。

 ともかく、奥に入るとそこには光り輝く眩いばかりの大部屋が広がっている。


 やはり暗いダンジョンから来ると、陽の光が眩しい。


「まるで外みたいね」

「そうだな、ここは地下でも陽の光が届くんだよ」


 和葉の姿は見えない。

 久美子を連れてくるのは分かってるはずなんだけど。


 どうも和葉はジッとしていられない性分らしく、俺達が来ると分かっていても姿が見えないことが多い。

 まさか、風呂に入ってるってことはあるまい。ないよな、久美子が来てるのに、また裸で出てこられたら困るぞ。


「ここすごいわね。竜胆さんはどこにいるのかしら。あのログハウスのなか?」

「えっと、そうだな……」


 ログハウスには居ないようだが、ログハウスの裏から和葉の陽気な鼻歌が聞こえてきた。

 作業でもしているのかと思ったら、ログハウスの裏の庭で物干し竿に洗濯物を干している。


「何これ……何の当て付けなの?」

「久美子は、なんで怒ってるんだよ……」


 久美子の怒りのポイントが分からん。ピンクのエプロンを巻いた和葉は、俺達に気がついて振り向いた。

 良かった普通の格好だ。また裸みたいな格好だったらどうしようかと思った。


「ごめんなさい、ワタルくんが来るって聞いたから準備に忙しくて気が付かなかった」

「えっと、竜胆和葉さん。ワタルくんのトランクスを干すのが、貴方の準備なの?」


 どうやら、俺の服を洗濯していたのが気に食わなかったらしい。

 久美子の鋭い質問に、ハテナという顔で小首をかしげている。


 和葉は、ここで暮らしてるんだから。

 洗濯しててもおかしくはないのに、久美子の言ってることが俺も分からん。


「久美子、俺が脱ぎ捨てていったものを厚意で洗ってくれてるんだろ。まあ下着まで濯わせるのは、俺もどうかと思う。そんなの捨ててもいいんだけど、物を大事にするタイプなんだろう」

「厚意ねえ……」


 久美子は、大変不機嫌になっている。

 テキパキと洗濯を終えた和葉は、パンパンとエプロンを手で払った。


 俺の下着はともかく、それと一緒に女物の下着が干してあるのを見るのは何とも言えないな。

 女のパンティーを洗えと言われたら、俺も抵抗あるから久美子が問題視するのも分らなくもない。俺がさせているわけではないとはいえ、やっぱり甘え過ぎか。


「ほら和葉、日用品を買ってきてやったぞ」


 俺は和葉に恩を売るために、街で買ってきた日用品を渡す。

 和葉の顔がパッと明るくなった。


「ありがとう真城くん! いつも助かる」

「いつもねえ……」


 なんかブツブツ言っている久美子に向かって、和葉は挨拶した。


「初めまして九条さん、お噂はかねがね伺っております。私はここで匿っていただいている竜胆和葉と申します」


 ピンク色のエプロンを両手で摘んで、さっと頭を下げた。


「本当は、初対面ではないのだけれどね。一学期のクラス総会のときに二言、三言話してたはずだけど。貴女が、七海修一の幼馴染だってことも私は知っていたから」


 七海修一の幼馴染、そう言われて和葉の口元が少し強張った。

 未だに拒絶感があるのか。これは、先が思いやられる。


「そうですか……」

「そうよ。あの七海修一の幼馴染で、今度はワタルくんに取り行って守ってもらうなんて竜胆さんは大層な女じゃないの。あやかりたいぐらいだわ」


 そう言うと、久美子は形の良い鼻をフンと鳴らす。

 どうもこいつは、和葉にやたら辛く当たる。


「おい久美子、そんな言い方はないだろう。こうなったのは成り行きだ」

「ふーん、かばうんだ。チチ兎といい竜胆さんといい、ワタルくんはやっぱり乳がデカい女が好きなの?」


「おい! そんな話じゃないだろ。竜胆を助けたのは成り行きだ……」

「どんな成り行きがあったか、じっくり聞かせてもらいたいものだわね」


 久美子は、手を組んでムスッとした顔をしている。

 二人を見比べて、俺もなるほどと思うこともあった。


 竜胆和葉は、七海修一の幼馴染だ。

 ちょっと前に七海を落とそうと告白して失敗した久美子にとっては、いとも簡単に七海を手玉にとっている和葉が気に食わないのだろう。


 九条久美子は、なんでもこなす万能型の秀才だが女として圧倒的に和葉に負けてる点が二つある。

 男の庇護欲をそそる弱さと、そして乳の大きさである。そう思ったら笑えてきた、単に久美子の負けず嫌いが発動しているだけか。


「ふーん、そういうことか」

「なによその顔、ワタルくんが何考えてるのかだいたい分かるけど、ぜんぜん違うわよ」


「二人は仲がいいんですね……」


 俺達が言い争ってるところに、和葉が口を挟んだ。


「いや、特に仲良くないが……」

「だって、真城さんは九条さんのこと久美子って名前で呼ぶじゃないですか……」


「そうね、私とワタルくんはただならぬ関係だから。貴女なんかが入る隙間はないわよ」


 久美子は、そう言いながら俺の右隣からほとんど無い胸をこすりつけるようにして擦り寄ってきて、腕を組んできた。


「いや、こいつとそんな関係はないから」

「本当ですか、付き合ってないんですか?」


 和葉は、左隣から俺の手を両手で握って尋ねてくる。

 なんだこれは、両手から女に引っ張られてラブコメ漫画かよ。


「ちょっと、ワタルくんが困ってるじゃない」

「関係はないのに、親しくしすぎる九条さんが困らせてるんじゃないですか?」


 俺を挟んで、睨み合うのはやめろ。

 これでモテていると自惚れるほど俺もバカではない。女の肩肘の張り合いのネタにされているだけだ。


「はぁ、お前らもうやめろ」


 俺は、二人の手を振り払う。

 こんなの相手をしてられない。


「じゃあ、私も名前で呼んでもらっていいですか」

「はぁ?」「なにいってんのこの子!」


「九条さんとは、親しい関係でもないのに名前で呼んでるんですよね。だったら、私のも名前で呼んでくれてもいいと思います!」

「ちょっと待て竜胆、七海修一の手前あまり馴れ馴れしくするのは……」


「七海くんの居ないところだけでいいんです。じゃないと……」

「じゃないと何だ……いや、やっぱりいい。和葉……そう呼べばいいんだろう?」


 和葉が名前で読んで欲しいというのなら、それはしょうがない。

 きっと俺が久美子を馴れ馴れしく呼び捨てにしているせいで、疎外感があったのだろう。


 しかし、七海がいるところで、いや……それ以外の人がいる場所でもそうだが。

 呼び名をいちいち注意しないといけないのは面倒だ。


「はい、これで九条さんとは特別親しいわけじゃないって安心できました」

「そうか、そりゃ良かった」


「良くないわよ!」

「久美子は、さっきからなにを怒ってるんだ。いい加減ウザいぞ」


「あのねえ竜胆さん、ワタルくんにはウッサーってお嫁さんがいるのよ。勝ったと思ってるんじゃないわよ」

「久美子、いい加減にしろ!」


 なんでいまウッサーの話を持ちだした。


「だって……このままじゃ、私が負けたみたいになってるし!」

「ウッサーを持ちだして張り合っても、意味ねえじゃねえか。だいたい女子力で、お前が和葉に勝とうとか無理だろ」


 戦闘力ならともかく、家事全般のオールラウンダーである和葉に勝てるわけがない。

 最初から負けるジャンルで勝負を挑んでどうする。


「私だって、家事ぐらいできるわよ!」

「いや、もうそういうのいいから……」


 盛り上がって料理勝負とかされても面倒臭い。そりゃ、久美子は万能型だが、それだけに一芸に秀でた専門家には勝てないだろう。

 俺は、そんなことのために久美子をここに連れてきたわけではないのだ。


「確かに竜胆さんの主婦スキルは見事だわ。だけど……」

「料理スキルだ。おい、久美子。お前、俺が和葉に甘えて鈍ってるだの、ワイルドさに欠けるだの散々と言ってたが、お前こそボケてるんじゃないか」


「何よ……」

「いいからよく聞け、和葉もだ」


 俺の言葉に、和葉も真剣に頷く。良し、主導権を握った。

 真剣に言っているのが分かったのか、久美子もふざけるのをやめて真面目に聞く姿勢になった。


「竜胆の料理スキルは、能力値の底上げに使える。これを俺一人で使うのはもったいない。他の集団パーティーにも食わせてやれば、物凄い効果を発揮するだろう。罠作りのほうも、直接戦闘には役に立たないかもしれないが使いようはある」

「私にできることならなんでも協力する。あと真城くん、二人のときは、和葉で……」


 ああっ、和葉って呼べばいいのな。

 いちいち呼び名を気にしなきゃいけないのが面倒だが、それぐらいで機嫌が取れるなら安いものだ。


「二人って、私もいるんですけど!」

「久美子、話が進まないからいちいちつっかかるな。俺はここを『庭園ガーデン』と呼んでいるが、とっておきの緊急避難場所をお前に教えたのは必要があってのことだ」


「私はワタルくんが竜胆さんに篭絡……じゃない、悪影響がないか確かめに来たんだけど」

「まあそれもあった。お前にも和葉の料理を食って効果を確かめてもらいたいとは思っているが、『庭園ガーデン』の場所を知ったお前には、運び屋になってほしいからだ」


「運び屋?」

「そう、和葉が攻略に役に立つ料理やアイテムを作ってくれているなら、ここは兵站基地だ。輸送役もいるだろう」


「あっ、そうね……」


 みなまで言わなくても、久美子ならそう言うだけで分かるだろう。


「私は、保存が効いてダンジョンで多くの人が食べられるようなお料理を作ったらいいのね」

「そうだ和葉、余裕があったら『警告音発生装置』もいくつか頼む。あれを各階の階段前の扉に設置しておけば、敵がどこまで登ってきたのか分かるだろう」


 警告音が聞こえなかったとしても、あとから調べれば作動したか分かる。

 敵の足取りが掴めれば、それだけで役に立つ。


「設置しておけばって、どうせその作業をやるのは私よね」

「ハハッ、よく分かってるじゃないか。久美子は生徒会役員、なんだかんだいってみんなのために断れる立場じゃない」


「私は、自分とワタルくん以外どうなってもいいわよ……」

「言ってろよ。俺は、お前がそんな自分勝手ができるやつじゃないと信用してる」


「都合のいい言葉よね。どうせワタルくんは瀬木くんだけが大事なんでしょ」

「それもあるが……敵が迫ってきてる今の状況なら、戦力の底上げは必要だ。和葉の料理の供給と、罠の設置はお前の判断に任せる。瀬木の隊にできるだけ優先的に供給してやってくれ。あっ、でも七海修一には食べさせてやってくれよ。そのほうがやる気を出すだろう」


「あー分かったわよ。私が偵察と運び役をすればいいんでしょ。うー、私はワタルくんに都合よく使われる予定じゃなかったんだけど……あとで覚えてなさいよ」

「忘れるから、仕返しならあとじゃなくて今にしとくんだな。それじゃ、七海修一とコンタクトを取って全体の情報を聞くことにしよう」


 実は俺のところに一度、七海修一から着信があって、それをスルーしてしまっているのだ。

 聞けば、和葉のところには何度も連絡があったらしい。それも、スルーしてしまっているそうだ。いい加減、向こうは焦れてきているだろう。


「竜胆さんには、女子である私がついてるって七海くんにアピールすればいいのね。真城くんと二人っきりだと怪しいから!」

「揶揄を感じるが……まあ、頼む。街の安全がかかってるからな」


 まあ、俺も街の安全はどうでもいいけど。

 ぶっちゃけ死んだほうがいい連中のほうが多い。ただまあ、できれば死なせたくない奴も何人かはいるのも確か。他のやつは肉壁になってくれればいい。


 俺の真似をして強がって見せた久美子だが、こいつにはもっと多くの守りたい友人がいるはずだ。

 防衛戦を行うために有効な方策を提示すれば、断らないだろうとは思っていた。


 ふっ……これで久美子に追い掛け回されることもなくなるし、一石二鳥。

 どうだ久美子、これでも俺が鈍っているというか。


「悪い顔ね」

「お互い様だろう」


 ログハウスに入って和葉が『遠見の水晶』でワンコールすると、一瞬で七海が姿を現した。


「ハァハァ……和葉ッ!」

「おい、七海大丈夫かよ……」


 怪我まではしていないようだが、疲れた顔をした七海は、苦しそうに肩で息をしている。

 もしかして戦闘中だったのか?


「ああっ、真城くんか。いまモンスターを倒してたところだった」

「おいっ戦闘に集中しろよ!」


「大丈夫だ。今終わった……三上直継くんたちは、優秀だからね」

「そうか、ならいいけどたいがいにしておけよ」


 戦闘中に呼びかけに出るとは、みんなよりも和葉を優先するという七海の言葉は嘘ではなかったようだ。

 命を賭けた戦闘中に、それを証明してみせるあたりが男前だ。


 しかし、和葉はその様子を見て笑顔が強張っている。

 しっかりしろと、背中を軽く叩いてやったらギュッと手の甲を掴まれた。またかよ……。


 まあいいか、真ん中に久美子を挟んでるおかげで手までは見えないし。

 久美子が「竜胆さんは私がついているから」とかそつなく応えて七海を安心させてくれている間に、俺は頑張れと和葉の手を強く握りしめてやった。


 すると、ビクッと和葉のほっそりした腕が震えたので、強く握りすぎて痛かったのかと慌てて力を抜く。

 俺が手のひらを開いた拍子に指を絡めてきた。それがやりたかったのか、まあ好きにすればいい。


 親指以外の指を絡めると、和葉は指を絡めたままで俺の手のひらの真ん中を、親指の腹でゆっくりと上下にさする。

 くすぐったくて笑いそうになる。遊んでやがる、なんだ余裕じゃないか。


「和葉……様子に変わりはないか。なにか困ったことはないか」


 水晶に映る七海は、久美子との連絡を終えたあと、黙っている和葉に気遣わしげに声を賭けた。


「七海くん心配してくれてありがとう。真城くんと、久美子さんがとても良くしてくれるから私は平気よ。私の料理スキルで作った料理が、能力値を上げるんだって」

「そうか、その話は僕も聞いた」


「そっちにも料理を届けてもらうわね。七海くん達の役に立てて嬉しいわ」

「そうか、助かるよ。そう言えば和葉のクッキーをもらったよ、凄く美味しかった。手料理も楽しみだな……」


 七海がクッキーをもらって食べたと言った途端、俺の手を握る和葉の手の力が強くなった。

 和葉が力を込めたぐらいで俺の鍛えられた手はどうってことないのだが、絡めた指をニギニギとされるのはくすぐったくて仕方がない。


 七海の手前表情を変化させるわけにもいかず。

 俺は、下唇を噛み締めて耐える。


 これは一体何をしろと言ってるんだ。

 話に割って入ればいいのか。


「七海、話の途中ですまないがそっちの戦況を把握させてくれ」

「うん真城ワタルくん、僕達はいま地下七階にいる」


「俺達が階段の前の扉を閉鎖したところだな」

「うん、これより先は進めないからね。ここで経験値と金を貯めようとしている。下から攻めてくるという敵の監視も兼ねてそうしているよ」


「瀬木、いや他の集団パーティーはどうだ」

「地下三階の稼ぎ場あたりをウロウロしているかな。そっちもお金とアイテムを集めてもらっている」


「そうか、かず……いや竜胆が作ってくれた『警告音発生装置』を久美子に持っていかせるから、地下七階の閉鎖した扉に設置してくれ。扉が破られたらすぐ逃げろ」


「言われなくても、分かっているよ。僕達が黒の騎士(ブラック・デスナイト)達を相手にまともに戦えるとは……」

「七海! お前は分かってない。登ってくる相手は、そいつらの元締めである紅の騎士カーマイン・デスナイトだ。俺は、騎士どもに襲われたら『誰かが殺られている間に逃げろ』と言ってるんだ!」


「それは……」

「できなくてもやれ! 紅の騎士カーマイン・デスナイトは、通常でも黒の騎士(ブラック・デスナイト)十体分に相当する力を持っている。俺が戦った感じでは、それ以上の強さだった。今のお前らとは、力の差がありすぎるんだ。誰かを助けようなんて甘いことを考えていたら、一分足らずで全滅する。警告はしたぞ、後はお前次第だ」


 俺は、思わず和葉の手を強く握っていた。

 結局のところ俺は、七海達を囮に使っている。多少鍛えたところで、圧倒的な強さを持つ紅の騎士カーマイン・デスナイトに襲われれば、誰かは死ぬ。良くて半壊、悪くすれば全滅だ。


 それでもいいと思ってやっているが、警告ぐらいはしておくべきだろう。

 そして気を引き締めなければならないのは、俺もだ。


「分かった、僕だって……このゲームをクリアして生き残りたい。和葉と一緒に、元の世界に戻りたい」

「三上達も、聞こえているか! たとえ七海が殺られても逃げろよ。お前らが全滅したら、そこで命を張っている意味もなくなる」


 水晶には映っていないが、三上の「分かった!」という野太い声が聞こえて安心した。

 どれほど味方を切り捨てる覚悟を促したところで、七海はとっさのところで仲間を助けて死んでしまうのではないかと思えてならない。


 非情な話だが、七海が死んでもアスリート軍団の中心である三上直継が残れば、防衛戦力の立て直しは利くだろう。

 そうなる前に俺が紅の騎士カーマイン・デスナイトを倒せるほどの力を身に付けるか、騎士団の本拠地である地下十六階を突ければいいんだが、間に合うか。


 七海との連絡を終えた俺は、久美子が持ち歩いていた猪神と狂牛の肉を和葉に料理してもらう。


「真城くん、お風呂も湧いてる」

「ああっ、ありがとう」


 風呂にも入って、ベッドで少し休ませてもらった。休めるときに心と身体を休めておくのも、大事なことだ。

 寝てる間に、久美子がくっついて離れなかったが好きにさせておくことにした。


 こいつにも仕事してもらわなければならないからな。

 紅の騎士カーマイン・デスナイトが何を考えて動いているのかも気になるが、余計なことをあれこれ考えても仕方がない。俺がやれる対処はひとつだ。


 進むと決めたら、全力で前に進み続けること。敵が攻めてくるなら、勝手にすればいい。俺は敵よりも速くダンジョンを侵攻してやる。

 難しいことはない、俺はそれだけでいい。

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