41.紅の騎士対策
昇降機で地下一階にたどり着くと目の前に、久美子達がいた。
「良かった、こっちで来たのね」
「なんで分かった」
「だって遅かったから……」
それだけで、俺が昇降機で来ると予測できた久美子の感度は称賛に値する。
ここが可能性が一番高いと推理したわけか。
「そうか。実はヤバい敵が居て『アリアドネの毛糸』を奪われた。話は後だ、敵が昇降機で登ってくる可能性があるから、使えないように閉鎖する。とりあえず扉が閉まらないように抑えて、久美子ガムテープかなにかないか」
「街でもらってくるわ」
教室にあった文房具は、七海達のグループが街に運んでいる。
こんな時にも、そんなものが役に立つとは思いもしなかったが、ガムテープがあれば開くボタンを押しっぱなしにもできるだろう。
「久美子、早かったな。んっ、それはダクトテープってやつか」
「完全に封鎖するつもりなら、ガムテープより丈夫な方が良いでしょう」
久美子が差し出した銀色のテープは、ダクトテープと言われるものだ。
ダクト、つまり配管の補強工事にも使われる強力な粘着テープだ。
「それはそうだが、誰がそんなものを教室に持ち込んでたんだよ」
「女の子は物持ちが良いのよ。例えばだけど……」
そう言われて思い出したが、ダクトテープは女性が胸を寄せて、谷間を作るにも使われると当の久美子の聞いたことがある。
寄せてあげる胸も無いくせにと思うが、放っといたらどうせそのたぐいの下らないことを言い出すに違いない。
「ああ分かった、深くは聞かないから。さっさとやってしまうぞ」
ダクトテープで地下一階のボタンを固定して、ゴンドラが下に行かないようにした。
使用禁止の張り紙をつけて、生徒会に地下十階に強敵が侵攻していると連絡網を回してもらえばいいか。
生徒の中に自殺志願者でも居ない限り、粘着テープを外して無理やり動かしたりはしないだろう。
本当はシステム的に停止させられたらいいのだが、一度稼働したシステムを止める方法はない。
「次は、どこかで敵の侵攻を食い止める必要がある」
「ワタルくんにしては慎重ね。それほど強い敵ってこと?」
「少なくとも、フザケてられない相手だ」
久美子とウッサーが俺に寄り添ってきて、ポジションを争って肩をぶつけあってるが。
遊んでる場合じゃないんだよ。
確かに街は今のところ安全だが、プレイヤーと同じようにモンスターのネガティブ行為が禁止される保証は何もない。
みんなは街に逃げ込めば安全だと考えているだろうが、ラスボス級のモンスターがもし最初の街に入ることに成功すればどうなるか、考えなくても分かるだろう。
「真城、私のを使ってくれ!」
「良いのか」
木崎晶が、『アリアドネの毛糸』を差し出してくれる。
返してもらわなければならないのは確かなのだが、自分から言い出してくれるとは助かった。
「私がもたもたしてたから……」
「ああ、それは言うな。ありがたく使わせてもらおう」
泣きそうな顔をしている木崎は、自分のせいで俺が逃げ遅れたのを気にしていたのだろう。
俺はもうそんなことすっかり忘れてたけど、罪滅ぼしという意味でなら遠慮なく受け取っておく。
「じゃあ、ウッサー、久美子。お前らは俺と一緒に来い、行き先は地下七階のボスの部屋だ。エノシガイオスがいたところだ」
「私達はそのボスを見てないんだけど、海神の門のところまで行けばいいわけね」
そうだと頷くと、俺達は同時に『転移!』と叫んだ。
一応、木崎にも一緒に叫んでもらったが転移はできなかった。やはり、アイテムを持っていないと移動できないようだ。
残念とは思わない。
もし、一つあれば集団が転移出来るようなアイテムであったら、紅の騎士が、率いている黒の騎士団ごと転移してくる可能性だってあった。
紅の騎士だけでもきついのに、黒の騎士団が集団ごとが転移して襲って来たら絶望的だ。
しかし、なぜジェノサイド・リアリティーのルールを無視して、地下十六階のボスが地下十階まで上がってきたのか。
先に戦った黒の騎士達が、先行した偵察隊だったと考えればどうだろう。
俺達が地下一階から探索を開始したように、紅の騎士が率いる黒の騎士団も、地中の奥底から上階に向かって探索していた。
そして、取り逃がした四体の黒の騎士から敵のボスに俺達の情報が伝わってしまった。
これまでの情報から考えると、各階のボスが狂騒神から受けている命令はダンジョンの防衛である。
ダンジョンを攻略しようとする冒険者の存在を認識した紅の騎士は、地中奥深くの自分の陣地から遠征しにやって来たのかもしれない。
彼らには自律した意志がある。ダンジョンを守るのに、何も自分の階層にこだわらなくても良いと考えたのかもしれない。
「ワタルくん、どうするの?」
「ああ、このエノシガイオスが座ってた大きな玉座があるだろう。これ、一人ではとても運べないがお前達と一緒なら何とか押していけるんじゃないかと思って」
昔そういうゲームがあったよな。
持ち上げたり引っ張るのは無理でも、押すだけなら動かせそうだ。この玉座はダンジョンの床や鉄格子と一緒で、ほぼ破壊が不可能なほどの極端な硬度がある。
「重いデスっ!」「重い……」
「おらっ、もっと気張れっ!」
三人で大きな玉座の横を押して、海神の扉の前まで押していって閉鎖する。
大きな玉座は、すっぽりと海神の扉を覆った。
「ハァハァ……これで、黒の騎士達は入ってこれないかしら?」
「まあ、しばらくは持つと思う。このエリアは地下水が溜まっているおかげで、落とし穴がないからここ以外に出入口はない」
「敵はかなりの数だったわよね。集団の力で押し切られたら?」
「それも考えたのだが、相手は知恵が働くようだから、逆に単純な力押しは最後になるんじゃないか。押してもダメなら、久美子ならどうする?」
「引いてみる?」
「まあ、引いてくれればありがたいけどな。ここの扉は単純に押すようにしか出来てないから、どれだけ押しても開かないとなると何らかの仕掛けがあるのだと考えてくれるのかもしれない」
「ああっ、そうね……このダンジョンはイヤラシイ罠があるから」
「そうだな。落とし穴なんかは、存外モンスターでも引っかかるしな。押してダメなら、さらに力押しで全力で押すという単純な発想には、知恵が働くほど行き着かない」
全力で押せば道が開けると知っていれば開けられる扉でも、押しても徒労に終わるかもしれないと思えば力が出ないものだ。
人間ってのは、無駄に終わるかもしれない行為を避けたがる。それは、知恵のあるモンスターでも一緒だろう。
「じゃあ、良いことを思いついたわ。ちょっと待っててね」
久美子が何をするのかと思えば、鉄の槍を拾って来てダクトテープで器用に組み合わせてつっかえ棒にして噛ませやがった。
しかも、二本も嵌めてしっかりと固定した。
ダクトテープは、表面がポリエチレンでコーティングされているから、地下七階の湿気でダメになることもない。
かなり強力なバリケードとなった。
「なるほど、これで重い玉座が動くほどの力で押しても、つっかえ棒が折れるまで力は向こう側の扉に伝わってびくともしない。さすが久美子、やることがえげつねぇ……」
「陰険忍者、さすがに汚いデスね」
俺達は口々に、久美子を賞賛した。
「それ褒めてないわよね。でもこれで、そう簡単には突破出来ないはずよ」
「これで、俺達も『アリアドネの毛糸』なしでは地下七階までしか行けなくなったわけだが、そこは諦めるしかないな」
玉座でこの扉を閉鎖してしまうアイデアは、実はもっと前から考えていた。
黒の騎士対策というだけではない。適当に理由を付けて、上の連中の邪魔が入らないように、遮断してしまおうと考えていたのだ。
そのときは、まだダンジョンを攻略するのは俺だけでいい。一人だけでゲームを楽しもうなんて余裕をぶっこいていたわけだが。
まさか、ここまで危機的な状況に追い込まれるとは思ってもいなかった。
もちろん、俺は基本的には一人のつもりだが、こうやってこいつらの力を利用したほうが効率的なときは手伝ってもらうことにしよう。
遊んでられる状況ではなくなってきたようだから、仕方がないと言える。
「ワタルくん、それでどうするの?」
「そうだな……それは、よく考えなきゃならんが」
久美子が聞いている「それ」は、いろんな意味が含まれた「どうする」であろう。
これから俺達はどうするのか。下から上がってくる脅威に対して何が出来るのか。生徒会の連中にはどう説明すれば良いのか。
黒の騎士の脅威は、すでに街の生徒達にも知れ渡っているだろう。
街にはそれに対処しようとする動きとともに、不安も広がっているかもしれない。
それに加えて、紅の騎士までもがやってきた、この危機的状況を伝えるべきかどうかも迷うのだ。
もしかしたら、絶望感から集団がパニック状態か無気力状態に陥る危険もある……。
いや、紅の騎士のヤバさを説明してもジェノリアに習熟してない連中には伝わらないか。
モジャ頭、御鏡竜二ぐらいだな。
あいつはプレイ経験があるから、紅の騎士が登ってきたと聞けば、喚き散らしてゲームの神を呪ったあげく、卒倒してぶっ倒れるかもしれない。
そう思うと、少し笑えた。言ってみて反応を見ても面白いけどな。
俺だけが、状況の過酷さに打ちのめされているというのは、なんか割に合わない気がする。
まあ、本当に遊んでる暇はないんだが。
強くならなければならないと思う。
モンスターが自ら魔法を覚えて強くなっていくのならば、俺はもっと強くならなければならない。
残酷な運命に打ち勝つために、俺は最強であり続けなければならない。
人と関わりたくない。地下にずっと潜っていたいなんて、言っている場合ではない。
「ワタルくん……」
「そろそろマナが回復したから街に戻るか。まず、戦力を立て直すべき。そうだろ?」
やるべきことはたくさんある。