39.呪いと恨み
「加藤、お前生きてたのか。他の七人はどうした!」
「さあな、俺はこれから楽しいディナーの時間だぁ……。今は忙しいから後にしろよ」
「はあ、食事だと?」
加藤に尋ねる俺の周りで、久美子達三人は加藤を囲むようにして警戒態勢に入っている。
しかし、黒の全身鎧を身に着けた加藤は、焚き火のほうに向き直ってしまった。
さっきから何をやっているんだとよくよく目を凝らすと、加藤は焚き火で、金串に突き刺した肉を焼いているところだった。
大きな動物の肉の破片だった。
ジュウジュウと音を立てて肉が焼け、脂が爆ぜる。
脂肪が焼ける匂いとともに、ほのかにゴムが焼けたような異臭も混じっている。
見た感じ普通の肉に見えるが、赤黒い肉の塊はとても美味そうには見えない。タンパク質が焼けた匂いなのに、酷い悪臭だった。
本能的な拒絶感がある。毒虫の肉ですら、それに比べれば食指をそそる。だがどこかで、この肉の塊が焼け焦げる匂いを俺も嗅いだことがある。
「バーベキューだよぉぉ。クケケケ、美味そうな飯が、もうすぐ出来る。お前の言うとおりだったなあ真城く~ん、ここには水もあるし、食い物もある。何も困らねえ……」
加藤は喜悦の表情で、黒くこんがりと焼けた肉に齧り付いた。
俺は、気になって尋ねる。
「それ何の肉だ」
確かに水はある。だがこの階層は、ストーンゴーレムの岩とスケルトンの骨しか存在せず食べられる動物なんていなかったはずだ。
では、コイツが食べている動物の肉はどこから持ち込んだのだ。
「真城あれ……ヴゲェ!」
口に手を当てて瞳に涙を浮かべた木崎がそう叫ぶなり、こらきれず嘔吐してしまった。
赤々と燃える焚き火の向こう側に、加藤以外の残り七人の死体が山と積んであった。
腐りかけた死肉に、無数のハエが集っている。
そうか。コイツが食っている肉は、つまり……。
「加藤、お前もう狂ってやがるな」
「クケケケケケッ、何も困らねえ……」
黒の鎧の呪いに支配されて黒の騎士と化した加藤は、すでに人間ではなかった。
黒死剣を無造作に握りしめて立っている加藤は、一線を越えてしまった化け物の狂気と殺気に満ちている。
人間だったころの甘えや隙は感じられない。
呪われた騎士。地下十階のボスは、ゲーム上では強敵だった。中身が加藤だからって、油断するわけにはいかない。
焦げた肉にむしゃぶりついて食い荒らすと、死肉を食らう化け物は赤く血走った眼をこちらに向けた。
戦う前に、まだ聞きたいこともある。
「加藤、ここにはお前一人か。黒の騎士の集団に俺達を襲わせたのはお前じゃないのか」
「はぁ、真城の言うことは、いつもワケがワカラねえんだよ!」
黒いフルヘルムのバイザーをカチカチさせながら、加藤は叫んだ。
俺達を襲った黒の騎士は、加藤が送り込んだものかもしれない。
だとすれば、加藤一人ではなくここに残り四体の伏兵が居るはずだ。何処だと辺りを見回しても、隠れられそうなところはない。
やはり犯人は加藤で、とぼけているだけなのか。眼をぎらつかせて睨むその表情を見ても察せられない。
「まあ良いさ。伏兵のつもりなら、聞いても答えないだろうしな」
「クケケッ、おおイイねえその顔……。本気で殺るつもりだぁぁ、そうこねえとなあァァ!」
「お前えええっ!」
木崎の叫び声。
黒の騎士と化した加藤に最初に襲いかかったのは、意外にも涙を流して嘔吐していた木崎だった。
立ち直りが早いのは良いが、相手の力を図らずに襲いかかるのは無謀過ぎる。
加藤の人倫に悖る振る舞いに、直情的な木崎は激昂してしまったのだろう。もう少し話をしたかったのだが仕方がない。
木崎が振り下ろした、大きなミノタウロスの双頭斧の一撃を、加藤は鎧の小手で軽々と受け止めてみせた。
圧倒的な力量の差。やはり、鎧の呪いの力で強化されている。まあ、ボスとして居るわけだから、この程度の強さは当たり前でもあるが。
「なっ!」
「ざけえええぇぇ!」
斧の一撃が全く通用せず、思わず固まってしまった木崎に、加藤は無造作に黒死剣を振るった。
だから、動きを止めるなと言ったんだ。
ザシュッと音を立てて、木崎が加藤の振るう黒死剣に斬り飛ばされる。かなりの痛手だろうが、致命傷ではないだろう。
続いてウッサーと久美子が左右から襲いかかるが、その攻撃を加藤は黒死剣を一閃するだけで跳ね除けてしまう。
ほう、木崎の斧だけではなく、ウッサーと久美子の攻撃も同時に受けられるか。
中身が加藤だと思えないほどに強い。
久美子は、黒死剣の一撃を忍刀で受けた流したし、ウッサーはかわすことに成功したがそこまで。これは、一筋縄ではいかない相手とは言える。
女どもが三人がかりでも、加藤は倒せない。
「クケケケェー、真城く~ん。女に戦わせてやらねえのかよ」
「なあ加藤……。もう一度聞くぞ、本当に他に黒の騎士はいないのか」
「何を言ってるのかワカラねえよぉぉ。オラオラどうするんだ、このままじゃお前の女も俺のご飯になるぜぇぇ」
「そうか」
化け物になっても、いちいちうるさいやつだ。
三下が、調子に乗りやがって。
「上級 炎 飛翔!」
俺は、上級の炎球の呪文を唱えた。
加藤に向かってではない。死体の山に向かって撃ち放つ。
ボオオォォと激しく燃え盛る死体の山から、二体の黒の騎士が跳び出してきた。
「やはりそこか」
「何だ知ってたのかよォォ!」
知っては居ない。消去法だ。
伏兵を隠すなら、この部屋にはここしか無いと思っただけだ。
「加藤は任せた、俺は先にこっちを殺る!」
「真城ぉぉ!」「ゴロスゥゥ!」
名前も知らないか聞いても忘れたが、加藤と同じように黒の騎士デブとチビが咆哮を上げながら俺に襲い掛かってくる。
ものすごい形相だ。俺は、恨まれているのだろうな。
それにしても黒の全身鎧は、どうやら体型に合わせてフィットするようだ。
黒死剣の長さも、チビとデブでは違う。これも呪いの一部なのだろうか。
「中級 放散 刻限 敏捷」
俺は、即座にスローの呪文を唱える。
跳びかかってくる敵の動きが、瞬く間に遅くなる。
呪いで強化された黒の騎士が一気に二体か。
……楽勝だ。
俺の孤絶が、薄暗い空間に鮮やかな白い光跡を描いた。
サムライブラスト!
まず一体。
踏み込みながら横一文字に斬り裂く。チビのほうの首が、スパンと宙に飛んだ。
いかに鎧が強化されていようと、兜と鎧のつなぎ目を狙えば中は柔らかい肉だ。
斬り飛ばすと同時に、斬りかかるデブの黒死剣を、足の蹴りと身体の捻りでからくもかわす。
いや、完全にはかわしきれなかった。
肩に鋭い痛みが走り、血が滲む。
それでも、剣先がかすっただけに過ぎない。
肉を切らせて骨を断てるならば構わない。
「遅い!」
俺はすぐさま向き直ると、渾身の一撃がかわされたことで前のめりになったデブの首を斬り落した。
どれほど鋭い刃を使おうと、硬い鎧で身を守ろうと、踏み込む速度が足りていなければ宝の持ち腐れだ。
続いて、加藤のほうに向き直る。
「しょえええっ!」
「きゃあっ!」
女相手に、謎の雄叫びを上げて戦っている加藤。
黒の剣と鎧の力は凄まじいが、完全に使われてしまっている。使い方に無駄がありすぎる。
俺は、加藤が身を仰け反らせたタイミングに合わせて、孤絶を全力で振るった。
重い斧の攻撃を受けても、ウッサーの蹴りを受けても微動だにしなかった加藤の身体が後ろへと吹き飛ぶ。
ガシャンと甲冑を鳴らして、加藤は倒れ伏した。
自分の鎧の力で倒れてしまったのに、俺に驚愕の顔を向ける加藤。その表情は怯えだった。
「あああっ、なんで簡単にやられてんだ……嘘だろ」
「嘘じゃねえよ」
すかさず跳びかかった俺は、剣閃で加藤の首を斬り落とす。
すぐに黒い鎧の身体は動かなくなった。
念の為に警戒は崩さないがアンデッド系ではないのか、ゾンビのように身体だけで動きまわることはどうやらないようだ。
中身の人間が死ねば、黒の鎧の呪いも止まるということか。
「こんなことになる前に、ちゃんと殺してやれば良かった」
ほんの少しだけ、加藤達に申し訳ない気持ちにもなった。
俺を襲った加藤達の死は、自業自得だと言える。
だが、今回は黒の鎧に操られてだから加藤達のせいではない。
あのときに、俺が一思いにしっかり殺しておけば、少なくとも人間として死ねた。
化物にされて、二度も死の恐怖と苦痛を味わわせることはなかったのだ。
殺さなかったのは俺の甘さで、それはこうして後に祟ることもあるということだ。
首を斬られて死んでいる加藤達の遺骸を見下ろして、俺は考える。
誰が加藤達の死体に呪いをかけて、ボスとして利用するような真似をしたのだろうか。
生きたまま加藤達が呪いの掛かった黒の鎧を身に着けた可能性もあるにはあるが……。
まあ、無いな。
パニック状態にあった加藤達が、自ら呪い鎧を探して着けるような真似が出来るとはとても思えない。
これ幸いと、地下十階に落ちてきた加藤達を利用した黒幕がいる。
人間をボスとして取り込んでみせる敵というのは、どういう存在だ。
もしかすると、ジェノサイド・リアリティーの創造主自らが、俺達に牙を剥いているということなのか。
そう考えると、途方も無い。
せめてこの刀で断ち斬れる敵であって欲しいが、それも先に進めば分かることだ。
宝箱を漁っている久美子。
さて、何が出るかと眺めていると治療を終えた木崎が声をかけてきた。
「真城、これで解決だな」
「何が解決なんだ」
「えっ、だって黒の騎士はこいつらの仕業だったんだろう」
「取り逃がした数は、四体だっただろう。加藤達は三人で、数が合わない。しかも鎧の意匠がよく見たら違う。これは別口だ」
俺がそう指摘した時、そのとき俺達の後ろから、カシャーンカシャーンとたくさんの甲冑の足音が響いた。
振り向くと、ボスの部屋の入口が黒の騎士の群れで埋まっていた。