14.ウッサーだのウサウサだのと呼ばれる毛玉少女
六階、先ほどボスとして出てきたのと同種のマスタードドラゴンが現れたが。
巨体を誇る毒竜も、『孤絶』を手に入れた俺にとっては、もはや雑魚でしかなかった。
「オラッ!」
毒のブレスを吐かせる間もなく、即座に横に回りこんで急所をズブリッと一突き。
ブレス袋が破れて、身体の中に毒が回ったか。マスタードドラゴンは、のたうち回って苦しみ息絶える、他愛もない。
今の俺ならこんな雑魚、二匹同時に相手しても倒せるに違いない。
もちろんわざわざそんな危険は冒さず、一匹一匹着実に倒していく。ちなみに、毒のブレス袋を破らなければ、マスタードドラゴンの肉も食える。
巨大毒虫と一緒で、肉には毒はない。毒々しい紫の鱗は表面だけで、鱗を剥けば赤く美味そうな肉が出てくるのだ。
適当に血抜きして、毒のない美味しい部位だけいただけば良いわけである。残りは掃除屋スライムが食うだろう。
中の肉の色が一緒なところを見ると、もともとレッサードラゴンと同種だったのかもしれない。
マスタードドラゴンは、化学物質の毒を胎内に取り入れて進化したのか。
そんなモンスターの進化に想いをはせながら、倒しつつ進んでいくと。
目の前に、牢獄に閉じ込められているNPCを見かけて、俺は「ああここはウッサーが居る階だったか」と思いだした。
ウッサー、あるいはウサウサとか、ウサ子とか呼ばれている。名も無きNPCのウサ耳少女。
ちなみに海外では、ラビッタ・ラビットと呼ばれているらしい。
なんでそんな変な名前で呼ばれるのかといえば、クルッと後ろを向くとお尻に大きな白い毛玉のような『ウサギの尻尾』が二尾生えているからだろう。
もっともゲームでは丸見えだったウサギの尻尾は、長いスカートに隠れてしまっているようだが。
ゲームの時より、リアリティーが上がっているから尻尾が剥き出しじゃないんだな。
ともかく、その可愛らしい毛玉を見れば、このNPCがウサウサと呼ばれるのは分かるだろう。俺はウッサーの語感のほうが好きだが。
ウッサーのうさぎの耳は長くてデカイ。それが鮮やかな桃色の長い髪からピョコンと伸びている。白くて内側が薄ピンクの本当のウサ耳である。
まあ今の時代では珍しくもない、何の変哲もないウサ耳少女といえよう。こちらを向いて小首を傾げると、ウサ耳と一緒に青い髪留めについているリボンが揺れた。
容姿もまあ普通に可愛い。蒼い瞳に透き通るような白い肌、卵のような形のツルンと丸い頬の輪郭。
やたら長いウサ耳が生えていなければ、極々普通のヨーロピアンな美少女である。
洋ゲーでリアルというと、めっちゃリアルで怖い顔になるのだが、ジェノリアは古いゲームなので却って極度にディフォルメされた不思議の国のアリス風の童顔美少女になっている。
ポリゴンバリバリのゲームでなくて良かった。
ただ極端なディフォルメのせいか、身体の造りが小柄なのに胸やお尻だけがやたらでかい。
あんなに出っ張っていては、足元が見えないんじゃないかな。普段の生活が大変そうだなと可哀想になるぐらい胸がドカンと出っ張ってる。
あとウッサーのもう一つの特徴といえば、青地に白のメイド服を着ていることだ。おかげで、ジェノリア随一の萌えキャラ呼ばわりされている。
日本ではメイド服と言われているが、ジェノリアが流行った頃はそんな文化はなかったので、おそらくメルヘンチックなイメージのエプロンドレスなのだろう。
可愛らしいフリルの付いたエプロンドレスを着ているのに、冒険者設定なので背中に大きなリュックサックを背負っている。そのアンバランスさは、不思議な萌えを体現している。
どちらにしろ登場するNPCが数えるほどしか居ないジェノリアでは、ゲームに花を添える貴重な存在とはいえた。
ちなみに、牢獄の罠にハマった彼女はここまでかなりの数のウサギ族の戦士たちと迷宮にやってきて、彼女を残して全滅してしまったという大変悲惨な状況である。
もちろん、ジェノリアのことであるので、萌え萌えで可愛らしい彼女にも登場した途端に悲惨な運命が待っている。
このまま牢獄への通路をまっすぐ進むと、罠が作動して彼女は上から吊り天井が落ちてきてブチュッと潰されて死ぬ。
しかもウッサーが圧死した後に吊り天井がゆっくりと上がって、わざわざ潰れたあとのピンク色のミンチを見せてくれる親切設計。最初に見たときは唖然としたものだ。
次にプレイしたときは、何とか助けようと罠を探したのだが、通路で罠を探すだけで罠が作動して死ぬ。
セーブロードを繰り返して十回ほどウッサーを挽肉に変えた後に、俺はようやく気がついた。通路を通らなければいいのだと。
こちらに助けを求めて鉄格子をガチャガチャさせているウッサーの動きそのものが罠なのだ、助けようとしなければいい。
この通路を行かずに右側にぐるりと迂回して、隠し扉を発見して回り込めばいいのである。
あとは、そのまま牢獄の前までいけばウッサーは牢から解放される。
この手のトラップは、種さえ分かればこの程度の単純さなのだ。罠は意外とシンプルなほうが良いのだろう、シンプルだからこそ引っかかる。
ウッサーが囚われている牢獄の扉は、外からだとレバーを引けば簡単に開くようになっている。
このネズミ捕りのような構造から察するに、檻の中に餌でも置いてあって、ウッサーはそれを取ろうとしてブービートラップに引っかかったのだと思う。
「あああっ、あぐうっ……」
「あぐ?」
ウサギ少女は、足元をよろめかせながら牢から転げ出ると、顔を真赤にして碧い瞳から滂沱のごとく涙を流している。
感涙しているのか、絶体絶命の状況から救われたのだから反応としては分からなくもないが、さっさとイベントを進めて欲しい。こっちも暇ではない。
かといって、ウサ耳の可愛らしい少女に「さっさと泣き止め」と命令するわけにもいかず。
物が言えるようになるのをじっと待ってたら、ウッサーはお礼を言いながらペコリと頭を下げた。
「どなた様か存じませんデスが、助けていただいてありがとうございマス!」
「ほいほい」
特に助けようと思ったわけでもない。
殺さない方法を知っていたから、あえて殺さなかっただけだ。
こうやって生き残ると、ウッサーは幸運のアイテム『ウサギの尻尾』をくれるから助けておいて損はない。
ムクッと、青色のスカートを内側から押し上げている、大きなお尻に生えた白い二つ尻尾を片方毟ってラッキーアイテムとしてくれるのだ。
その尻尾を千切る様は、ジェノリアのドット絵で見れば大したことはないが、リアルだとたいへん微妙な光景になるはずでちょっと楽しみである。
ウサギの尻尾は、手に入れてもたいした効果は感じられない程度のアイテムだが、レアコレクターとして手に入れておきたい。
モコモコの丸い毛玉は、迷宮の無聊を慰める癒やしアイテムと言っても良いだろう。
西洋で幸運のアイテムと言えば『ウサギの足』なのだが、ジェノリアでは『ウサギの尻尾』になっている。
こういうどうでも良いところで、変なオリジナリティを主張するのがジェノリアらしくて微笑ましい。
ウサギは穴を掘って生活する動物なので、ダンジョンにおける幸運の象徴としては相応しく思える。
「あの、喉が乾いて……。お水をいただいてもよろしいデスか」
「泉ならそこにある。ああそうか、ほれ」
さすがに手酌でというのは可哀想なので、フラスコをあげる。
NPCだって、ジェノリアの世界ではちゃんと生きているのだ。
「ありがとうデス、同じフラスコを使うなんて間接キスになっちゃいマスね」
「はぁ?」
なんだこの巨乳ウサギの絡み方、ちょっとゾワッとする。いちいち間接キスとか言い出すのは、久美子のウザッたさを思い出す。
はにかんで頬を赤らめるな。硬派なゲームにそういう安っぽい展開は要らない。
どうでもいいからさっさと『ウサギの尻尾』を出して消えればいいのに。ゴキュゴキュっと喉を鳴らして水を美味しそうに飲んでいる。
NPCの喉の渇きとか空腹がどうなっているのか、ちょっと興味が湧いたので餌付けをしてみる。
「そうだ、これも食うか」
「あーっ、それはドラゴンのお肉うぅぅ。大好物デスっ!」
あれ、ウサギって草食動物じゃなかったっけ。ダンジョンに、野菜なんてないから肉を食わないと飢え死にするからしょうがないのか。
モキュモキュっと、小さいお口でドラゴン肉の炙り焼きを可愛らしく食べているが、可愛らしい外見より歯が鋭いウッサー。
ウサギなのに、なんで犬歯が生えている。
まあ、設定上で言えばこの子もウサギ族の選抜メンバー最後の生き残りなわけで、それなりに強い生物なのだろう。
一緒に来たパーティーは全滅して、ウッサーも最後に吊り天井で死ぬわけだが。
ゲームでは助けた場合『ウサギの尻尾』を渡して、サンキューと言ってから消えるはずだ。
それまでの付き合いだが、こうやって話せるのならジェノリアの話を聞けるかもしれない。
「なあ、ウッサー。ちょっと話を聞いてもいいか」
「なんでも聴いてくださいマセ」
たとえば、この閉ざされた迷宮にどうやって入ったのか。
こいつらはNPCだからなんとでもなるのかもしれないが、ここまで細かいディテールがあるんだからちゃんと侵入した経路まで存在するのかもしれない。
俺はどうせ迷宮から出ないつもりだからどうでもいいが、瀬木たちは出してやったほうがいいかもしれないと思うのだ。
元から引きこもり気質な奴を除いて、閉鎖された空間に長く居ると人間はストレスから争い始める可能性もある。
そうなると余計に面倒くさいから、邪魔な奴を迷宮から追い出せればそれがベストだ。
俺がそんなことを黙考していると、ウッサーも首を傾げながら怖ず怖ずと俺に尋ねた。
「でもあの、さっきからすご~く気になってたんデスが、ウッサー、ウッサーって誰のことなんデスか……」
「お前のことだよウッサー」
「えっ、私?」と、小さい顔を指さして微妙な顔をするウッサー。
「ワタシは、アリスディア・アデライード・アルフォンシーナ・アンジェリーク・アルレット・アラベル・アリーヌ・ディアナって先祖から受け継いだ誇り高い名前がありマス。そんなモンスターみたいな名前はちょっといやデス」
「長いんだよ。ウッサーが嫌なのなら、ウサウサ、ウサ子、あるいはラビッタ・ラビットから選択して良い」
覚えにくい、そしてムダに長い名前など覚えるつもりはない。
どうせこの場限りだし、どうでもよい設定だ。
「その中なら、ウサ子が可愛くていいデス」
「よし、ではお前の名前はいまからウッサーだ。ウッサーと呼称する」
「じゃあ、もうウッサーでいいデス……。あとラビッタ・ラビットっていうのは、うちの種族の名前デス。私達のことをご存知だったんデスか」
「ほー、そんな設定があったのか」
「設定?」
不思議そうな顔をするウッサー。どうも話が噛み合ってない。当たり前だけど。
ゲームの中に生きてる生物と、話が合うはずもない。
「そこはいい、とにかくお前らラビッタ・ラビットが、どうやってここまで来たのか手短に説明してくれ。俺は上の街から来たんだが、あそこは外界から閉ざされていて外には出られなかったんだ」
「そうデスよね。この迷宮、外からは入れるけど中からは出れません。私たちは、街の上空から入ったんデス。創聖破綻を食い止め、世界を救うためにやってきました」
引き締まった顔でウッサーは断言する。そうか、クリアするまではここからは脱出不可能なのか。
ふむ『ジェノサイド・リアリティー』は、こいつらの伝承では創聖破綻と訳されるようだ。
「ちなみに、創聖破綻については何を知ってる」
「はい、創聖破綻の迷宮は創聖神様が世界創聖時に地の底に封じ込めた、あらゆる罪悪と汚泥から生まれました」
ウッサーは、信託を語る巫女のように朗々と語る。
「地に生きる人々が世界への愛を失ったのがいけなかったのデス。人が繰り返す愚かな悲劇と暴虐が地の底へと降り積もり、ついに狂騒神が生まれました。地下で膨れ上がった狂騒神の侵攻を食い止めなければ、この世界は滅びの時を迎えマス。創聖破綻を阻止するために私たち討伐隊はやってきたのデス!」
そこで意気揚々と語っていたウッサーは、その結果に思いが及んだのか、首をガクンと俯かせるとウサ耳を垂れ下がらせる。討伐隊は、ウッサーを残して全滅。
俺が知っているジェノリアの設定とほぼ同じだ。こいつらウサギの戦士が、ラビッタラビット族という名前だというのは初耳。
英語圏での通称だと思っていたのだが、日本語訳された公式資料集に書かれてない裏設定みたいなのもあったのかもしれない。
やはりジェノリアの本場は米国だ。俺が母国語のように英語サイトが読めれば良かったのに。難しい単語を訳しながら読んでいたので、いまいち分からない部分もあったからな。
「ふうむ……」
再び考え込んだ俺に、ウッサーが話しかけてきた。
「あの、貴方様は人族の討伐隊の方なのデスか」
「……まあ、そういう者だ」
説明が面倒くさい。
どうせ、アイテム貰ったらすぐ別れるNPCと話してもしょうがない。
「貴方様のご尊名をお聞きしてもよろしいデスか」
「俺は、真城ワタルだ」
「シンジョウ・ワタル様、とても変わった響きデスね。黒い髪に黒い瞳……珍しいお顔立ちです。白でも褐色でもなくペールオレンジの肌をしたお方は初めて見ました。遠い地方からいらしたんデスか」
「そうだな遠くだ……」
なんだかウッサーは、あーだこーだと細かいことを質問してきて、段々ウザったくなってきた。
それに、久しぶりに人と話したせいか疲れてきた。
もう聞けることは聞いたと思えるので、ウッサーにはさっさとアイテムを貰って退散願うか。
「ワタル様は……」
「ウッサー、もういいから『ウサギの尻尾』をくれないか」
俺がそう言ったのを合図に、長く垂れ下がったウサギ耳をぴーんと天井に届くぐらいに伸ばして、ウッサーは白い頬を真っ赤にしてピキピキッと身体を硬直させた。
なんだこの激しい反応、瞬間湯沸かし器みたいだ。
「なななななっ!」
「……なんだよ。俺は何かおかしいことを言ったか」
「いきなりなんてことを言うんデスかあぁ! そういうことはもっと親しくなってから言うべきことデス。いくらなんでも、初対面で失礼デスぅぅ!」
「そうなのか」
初対面で渡さずに、いつ渡すつもりなのか。
ちなみに、圧死した死体を調べると『血に染まったウサギの尻尾』を得ることができるが、アンラッキーアイテムに変わる。
無理やり引きちぎっても無理ってことだ。本人の意志で渡して貰わないと、幸運の効果はない。
黙って見ていると、真っ赤な顔をして俯いたウッサーは、ヘタっとウサギ耳をしならせた。
「そうデスよ、でもあの……ワタシとしても嫌というわけではありません。ワタル様がどうしても欲しいなら、あげマス」
「うん、じゃあくれ」
「ちょ、ちょっと待って下さい。そんな簡単にくれって、心の準備というかデスね、あの順序がもうおかしくて……でもあの……。私のことをそんなに好きになってくれたってことなんデスよね」
期待に満ちた顔で、ほっそりした指を前でもじもじと組んで、潤んだ碧い瞳をキラキラさせてこちらに流し目を送ってくる。
ウサ耳がさっきから暴れまわっている。なんだこの感覚、鳥肌が立つ。厄介事の匂いが濃厚にするぞ。
「ウッサー待て、よく考えたら『ウサギの尻尾』はそんなに必要でもなくなった」
「ええっ、ちょっと待って下さいよ! いま差し上げるって言ってるじゃないデスか」
なんか凄く嫌な予感がする。
このパターン前にも既視感があるぞ。なんか、笑えないぐらい面倒くさいトラブルが起こる予兆だ。
「いや、そうだな。よく考えたら尻尾もぎ取るとかすっごくキツそうだしな。うん、やっぱいいわ」
「ままっ、待ってください。確かに尻尾を取るときにちょっと痛いとは聞きますけど、女の子は大人になったらみんな取るんデスよ。ワタシ、貴方様にならあげてもいいと思いマス。遠慮しないでください」
「いや、なんか……」
「ワタシもう覚悟を決めましたデス。ここでワタル様に助けて貰ってなかったら死んでましたからね。ここで捧げるのが、運命だったんだと思いマス」
そう言うと、ウッサーは長いスカートをたくし上げてお尻の白い尻尾を掴んだ。
頬を紅潮させ碧い瞳を潤ませて、ぐっと下唇を噛みしめると。
ブチッとお尻から白いモコモコの尻尾を千切り取って、俺の手に強く押し付けてきた。
「なんか悪いな」
「いえ全然。これで二人は契を交わした夫婦デスからね、ワタシもアイラビューデス!」
「待て……」
「ハイ! なんでしょう旦那様」
ウッサーは、頬を紅潮させて碧い瞳をキラキラと輝かせている。クッソ……。このパターンかよ。
サンキューで消えると思ってたのに、アイラビューってどういうことだ。
「ウッサー、聞いとくけど、お前このあと消えたりしないよな」
「妻は貴方をおいてどこにもいきません。病めるときも、健やかなるときも、旦那様のお側におりますデス。死がふたりを分かつまで……」
ウッサーは俺の前で跪き、大きな胸元の前で手を合わせると恍惚とした顔に蕩けるような笑みを浮かべた。
その桃色な雰囲気に俺は、思わず二三歩後ずさる。
ヤバイ……ハメられた、これもジェノリアの罠の一つか。
俺はこめかみ辺りに強い痛みを感じて、握りしめていた白いモコモコの毛玉を顔に押し付けた。
あー、モコモコ癒される。
※※※
俺はレトロゲーム好きで、どちらかと言えばかなりオタク趣味だ。
だから、『ウサギの尻尾』をくれと言うセリフが、ラビッタラビット族では求婚の合図になるなんてこと、よくある話だと笑ってしまう。
勘違い系のコメディーでよくあるパターンだよな。
他人ごとであれば一笑に付して終わりなのだが、これは俺の現実なのだ。
『この手のトラップは、種さえ分かればこの程度の単純さなのだ。シンプルでいい、シンプルだからこそ引っかかる』
先ほどの俺のセリフだ。
ジェノリアお得意の『初見殺し』。
まさか、こういう伏線になっているとは思わなかった。
自分でジェノリアの罠をそう評しておいて、無造作に『ウサギの尻尾』を求めたのはあまりにも迂闊すぎる。
俺はもちろん、ウッサーにすぐ誤解があったことを説明した。
しかし、まさかゲームの展開でこうなってるから勘違いしたのだとも言えず、知らなかったのだと言っても、ラビッタラビット族とウッサーの種族名まで口にしてしまっている。
俺の必死の弁明は、泣きわめいているウッサーには届かない。
「うわわあああ、わあああ、わだじもう終わりデスぐううううぅぅ」
「泣くな、喚くな、人の服の袖で鼻をかむな」
ラビッタラビット族の片方の尻尾は、大人になると取れるようになる。生涯の伴侶に渡すための大事なものだ。
一度毟ってしまうと、もう取り返しがつかない。
勘違いでその大事な『ウサギの尻尾』を毟ってしまったウッサーこと、本名アリスディア・アデライード・アルフォンシーナ・アンジェリーク・アルレット・アラベル・アリーヌ・ディアナ
この若さで、生涯独身が決定した瞬間であった。
相手はNPCだと思っていた俺でも、「お嫁にいけない身体にされた!」と目の前で泣き崩れる女の子の姿を目の当たりにすると、さすがに罪悪感を覚えないわけにはいかない。
何という面倒くさいことになってしまったのだろう。ジェノリアを甘く見過ぎた俺が悪いのか。
「ヒドい、ヒドい、ざいじょがらわだじをだまして」
「いや、だから知らなかったのだと言ってるだろう……」
「でもぐれって、ワダルさんじっぼぐれでいっだぁぁ!」
「とにかく落ち着いて泣き止め。尻尾ぐらい何とかなるだろ、ほらテープとかでもう一度くっつけとけばいいじゃん」
俺は、ガムテームやセロテープという物をくっつける便利な道具があると説明する。
教室にいけばあるはずだ、それで引っ付けておけばもう一度元通り。
そう必死に言い聞かせると、ウッサーが泣き腫らし血走った眼で俺を睨みつけてきた。
「ワタシ死にマス、死なせてください!」
「うおおぃ、止めろ!」
ウッサーが近くの落とし穴に飛び降り自殺しそうになったので、必死に抱きついて止めた。
ちょー面倒くさいが、さすがにこのまま見殺しにするわけにはいかない。寝覚めが悪すぎる。
小柄な見た目に反して、ものすごい力で暴れ回ろうとするウッサーが落ち着くまで必死に、抱きついて身動き取れなくしていると。
ようやくグズグズと泣き止んだ。だがそこで終わりではない。
むしろそこからスタートだ。
今度は、歩き出した俺にしつこく付きまとってくるウッサーの恨み節が始まる。
「あーワタル様も人族デスよね。人族って片方では動物愛護を訴えながら、ウサギの生皮を剥いで売っちゃう人がいるってお祖父様に聞きました、ヒドいデス!」
「誰の話だよそれ……」
「ワタシは聞きましたモン。『ウサギの尻尾』は、特に高値で売れるそうデスよね。無理やり取っても取れないものデスから、結婚詐欺が横行してるって……ああ、まさか自分が騙されるはめになるとは思いませんデシタね」
「人聞きの悪いことを言うな」
まさか、結婚詐欺師にされてしまうとは。
俺はただ、レアアイテムが欲しかっただけなのに、面倒くせえ。
「もうちょっと責任を感じてください、貴方のせいで我が誇りあるディアナ家の血統が途絶えることに決まったんデスよ!」
「だからなウッサー、教室までいけばセロテープってくっつく奴があるから」
「次それ言ったら、本当に飛び降りて死んでやりマス。化けて出て、一生取り憑いてやりマスから。『ウサギの尻尾』の授受は、ラビッタラビット族の神聖な、一生に一度の婚姻の儀式なんデスよ!」
俺の『ウサギの尻尾』をテープでくっつければ良いという提案は、神聖なる儀式の冒涜に当たるらしい。
ちなみに、なんでこんな風習が生まれたかと言うと、ラビッタラビット族は繁殖力が強すぎて乱交しまくり、増えすぎて全滅しそうになったそうなのだ。
そこで、生涯唯一の伴侶としか繁殖しないという鉄の掟が生まれたらしい。
この儀式を蔑ろにすることは、一族から離反することに等しい。それを破るぐらいなら、「死んでやりマスから」となるわけである。
「分かったよ、じゃあ結婚するよ」
「ほぇ……」
絶望に泣き喚いて自殺を試み、今度は睨みつけて死んだら化けて出てやると恨み節を語っていたウッサーの顔が一瞬にしてふやけた。
ふやけたとしか言いようが無い、呆けた顔をした。
「結婚すると言ったんだ。俺がウッサーと結婚したら、文句はないんだろう」
「それはその……本当に?」
本当だ。
もうここで、かなりの時間をロスをしている。
うるさく泣き喚くウッサーを『孤絶』で叩き斬って殺し、ウッサーゴーストが出てきたらそれも『怨刹丸』で斬り払って……。
そこまでやって先に進むだけの覚悟が俺にない以上、結婚するしかない。
なに、結婚すると言っても口先だけのことだ。どうせゲームである。
街まで連れて行って、ここで冒険が終わるまで待っててくれ、とでも言えば面倒はあるまい。
この思考がもう結婚詐欺師っぽいが、毒を食らわば皿まで。
どうせこのゲームをクリアできるか、俺が死ぬかまでの間のことだ。
「ほれ、そうと決まったら行くぞ。街に一旦戻るから、途中で金貨とアイテムを出来るだけ回収していく。お前にも手伝ってもらうぞ」
「あっ、ハイ! そうデスね、目的を忘れるところでした。創聖破綻阻止のために、まず態勢を立て直すわけデスね。待ってください旦那様!」
もう待たない。付いてくるなら付いて来い。一度戻るハメになると、かなりのロスだが立ち止まって考えている時間も惜しい。
戻ると決めたからには、俺はできる限りの速度で元来たルートを突っ走ることにした。