125.特訓終了
バローニュの街で一泊して、そろそろ出るかという頃に『遠見の水晶』に連絡が入る。
「久美子か」
「定時報告よ。まず、アリアドネの言ってた神宮寺くんに騎兵を送って討伐というのはできなくなったわ」
「ふむ」
「ほら熊人の祭祀王ゴルディオイの配下に猫忍者っていたじゃない。神宮寺くんは、その猫族の忍者が本拠地にしてるカーンの南にあるアルジャンスの街に入ったわ。そこはワタル君の反対勢力の熊人軍の敗残兵なんかも集結してるから、そう簡単に攻略できないわよ」
「ふうん」
「あれ、驚いてないのね。それぐらい予想通り?」
「神宮寺なら、それぐらいはするだろうからな」
正直なところ、一番安直な手に出てくれて助かったとすら思うぐらいだ。
俺の……自分で言うのが恥ずかしいが、アリアドネが言う真城王国とやらがこのカーン地方で抑えているのは、いまいる北の港バローニュ、西の果てのジェノサイド・リアリティーおよびタランタンの街、中央のカーンの都に、西のリージュの街までだ。
南の森近くのアルジャンスの街が、この地方で一つ神宮寺側に入ったぐらい大したことはない。
そのままなら力押しでいける。
「じゃあもうひとつ。神宮寺くんは、自慢の口車で味方に付けたらしい熊人と猫人の手勢を引き連れて、アルジャンスの街をすぐに飛び出てさらに西に向かっている」
「ほお、そうきたか」
「なんだか嬉しそうね」
「俺の敵が、つまらん奴じゃなくて良かったと思ってな」
そうだな。
俺の側の勢力がもう八割方を治めているカーン地方に残るのは、自殺行為だ。
小さな街に固執して死地に残り続けるほど、神宮寺はバカじゃないってことだ。
西に動いたからからには、何か目当てがあるのだろう。
「たしか、アルジャンスをそのまま南にいって、森の間道を抜けるとウッサー達のラビッタラビット族の支配地域だもんね。兎人は、真城くんの味方につく公算が多い大きいから、西の地域へ希望を託すのは正しいわ」
「西方にも確か、兎人族に匹敵する強い種族がいくつかいたはずだよな。祭祀王の中には、俺達に脅威を感じている者もいるらしい。そっちを俺の敵と仕立てるつもりか」
「でしょうね。どっちにしろまだ追跡は必要みたいね」
「そうだな。苦労をかけるが、引き続き頼む」
「これは、私しかできない仕事よね……」
「ん? だったらどうした」
「なんか一人だけ真城くんから遠く離れて、割に合わないなと思って。せめて、ねぎらいの言葉が欲しいわね。私が一番だーとか言って欲しい」
「はぁ、めんどくせえな。これはお前にしかできないことだし、一番役に立ってるよ」
女の機嫌を取るとか、俺の一番苦手なことなんだが。
言い争いするのも、面倒なので合わせておいた。
「ふーん、まあそれでいいわ。しっかりやるから、私に感謝してよね?」
「ああ、恩に着るよ」
俺がそう言うと、水晶の向こうの久美子が笑った。
ようやく機嫌を直したか。
「フフッ、なんか真城くん素直になったわね」
「そうかな?」
そう言われても、自分の変化なんてわからんが。
「いいことよ。猫忍者とかが神宮寺くんの周りをウロウロしてるけど。却って動向がわかりやすくなったぐらいよ。私に任せといて!」
猫人の忍者って、ほんと諜報に向いてないよな。
忍者って言葉の意味を、この世界は履き違えてるような気がする。
久美子との通信も終わって、俺は修行の様子を見にジェノサイド・リアリティーに戻ることにした。
※※※
ジェノサイド・リアリティーのダンジョンに戻ると、すっかり訓練場と貸した地下十九階に直行した。
まず目に入ったのは、地下十九階の最初の大広間を隔てる大きな石壁だった。
「何だこの壁?」
ウォールの呪文で作る石壁に似ているが、どうも恒久的に発生しているらしい。
「真城くん、お帰りなさい!」
犬なら尻尾をブンブン振っているだろうといった笑顔で、和葉が近寄ってくる。
「この壁、もしかして和葉のしわざか」
「うん、邪魔だったから。……ダメだった?」
いつもは明るくて優しいのに、邪魔という和葉の声の冷たさにちょっとゾクッとした。
邪魔というのは、もちろん向こうから流れてくるモンスターのことではあるまい。
そいつらは、和葉の罠に絡め取られて邪魔にはならない。壁を作ったのは、七海達のグループを遮断するためだ。
和葉は、七海達のグループと上手くやれてないんだよな。
「ダメ……じゃない」
「そう、良かった」
和葉に笑顔が戻る。この分厚い石壁の厚さが、和葉の心の壁だよな。
七海との関係改善は、まだ難しそうだ。
しかし、罠だけでなく硬い壁まで作れるとは、和葉はほとんどダンジョンマスターに近いスキルを持ってるんだな。
テスト用に創られたらしい『庭園』で、独自の建築スキルを磨きあげていた結果である。
和葉が作った壁の内側に、とりあえずリスと瀬木が入れてもらえていることにはホッとした。
二人を守ってやってくれという俺の言うことは聞いてくれたらしい。
「なあ和葉、ちょっと罠を出してくれるか。刃物系で」
「うん、いいけど。キャ!」
バチッと火花が散る。
俺は、孤絶を抜き放つと、和葉の出した罠と刃を撃ち合わせてみた。
やはり斬り刻めない。
「わかった。もういい、ありがとう」
「えっと……罠が使える私には、訓練はいらないってことかな」
まあ、そういうことでもある。和葉の実力の程を測ってみたのだ。
和葉の罠は、破壊不能オブジェクトで出来ている。
俺の孤絶の隕鉄と同じ、絶対に壊れない素材だ。
罠であるため、俺のように積極的な攻撃はできないが、守備に回れば絶対防壁になる。
味方としては心強いが……和葉が万が一、暴走したときにどう止めるか。
俺がそんなことを考えていると、リスと瀬木の二人が、縛られているデーモンロードを殴る手を止めてこっちにやってきた。
「二人とも、訓練のほうは捗ってるか?」
「うん。僕もリスちゃんも、戦士と軽業師のランクが下級師範になったよ」
「そうか。それは、一安心だな」
下級師範はマスターランクとしては最下級だが、ここまで成長すればたいていのことは大丈夫だという目安になる。
ここから先は、ランクアップに必要な経験値が倍々になっていくので、あまり訓練しても効率的ではない。
時間も無限にあるわけではないから、各種のランクが下級師範までいけば、当面の修行は終了でいいだろう。
神宮寺やモジャ頭と対抗しても、マスターランクであればとりあえず渡り合える。
ショートテレポートで逃げる神宮寺達を数で囲んでしまうつもりなので、あいつらを倒す目的であればマスターランクまで育てば十分だ。
リスが近づいてきて、手を差し出した。
「ご主人様、またコインがこんなに出ました」
「そうか。やっぱり出たか」
コインが六枚。
どういう計算なのかわからないが、おそらく細かいモンスターを潰しただけでも一枚にカウントしてくれているように思える。
割と緩い採点でありがたい。
これなら、全員を蘇らせるという目的もそう難しくはない。
「それにしても、あいつらはどこまでいったんだ」
七海達のグループは、地下十九階の入り口付近にいなかった。
中程まで行くと、戦闘の音が聞こえてくる。
七海のグループは、デーモンの群れを押し返して中頃まで自力攻略できるほど強くなったらしい。
「おー、やってるな」
「グェェ」
カエルの鳴き声とともに、古屋広志が吹き飛んできたのでキャッチしてやる。
「おい、古屋。お前にちょうどいい土産があるぞ」
「へ?」
俺は、神秘的に蒼く光る鎧を古屋に渡してやる。
水竜の腹の中にあったやつなのだが、まあそんなことは言わなくていいな。
「水竜の鎧だ。まあ褒美だと思って受け取れ」
「おー、すげー。なんだこれカッケー!」
「気に入ったんなら良かったがな」
「でも、なんでみんなの足を引っ張ってるだけの俺に? 俺は、真城に褒美をもらえるようなことなにかやったか?」
「それはまあ……気にするな」
「よくわかんねーけど、よーしわかった。じゃあ俺も、この装備に見合うだけの働きをするぜ!」
そう言って、『水竜の鎧』を着込んで、デーモンの群れに突っ込んでいったのだが、また転がってきたのでキャッチしてやる。
防具の強度が上がったからといって、強くなるわけじゃないしな。
「すまねえ。真城」
「気にするな。無理に活躍しようと焦らなくていい。お前はお前で、今のままでも十分に役に立ってるさ」
古屋はこう見えて打たれ強いので、敵に吹き飛ばされても大丈夫だろうって安心感がある。
何も敵を倒すだけが強さではない。敵の攻撃を柔軟に受け流して時間を稼ぐのも、立派な戦闘技術だろう。
古屋のような変わったムードメーカーがいることで、アスリート軍団も上手く回ってるようだしな。
そう思って見ていると、訓練の手を止めてウッサーがこっちを振り返った。
「旦那様、お早いお帰りデスね。訓練のほうもまーまーの成果デスよ」
「ウッサーも、こいつらの守役ご苦労だった」
最上級師範のウッサーが見ててくれるおかげで、安心して訓練させることができるというものだった。
七海のグループも、概ね全ランクが下級師範になったということなので、特訓もここらへんで終わりになるだろうとは思うが。
ちょっとランクが足りない奴は、近代兵器を使ってカバーするしかない。
日本との出入口を押さえているのも、こちらの強みだ。
相変わらず、ウヨウヨと湧いてくるデーモンの群れを相手に七海達は健闘している。
中頃まで来たので、黒いグレートデーモンも混じっているのだが。
七海の指揮の下、見事なコンビプレーで切り抜けている。
しかし驚いたのは、木崎晶が斧を捨てて素手でデーモンと殴り合ってることだ。
「おい、無茶しているな木崎」
「えっ」
俺が声をかけた拍子に、晶がデーモンに殴り飛ばされてしまった。
悪いことしたなと、俺はデーモンを殴り潰してから晶を抱き上げて、ヘルスポーションを飲ませた。
「大丈夫か、木崎」
「ありがとう」
ヘルスポーションで回復すれば殴られた傷も残らないとはいえ、女だてらによくやるものだ。
そういったら木崎の性格だと怒るかもしれんが。
「デーモンと素手で渡り合うとはな。確かに、軽業師の訓練としては効果的だが」
「だって、真城がデーモンと素手でやり合えるぐらいじゃないといけないって言っただろ」
「そうだったかな」
どうも、何気なく言った俺の言葉が木崎を焚きつけてしまったようだ。
誰も死なないように後ろから見守っているウッサーが声をかけてきた。
「ワタシが見ても、木崎はよくやってマスよ」
「そうか」
ウッサーが言うぐらいなのだから頑張ったんだろう。
「木崎、あとで俺が稽古をつけてやるよ」
「ほんとか!」
ああ、俺は嘘はいわない。
木崎のひたむきさには感心するから、それぐらいの手間はかけてやってもいいと思えた。
「七海、今日の訓練はこのぐらいにしておいたらどうだ。新しい『再生のコイン』も出たし、蘇生しに行こうぜ」
俺がそう言うと、七海が「そうしよう!」と答えたので、広場にたむろっている敵を俺とウッサーで即座に殲滅した。
「僕達が苦戦していた敵を、こうも簡単に倒すとは力のなさを痛感してしまうね」
「いや、お前らもよく鍛えられていると思うよ。連携も上手くいってたし、ヒヤヒヤするような戦いぶりではなかったからな」
七海達のパーティーも、だいたい前衛は下級師範まで育ってるので、特訓はここまででいいかもしれない。
後ろから援護しかできない黒川みたいに、ちょっと訓練の足りないやつもいるがそこは仕方がない。
七海と一緒にデーモンの群れと立ち向かって戦闘経験を積んだだけで、良しとしておこう。
数で勝負すると決めたのだから、駒は多いほうが便利だ。
あとはそれほど期待はしていないが、今回の蘇生で戦力になるやつが多少はいると良いというぐらいか。
疲れているだろうから、まずは休むように提案したのだが。
七海がすぐにでも行こうというので、地下二十階に『再生のコイン』で蘇生しに行くこととなった。
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