123.水竜の洞穴
バローニュの街の沖合に浮かぶ大きな島。
そこに水棲型のモンスターが多数生息して、それらの支配者である水竜アークガレオスの住む洞穴がある。
船で島に近づくだけで、シーサーペントが襲ってくるが俺はそれを頭を出すなり早々に斬り裂いていく。
ドサッと、斬り取られたシーサーペントの首を見て、船頭は声を震わせて言う。
「さっ、さすが王様だぁ。言葉もでませんでさ」
「言葉は、出てるじゃねえか」
知らんおっさんと会話するのは面倒だなと思うのだが、この髭面の船頭はやたら話しかけてくる。
「このシーサーペントにしても、現れたら倒すのに船乗りが十人がかりでようやくでさあ」
町長がこの街一番の大きな帆船を出してくれたのはいいのだが、操る船頭はおしゃべり好きだった。
いい年したオッサンが、先程から子供みたいに興奮してスゲースゲー言っている。気持ちはわからなくもないが、いちいちうるさい。
ここらへんはもう北海の領域だ。北から吹き降ろす風が冷たい。
まるで島に船が近づくのを拒むように、激しい向かい風だった。
他の船乗りは、みんな押し黙って懸命に操舵に勤めている。
おかげで、徐々に水竜の島には近づいている。
「船頭、少し黙って前を見ていろ。死ぬぞ」
島から風に乗って降り注いだのは、たくさんの矢だった。
「ヒイッ!」
俺は、船頭に降り注ぐ矢を斬り落としてやる。
船の後ろの方にいた船員には、幸いなことに被害はなかったようだ。
「ここまででいい、世話になった。危険だから、これ以上島に近づかなくていいぞ」
俺はそう言い残すと、島に飛ぶ。
「王様ぁぁ!」
後ろから、船頭の声が聞こえたような気がしたが、俺は前しか見ていない。
島から大量の矢を飛ばしたのは、半魚人の群れだった。
矢を放った後は、弓を捨てて曲刀に持ち替えている。
防具はないようで装備は貧弱だが、モンスターが武器を持つ文明を持っているってことだ。
なるほど、海峡の向こう側の島にこんな連中がいては、バローニュの街の人間もおちおち漁もしておれんはな。
そのまま敵に串刺しにされるつもりもないので、炎球を放った。
「上級 炎 飛翔!」
半魚人の群れを焼き飛ばして着地。
襲い掛かってくる半魚人どもを、一気に二体ずつ斬り飛ばす。
「ギギッ!」
そんな叫びだった。
人の形をしたモンスターだ。人間の言葉を話されると、やりにくいので言葉が通じないのは助かる。
「おかげで、思いっきり殺せる」
そう言いながら、襲い掛かってきた連中を斬り殺した俺は逃げていく半魚人に向かっても炎球を撃って全滅させた。
ゲームの時の地図も頭に入っているし、だいたいそれが正しいということも船頭達に聞いてわかっている。
半魚人どもがうようよする島を進んでいくと、目当ての水竜の洞穴を発見した。
洞穴の中は、少し空気が湿っている。
光り苔でも生えているのか、灯りの魔法を唱えなくても中は見渡せた。
ゆっくりと進むと、巨大な蒼き竜が姿を現す。
青い鱗を持った水竜アークガレオス。
水竜とは、ようするにでっかいシーサーペントのようなものだ。
図体がデカイだけでなく、世界級の力を誇っているが。
翼が付いてて飛べるのと強力なブレスを吐くぐらいの違いで、結局はただのトカゲである。
「ニンゲンごときが、こんなところまできたか。命が惜しくないようだな」
「またそのパターンか。戦闘前に、いちいちおしゃべりなんかいらねえよ。いくぞ!」
俺が放ったのは、電撃の最終魔法。
かつて、熊人どもの祭祀王が使っていた技だ。
「最終 放散 電光 飛翔」
「グギャァァアアア!」
悲鳴は人間の声ではなく、ドラゴンの咆哮。
レーザービームのごとき電撃に、半身を焼かれた竜の翼は片方潰れた。
「一撃では死ななかったか。丈夫だな、水竜アークガレオス」
最終クラスの電撃一発で殺れるなら、領主だった祭祀王ゴルディオイにも殺れてるはずだから持ちこたえるのは当然か。
「貴様ァァ、ニンゲンではないのか?」
「人間だよ。たかがトカゲごときお前より、百倍は強い人間だ」
余裕の笑みを見せてやる。
俺よりも十倍も巨大な大きな竜が、ズサッと後ずさりを始めた。
知性がある生物が恐れるのは、得体の知れないものだ。
虫けらと見下していた人間が、これほど強いという驚愕は水竜の心を揺さぶる。
せいぜい怯えるがいい水竜。
恐怖と混乱は、バッドステータスだ。お前は、実力を発揮できぬまま死ぬがいい。
こちらも言うほどには、余裕はない。
最終クラスの大魔法を使うのに、マナをごっそりを消費している。
炎の魔法より、電撃の魔法のほうが詠唱が一つ多いぶんだけ、マナの消費が激しい。
祭祀王ゴルディオイのように、連発できるものではない。
こんな攻撃、何百回でもできるのだぞという風に余裕にみせて。
ゆっくりと歩きながら、もう一度電撃を放つ。
「最終 放散 電光 飛翔」
「グギャァァアアア!」
もう片方の翼も焼いてやった。
これでマナは空だが、翼をやれば飛んで逃げることはできまい。
水竜は、口を開いて激水流のブレスを吐き出してきた。
地面の岩肌を削り取るほどの強烈なブレス。
俺は落ち着いて避けると、孤絶の刃先で、顎を斬り裂いた。
高圧で放たれる水流のカッターはダイアモンドをも斬り裂くともいうが、当たらなければどうということはない。
敵を侮って油断した上に、その強さに動揺して、こちらに二度も先手を取らせるとは愚かの極みだ。
この世界の超生物どもは、よっぽど腕が鈍っているのだろう。
「グアァァ、バカな!」
水竜の死亡フラグが立った。
敵の予想外の強さを前にして、目の前の現実を認める冷静さを欠いたらおしまいだ。
顎を砕いたせいで、水流のブレスが漏れだして上手く吐き出せないでいる。
苦しげに、のた打ち回る水竜の腹を俺は思いっきり斬り裂いた。
「これでお前は、逃げることもできない。お前はもう死んだぞ、水竜アークガレオス」
「我がここで死ぬだと、ふざけるな虫けらのごときニンゲンがァァ」
力任せに前足で踏み潰そうとしてくるが、そんなものが俺に当たるわけもない。
代わりに、足を斬り刻まれるだけに終わる。
「さて、どんな死に方がいいか選ばせてやろう。頭を潰されるのがいいか、心の臓を刺されるのがいいか」
「ぐあぁ、止めろ! 止めろぉ!」
止めるわけ無いだろ。俺は、必死に斬り刻んでダメージを与え続ける。
敵は、死の恐怖に怯えて混乱している。
ここで一気に叩きこんで片を付けたい。
ブレスも使えず、斬り刻まれる痛みに恐れをなしたか、水竜アークガレオスは逃げようとした。
「フハハッ、背中を見せたな!」
俺は、本気で笑った。
前を向いていれば、足の攻撃に警戒して深くは刺せなかったものを、背中はがら空きだ。
無論敵は、大きな尻尾を振り回して俺を近づかせまいとするが、そんな無闇矢鱈と振り回した尻尾など当たらない。
俺は水竜の背中に飛び移り、慎重に急所を狙って心臓を刺し貫く。
俺は何百回も竜族を屠って来ている。
その知識が正しければ、心臓の位置はここだ。
――グギャァァアアア
空気を破裂させるような水竜の叫び声が、洞穴に響き渡った。
ドーンと大きな音を響き渡らせて、水竜の身体が床に転がった。
俺は油断せず、今度は水竜の頭を刀で突き通す。
ここでようやく安心。
竜族の生命力を甘く見ては行けない。
頭や胸を完全に潰したと思っても、まだ暴れてくるというケースもあったからな。
心臓と頭の両方を潰してようやく殺せるぐらいの気持ちでかからねば、竜は殺せない。
「ふうっ……」
ゲームのときの知識が正しければ、この洞穴の奥は海水が溜まって海に通じている。
水竜は泳ぎが上手い。そこまで逃げられたら倒せないところだった。
それもこれも、水竜が人間を侮ってくれたおかげだ。
心理戦が通じるだけ、油断せず機械的に動くゲームのモンスターよりよっぽど楽かもしれない。
おかげで、宝石を節約して倒すことができた。
ただの人間である俺は、火力の割にマナ不足に陥りやすいから、やはり宝石はストックしておきたい。
「ん?」
立ち去ろうと思ったのだが、薄暗い洞穴のなかで水竜の死体の腹が妙に輝いてみえる。
なんだと思って、斬り裂いてみるとガチャっと当たった。腹の中から大量の胃液とともにゴロリと蒼く光る鎧が出てきた。
「なんだこりゃ」
こんなイベントアイテム、ゲームのときにあった記憶はないが。
そうだ。安田からもらった黄泉のアイテムに、『鑑定のスクロール』があったよな。
俺は蒼く光る鎧に鑑定を仕掛けてみる。
『水竜の鎧』水竜によって倒された勇士の着ていた鎧。水竜の酸の胃液の中でも溶かされず磨かれ、水竜の力を得た至宝。
よくわからんが、胃液臭い中古品ってことか。
孤絶の刃に当たってもまったく傷ついてないところを見ると、少なくとも超鋼鉄よりは丈夫。
至宝級という表記を信じるなら、アリアドネが着てる『聖なる鎧』や、俺の『当世具足』に匹敵するかもしれない。
「カエルのやつにくれてやるか」
戦力を考えるなら、もっと別の奴の防御を強化すべきなんだろうが、あいつは放っとくとまたすぐ死にそうだからな。
褒美をくれてやるつもりだったんだから、ちょうどいい土産になるだろう。
次回7/24(日)、更新予定です。