121.仲間のランクアップ
ジェノサイド・リアリティー地下十八階。
立ちはだかるのは、雲霞のごとく湧き上がる赤い悪鬼の群れ。
安全地帯である階段付近から一歩外に出たら、一気に襲い掛かってくる仕掛けになっている。
「無理無理無理! こんなの死んじゃう!」
黒川穂垂が、さっそく騒いでいる。
「嫌なら帰れよ。俺は希望者だけ参加しろと言ったはずだ。これぐらいの訓練に耐えられないようなら、神宮寺達とまともに戦えないからな」
「そ、そんなこといって。私を殺すつもりなんでしょう。私のランクじゃ、こんなの絶対死んじゃうよ!」
早々に死んでしまった黒川は、マスターランクどころか。まだ専門家ランクにも至ってないからな。
まっ、いちいち口答えしてきてちょっとウザいので意地悪してやったってこともある。
「ちゃんと工夫すりゃいいだろ。何も前線に出ろとは言ってない。補助魔法をかけるなり、回復役に徹するなり腕が未熟なら頭を使え。ミスって死んだらまた『再生のコイン』で蘇らせてやるから、安心して死ね」
「そんなぁ……」
そうは言っても、一発殴られたら即座に殺されそうな凶暴なモンスターを目の前にしただけで怖いって気持ちはわかる。
少々ヒステリックになるぐらいはしょうがない。これは、中途半端な覚悟ならもう止めて帰れって脅しでもあるのだ。
これからの戦闘は甘くないから、足手まといになられたら困る。
俺は黒川のことなんかどうでもいいが、七海修一はそうではないだろう。俺の手足として使う以上、七海達を無駄に危険に曝すつもりはない。
「真城、私はやるぞ! もう足手まといにならない。絶対に強くなる」
そう言って、一番やる気を見せているのが、木崎晶だ。
前から鍛えてくれと盛んに言ってたから、いよいよ出番だと張り切りすぎている。
「木崎、やる気があるのはいいが気をつけてやれよ。黒川にはああ言ったが、死んでもいいってのは冗談だからな」
本当に生き返られるか、どうかもわからないのだ。
『再生のコイン』だって無駄にはしたくないしな。
「ありがとう心配してくれて、でも私はやる。もう決めたんだ、真城の傍らに立って戦えるぐらいに強くなるって!」
「やる気があるのはいい。デーモン相手の戦闘は並大抵ではないから、気は強く持て。みんな、ドーピングは最大限しっかりしろよ」
強さポーションや賢さポーション、敏捷性ポーションで、能力を最大限底上げしておくのは当然だ。
デーモン相手だとすぐに打ち消されてしまうだろうが、補助魔法もかけまくる。
ヘルス、スタミナのポーションも山ほど準備してからかかる。
デーモンに殴られただけでヘルスが吹き飛ぶから、当然の備えである。
「真城ワタルくん。準備完了した!」
「こっちもオーケーだ」
この集団の中心戦力となる聖騎士の鎧に身を固めた七海修一と、神槍を携えた三上直継がそういうので訓練スタートだ。
圧倒的多数のデーモン相手に、どれぐらいやれるか見ものである。
「七海さん出られます。私達も参りますよ!」
「いきます!」
盾とハンマーを構えた白鳥小百合と、アサルトライフルを抱えた灰谷涼子もあとに続く。
二人は、七海ガールズのリーダーの座を争って奮闘している。
七海の剣となり、盾となり、戦う覚悟のある女どもだ。
後方支援もこなせるし、なんなら前に出て戦闘もいける二人である。
「わかった、わかったわよ! いくわ!」
文句ばっかり言っていた黒川も、慌てて付いて行った。
ビビって逃げるかと思ったが、あいつも元リーダーだった意地があるのだろう。
デーモンの群れとの激しい戦闘が始まる。
「グェェ!」
と、そう言ってる間に古屋広志がデーモンにぶっ叩かれて吹き飛んできた。
相変わらず弱いが、吹き飛ばされたのはまっ先に出ていった証拠だ。
「ほれ、飲んどけ」
俺はヘルスポーションを投げてやる。
すぐさま飲み干して頭を振るい立ち上がる古屋。
「悪い真城、行くぞ!」
さっさと戦線復帰するあたり、古屋も丈夫になったものだ。
少しは鍛えられたようだな。
「グェグェェ!」
またかよ。
仕方がない、古屋用にそこらにヘルスポーションを撒いておいてやろう。
超鋼鉄の鎧では心もとない。
古屋には、褒美をやろうと思っていたところだ。なにか特別に防御力がある装備を手に入れてやればいいかな。
「ウッサー。死なないようにサポートしてやってくれるか」
「分かったデス!」
脅すためにデーモンを大量に見せてやったが、このままずっと戦わせていると本当に死んでしまうので、ある程度俺が間引きしておいてやる。
俺はもう最強なので、普通に手で殴るだけでデーモンは潰せる。
無造作に殴りつけて顎を砕くと死ぬ。
無造作に殴りつけて胸を潰すと死ぬ。
人型をしている生物の急所は、人間とそんなに変わらない。
この程度の敵、俺にとっては刀を振るうまでもない。羽虫を握り潰すのとなんら変わらない。
デーモンを殺すたびに宝箱が出る。
九条久美子が居てくれれば罠を外すのはもっと簡単だったんだろうが、七海のパーティーにも盗賊はいるから宝石やアイテムが大量に手に入って、地下十八階の訓練は一石二鳥といえる。
ある程度数を減らせば、敵の攻撃をよけながらヒット・アンド・アウェイで戦えるようにもなるだろう。
ジェノサイド・リアリティーにおいて雑魚としては最強といえるデーモンといえど、攻撃が当たらなければダメージを喰らうことはない。
こうやって凶悪な敵に立ち向かって、立ち回りを覚えることも訓練にはなるだろう。
さらにその先にあえて殴りかかってくる敵の攻撃を受けることで耐久力を付けるって訓練もあるんだが、七海達にそこまでやらせるつもりはない。
まっとうな神経だと心が持たないからな。
俺みたいな戦闘狂いにはみんながなれるとは思わないし、ならなくていい。
せいぜい全能力をマスターランクまで上げられれば、戦力として使えるようになるだろう。
俺は迷宮の奥に進み、デーモンロードの部屋に入る。
そこには、迷宮の奥で雁字搦めになっているデーモンロードが数体いる。
呪われた漆黒の鎧と、漆黒のハルバートで武装した巨躯の悪魔であるが。
適度に痛めつけられたデーモンロードは、武器も鎧も砕かれて聖銀の鎖で簀巻きにされて跪いている。
「ほら、もっとデーモンを出せよ!」
俺は、デーモンロードの頭を叩く。
すると周りの床に魔方陣が発生して、そこからデーモンが五、六体出現する。
デーモンロードの特性、仲間を呼ぶというやつだ。
ヘルスをギリギリまで減らされて追い詰められると、よくデーモンを出すようになる。
さながら、デーモンの無限発生装置。
修練に使うこの階層の大量のデーモンは、こうやってデーモンロードを何体か痛めつけることで発生させている。
「グガァァァ!」
デーモンロードがまさに悪鬼の形相で牙を剥いて何やら吠えているが、普通のプレイヤーには恐怖を感じさせるその叫びも、俺は何も感じない。
どれほど凶悪だろうが、強大だろうが、すでにその能力を知悉し尽くした俺にとってデーモンロードなど便利な道具にすぎない。
ジェノサイド・リアリティーを知り尽くした俺は、この地獄の覇者だ。
拘束されたデーモンロードの一体をギリギリまで痛めつけると、俺は鎖を引きずって連れて行くことにした。
※※※
「なっ、なんだそれは!」「すっげのきたー!」
「きゃーなに化物!」
デーモンロードを引きずって現れた俺に、前衛で戦っている七海達のパーティーが驚きの声を上げた。
俺の後ろで、デーモンロードが悪魔のような叫びを上げているのだから当然か。
デーモンの群れを相手にしておいていまさらだと思うんだが、悪鬼の王であるデーモンロードの姿はさらにおぞましいからな。
そんなものを怖いと思う感覚は、すでに俺にはなくなってしまったが。
ジェノサイド・リアリティー最強クラスのデーモンロードも、こうなるともう叫ぶしかできない比較的安全な状態になるのだが、それも俺にしかわからんことだ。
「訓練用に持ってきたデーモンロードだ。いまさら化物もねーだろ」
「きゃー!」
七海ガールズ達が恐慌状態になる。デーモンロードの周りから、デーモンがときおり発生するので、それに恐れをなしたらしい。
俺は裏拳を放って、出てくるデーモンを壁に叩きつける。蹴りつけて、頭を床に踏みつけて潰す。
「騒ぐな、こいつは問題ない。気を抜くと死ぬぞ、戦闘に集中しろ!」
「そんなこと言われたって!」
発生する瞬間のデーモンは無防備なので、動き出す前に即座に打ち砕けばいい。
何の問題もない。
七海達の戦闘訓練を邪魔する意図はないので、さっさと通り過ぎてさらに後衛の和葉達のところに行く。
「さってと、おーいリス、瀬木。これは、お前らの訓練用だ」
「私達に?」
リスがそう言う。
本当は連れてくる気なんかなかったのに、リスが無理して付いてくるのでちょっと心配である。
こいつはジェノサイド・リアリティーの勇士ではないから死んで復活できるとも思えないしな。
いや、ガキが心配なんじゃなくリスが発生させる『生命のコイン』が大事なんだが。
「そうだよ、リス。お前なんか戦闘力皆無なんだから、すぐにでもランク上げないと危なくてしょうがないだろ」
そのためにも死んだり敵に捕まって人質にならないように育てておく必要はあるともいえた。
「真城くん。そろそろお弁当にする?」
「のんきだな和葉は……弁当は後でいい。とりあえずリス達後衛に、危険がないように見ててやってくれよ」
迷宮の床に敷物を敷いて、弁当を並べている和葉はピクニック気分だ。
和葉のピクニックゾーンは敵が襲ってくる危険地帯なのだが、和葉にデーモンが近づいていくと地中からザシュと刃の罠が襲いかかり、そこに罠の炎球が飛ぶ。
「抜かりないわよ」
そう言って微笑む和葉は、ジェノサイド・リアリティーに存在しなかった罠師の能力を獲得している。
守備型の強キャラ。自由自在に罠を張り巡らせて安全地帯を創りだす様は、毒蜘蛛が巣を張っているようだ。
ジェノサイド・リアリティー最強の俺ですら、破壊不能オブジェクトである迷宮の罠だけは破壊できない。
罠師は味方にしたら強いけど、これが敵に回ったらと思うとゾッとするスキルだな。
「和葉の周りは安全か」
罠師である上に、和葉は通常能力も高マスターランクだからその周りにいれば安全なのだ。
安心して後衛を任せられる。
「瀬木もポーションはもういいだろう。そろそろマナも尽きた頃だろうしな」
「うん、それはいいけど」
瀬木は、ポーション作りを先にしろと言っておいたのでそっちに従事してる限りは安全だった。
マスター僧侶まで育っている瀬木は、ハイランクのポーションも自在に作れるので適材適所といえるが、身体も鍛えないといけない。
「デーモンロードを殴れば、デーモンを殴るよりよっぽど軽業師ランクに高い経験値が入るからな。こうやって拘束してれば、安全だ」
地獄の叫びを上げているデーモンロードは、最後の手段である仲間を呼ぶをやりだすが、それは俺が即座に打ち砕く。
七海達のほうに流してやれば、訓練用のデーモンの補充になっていいぐらいだ。
「殴ればいいの?」
恐る恐る俺の指示に従ってデーモンロードを殴りだす瀬木とリス。
うん、デーモンロードの背中をポコポコ殴ってる一生懸命な瀬木も可愛いなあ。
「ちょっと、なんであんたらだけ安全な訓練やってるの。私もそっちがいい!」
デーモンの群れ相手に死闘を繰り広げている七海達の後衛で、黒川が文句を言い出した。
目の前の戦闘に集中してないのはダメだが、目端が利くのだけは褒めてやろう。
縛られたデーモンロードは安全だと、気がついたか。
だがこれはお前らにはやらん。
「黒川。お前は七海のチームなんだから、デーモンと殺り合ってろよ」
「じゃあこのデーモン達も鎖でくくって、私達にも安全に訓練させてよ。私達だって女の子なのよ。瀬木くんだけ扱いが違いすぎるでしょ、瀬木くんばっかりずるい!」
こいつ……。
瀬木は女だってことを俺に隠してるのに、不用意なことを言うんじゃねえよ。
「うっせなあ。ほれ」
「ぎゃぁあ!」
デーモンロードから発生したデーモンを一匹蹴りだしてやると、黒川は悲鳴を上げて全力疾走で逃げていった。
七海達にだって、何も無駄に苦労させているわけではないのだ。
戦闘の場数を踏むのは重要なプレイヤースキルだし、死なない程度に受けるダメージは耐久力を上げる訓練となる。
神宮寺とやりあうときに、主戦力となる七海達にはより打たれ強くなってもらわなけばならんのだ。
リス達の訓練に拘束したデーモンロードを使うのは、初心者だとデーモンの攻撃を受けただけで魂まで吹き飛んでしまうからである。
せめて戦士と軽業師のランクが専門家になるまでは、安全に訓練させなければならない。
携帯用の信託版で確認していると、初心者だったリスの軽業師スキルがもう練達者に……。
いや、見ているうちに技巧者に上がった。
ランクが上がって行くのを見るのは、他人ごとでもいいものだ。
すでに全ランクが最終到達者になってしまった俺にはない喜びである。見ていて飽きない。
「面白いなこれ」
「ねえ、真城くん。ご飯にしましょうって、はいあーん」
和葉が、俺の口に箸で白身魚のフライを押し込んでくる。
まあいいか。俺ぐらいのランクになれば、食事しながらの戦闘も可能である。
「んぐっ、美味い」
俺は、和葉に飯を食わせてもらいながら、湧き出るデーモンを始末しつつ二人の訓練を見守る。
食後のお茶を啜る頃には、リスの戦士と軽業師のランクが専門家まで育った。
不足していた瀬木の軽業師ランクも、下級師範まで行ったのでこれで滅多なことでは死ななくなったといえるだろう。
一安心である。
こうやって、しばらく訓練を続ければ弱点も補強されるだろう。
次回7/10(日)、更新予定です。