119.蘇生第二陣
なあ瀬木、俺に何か言うことがあるんじゃないか。
例えば女の子になっちゃったこととかさ。
それは俺も驚いたけども、すでに受け入れ態勢は万全なんだぜ。
俺の心臓はさっきから、すごいことになっている。
もうこの鼓動は、隠し切れないだろう。
もうこの衝動を抑えることなど不可能だ。
もう瀬木じゃなくて、碧ちゃんって呼んだほうがいいのかな。
いや、それは怒るか。
いきなり女の子になったとかショックも大きいだろうし、徐々に、徐々にだな。
「えっと、真城くん。ありがとう蘇らせてくれて」
「ああ、もちろんだろ。友達なんだから。話は聞いてるぞ、黄泉でいろいろと大変だったようだな」
そうだ。俺と瀬木は親友だ。
まず親友から、新しい関係をスタートしたい。
黄泉に残っているみんなは、古屋のうっかりで女性化してしまった瀬木をもとに戻すために『性転換の杖』を探していると聞いた。
そこを蘇らせてしまったのだから、苦情の一つでも言われるかと思ったらお礼を言われたのが少し不思議だった。
「うん、そうなんだ。大変だったんだよ」
「そうか」
瀬木は、もじもじとしているだけで一向に大事なことを話してくれない。
そうか……これはもしかして、俺に女の子になってしまったってことを隠したいのか?
なるほど、そのパターンか!
オーケーオーケー、そっちもありだよな。
こっちは古屋に詳しく聞いてるから、もうバレバレなんだけど。
瀬木がそのパターンでくるなら、もちろんあえて指摘するような真似はしない。
それも面白そうだし、瀬木が誤魔化せてると思ってるならしばらく付き合ってやろう。
もちろん俺は、隠し事を暴き立てたりしないぜ。
古屋にも、黙ってろよとアイコンタクトで念を押した。
「ほんとね。大変だったよ。黄泉は死んでも死に戻れるっていっても、普通に痛いし、怖いし」
「うん、大変だったんだな」
死に戻れるから死ぬのを前提にして戦うなんて、まともな発想じゃない。
ゲームでは死にゲーを平然とやる奴でも、それがリアルになったら怖くて一歩も動けなくなるのが普通だ。
それだけに、スライムゾンビなんかになって死にゲーをやりまくったモジャ頭あたりはもうおかしくなってるのかもな。
瀬木は、なんか話してないと俺に女の子になったことを気取られるんじゃないかと思っているのかもしれない。
こんな不自然な会話で誤魔化せてると思うなんて瀬木は可愛いなあ。
なんども小さい手を振って「大変」を訴える可愛らしい瀬木の肩を、俺はポンポンと叩いてやる。
ちょっと背丈短くなっちゃったみたいだな。
代わりに髪が伸びたと。
ほんと柔らかいなあ。女の子だなあ。
あとさっき触った時、胸がちゃんとあるのにブラジャーを付けてない感触があった。
黄泉は、そんなことを言っていられる余裕のない厳しい環境なのかもしれない。
ジェノサイド・リアリティーと違って、黄泉は日用品が補給できる施設がなかったから、下着も買えなかったのだろう。
黄泉では、みんな地獄のサバイバルを強いられているだろうから、女子なんかは特に大変だ。
他の奴もなるべく早く蘇らせてやらなきゃいけないね。
もちろん、『性転換の杖』を手に入れさせるまいとか考えてないよ!
とまあ、このようにして俺が瀬木碧と久闊を叙している間に、七海達が七海ガールズの黒川穂垂と、白鳥小百合を蘇らせていた。
最初は、ワイワイと再会を喜びあっていたようだが、それも程々にして。
七海ガールズの元元リーダーの黒川と、元リーダーの白鳥と、現リーダーの灰谷が顔を付き合わせて微妙な空気を醸し出していた。
目に見えない火花が散っている。
女子同士のマウンティングというやつか。
いつ見ても嫌なもんだ。
「あっちの騒ぎには、巻き込まれたくないな」
「ううーんそうだね。女の子はいろいろと難しいよね」
自分も女子になっている瀬木がそんなことを言うから笑ってしまう。
瀬木はいっつも女子グループにしか入れないから、大変さは知ってるよな。
躍起になって騒いでいるのは黒川だ。
「七海くんのサポートリーダーは私だから」
それに、すかさず白鳥が反論する。
「あら、初っ端で死んじゃった黒川さんに、サポートリーダーは荷が重いんじゃありませんか。もう私達は七海さんのファンクラブじゃないんですよ」
現リーダーの灰谷も口を挟む。
「現実的に考えて、戦闘力の弱い黒川さんは論外。白鳥さんも、アサルトライフルは扱えない。七海副会長は、現メンバーの私達がそのままサポートすべき」
三つ巴だな。
灰谷が言ってることが一番正しいように思えるが、俺にとってはどうでもいい言い争いだ。
しかし、他人ごとだと笑ってる場合でもなかった。
七海ガールズの三人が争っているだけならいいが、火花のとばっちりが和葉にまで行ってしまう。
黒川は、和葉に叩きつけるように言う。
「竜胆さんはいいわよね。七海くんにいっつも気にかけてもらって、いつも男が助けてくれるんだから!」
「私、関係ない……」
和葉は、慌てて俺の方に逃げてくる。
俺の背中にすがりついて「早く、庭園に戻ろ」と小声で言った。
そういえば、和葉は女子グループが苦手だったんだな。
黒川を怒鳴りつけてやろうかとも思ったが、恨みがましい眼で睨みつけてられると、どうもな。
「真城くんも、真城くんよ。私はやられたこと忘れてないからね。あんた達みたいな勝手な人がいるから!」
「黒川。お前が怒るのは無理ないが、和葉に絡むのは止めろ」
黒川が俺を恨むのに、理由がないわけではないのだ。
そこに、七海が間に割ってはいってくれる。みんなも、言い過ぎの黒川を止める。
「黒川穂垂くん。いまは、みんなで協力しようって話なんだ。それは君もわかってくれるよね?」
「それは、七海くんが言うなら。だけど……」
俺もちょっと、黒川は苦手なんだよな。
他はともかく、俺は黒川穂垂とは因縁があった。黒川を竜胆和葉を虐めた犯人に仕立てあげてしまったし、その挙句にあいつが無残に死んだのも、俺が見捨てたという事情もある。
そういや、死霊化したあいつを斬り殺したこともあったな。
うわー、ああいうのどこまで覚えてるもんかな。
男だったらイチャモンつけてきたら殴ればいいけど、相手が女子だとやりづらい。
黒川もたいがいだと思うが、俺の方にも悪かった面があるからな。
俺と和葉に非難の矛先を向ける黒川に、白鳥と灰谷は対抗する立場のせいかやけに弁護してくれた。
「黒川さん。真城さんは、よくやってくれたんですよ」
「何があったか知らないけど、黒川さんと白鳥さんが蘇れたのも、真城さんのおかげだから」
「あんた達二人は、やけに真城くんをかばうのね。私達は、七海くんの親衛隊でしょうが」
「真城くんは、七海さんのご友人ですし……」「黒川さんは、事情がわかってないから話にならない」
このままだと、黒川はまた孤立しそうな感じがする。まあ、俺の知ったことではないが。
ちなみに、三人が蘇生すると同時に、もう三人の蘇生もあった。
生徒会の凡庸な男子生徒が二人。
こっちは、戦力として役に立ちそうもない。おそらく元の世界に戻すことになるだろう。
あと少し問題だったのが、神宮寺派で活動していた生徒会執行部の副部長、祇堂修も蘇って、即座にアスリート軍団に拘束された。
どうやら黄泉でも行きずりで神宮寺派についていたらしいが。
神宮寺やモジャ頭のように、抵抗して逃げ出すような気力はなかったようだ。
持ち合わせているアイテムを置いていくことと条件に、元の世界に戻るように交渉してみるという話だった。
ここらへんの話までしているときりがないので端折る。
まあ、七海がよろしく処理してくれるだろう。
「そういえば、元の世界に戻すといっても星幽門はちゃんと作動してるのか?」
「うん。それは確認した」
「もしかして、七海達は一度戻ったのか?」
「アサルトライフルの弾の補充も必要だったからね。異世界の産物との交換に、武器弾薬の補充はお願いできるという約束だったんだよ」
ふうん。七海は、いつの間にか兄貴とそんな交渉をしてたんだな。
異世界の産物は兄貴も喉から手が出るほど欲しいものだろう。本来は手に入らないはずの弾薬を手に入れてくるぐらいはやれるだろうな。
兄貴が主導することになった日本の真城家も、さぞ栄えることだろう。
俺はもう日本に戻るつもりはないから、面倒事は七海に任せておけばいい。
「七海、和葉達は連れてくから。お前の方のグループの方の問題は、ちゃんと話をつけておけよ。事後処理もあるし、しばらくミーティング休憩ってことにしておこうぜ」
「うん、ちゃんと責任持って処理させてもらう。真城ワタルくんも、和葉も、僕の私事に巻き込んでしまってすまないね」
「ほんと、巻き込まれて迷惑よ……」
幼馴染の七海にだけは強く出られる和葉は、そんな文句を小声でつぶやいていた。
無視しないで文句を言うだけ、ほんの少しだけ緩和したのかもしれない。
七海は迷惑というのが和葉の本音にしても、幼馴染としての信頼だってどこかに残っているはずだ。
少しずつ関係性を回復していければいいんだけどな。
七海ガールズについては、七海が言えばなんとでも動くだろうからあまり心配していない。
しかし、面倒なのには変わりない。モテる男ってのは女を使えて便利な反面、その分だけ気苦労も背負い込むものかもしれない。
瀬木を連れて『庭園』に帰る俺に、当然のようにひっついてくる和葉とウッサーを見てそう思った。
七海はともかく、俺のこれはモテてるって言っていいものなのかなあ……。
※※※
「真城くん、真城くん!」
エレベーターで上に向かうときに、『遠見の水晶』で通信が入った。
「誰かと思えば、黛か。なんだ?」
いま瀬木が戻ってきて、お前の相手をしてる時間は一秒もないのだが。
「私達も、庭園とやらに連れてってよ。街のご飯も食べ飽きちゃった。ドラゴンステーキとかあるんでしょ。私だけそういうの食べさせてもらってないし、これって不公平じゃない?」
「ちょっと待て、私達ってなんだ」
水晶にリスの姿も映った。
二人とも、いつの間に仲良くなったのか。女ってすぐ通じ合うよな。
「ほら、リスちゃんも真城くんのところに行きたいって」
「そう言ってるが、どうだ?」
俺が尋ねてみると、和葉はプルプルと首を左右に振る。
もう神宮寺達にも知られてしまったのであそこの場所の秘密を守るのも、もはや必然性はないのだが和葉がダメなら、ダメだな。
あそこは和葉が苦労して住環境を整えたところだ。
俺が良くても、和葉がダメならダメ。
「ダメだってよ」
「私はともかく、リスちゃんには借りがあるんじゃない?」
子供をだしに使われると弱い。
「チッ、みんな。一旦一階まで上がっていいか?」
そこまではダメとは言われなかったので、地下一階に上がる。
エレベーターの出口で、黛京華とリスが待っていた。
和葉がいきなり俺の前に立つと、手持ちのバッグから何かをゴソゴソと取り出して京華に渡す。
「はい、黛さんこれどうぞ」
「えっ、なにこれ?」
「ドラゴンステーキ弁当です。冷めても美味しいですよ」
「えー、なんでそんなもん用意してるの」
さすがの京華も、いきなり弁当を渡されてキョトンとしている。
「いつ真城さんがお腹空いたっていうかわからないから、お弁当ぐらい常に持ってないと困るでしょう」
「えっと……何なのこの子?」
なんでそんなことを聞くのかわからないといった風な和葉に、若干引いて目を背ける京華。
おい、俺を見られても困るぞ。そんな話、初耳だから。
和葉も、弁当用意してるなら言ってくれよ。
「あのね和葉さん。正直に言うと、私も『庭園』というの見てみたいんだけど」
「それはダメです」
和葉は、ニッコリと笑ってお断り。
気を呑まれてしまったせいか、京華はあっさりと引いた。
「残念ね」
なんか、こっちもわけわからん理由で牽制しあってるようだ。
女は、ほんとめんどくせえな。仲良くするならすればいいのに、すんなりいかない場合もある。
「和葉、リスはいいんだろ?」
「リスちゃんはいいかな。まだ十二歳ぐらいかな……真城さんも、子供には興味ないですよね」
なんで俺にいちいち話を振る。
まあ子供だから、連れてっても問題無いってことだな。
リスはコインを出す役に立ってくれてるので手元に置いておきたい。
良く食べるから、和葉の飯を食わせてやりたい。
※※※
というわけで、久しぶりの『庭園』
ここもいつまで使えるかわからないが、一番落ち着く場所ではある。
「さてと、料理にお風呂の準備に忙しいわね。ウッサーさんも手伝ってくれる?」
「いいデスよ」
「俺達もなにかやろうか」
「いいのよ。真城くん達はお茶でも飲んで休んでて、料理は女の仕事だから」
そう言われて、俺と瀬木は肩をすくめる。
ウッサーと、あとリスも、和葉の家事のお手伝いに駆りだされた。
瀬木に声がかからないところをみると、まだ男枠に入れてもらっているらしい。
ログハウスに入って、俺と瀬木は手持ち無沙汰に出されたお茶を啜る。
「僕、初めて来たけどすごいところだね」
「そうか。瀬木は『庭園』に来るの初めてだったか?」
うんと、瀬木は頷いた。
ふうむ……。
「しかし、お風呂か」
「お風呂がどうしたの?」
いや、なに。風呂には瀬木も入るだろうって思っただけだ。
瀬木は、俺に女の子になってしまったってことを隠してるわけだろ。
そうするとあれだ、男同士なら風呂に一緒に入っても全くおかしくないって理屈になるよな。
うん。これは当然、そういう流れになる。
なんだか楽しみになってきて、俺は思わずほくそ笑んだ。
次回6/26(日)、更新予定です。