118.瀬木碧の蘇生
「ご主人様、たいへん」
「おうなんだ、なんでも言ってみろ」
ジェノサイド・リアリティーに戻るなり、青髪の少女リスが話しかけてきた。
「コイン、出た……出ました。こんなに、たくさん」
「おお」
やっぱり出たか。
小さい手で、リスが差し出した『再生のコイン』は三枚だった。
多分出るとは思っていたが、あのクソ神のことだからあえて出さない可能性も考えていた。
それが三枚も大盤振る舞いしてきたか。
祭祀王を一人殺れば一枚、ワールドツリーエンドを倒せば三枚という結果を見ると。
難易度の度合いによって変化するのかもしれない。
差し出すリスの手からコインを受けると、俺はそのままリスを抱き上げる。
そして、くるくると回転させる。
「えっ、えっ?」
「リス、お前には感謝しかない」
これまで悪かったな。
蘇生の手段を求めている時に『再生のコイン』を出す女の子が出てくるとか、胡散臭すぎたんだよな。
いかにも俺にとって都合が良すぎる出会いだったから。
リスにはなんか裏がありそうとか、そのうち裏切りそうとか深く考えすぎて、警戒していたのだ。
俺は戦災孤児だったリスに、ちょっと優しくなかったかもしれない。
単にそういう役割を創聖神から与えられただけかもしれないしな。
だいたいご都合主義の何が悪いというのだ。何も悪くない。
感謝しかない。今の俺は世界に優しくできる。
「ご主人様……」
なんか回しすぎたのか、リスの顔が真っ赤になってるので慌てて下ろす。
子供はこうすると喜ぶと思ったんだが、ゆっくりと下ろすと頭を撫でてやる。
「リス。本当に良くやってくれてる。これからもよろしく頼む」
「喜んで!」
そう言って俺を抱きしめてくるリスの小さい身体は温かかった。
リスは、本当に大事な存在だ。あとでなんか褒美をくれてやろう。
「さてと」
俺は、リスから受け取った『再生のコイン』を握りしめて地下二十階へと向かった。
※※※
途中でみんなと合流して一緒に地下二十階に行くことになったが、七海に尋ねられる。
「ねえ、なんか九条さんの声が聞こえない?」
「あっ、いけない」
どうやら『遠見の水晶』で連絡が入っていたのをぶっちしていたようだ。
慌ててリュックサックから取り出す。
「もう、なんで連絡できないのよ」
「すまん久美子。こっちはこっちで忙しかったんだ」
至急の要件があったからな。
「そっちが頼んどいて、もうワタルくんは相変わらずね」
「それで神宮寺のほうはどうだ」
「この私としたことが、二回追跡をまかれそうになったわ。隙があったら倒してしまおうかとも思ったけど、難しいと考えるべきね」
「それでいいんだ。相手の動きを探るだけでいい。攻撃はするなよ、神宮寺はおそらく『矢よけの指輪』を付けているから、久美子のクナイは通用しない」
倒す方法は、俺がちゃんと考えているからいい。足取りを追えているだけで十分だ。
俺ですら久美子の追跡をまくのは困難だから、神宮寺でも難しいのだろう。
この場合、一番困るのが神宮寺がどこに行ったかわからなくなることだ。
下手に攻撃など仕掛けられて、隠れられたらそっちのほうがやっかいだ。
一番ありがたいのは、神宮寺がどこかに定住してくれることだが、そんな隙は見せないかもしれない。
最低限、位置さえ特定できていればなんとでもなるが。
「神宮寺くんは、この辺りをすでにワタルくんが領主として制圧してるのを知っても、そんなに驚いた様子はなかった。ワタルくんの勢力圏を抜けようと、どうやら西に向かっているようね。あと、気持ち悪い生首に定期的に水をかけてるんだけど何アレ?」
「ああ、それはモジャ頭を復活させようとしてるんだと思う」
「あー、御鏡くんか。そう言われてみれば、気持ち悪い面影がなんとなく。徐々に大きくなってるみたいだから、気持ち悪い肉片だと思ったけど、あんなになっても生きてるのね?」
「モジャ頭は、スライムゾンビって種族になったんだよ。そのうち復活するかもな」
この地下二十階のガラス張りの棺桶に戻ってないということは、死んでないということだとは思う。
ジェノサイド・リアリティーの外で倒せば、黄泉には戻らないという推測が正しければいいんだが。
そうでなくてもやりようがある。
無条件で黄泉に死に戻りするようなら、他の奴を全員生き返らせてからそのまま封印してしまえばいい。
「当面は以上よ。追跡を続けます」
「引き続き頼む」
さてと。
地下二十階へと進む。立ち並ぶガラス張りの棺桶。
「それで真城ワタルくん。誰を生き返らせるんだい?」
「瀬木だな」
「もちろん瀬木くんは第一として、コインが三枚あるんだろう?」
後二人か。
どういうパターンかはわからないが、一人生き返らせるごとにもう一人生き返らせることになるから六人ということになる。
まあ、残りの三人は選べないのだから。
選べるのは三人になるが。
「瀬木を生き返らせて、あとは適当でいいだろ」
「いやいや、真城ワタルくん。適当は困るよ」
「冗談だよ。戦力的に役に立ちそうなメンツを選ぶべきだとは思う。お前らの希望も聞くぞ」
「実は、僕に提案があるんだが、黒川穂垂さんと白鳥小百合さんを生き返らせて欲しいんだ」
「七海、それは……」
「ああ、もちろん。瀬木碧くんも僧侶だし、二人も後衛系だから戦闘力としては」
「そういうことを言ってるんじゃなくて、お前は本当にそれでいいのか?」
黒川は七海ガールズの最初のリーダーで、白鳥はその後のリーダーだった女子だ。
ちなみに、いま七海に付いている三人目の七海ガールズのリーダーは灰谷涼子という。
口数は少なくやることはやる。
へっぴり腰だった黒川や、サポート役の範囲から出られなかった白鳥と違い、場合によっては前衛での戦いもできる。
ここまでジェノサイド・リアリティーを生き延びてきただけのことはあって、仕事人と言う感じの頼もしい感じの女子だ。
ほとんど絡むことはないが、俺は灰谷に一番好感を持っている。
よく考えると、黒、白、灰色と、七海ガールズのリーダーはみんなモノトーンカラーだ。
まあそれもいいんだが。
七海は、和葉と関係回復を図らなきゃいけないのに、よりにもよって七海を守って死んだ二人を真っ先に蘇らせるのかと驚いた。
黒川辺りは特に、和葉を街から追い出した女子グループのリーダーだろ。どう考えても、七海が和葉と復縁するのに余計な足かせになりそうなんだが。
まあいいか。
二人の死の責任を感じている七海らしくはあった。本人がいいというものを、俺が否定することもないだろう。
「僕がお願いしてるんだ。君が獲得したコインなのに、勝手なことを言って申し訳ないとは思うんだが」
「七海がいいならそれでいい。補充はまずアスリート軍団からとは思ったが、どうせ他の中途半端な男を蘇らせても戦力にならないかもしれないしな」
まともな神経をしていれば、この危険な異世界に残って戦うなんて選択はしないだろう。
その点、七海ガールズのリーダーだった二人はまともじゃない七海信者だ。
七海がいる限り、絶対にしがみついて戦うだろう。
そのために命まで落とした筋金入りの女子だ。戦力としては、中途半端な男よりよっぽど使える。
神宮寺対策に戦力は必要だから、なんなら俺が鍛えてやっても良い。
「じゃあ、七海。コイン二枚な」
「うん。ありがとう」
他の奴の蘇生は七海に任せて、俺はついに瀬木碧の棺桶の前までくる。
ここまで来て蘇生失敗とかつまらないオチはやめてくれよと念じながら、コインを挿入する。
カパッと、カバーが開いて中に満たされていた少しとろみのある水がこぼれ落ちた。
俺は濡れるのもかまわず、瀬木の身体を引きずりだした。
抱き上げると、すごく柔らかい感触。
まるで精巧に造られた人形のように美しい顔。その白皙の頬が、次第に血の気を取り戻していく。
それは蘇りというよりは、完璧な美として造られた披創物に新しく生命が与えられた瞬間のようにも思えた。
ただでさえ美少女の瀬木が、女の子になってしまって俺はこの気持ちを抑えられるだろうか。
俺は思わず、まだ冷たい瀬木の身体を温めるように手で触れてしまう。
神に誓って言うが、決していやらしい気持ちで触ったわけじゃない。
俺はただ、確認したかったんだと思う。
布越しから確かに伝わる胸の膨らみに、瀬木が女の子になってしまったことを実感できた。
お尻も柔らかい。
なんだこれ、全身柔らかいぞ。感動に手が震えてしまう。
「おい、大丈夫か。瀬木」
「うっ……」
瞼がゆっくりと開く。
「起きたばかりだから、まだじっとしてろよ」
「あっ、真城くん……はぅぅ」
なんだ。
いま、はぅぅって言ったのか。
「クッ……」
なんという鳴き声。なんという愛らしさか。
抱きしめたい。このまま全てを奪い去りたい衝動にかられる。
なんということだ。仕草のひとつひとつが、俺のハートを殺しにかかってきやがる。
興奮のあまり、危うく押し倒しそうになった。
やばい、落ち着け俺。瀬木がより可愛さのグレードを増している。
ドクドクと高鳴る鼓動を落ち着かせろ。まず深呼吸。クールになるんだ。
俺としたことが、このままでは瀬木に動揺を気取られる。
「あの、真城くん。もう大丈夫だよ。僕は、大丈夫だから」
少し恥ずかしそうに白い頬を紅潮させた瀬木は、すっくと立ち上がった。
さっと、聖女の修道服の裾を払うと、青みがかった艶やかな髪がさらさらと揺れる。
あーこれ完全に女の子だよな。僕っ娘の女の子だわ。それ以外のなにものでもないわ。
目の前の女の子は、俺の理想を体現している。これを我慢しろとか無理だった。
もうゴールしてもいいよね?
とりあえず功労者の古屋にも、あとでなんかすげえ褒美をやると俺は決心した。
次回6/19(日)、更新予定です。