115.ニューゲーム
「ごめんね。念の為にもう一回」
そういいながら、すでに黒焦げになっている御鏡竜二に向けて、ドンドンと床の罠を踏み続けてダメ押しの炎球を食らわせる
その衝撃で、身体を刃に串刺しにされているモジャ頭の身体から、ボロっと手足が吹き飛んだ。
「も、もういい! もう焼きすぎだろ和葉。それ以上はやっても一緒だ」
「うん……」
和葉は、すごく嫌そうな顔で黒焦げになった御鏡を見ている。
よっぽど嫌いなんだな。
「しかし、焼き尽くしたところで、ほんとに死んだのか?」
モジャ頭は、かなりしぶとい種族だ。
いつの間にか、たたっ斬ったはずの腕も再生してたしな。
油断していたところを和葉に突かれたとはいえ、こんなに呆気無く死ぬとは思えないんだが。
俺はハイドを解いて、モジャ頭にゆっくりと近づく。
死なないはずのアンデッドの身体だから、身体を粉々にして埋葬でもしない限りは安心できない。
そこに神宮寺もテレポートで姿を現した。
「うあ、これは酷いですね……」
「神宮寺!」
やたら余裕をぶっこいている神宮寺も、黒焦げになった死体には顔を顰める。
神宮寺がそろっとモジャ頭に近づくと、罠が作動して一度床に戻った刃が、またジャキンと音を立てて飛び出た。
「これは恐ろしい。御鏡くんを煽って先に行かせて正解でしたね」
その衝撃で、吹き飛んだモジャ頭の頭をつかみとる。
「お前も十分酷いけどな」
モジャ頭がトチ狂ったせいで、瀬木が殺されたのだ。
だから慈悲はないし、死んで消えて跡形もなくなくなればいいとは思うが。
誰にも理解されず、毎回こんな死に方をするこいつを見てると、複雑な気持ちにもなる。
モジャ頭だけに責任があるわけじゃない、神宮寺も同罪だ。
「これ、また再生しますかねえ……」
「俺に聞かれても知るかよ。モジャ頭は、なんのアンデッドなんだ?」
「アンデッドスライムといえばわかりますか? かなりしぶとい種族ですよ」
「ふーん、種族変更ができるような世界から来たのか。まさか、神宮寺から情報を教えてくれるとは思わなかったが」
「フフッ、どうせ他の人も蘇るんですから、いずれわかることです。我々は、黄泉から来たと言えば、真城くんには理解できますかね」
「ジェノサイド・リアリティー・ステイジアンハデスか」
ジェノサイド・リアリティー外伝『ステイジアンハデス』。
黄泉の国へと落とされた勇者達が、地獄の世界で死闘を繰り返すジェノサイド・リアリティーのシリーズのなかでも、かなり癖のあるタイプの外伝である。
かなり後期の続編だけあって、ジェノサイド・リアリティーよりも多彩な種族に変化できたり、便利なアイテムが増えている。
神宮寺達が駆使していたアイテムはそれだ。
和葉が、神宮寺に向けて罠を発動させようとしたのか床のスイッチを踏んだ。
ボォォォと音を立てて飛ぶ炎球
それを神宮寺はかろうじて避けて、慌てて制す。
「ちょちょっと、待ってくださいよ!」
「和葉」
「ごめんなさい。いけるかと思って」
用心してる相手には、さすがに当たらないだろう。
試してみるってのは良いことだけどな。
「勘弁してくださいよ! 私は、脱出の巻物も所持していますからいつでも逃げられるんですよ。ブラフではありません。黄泉では、比較的手に入りやすいアイテムなんですから」
「それはわかる話だ。和葉ちょっと待て」
神宮寺の言うことに、とりあえず嘘はない。
ジェノサイド・リアリティーの難易度が高すぎたために、外伝は便利アイテムが増えてヌルくなっているのだ。
俺は続編や外伝についてもある程度の知識はあるが、記憶違いもあるかもしれない。
神宮寺達がそれを使うなら、あとでプリントアウトした資料を読み込んでおくべきだな。
「ジェノサイド・リアリティーの外に出ようとすれば、私はもとからいつでも出られたんです!」
「そうか、道理で余裕の顔をしているはずだ」
俺がそう言って下がると、神宮寺は嬉しそうに嘲笑った。
「フハハッ、相変わらず真城くんと話すのは愉快ですね。状況が理解できない他の愚か者とは違って、交渉のしがいがある。少し話をしませんか。できれば、この新しい世界で生きていくのに真城くんとは対立したくはない」
「話したいなら、勝手に話せ」
神宮寺の弱点は、優位に立ったと思うとおしゃべりが過ぎるところだ。
なにか情報をしゃべるかもしれない。
「七海くんにとっても、貴方にとっても、大事な和葉さんを上手く人質に取れればと思ったのですが、失敗したのではしょうがありません」
「対立したくないと言いながら、人質かよ」
神宮寺は薄笑いを浮かべて、てらてらと光らせた赤い唇をペロッと舌で舐める。
「なあに、これも自衛のためですよ。まともに戦ったら、七海くん達はともかく貴方には絶対勝てないですからね」
「まあ当然か。そこは、どうでもいい」
「私の搦め手を卑怯と詰らないから、真城くんは好きですよ」
「俺はお前のことが心底嫌いだがな……。戦いにあらゆる手段を使うのは当たり前だ。それについては、油断したほうが悪い」
和葉に騙されて、罠にハメられてプスプス煙を上げて炭化しているモジャ頭だって、ジェノサイド・リアリティーで油断したのが悪いのだ。
ここでは、常に罠があるぐらいは覚悟をしておかなければならない。
「私はもう日本に戻るのは諦めました。せっかく真城くんに蘇らせていただいたのですから、この異世界で楽しく生きていきたいものです」
「俺は、お前らを生き返らせるつもりは毛頭なかった。楽しく生かしておくつもりもない。すぐに黄泉に戻してやるぞ」
「私だって寄ってたかって殺されるのは嫌ですから、ここはまず遁走します。できれば真城くんには追ってきてほしくない」
「はぁ? 見逃せだと。お前を見逃したとして、それに対する俺のメリットはなんだ」
神宮寺を同じ世界に放逐するのはリスクしかない。
多少面倒でも、ダンジョンの外に逃げた後を追いかけて、追い詰めて殺したほうがリスクは少ない。
見逃すことなどないが、ここはそう見せておいたほうが油断するかな。
いや、神宮寺に限って言えば、モジャ頭のアホのように油断などはしないか。
「情報提供ということでいかがですか」
「論外だな。黄泉がどうなってるかなんて、古屋から聞けばいいだけだ」
「そう結論を急がないでください。情報とは、そうですね……ここで、戦わないほうがいい理由を教えるってことではどうですか」
「言ってみろよ」
「たとえば、これです」
神宮寺は、リュックサックからゴソゴソとアイテムを取り出す。
モンスタークリエイトの巻物。
「これは、モンスターが大量に飛び出るアイテムです。戦闘禁止エリアとはいえ、モンスターの攻撃は通りますよね。街でこれを使ったら私は一方的に攻撃できます」
「そんなもので出る雑魚モンスターに、俺は負けないけどな」
「ええもちろん、私は勝てません。ですが、貴方のように強い賢い相手ばかりではない。そっちが襲ってくるなら、こっちだって街に逃げ込んでから、必死に抵抗させていただきますよ」
俺が神宮寺を追い詰めて殺そうというのなら。
神宮寺は、決死の覚悟で街の対人戦闘禁止のルールを盾に、俺の仲間を道連れにしようと言うのだ。
相変わらず、嫌らしい交渉のやり方だな。
確かに、神宮寺が黄泉のアイテムを多数所持しているとは想定していなかったので、相打ち覚悟で来られれば犠牲が出そうなのも確かだ。
だいたいの事情はわかった。
こっちも対応策を考えてから殺り合ったほうがいいだろう。
「確かに、そうなると面倒にはなるな……」
「そして、もう一つは貴方のおっしゃるとおりですよ」
「はっ、どういうことだ?」
「黄泉に送り返すと言ったじゃないですか。このジェノサイド・リアリティーで私達がもう一度死んだら、黄泉に帰って準備を整えてから、もう一度復活する可能性がある」
そうだ。誰にも言ってないが、俺が一番気にしているのはそこだった。
ここで殺したら、神宮寺は消滅するのではなく、黄泉の国にまた戻るのではないかということ。
「そんなのは、殺してみないと分からんぞ」
「ええ、試してみないと分かりませんね。私ももう一度死ぬなんてゾッとする。消滅することが怖くて、できれば試したくありませんよ。しかし、黄泉に堕ちた我々にも、この世界の創造神は『もう一度チャンスを与える』と言ったんです。真城くん、貴方と同じように私もこの世界を創り変えるする権利を与えられたのですよ!」
そう言う神宮寺の顔は、支配への恍惚にまた狂っていた。クソ神め、余計なことを。
神宮寺が創りだす世界など、クソみたいな物になりそうだ。俺がそんなことを許すわけがないだろ。
「そうか」
「どうですか。見逃してくれますよね?」
ここで殺せば、黄泉の国に戻るかもしれない。
こいつらがアイテムを貯めこんだ上でまた復活するよりは、一旦外に出したほうが良いか。
「知らんな。お前とは取引しない。隙があれば殺す。だが、お前の言い分はわかった。そのモジャ頭も一緒に持って行って、さっさとジェノサイド・リアリティーから消えろ」
「それでいいんですよ。では、また会える日を楽しみにしてますよ」
また会える日だと。こいつ、分かって言ってんのか。
おそらく黄泉での復活は、ジェノサイド・リアリティー内で死んだ人間だけだ。
この土地から一歩出れば、俺はもうこいつに容赦する必要はない。
「次に会えば、殺す」
そう言いながら、俺は間合いを測ってジリッと近づく。
「お互いのために、そういう状況にならないことを祈ってますが、そうもいかないでしょうね。神の命を受けた私は、もう一度、この世界に理想世界を創るのだから……」
神宮寺の言葉が終わる前に、孤絶の斬撃を浴びせたが。
刃が届くまえに、その場から消え去った。
和葉も罠を踏んだのか、神宮寺が居た場所を炎球が飛び交う。
隙があれば、殺さないまでも腕の一本でも斬り取ってやろうかと思ったが、やはり神宮寺はモジャ頭ほど容易くはないか。
あいつの言葉がブラフでないなら、脱出の巻物を使ったのだろう。
ゲーム通りの効果だすると、ダンジョンの入り口だな。
俺は『遠見の水晶』で九条久美子と連絡を取った。
手短に現状を説明する。
「それじゃあ、神宮寺くんはダンジョンの入口に出たのね?」
「ハイドしたままで、神宮寺の足取りを追えるとしたら、マスター忍者の久美子だけだ」
「皆まで言わないで、いいわ。神宮寺くんを追跡すればいいのね?」
「ああ、そうだ。俺は神宮寺に勝手な真似をさせるつもりはない。追い詰めて殺す」
「神宮寺くんは甘くないから、当然警戒してるでしょうけど。できる限りやってみる」
「久美子。あいつらの持ってるアイテムは、まだ未知数の部分もある」
「わかってるつもりよ。隙があれば、私が神宮寺くんを殺っちゃっても」
「それがわかってないから言ってる。十分に気をつけて、追跡の際は距離をしっかりと取れ。場合によっては、アリアドネと連携しろ。何かあれば……いや、何かなくても俺に定時連絡はするんだ」
久美子に仕事をさせる以上、その安否は俺の責任だ。
そこまで高い戦闘力を手に入れられたとは思わないが、用心するに越したことはない。
神宮寺が何をほざこうと、あいつらの存在は敵以外の何者でもない。
動きを捕捉して、次までに黄泉産のアイテム対策を整えて仕留める。
「さてと……」
俺は『遠見の水晶』を起動させる。
「……七海か。そっちに古屋はいるな?」
ジェノサイド・リアリティーにおける死後の世界、黄泉で何が起こったのか。
まずはその情報収集から始めよう。
次回5/29(日)、更新予定です。