114.庭園防衛
「和葉、無事か」
「えっ、無事ってどういうこと?」
切り拓いた森の畑で、土を耕している和葉。
見えるところに居てくれて安心した。
「敵が来るかもしれない。神宮寺と、御鏡竜二が蘇って」
「えっ、御鏡くん?」
和葉の顔が曇った。
そういえば、御鏡と同じクラスでストーカーされてたんだっけ。
いきなり敵と言われても対応できないだろうが、和葉は俺が守るから対応する必要はない。
嫌悪感があるなら、警告には効果がある。
「いきなりテレポートで飛び込んでくるかもしれないんだ」
「テレポート?」
そう言っても、まったく事情がわからないよな。
警戒していた俺達ですら想定を超える事態だ。
「説明してる暇はない。とにかく、どこから来るか分からないから俺の側にいろ」
「じゃあ、罠を発動させようか」
「罠?」
「うん、入り口付近には多く作ってあるよ」
「そんなものを作っていたのか」
そういえば暇に飽かせて、いろいろ工作していたとは言ってたな。
使えるものがあるなら、全部使っていこう。
「どこから来るか分らないならちょっと効果薄いかもしれないけど。私も誰が来るか分からないと思って、怖くて作ったのがあるからちょっと待ってね」
和葉が、入り口付近の壁に立て掛けられたボタンをポチポチと押していく。
ジェノサイド・リアリティーには、この手のスイッチで起動する罠が仕掛けられていることが多いが、MMO版でもせいぜい家を建てられてハウスメイキングできるぐらいで、罠創造スキルなど存在しない。
工作スキルの派生なんだろうか。
ダンジョンの罠を自分で製作できるなんてスキルは、想定を超えている。
なるほど、これならいけるかもな。
俺の想定を超えているということは、御鏡や神宮寺も思いもよらない攻撃となる。
「何の罠なんだ?」
「魔法がでたりとか刃物がでたりとか、いろいろ……。小屋の倉庫を探してたら設置用の道具があったの」
「ふうん」
ジェノサイド・リアリティーの破壊不可能な罠を自在に操れるなら強力な武器になるかもしれない。
守るという面では有効に思える。任せてみよう。
この『庭園』は、ジェノサイド・リアリティーのシステムチェック用の隠し部屋だ。
ここで延々と繰り返すうちに、マスタークラスに成長した和葉を見てもわかるように、存在自体がチートに近い。
畑に植えた作物も、森に生えている木々も、植えれば三日で生い茂るという異常な環境。
工作関係のスキルについても異常発達している。実験するうちに、システムになかったようなスキルが付いても不思議はない。
「私の周りに居れば大丈夫だから、絶対に私から離れないでね」
和葉は、罠のボタンを起動させながら、真剣な面持ちで俺の前に立つ。
いや、俺が守ると言ってるのに、立場逆転してないか。
「まあいいか、じゃあ守りは頼むぞ」
俺は『遠見の水晶』を取り出して、黛京華と連絡を取ろうとした。
あっちに神宮寺達がそのまま向かう可能性も高い。
しかし、取り出したとたんに、先に久美子の声が聞こえた。
これ一対一でしか会話できないのが難点だな。
「ワタルくん! こっちは配置完了したけどエレベーターがまだ来てないの。スピードを考えて先回り出来たと思うし、エレベーターの箱がこっちに来ていない以上、途中階のどこかだわ」
「わかった。こっちは庭園で待ち構えているから心配するな」
久美子が連絡してきた意味。
つまり、エレベーターは地下四階で止まって、和葉の身柄を狙って来ている可能性が高いということ。
いまごろランダムテレポートしまくって、こっちに来ることを狙っている可能性が高いな。
さっきはしてやられたが、ようやくこっちも先手を打てたことに俺はほくそ笑む。
さてと京華とも連絡。
「黛、緊急事態だ。そっちに敵が行く可能性もある」
「……どうすればいい?」
京華は物分りが早いな。
あえて、敵とだけ言っておく。
俺は京華を信用したわけじゃない。
相手が神宮寺と知れば、裏切るかもしれないぐらいには疑っている。
そう京華に言えば、「私は神宮寺司に殺されかかっているのでそれはない」と答えるだろう。
だが、利益でどうとでも転ぶ女だから、裏切る可能性は否定できない。接触させないほうがいい。
「街の全体が見える位置があるだろう。そこにいろ」
「街役場の展望所ね。そこに二人を連れて行けばいいのね」
「そうだ、何もするな。木崎晶にも何もさせるなよ。街だから何もできないだろうが、敵は未知数の攻撃法を持っている。不用意に接触すると、殺られる危険がある。お前らは自分の安全だけ考えて隠れていればいい」
「わかった。お金をもらった分は上手くやるわ」
木崎だけだと張り切って、何をしでかすかわからないからな。
やる気があるのはいいんだが、あいつは一人では危なっかしい。
命の危険があると言っておけば、京華の性格なら隠れたまま表にはでないだろう。
二人を組ませたのは、正解だったかもしれん。
ともかく敵がこっちに来るとしたらあまり時間はない。
俺は、通信を切る。
これであとは、やってくるモジャ頭達を待受ければいい。
そう思っていたら、和葉が妙なことを言い出した。
「ねえ、真城くんはハイドしておいたほうが良くないかな」
「んっ、なんでだ?」
「私一人でいると思わせたほうが、敵が油断して罠に掛かりやすいと思うの」
「そうか、そうしてみよう」
守りは和葉に任せたから指示には従う。
どうやら和葉は、自分を囮にして、モジャ頭達を罠に掛けるつもりか。
これほど真剣な面持ちの和葉を、初めて見た。
俺のランクは最終まで極まっているから、おそらく俺のハイドは敵には見破られないはずだ。
すると、俺が姿を消したと同時に、森のほうから素っ頓狂な声が聞こえてきた。
どうやらランダムテレポートで、こっちにたどり着くのに成功したらしい。
「おおぅ、ここかなぁ。竜胆さーん、竜胆さーん!」
姿を現したのは、御鏡竜二だ。
歓喜の表情で駆けてきた。
「あれ、どうしたのー御鏡くん久しぶり」
和葉は、平然とした顔で受け答えする。
さっき叩き切ってやったモジャ頭の手が生えているのが気になるのだが、それ以上に和葉の役者っぷりが怖い。
「ああっ、会いたかった竜胆さーん!」
喜色満面で、無防備に和葉に向かってまっすぐ駆け寄ってくるモジャ頭は、床にある罠のスイッチをモロに踏んだ。
カチッ、ザクッ、そして情けない悲鳴。
「あんぎゃあぁぁ!」
床から飛び出した無数の刃に、串刺しにされる御鏡。
アンデッド化しているはずの御鏡は、もちろんその程度では死なないのだが。
「ごめんね、御鏡くん」
和葉は謝りの言葉を述べながら、足元の床のスイッチを踏んだ。
そうすると、壁から現れた発射口から、無数の炎球が御鏡に向かって飛ぶ。
「ぎゃあああぁぁ!」
御鏡は、炎球に身体を焼かれて、プスプスと音を立てて丸焦げになる。
威力は中級クラスなので、死ぬほどの威力ではないと思うが。
「ごめんね」
和葉はそう言いながら、何度も床のスイッチを踏み続けた。
その度に、炎球が飛び出して、モジャ頭を焼き尽くす。
「いだいっ、いだいっ」
「ごめんね」
「そうだ、テレポートで」
「ごめんね」
モジャ頭が取り出そうとした巻物は、連続の炎で焼き尽くされてしまう。
そうかあれがテレポートアイテムか。使われる前に、巻物を焼いちゃえばいいんだな。
「やべでぇ、和葉さんもうやべぇ!」
「ごめんね」
「ぐああぁぁ! あずあず……」
「ごめんね」
罠って怖い。
罠を踏み続ける和葉の容赦のなさがもっと怖い。
マナ関係なく、無限に繰り返される炎球の攻撃に喚いていた御鏡であったが、次第にその動きは緩慢になっていく。
「ぎょえ……」
そんなヒキガエルが潰れるような断末魔を最後に、黒焦げに焼き尽くされた御鏡は動かなくなった。
身体からはジュージューと焦げた音と煙があがっている。モジャ頭の姿焼き。
「真城くん、終わったよ」
「そのようだな……」
……あれ、モジャ頭。これ本当に死んじゃったのか?
次回5/22(日)、更新予定です。