112.七海達の到着
たいして留守にした覚えもないのだが、ここの風呂も久しぶりな気がする。
「ほんと、平然と脱ぐのな」
「タオル巻いてるんだし、ワタルくんが気にしすぎなのよ」
確かに久美子と和葉はタオル巻いてるけど、巻いてない巨乳ウサギが一人いるぞ。
「なんで夫婦なのに肌を隠さないといけないんデス?」
「ウッサーはそこから理解できないのか」
「ウッサーさんは、泡風呂に沈めちゃえば真城くんも安心ですね」
和葉が、怖いことをいいながらウッサーを捕まえた。
「嫌デスよ。ワタシは、これから旦那様と夫婦の営みデス!」
「もうご飯作ってあげないわよ」
その声に、逃げようとしたウッサーの動きが止まる。
そこを和葉は、出っ張って掴みやすい肉をムニッと後ろから羽交い絞めにした。
「和葉、強くなったデスね……」
「おかげさまで、鍛えられましたからね」
ウッサーを捕まえた和葉は、泡がブクブクでている風呂にそのまま沈めた。
餌付けの力で脅したとはいえ、武闘家のウッサーを気迫で抑えられるとは、和葉はどこまで最強になっていくのか。
まあ助かった。
泡風呂に沈めてしまえば、ウッサーの肌も見えないからな。
もちろん見なきゃいいんだが、視線の端でもチラチラ肌色が見えると気が散って仕方がないのだ。
これでゆっくりできる。
「しかし、和葉。泡風呂なんてよく作ったな」
電気がないから、マナを動力に使っているのだろうか。
「あーこれ、あっちの滝に水車があるでしょう。そこから動力を引っ張って、お風呂に付属させたポンプで流れの圧力差を作って泡を発生させてます」
「なるほど、よくわからん。でっかい歯車が回ってるのは見えるが……」
そういう知識は、建築スキルが貯まると勝手に付くのか。
とりあえず、泡が盛んに吹き出してちゃんと泡風呂になってるからすごいなと思うだけだが。
「うわぁぁ、これ気持ちいいデス!」
「そりゃ良かったなウッサー、もっとちゃんと浸かっとけ」
俺はウッサーの頭を押さえつける。
コイツの身体、なぜかお湯にすぐ浮くんだよな。下から泡が出てるから余計なのかもしれない。
背は小さいし、やたら胸だけはデカイし、長い耳が生えてるし。
コイツは十五歳だからもう大きくならないんだろうな。
「なんデスか、旦那様。ため息ついてなんかその悲しそうな顔、見るならもっといやらしい眼で見てくださいデスよ」
「アホか」
ウッサーに構っていても仕方がない。
さっさと身体を洗ってしまおうと洗い場に行く。
「あの、お背中お流ししましょうか」
和葉が木桶を持ってなんか言ってる。
「遠慮しとく」
「えー、じゃあ背中流してください」
あれ、命令形?
「いや……」
「一緒にお風呂入りたいって言ったのに……」
まだ続いてるのかよそれ。
「はぁ、わかったよ」
「じゃあ、すみませんけどお願いします」
そう言って身体に巻いていたバスタオルを解いて、艶めかしい背を見せる姿に不覚にもゾクッとする。
あっけらかんと裸になるウッサーには全くない色気が、和葉にはある。
スポンジを石鹸で泡立てて、背中を優しく摩る。
吸い付くような手触り。
「じゃあ、私はワタルくんの背中を洗ってあげようかしら」
「いらないって言ってるだろ」
「あら、私だって手伝ったのに。じゃあこの場で脱ぐから」
「わかったよ。勝手にしろ」
嬉々として、俺の背中を洗い始める久美子。
ふざけんなと思うが、そこまで拒絶する気はなかった。
ここは久美子も絡めたほうが、和葉と二人だけで絡んでるよりは良いような気もする。
どうもな。
和葉に手を出すというのは、七海に悪い気がするんだよな。
それを言うと、和葉は七海のことは関係ないと怒るんだろうけど。
いまだに、七海は和葉を諦めてはないんだしな……。
気持ちよさそうに背中を洗われている和葉は、ただじっとしているだけなのになんか。
うーん。
「ワタルくんの背中、たくましくて素敵……」
「そりゃ、あれだけ鍛錬すれば筋肉も付くだろ」
スポンジを使えよ。手で直接こするな。
だいたい筋肉ならお前も付いてるだろと言い返したくなるが、さすがに俺も女子にそれは言わないぐらいの分別はある。
「ワタルくん、脇腹こすってもくすぐったくないのね」
「そこも鍛えてるからな」
俺が無反応なのが気に障ったのか、やたら脇をこそぐってくる久美子だが。
それぐらいで笑うかよ。
「鍛えてるのは、くすぐったいのとあんまり関係ないんじゃ?」
「ほら、いつまで洗ってんだよ」
「やだーもっとやる」
「うわ抱きつくな、もう終わりだ!」
正直、久美子ぐらいふざけてくれたほうが気が紛れる。
なんで和葉は、何も言わないんだろ。そう思ったら、タオルを前に当てて和葉は一言だけつぶやく。
「ありがとう真城くん」
「ああ……」
妙な色気を醸しだす和葉の背中の泡を流して、さっさと自分の身体もちゃっちゃと洗ってしまう。
気まずい時間が終わると、あとは風呂に浸かるだけだ。
「せっかくだから、泡風呂にも入っとくか」
「真城くんのために作ったので、ぜひ!」
和葉もそう勧めてくれるので、入ることにした。
「おお、これはいい……うおぉ!」
背中がなんかヌルッとして、思わず悲鳴をあげてしまった。
「旦那様ー!」
「なにかと思ったわ。お前まだ入ってたのか!」
後ろからウッサーが忍び寄っていたのだ。
どうやら、泡風呂のなかでずっと潜水してたらしい。
そこまでのアホがいるとは思ってなかったので、油断してた。
「さあ、色仕掛けしマスよ」
「うわ! ふざけんなよ」
ドンッと背中を強く押されて、思わず前に押し出された。
今の手じゃなくて胸でやったのか?
お前のおっぱいは、何かの武器なのか。
色仕掛けじゃなくて、ただの肉弾戦になってる。
「そろそろ旦那様も諦めて子作りしましょうデス」
「しねーよ」
だから、背中にこすりつけるって言ってんだろ。
湯船で絡んでくるのに手を出したら、下手すると寝技に持ち込まれる。ウッサーの思う壺だ。
俺は、ウッサーの額に素早くデコピンをかました。
そのまま仰向けに吹き飛んで、泡風呂に沈むウッサー。どうだ!
「うー。でも、国だって手に入るわけデスし、そろそろ子作りタイムデスよー」
「何が子作りだ。百年早いんだよ」
俺達の会話に耳をそばだてていたらしい、和葉が聞いてくる。
「国って?」
「気になりますか和葉。では特別に教えてあげましょうデス。なんと旦那様は、王様になられるのデス!」
我が事のように得意げに言うウッサー。
「えー、真城くんが王様なんだ。じゃあ私、お妃様になれるの?」
「本気デスか、和葉……」
ウッサーが、ちょっとタジタジと語尾を濁した。
俺も、今のは引いた。
和葉の横で泡風呂に浸かっている久美子が、冷静に言う。
「ウッサー、和葉さんを舐めちゃダメよ」
「そうみたいデスね……」
俺らが全力で引いていると、和葉が申し訳なさそうに肩を落として言う。
「あの、一応冗談だったんですけど」
今の声のトーンは、ぜんぜん洒落には聞こえなかったけど……。
まあ、ヘタに突っ込んでもあれなのでスルーしておこう。
とにかく、ちゃんとその気はないって言っておかないとな。
「まあいいや。よく聞けお前ら、俺は誰とも子作りなんかしないからな。今はそれどころじゃないって、何百回言ったらわかるんだ!」
何百回はさすがに言ってないが、こいつら弛みすぎだろ。
ジェノサイド・リアリティーの死亡者を生き返らせるって話は興味なしか、お前ら!
俺がちゃんと宣言してやってるのに、三人はまだごちゃごちゃと話している。
「王様なら一夫多妻制でもいいデスから、料理作ってもらわないといけないデスし、和葉なら認めてもいいデスよ。けど、正妻は私デスよ」
「やった!」
「あら、それって私も一枚噛める?」
おいお前ら、俺の話を聞けよ。
「久美子も、第三夫人なら辛うじて認めてやっても良いデス」
「それでもいいわね」
何を三人で勝手に盛り上がってやがる。
ウッサーは、何の権限があって許可だしてるんだよ。
俺はハーレムなんてやらねえって言ってるだろ!
女どもが結託すると、ほんとにろくなことがない。
※※※
しばらく、『庭園』で和葉の至れり尽くせりのもてなしを受けて休息していると『遠見の水晶』に連絡が入った。
「……真城くん、真城くん!」
「なんだ、黛か」
地上の街の黛京華からだった。
「なんだじゃないわよ。もう、やっと出た。なんで電話でないの」
「『遠見の水晶』は電話じゃないだろ。まあ、風呂に入ってたりいろいろな。連絡があるのはもっと後かと思ってたんだ」
「七海副会長達が街に到着したわよ。私が出て行ったら、微妙な空気なんだけど……」
「そうか、すぐ上がっていく」
さっさと通信を切る。
二日はかかると思ったが。一日ぐらいか、行きよりもだいぶと来るのが早い。
七海達もこの世界に慣れたんだろうか。
ともかく、これからいよいよ『生命のコイン』が使えるかどうか試すのだ。
久美子と、ウッサーは行くとして……。
「和葉はどうする?」
「七海くんが居るんでしょう。私は遠慮しておく」
「そうか、分かった」
まだ和葉は、わだかまりがあるのか。
無理に会わせるとまた爆発するかもしれないし、しばらく置いておこう。
料理や農業などに高いチートスキルを発揮しだしている和葉と、集団を統括する能力を持った七海が組めば、領地の運営は容易になると思うのだが。
本人の気が進まないものはしょうがない。
「久美子、ウッサー。和葉が行かないそうだから、『アリアドネの毛糸』で行くぞ」
「分かったわ」「了解デス」
地上の街に転移で飛ぶと、七海達の一行がちゃんと街についていた。
かなり急いできたらしい。
そして、憮然とした顔で立っている京華と妙に距離がある。
まあ裏切り者扱いで嫌われてるからな。
「ご苦労様だ」
「あの……」
七海は何か言いかけたが、俺の顔を見て押し黙った。
どうせ和葉のことだ。
ハッキリと言わないのは、七海も和葉はまだ無理だと悟ったんだろう。
こんな時しか機会がないのに、申し訳ないがまだ無理だった。
ここで、いちいち俺から何か言うべきじゃないと思う。
気持ちを切り替えていく。
「さあ、生き返らせに行こうぜ」
そういう俺に、七海達についてきたリスが小さい手を上げた。
「あの、私もついてっていいですか」
一応行き先はダンジョンの中だから、戦闘力皆無のリスを連れて行くわけにもいかない。
「リスはこの街で待ってろ。そうだな、京華が面倒見てくれるか?」
「フフッ、いいわよ。子供の世話ぐらいアフターサービスでやってあげる」
「そうかじゃあ任せた」
何がアフターなのか知らないが、追加料金を取らないのは良心的だ。
なんか木崎晶が突っかかってくる。
「そんな裏切り者に任せて大丈夫なの?」
「京華は、俺が金を払ってるうちは働くだろ」
「だって……そいつは真城を裏切った女だ。そんな女を信じるなんて!」
別に京華を信用してるわけじゃないんだけどな。
裏切ってもいいようには考えているし、使える者は使うというだけだ。
「あら木崎さん、そいつ呼ばわり?」
また無駄に険悪な空気が流れる。
「お前ら喧嘩すんなって言ってんだろ。あーもう、だったら、木崎。お前、京華と一緒に街に残れ」
「……いいよ。私がリスちゃんを守る」
「そうか、だったら任せる。蘇生の際に何が起こるか分からないから備えておきたいが、街にも動ける人間が複数いたほうがいいように思うからな」
「そうか。じゃあ、街の守りは私に任せといて!」
木崎は、得意げな顔をしている。
街のほうが安全だから、何が起こるか分からない蘇生現場に居合わせないほうがいいってことなんだけどな。
どうやら木崎は道中で、リスとも仲良くなったみたいだから任せておくか。
リスも京華みたいな知らない女と二人っきりよりはいいだろう。
なんか、今度は京華がふてくされている。
「ふーん、私は子供の面倒みなくていいなら楽でいいんですけどね」
仕事が楽になるなら喜べよ。ほんと女どもはめんどくせえな。
京華がちゃんと仕事するように、適当に励ましておく。
「黛もしっかりやれ。『遠見の水晶』を持ってるのは、お前なんだから頼むぞ」
「はーい、もしものときの連絡役はちゃんとします」
「分かってるならいい」
さていよいよだ。
俺と七海達は、ダンジョンのエレベーターで地下二十階に向かった。
次回5/8(日)、更新予定です。