108.祭祀王の前に
最上級の炎球を叩き込んだ。
城の奥からやってきていた兵士の一団は、悲鳴を上げることすら出来ずに消し炭に変わる。
「城の中で、こんな攻撃ッ! もう無茶苦茶ニャー!」
声も上げずに死んでいった兵士達の代わりに。
腰にまとわりついている猫忍者が悲鳴を上げる。
最上級クラスの攻撃魔法は伊達ではない。
直撃すれば硬い岩盤すら溶けて崩れるほどの威力だ。全てが焼き尽くされてしまう。
しかし、無茶な攻撃と言えば、吊り天井を使ったニャルに言われたくないもんだな。
いちいち雑魚兵士を相手にするのは面倒だから、ここはさっさと行かせてもらう。
また敵がわらわらと湧いてきたので、即座に次の攻撃。
こいつらの戦術は密集陣形のようだが、強力な魔法があれば集まれば集まるほど倒すのは容易い。
「最上級 炎 飛翔!」
「アギャー! もうやめるニャー!」
「やめてほしけりゃ、最初からかかってこなきゃいい」
「もうやめて、お願いしますからやめてくださいニャー!」
「いや、だから兵士にかかってくるのをやめさせろよ」
「お前らでは、無理ニャー! もういいからみんな逃げるニャー!」
ニャルの地位がこの城でどのくらいなのかは知らないが、城の兵士達はそう言っても聞かないらしい。
力の差を見せつけてやっても、まだかかってくる大柄な熊人の兵士の身体を、俺は孤絶で真っ二つに切り捨てた。
「お前も、死にたくなきゃ下がれ。邪魔なんだよ」
「ダメニャ! 我にも上忍としての意地と誇りがあるニャ! 斬りたきゃ斬ればいい、絶対にこの手を離さないニャー!」
お前に纏わりつかれても、何の歯止めにもなってないんだけど。
どうやら、ニャルはもうこの先に祭祀王がいるということを隠さなくなったらしい。
俺を止めようと必死で、それどころではないようだ。
前からだけではなく、後ろの通路からもわらわらと集まってくる兵士の一団に向けて、俺はもう一度、最上級の炎球を叩き込んだ。
紅蓮の炎に敵は焼き尽くされるが、その中を叫び声をあげながら駆け抜けて、俺の下まで斬りかかる敵もいる。
「うおおぉぉ!」
炎球の合間をぬって、突っ込んで来られたか。
この魔法は威力は激烈だが、飛び方は単調。
攻撃の間を読める武人であれば、避けることもできよう。
しかし、全てを焼き尽くす炎の前に身を晒して突撃するのは勇猛といえる。
「相手をしてやる!」
ランクの差がありすぎるから、突撃してきても俺の孤絶を前に叩き伏せられるだけだが、もののふを相手にするのは楽しいものだ。
ハルバードを振り下ろしてくる敵を、俺はその勇気に敬意を払って、全力で斬り伏せてやる。
「我らは! 我らは陛下の近衛なのだ。行かせぬ!」
「そうかよ。ニャル。お前はいい加減邪魔だから、どいてろ」
「フギャー!」
俺は腰に張り付いている猫忍者を掴むと、思いっきり敵に向かって投げつけた。
人間魚雷で敵の意表を突き、下段から斬り上げる。一気に二人!
「ぐあぁぁ!」
「勇気は買うが、踏み込みが浅い。こんな戦技では、俺はとめられんぞ」
こっちはもう力ずくでまかり通るだけだ。
斬り上げた刀を切り返して、熊人近衛兵の持つハルバートごと斬り伏せる。
久しぶりに、生の殺気をぶつけ合う戦闘だ。
しばし、罠があるかもしれないという疑いも忘れて、俺は戦闘に没頭した。
これでもジェノサイド・リアリティーに比べれば格段にヌルいが。
近衛を名乗るだけあって、小細工なしで斬り込んでくる熊人兵士達はみんな気骨がある。
「この、化け物め!」
「フハハッ、どうした。もう終わりか。近衛の誇りとはこんなものか?」
そう挑発してやったものの、この城の近衛兵の勇気には感心している。
次々と斬り伏せられても、なおも捨て身でかかってくる。
ちょっと形勢が不利になれば逃げるような、これまでの雑兵とはワケが違う。
これは気持ちがいい戦いだった。
「これでも喰らうニャー!」
四人がかりで、斬りかかってくる近衛兵の攻撃を躱しながら、斬り伏せるていると。
後ろからニャルが煙玉を投げてきた。
ボンッと音を立てて、目の前で煙が広がる。バカだなこいつ。
俺は敵の気配が読めるようになっているから、目潰しなんか意味が無い。
「ギャアッ!」「ぐあっ!」
一振りで、目の前の兵士を二人一気に斬り飛ばした。
俺には通用しない目つぶしで、熊人近衛兵達の動きが悪くなった。
ニャルなりに支援してるつもりなのだろうが、むしろこの煙幕は味方を妨害しているようなものだ。
相変わらず、この猫忍者はマヌケである。
久々の殺気のぶつけあいは楽しかったが、無限に湧いてきそうな熊人近衛兵の全部を相手にしている時間はない。
そろそろ斬り合いにも飽きたので、煙が撒き散らされたのを幸いに斬り抜けることにした。
この先が、このカーンの城の最奥だ。
王の間である。
その大広間に一気に駆け込んで、俺は思わず足を止めた。
「なんだこいつ……」
巨大な玉座に、見上げるほど大きな巨人が座っていた。
その身長は、十メートルもあろうか。もはや人間ではない大きさだ。
一瞬、大仏の置物かと思った。しかし置物ではない、黒い毛むくじゃらの熊男は生きている。
そいつは、巨大なサイドテーブルに載せられた牛の肉の丸焼きを、ムシャムシャと食べ続けていた。
でっぷりと肥え太ったふくよかな巨大な熊の大男は、ドンと巨大な玉座の肘掛けを叩いた。
それだけで、大気が震える。
「騒がしい」
熊のくせに巨大な豚のように肥え太った巨人の声はデカく妙に響く。
王の間がそういう構造なのか、この巨人の声がでかすぎるのか、ハウリングしたように不愉快な音に聞こえる。
「うるせえ……」
耳にピリピリくる威圧的な声だ。騒がしいのはお前のほうだと思う。
気がつくと、俺を追ってきた近衛兵達は、みんな平伏していた。
俺は、王の間の高い天井を見上げる。
暗い城だと思っていたが、王の間は明るい。
天井には豪奢なステンドグラスが嵌めこまれて、玉座を照らすように天からの光が降り注いでいる。
それだけ見れば、まるで大聖堂のようでもある。
どうやらこの大きな城は、この巨体の祭祀王のサイズに合わせて設計されているようだ。
これだけ図体がデカい巨人では、これぐらいデカイ城が生活空間として必要なのだろう。
もちろんこいつが祭祀王であろうと思うが。
念のために、携帯用の神託板で相手のステータスを確認する。
『ゴルディオイ・ダカーン・カーン 年齢:二千歳 職業:祭祀王 戦士ランク:上級師範 軽業師ランク:上級師範 僧侶ランク:最上級師範 魔術師ランク:最上級師範』
二千歳!?
途方も無い年齢である。
一瞬、神託板の故障かと思ったが、ここは異世界だ。
この異様に巨大な図体を見れば、そういうこともあるかと思っておくか。
同じ人間と考えず、モンスターの類だと思ったほうがいい。
ランク的にも相当強い。俺ほどではないが、さすがは種族最高位に君臨する存在だ。
神託板がそこらに転がってる世界だから、俺の力も向こうには知れてると思ったほうがいい。
ランク的には、最終まで達している俺のほうが上だ。
それなのに余裕で待ち構えている。なにか対処法があるのか……。
相手の手の内や、祭祀王の職業補正がどの程度か分からない以上、警戒はすべきだろう。
「お前が、ジェノサイド・リアリティーの覇者、真城ワタルか」
「そういうお前が、熊人の祭祀王だな」
「余はバクベアード族の祭祀王にして、このカーンの統治者ゴルディオイである。お前はどうやら、人の名前を覚えるのが苦手のようだな?」
確かに、俺はゴルディオイの名を覚えていなかった。
俺の心を見透かしたようなことを言う。
「……これから倒す男の名前を覚える必要はあるまい?」
「余の神聖な城を土足で踏み荒らし、余を倒すと申すか、この不埒者が!」
肥え太った祭祀王ゴルディオイに、恭しく仕える女官達が山盛りになった牛の丸焼きの皿を交換した。
新しい牛の丸焼きを無造作に掴んで、齧り付く。
床にまき散らされる肉汁が汚らしい。
俺を目の前にしても、まだ食べるのを止めないとはいい度胸だ。
後ろを探ると、祭祀王を慮ってか兵士達は攻撃を仕掛けてくることはないが、その数はどんどん増えている。
雑魚がどれほど増えても大したことはないが、前後に挟まれる形になっているのは気になる。
さっさと殺ってしまおうかとも思ったが。
一応こちらを攻撃してきた理由だけは聞いておくべきとも考えて、水を向けてみることにする。
「元はと言えばお前が、俺達を殺そうとしてきたんだろうが祭祀王ゴルディオイ」
「それは違うな」
「何が違う!」
「余らを脅かしているのは、お前のほうだ。ジェノサイド・リアリティーの覇者、真城ワタルよ」
「脅かす?」
「創聖神は申された。世界を変革するそなたの導きに従い世を再生せよと」
あの神は、祭祀王にそんなことを言ったのか。
俺はそんなことをするつもりはないと言ってるのに、まあそれはいい。
「……なんでそれがお前達を脅かすことになる?」
「分らぬか。この大地の支配は、我々各種族の祭祀王の役割だったのだぞ?」
そう聞いて、俺にもピンときた。
「そうか、その俺に従って世の中を変革しろって神のお告げは、旧支配者たるお前ら祭祀王には邪魔なんだな!」
「……全ての祭祀王がそう考えるわけではないだろうが、余にとってはそうだな」
「なるほどな」
「余の領地の足元を騒がせるその方らの不遜な行動は、甚だしく不愉快であった。面倒な奴が現れたものよ」
「それなら分かる。お前が支配者であるために、俺達は生きていては都合が悪いわけだ」
「分かったなら大人しく殺されるがよい。こちらにはお前達のせいで、世界にゾンビが溢れてしまったというおあつらえ向きの大義名分もあるのだからな」
「それをほったらかしにして、戦に明け暮れている為政者がよく言うものだ」
「なんとでも言うがいい。お前には、ここで死んでもらう!」
おしゃべりの時間は終わったようだ。
祭祀王ゴルディオイは、立てかけてある巨大な錫杖を掴むと、呪文を詠唱しだした。
「最終 放散……」
――いきなり最終クラスか!
全身の毛が総毛立った俺は、とっさに祭祀王に合わせて同じ魔法の詠唱を唱えだした。
次回4/10(日)、更新予定です。