107.カーンの都侵入
さて、だんだんと高い石造りの街壁が見えてきた。
都と名乗るだけあって、なかなかの大きさの大都市である。
街を囲む高い街壁もさることながら、街の中央の丘に建てられた城はまるで中世の山城のようだ。
ジェノサイド・リアリティーのMMOバージョンのときも、同じ名前の大きな街と城があって。
俺は何度かそこに行ったことがあるのだが、当然ながらそのときの感じとはまったく別物であった。
しかし、街の地理的な地図がだいたい分かってるだけでも、戸惑いがない。
「さてと、わざわざ正面から行くことはないか」
街の大門の検問を見れば、警備が厳重そうだ。
いつもなら中央突破でもいいのだけど、今回はなるべく速攻で済ませたいので『減術師の外套』をまとって隠密状態に入った。
「熱量 炎 電光」
警備の薄そうな街壁の横っ面を、魔闘術の蹴りで一気に跳び越える。
「ザルだな」
ヒョイッと跳び越えて街の中に入ったが、すぐ近くを衛兵が歩いていても、俺の姿に気がつかない。
跳躍している間は、さすがにハイドも解けてるので見咎められることも考えて警戒したが杞憂だったようだ。
首都の警備が、こんなにゆるゆるでいいのかね。
さっさと進む。隠密スキルがあると、軍隊とかいくら居ても意味ないね。
このレベルの都市にしては、街の住人はあまり見かけない。
市場も閉じていて、扉も固く閉ざされている。厳戒令ってやつか。
ゾンビ事件やら、戦争やらで街に出歩くのを避けるのはよく分かる。
今こっちの軍隊が、この街にも攻めこむかもしれないって話だからそれは良いのだが。
街を見まわっている衛兵すら少ないように見えるのはどうしてだろう。
戦闘に負けたとはいえ、多数の兵がこの都に向かって戻っていったはずなのだが。
もしかすると、アリアドネ達が各地で蜂起を起こすというのを本当にやって。
そのせいで、外に出払っているのだろうか。
「まあ、なんにせよ好都合だ」
閑散とした石畳の上を走っていて、ここが敵の本拠地だろうという山城にたどり着いた。
もちろん、今回は面倒事を避ける方針であるので、正面からではなく後背の崖から登っていく。
「四、五メートルってとこか」
切り立った崖だからか、まったく警戒されていない。
あの上忍のニャルとかいうのでも、これぐらいなら越えられそうなのに、不用心なことだ。
同レベルの敵がいるということすら想定してないのだろうか。
魔闘術すら使うことなく、ひょいひょいと登っていく。
到着っと……ととと。
崖の上にくると、いきなり忍者が複数いた。
どうやら、さっきの猫忍者のような連中が、城の守りにも駆りだされているらしい。
さすがに城に接すると警備がいるわけか。
しかし、本職の忍者のくせに、侍である俺のハイドに気がつかないとか間抜けである。
いや、あんまり敵を侮りすぎるのもよくないか。
「ちょっと慎重に行くか……」
あんまりあっけないので、むしろ致死的な罠を警戒して進む。
俺はほとんど無敵ではあるが、危険がないわけではない。
物理的に生物にとって致命的な攻撃を喰らったらそれまでなので、それだけは用心しなければならない。
俺にはジェノサイド・リアリティーMMO版の知識もある。
カーンの城にも、即死レベルの強力な罠があったはずだ。
蘇生という要素ができたせいか、そこら辺の設計はさらに厳しくなっている。
人が作る罠なのだから、用心すれば避けられるとは思うけど。
「本当に死んだら、死んだ時のことだが」
俺が死んだら、誰かが俺を蘇生するのだろうかとふと思った。
そんなことは期待しないのだが、お人好しの七海あたりは、俺が死んだのを知れば生き返らせようとするかもしれない。
どっちにしろ瀬木を生き返らせてやるまで、俺は死ぬまでにはいかない。
気を引き締めていこう。
相手は神にも通じている熊人族の祭祀王だ。
まさか、熊領主やあのへっぽこ猫忍者以下の実力というわけはあるまい。
山城の中にそっと入り込むと、壁が石のブロックで覆われた通路が続く。
窓すらない薄暗い通路を、篝火の明かりだけが照らしていた。
なんとなく、ダンジョンを思い出して気が引き締まる。
特に罠はなく、ずんずんと奥へと進む。
すると、そこで先ほどの猫忍者が待っていた。どうやら、先回りしたらしい。
このままハイドして進むこともできるが……これこそが俺が待っていた機会でもある。
知ってるやつだから、話も早いし。
敵の手のうちを暴くにはちょうどいいと、ハイドを解いた。
「出たな真城ワタル! やっぱり城に現れたニャー」
「また会ったなシャル」
「シャルじゃなくてニャルニャー! 我こそはシャルトキャット族最強の特務上忍ニャルだニャー、そこんとこちゃんと覚えとけニャ!」
「忍者のくせに名前にこだわるなよ。それより、よく俺に気づかれずに回りこんだもんだ」
鈍くさそうな奴だと思っていたが、先回りして待ち構えられたのは褒めてやってもいい。
ギリギリ及第点といったところだろう。マスター忍者として考えると、それでもマヌケすぎるが。
「ニャーハハハハッ、この城には、お前の知らない隠し通路が満載ニャー、飛んで火に入る夏の虫とはこのことニャー」
忍者のくせに腰に手を当てて高笑いって、大丈夫かこいつ。
月並みな悪党のセリフで勝ち誇るとか、どう考えても負けフラグが立っていて、いっそ哀れだ。
「……ブッ!」
篝火の薄暗い明かりでよく見えなかったが、目を凝らしてニャルの顔を見ると。
俺が顔にマジックで書いた髭、消してねえ。思わず噴いてしまった。
なんで消してないんだよ。なかなかの精神攻撃をしてくるじゃねえか。
緊迫した空気が一気に弛緩してしまった。
「お前が笑うニャー!」
「お前、なんで顔の髭を消さないんだよ」
「ウウッー、水で洗っても消えないニャー。どうやったら消えるか、我に教えてから死ぬがいいニャ!」
あっ、そうか。あれ油性ペンだったか。
「悪かったな、それ一生消えないんだわ」
「アギャァァァ!」
猫忍者は、ほっぺたを押さえて転がり回った。
オーバーなやつだな。
「うそうそ、冗談だよ。何日かしたら薄れて消えるから」
「こ、この野郎ニャー! このニャル様を弄んだこと、後悔させてやるニャ―!」
そう言うと、ニャルはピーと口笛を吹いた。
途端に、この城の裏山を固めていた忍者どもがわらわらと集まってくる。
その数は、パッと見ただけで十数人。
壁からも敵が現れたように見えたのは、隠し部屋があったということか。
前から後ろから、囲まれてしまったようだ。面白いじゃないか、これぐらいの歓迎はあってもいいだろう。
どうせ俺の隠密にすら気づかない雑魚忍者どもだから敵ではないけど。
「特務上忍様の手を煩わせるまでもありません、ここは我にお任せ下さい」
「待つニャ、一人では!」
ニャルの言うことを聞かず、紺色の頭巾をかぶった忍者が忍刀を振りかぶって俺に斬り掛かってきた。
「だから、なんで忍者なのに普通に攻撃してくるんだよ」
無謀すぎて呆れた。こいつらは全員アホなのか。
せめて忍術ぐらい使ってくれないと、面白くもなんともないぞ。
武器を使う必要すらない。
普通に殴り倒してノックアウトすると、数十人の忍者がざわめきはじめた。
「バカな!」「素手で武闘中忍を潰しただと!」
「だから言ったニャ、こいつは強敵ニャぞ! みんなで一斉に殺るニャ!」
ニャルの声を合図に、四方八方の忍者が懐から手裏剣を取り出して投げつけてきた。
なるほど、ニャル一人で下手くそな分身の術を披露するより、実際に数で押してきたほうが強い。
アホ忍者も、多少は考えたか。
「中級 放散 刻限 敏捷」
冷静に、中級のスローの魔法を唱える。
この程度にしておいたのはマナを節約するためではなく、あんまり高位の魔法を使うと遅すぎて退屈だからだ。
すでに目の前に来ている手裏剣を交わす。
一、二、三、四っと……九、十、十一、十二……十八か。
さすがに十六番目の手裏剣と、最後の手裏剣が体勢的にかわしきれなかったので小手で弾いた。
材質は単なる鋼らしく、俺の小手に傷ひとつ付かない。
「無傷だと!」「これだけの数で攻撃してるんだぞ!」
「みんな手を止めるニャ! もっと、投げるニャ!」
やれやれだ。
一度やったゲームを何度もやらされると退屈になる。
おっ、今度は一回も当たらずに全部避けられた。
隙間がないと思っても、いけるもんだな。
雨を避けようと必死になっていた子供の頃を思い出す。
今の俺なら、降ってくる雨粒さえ避けられるかもしれない。
「バカニャ!」
「特務様、これはもうあれをやるしか。我ら皆、覚悟はできております!」
そろそろ『俺の予想していたものが来るらしい』
そのつもりならば、こっちも全力で当たろうと孤絶を素早く背中から抜き放つ。
「皆の者すまんニャ。かかれ!」
また一斉に斬り掛かってくる。
確かに、十八名の忍者が一遍に斬り込んでくれば、俺も本気を出さざるを得ない。
んっ、十八名?
他の忍者を、飛びかからせたニャルは壁に消えた。
おそらく隠し通路というやつに逃げ込んだに違いない。
そして、それを合図に天井が一気に落ちてきた。
吊り天井の罠だったのだ。
俺もろとも、飛びかかってきた忍者達は落ちてきた岩の壁に押し潰された。
なるほど、敵を足止めして一緒に殺すための、捨て身の攻撃というわけだったか。
その潔さだけは、忍者らしい最後だと褒めてやろう。
※※※
「ニャーハハハハ、ついに敵の首領、真城ワタルを殺ったニャ。皆の者すまぬ、無駄な犠牲ではないニャぞ。お前らの家族は面倒はみてやるからニャー」
なんという長ゼリフ。
こいつ忍者のくせに、全然忍んでねえ。
「一将功成りて万骨枯るか。これなら、押し潰された忍者どものほうがよっぽど立派だったな」
「ニャハハ、これも猫忍軍が生き延びるため。上忍がために下忍が死ぬるは、末世の定めニャー」
「そりゃ、立派なことだが。結局、俺を殺れてねえしな」
「ニャー!! お前、なんで生きてるニャー!」
「いや、あんな見え見えの吊り天井で死ぬかよ。罠の位置でご丁寧に待ち構えてたら、今から罠が来ますよって教えてるようなもんだろ」
「そんニャー! 厚さ一メートルの玄武岩の塊ニャぞ!」
「そんなもん来ると分かってれば、普通に孤絶で突き破るのは簡単なんだよ」
ちょうど野太刀である孤絶の刃渡りがそれぐらいの長さなのだ。
隕鉄の硬さであれば、俺が通る穴ぐらいを岩の塊を砕いて開けるなど容易いことだった。
「我が優秀な手下を十八人も犠牲にしたのニャぞぉぉぉ!!」
「そうだな、お前みたいなバカ上司のせいで無駄死した優秀な部下が哀れだ。ハハッ、猫なのに犬死とは笑える」
ニャルの顔がグシャッと壊れて、頬を悔し涙が伝う。
うーわーと盛大に泣きじゃくりだして、その場に崩れ落ちたまま動かなくなった。
「う……うあああっ、そんニャ、バカニャことありえないニャ……」
またそれか、前から思ってたけど。
バカなーとか言う奴って、攻撃が失敗した後のことを想定してないバカだよな。
ありえるんだよ。
眼の前の現実を直視しろ。
しかし、この程度の煽りで子供のように泣きじゃくるとか、こいつ上忍のくせに打たれ弱すぎだろ。
仮にもマスター忍者を名乗るなら、もうちょっと頑張れよ。
「何やっても無駄だと分かっただろ、アホ忍者。さっさと熊人の祭祀王のところに案内して楽になれよ」
「アホじゃないニャ!」
「いや、誰がどう見てもアホだろ」
「アホと言う奴がアホニャー!」
眼を真っ赤にさせたニャルが、ちょっと本気でアホになっている。
部下を盛大に犠牲にした作戦が失敗したせいで、幼児退行しているのか。
ちょっと目付きや言動が危うい感じだ。
「小学生のガキか、お前は……」
「くっそー、こうなったらかくなる上は、これニャ!」
まだ何かあるのかと思えば。
また忍刀を取り出して喉を突き刺そうとした。
「お前、また自殺かよ!」
止めようとしたら、分身の術を使ってまで、無理にでも自害しようするので驚いた。
アホかと、本体の手を手刀で叩いて、取り落とさせた。
分身の術は俺に通じないって教えてやっただろ。
まさか自殺技で使うとは、ちょっとこっちの想定を悪い意味で超えている。
「ここまでされて、おめおめと生きてられないニャ! もはや我は死ぬしかないのニャー!」
部下を無駄死にさせたうえに、自分も無駄に死のうとする。無能の極みである。
こんな部下しかいない祭祀王に同情を禁じ得ない。
しかし、愚かな敵は、味方よりも役に立つ。こいつは、生かしておいたほうが使い道がある。
目印になるように、油性のマジックペンで額にアホって書き足してやった。
「お前は、これがお似合いだな」
「あー、またなんか書いたニャー!」
「はいはい、死ぬ死ぬアピールは分かったから、さっさとお前らの雇い主の祭祀王がどこにいるか教えろよ」
「どんな拷問をされても絶対に言わないニャ。絶対に、絶対にぃぃ!」
そう言いながら、さっきから視線をチラチラと奥に向けている。
そのために使えると思って、このアホ忍者を生かしてあるんだが、こいつの無能っぷりが役に立ち過ぎて怖い。
あまりにアホすぎる。
これが、高度な演技で、実はこっちが罠に嵌められてないか少し不安になる。
「えっと、この奥にいるんだな」
「奥じゃないニャ。フニャーハハ、残念だったニャ。実はこの城には、もう祭祀王陛下はいない。騙されたニャー」
勝ち誇った振りをしているが、額からの汗が凄いぞ。大丈夫か?
「ふーん。じゃあ、念のために奥を訪ねてみるか」
「全然構わないけど、いかないでニャー!」
アホ忍者のすがりつく手を振り払って、奥へとまっすぐに進むことにした。
すると奥から兵士がわらわらと湧いてくる。
ようやく城の警備兵が、吊り天井が作動した騒ぎに気がついたらしい。
「おのれ曲者!」「陛下のもとに近づけさせるな!」
「もう祭祀王がこの先にいるって、言ってしまってるよなこれ?」
「アギャー、お前ら黙れニャー!」
猫忍者も兵士もあまりにマヌケすぎるので、巧妙な演技ではないかという疑いも捨て切れないが、ここまでくればどっちでも構わん。
この先にまた罠が待ち受けている可能性もあるが、だいたいの敵のランクがこれで見て取れた。
この奥が玉座だから、そこにいるって推測で間違ってないだろう。
ならば、先程のように、妨害を全て力ずくで打ち破ってやれば済むだけの話。
「最上級 炎 飛翔……」
後は力押しだなと、俺は雑魚を焼き尽くす呪文の詠唱を開始した。
次回4/3(日)、更新予定です。
あと、作者の別作品、「酷幻想をアイテムチートで生き抜く 3」が
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