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ジェノサイド・リアリティー  作者: 風来山
第二部 『コンティニュー・ムンドゥス』
106/223

106.忍者がいる……。

 茂みのなかに忍者がいる。

 それはもう、忍者だった。


 紺色の頭巾を被って、コッテコテの忍び装束を身に着けている。

 もう忍者としか表現のしようのない者だった。


「異世界だよな、ここ……」


 一応、小手とか金属製の実用的な防具も身に着けているが、それも黒く塗ってある。

 おそらく、背中に括りつけてあるのは忍刀であろう。


 そもそも、こんなのリアルの忍者じゃない。

 少なくとも、現実にこんな忍者は存在しなかったであろう。漫画とかに出てくる、今にもニンニンいいそうな忍者である。


 現代日本では、観光地とかにはいそうな感じもするが。


 しかもその忍者は、こっちがすでに真ん前から覗き込んでいるのに、キメ顔でずっと潜んでいるのだ。

 俺の驚きと呆れを、想像していただきたい。


「ぜんぜん、潜めてねえし……」


 ウッサーから、敵に忍者がいると聞かされてはいたが、もうちょっとまともな密偵っぽいのを想像してたわ。

 ここがゲーム世界であったことが、久々に思い出される。


 ここまでいくと、もうリアリティーもクソもないけど。

 あっ、そうか……ゲーム風スキルの特性があったか。


 こいつ、まだハイディング出来ているつもりなのだ。

 この世界のスキルだと、明らかに見られているという状況でも、物陰などに隠れていればハイディングが解けていないというケースもある。


 もう完全に眼が合ってしまっているのに、微動だにしないで伏せているのは、まだ俺にバレてないと思っているのだ。

 よっぽどのバカか、よっぽど自分のハイディング技術に自信があるのか……おそらくその両方だろう。


 しかし、こいつマジで動かない。

 もう草むらを分け入って、目の前まで行ってやる。


 俺が、前まで来てるのにまだ動かない。

 しょうがない、ちょっと脅かしてみるか。


 俺はゆっくりと、孤絶ソリチュードを引き抜くと振りかぶって


 ――さっと、振り抜く。


 スッと青白いサムライブラストの軌跡が走った。

 周りの草を巻き込んで、バサッと頭巾だけが斬り落とされる。


 紙一重で外してやったから頭巾だけで済んだが、ここまでやっても動かないのか。

 俺が本気で斬る気だったら、首が斬り落とされているところなのに、度胸だけは大したものだ。


 んっ、こいつ熊じゃないんだな……猫?

 敵はみんな熊人だと思っていたが、違うようだ。


 しかも、見た目はまだ幼さの残る顔立ちで、少女である。

 頭巾を斬り裂いてみると、頭巾と同じような紺色の色合いの髪に、ぴょこんと紺色の猫耳が生えている。


 獣人の歳はよく分からないから、本当に少女とは限らないが。

 どうも小柄すぎるとは思っていたのだ。


 女子供が相手だと、いくら敵とはいえ殺すのも忍びない。

 まだ攻撃を受けたわけでもないし、それ以前にここまでして無視されているのがイラッと来る。


「女忍者……おい、もうバレてんだよ。ハイドは失敗してるって言ってんの」


 俺が目の前で声をかけてやっても、まったく動かない。

 じっとみていると、猫耳忍者の額から、たらっと汗がこぼれ落ちた。


 いつまで無視するつもりだ。


「いい度胸だな。そのまま黙ってるなら、こうだ」


 俺はリュックから極太のマジックペンを取り出すと、猫忍者のほっぺたにキュッキュと猫の髭を三本ずつ書いてやった。

 猫耳がついてるくせに、顔が人間の少女だから、猫の髭がないのはバランス悪いからな。


「うははっ、似あうじゃねえか。っておい、いい加減に返事をしろよ」


 ドンと肩を押してやった。


「ニャ!」


 あんまりにもベタな鳴き声で、呆れた。

 しかも、よろめいて倒れそうになったのに、まだ元の姿勢に戻って伏せようとする。


「おい、お前のハイドは解けてるって何回言ったらわかるんだよ。おーい、無視すんな!」


 肩を掴んでガタガタと揺さぶってやるが、まだ無視しやがる。

 こいつ……。


「ああもういい、今度は鎧と服をズタズタに斬るからな。裸にひん剥いてやる!」


 そう言って俺が孤絶ソリチュードを構えると、ようやく返事をした。


「辱めは、いやニャ!」


「なんだ、返事できるじゃねえか」

「……」


「って、おい! また黙るな。もうバレてるって、言ってるだろ」

「そんな……バカニャ」


 ブルブルと肩を震わせている。


「バカはお前だ」

「いかにお前がジェノサイド・リアリティーの覇者とはいえ……マスターランクの忍者のハイドを見破れるわけがないニャ」


 見破れてるから話してるんだろうが。

 言ってることが無茶苦茶だ。


 ああ、そうか。こいつもあれだな……。

 自分が強いって自負心が強すぎて、現実が認識できないタイプか。


 待てよ、こいつ今マスターランクと言ったか。

 俺は腰のポーチから、携帯用神託板を取り出す。


 相手の職業とランクを計れる、この世界では、わりとポピュラーなアイテムである。

 倉庫にあるだろうとウッサーに言われたので、探してみたら本当にあったので持ってきた。


『ニャル・アルジャン 年齢:十六歳 職業:上忍じょうにん 戦士ランク:名人アデプト 軽業師ランク:下級師範ローマスター 僧侶ランク:見習者アプレンティス 魔術師ランク:未熟者ノービス


「ほお、お前マジでマスターランク忍者じゃねえか」


 十六歳って見た目通りの年齢なんだな。

 他はともかく、この歳で下級師範ローマスターまで育てているのは立派なものだと言っていい。


 外の世界の標準ランクを考えると、ここまで経験を積むのは大変なことであろう。

 成長の遅い職業である忍者で、上忍ランクまで登ってるのもなかなかできる。


「驚くニャよ、我こそはシャルトキャット族最強の特務上忍ニャル様ニャ。アルジャンスの郷に住まう、泣く子も黙る猫忍者三千人の頂点ニャー!」


 ここにきてから、もう最強は聞き飽きたんだけど。

 最強の忍者にしては、無様なハイディングだったじゃねえか。


「それより良いのかよ、忍者がペラペラ情報を話して」


 俺がそう言ってやると、猫耳忍者は不敵な笑みを浮かべた。


「隠密行動がバレたとあっては、もはやお前を殺すか、我が死ぬかのどちらかニャ」

「ふーん。そりゃ、分かりやすくていいな」


「フフフッ、猫忍者には隠忍と陽忍に分かれる。我は、戦闘担当の陽忍のほう。クハハハッ、残念だったニャー。どうやったか知らぬが、我のハイドを不用意に解いてしまったことを地獄で後悔するニャー」


 そういうと、俺の周りを素早い速度で回り始めた。

 下級とはいえ、さすがはマスターランク。足取りも鮮やかで一切の音を立てていない。


「それって、分身の術のつもりなのか?」

「そうニャ」 「そうニャ」 「そうニャ」


 声が三重にブレて聞こえる。

 俺の周りを高速でグルグルと回っているうちに、三人に見えるようになった。


 なるほど、ペラペラくっちゃべってるのも、俺の注意を引くためか。


「そんなの、こうしたら良いだろう」


 俺が猫忍者がグルグルまわってる軌道上に孤絶ソリチュードの刀身をかざして邪魔すると。

 器用にそこを避けて分身の術を使い続ける。


 ほう、単純に円の動きだけでしか分身出来ないってわけでもないのか。

 本当に三人いるみたいな攻撃なんだな。


「それでは、終わりニャ」 「さようならニャ」 「殺すニャー!」


「はい、そこ」


 俺は、三方から忍刀で斬りかかってくると見えた一方の猫忍者の腕を掴んだ。

 猫忍者は、慌てて逃げようとするが離さないでいると、途端に残り二体の残像が掻き消える。


「なっ、なぜに本体が分かったニャー!」

「さあ、知らんよ」


 しいて言えば、普通に勘だ。

 確かに、この猫忍者の分身の術は見事ではあった。


 こっちに斬りこんで来る時すらも、殺気をまったく感じさせないぐらいに気配を消せている。

 そうなると、普通のやり方では、本体と分身を見分けるのは至難であろう。


 だが最終到達者アークマスターランクまで極まった俺は、なんとなく人間の気とかよりももっと根源的な。

 存在そのものが放つオーラが、察せられるようになってきている。


 そうなれば、捕まえるのは簡単だ。


 俺は、最上級師範ハイエストマスターランクの忍者である久美子と延々と追いかけっこをやっているのだ。

 こいつの特技である分身の術が破れれば、その動きは子供が遊んでいるようにしか見えない。


「離せぇ!」

「いいけどさ」


「ウニャー―!」


 離せと言うから手を離してやったら。

 芸もなく忍刀でまた斬りかかってくるので小手で受ける。


「だからそんな攻撃では通用しないっての。そもそも、お前の持ってる忍刀では、俺の鎧にかすり傷を付けることすら出来ねえんだよ」

「そんニャ、バカニャー!」


 何度もいうが、バカはお前な。

 猫忍者は、よっぽど諦めきれなかったのか。


 後方に飛び退いて、今度は腕に仕込んでいた矢を放ってくる。発条ばね仕掛けかなんかで飛ぶようになってるのかな。

 俺は、目の前から向かってくる矢をキャッチする。矢の羽根は、緑色だった。


「おっ、この毒矢……もしかして、熊領主を始末したのってお前か?」

「ええいニャッ!」


 いや、質問に答えろよ。

 ポンポン矢を放ってくるが、真正面から撃ってくると分かってたら当たるわけないだろう。


 こいつ、バカなんだろうか。

 陽忍とか言ってたが、忍者が忍者道具も使わずに、普通に刀や矢で戦うだけでどうするよ。


「おい、いつまでやるんだよ……」

「このぉ! いま矢をつがえるから、ちょっと待つニャ……よし、このぉ!」


 ようやく、分身の術を使いながら矢を使い出したが、それも三方から来るだけだし。

 俺は四方から同時攻撃を受ける訓練をずっとやってきたので、せめて八方から攻撃してもらわないと退屈で仕方がない。


「なあ、もういいだろ。いい加減にしてもらっていいか?」

「ハァハァ……」


 そろそろ相手をするのも面倒になってきた。

 目に見えてヘトヘトになっている。


 この分身の術というやつ、結構体力を使うらしい。猫族の特技なんだろうか、俺でも真似してみたらできるかな。

 しかし、ちょっと見た目が面白いなと思って声をかけたんだが。


 刀を振るのと矢を撃つのと、分身の術しか芸がないのか。

 つまらん。


「せっかく面白い格好をしてるんだから、もっと忍者道具出してこいよ」

「ニャーーー!」


 懐から何か取り出すと足元に投げつけた。

 ボーン! と煙が広がる。


 おー、煙玉ってやつか。

 ようやく忍者らしい攻撃……って、こいつ攻撃を諦めて逃げるつもりだ。


「いや、逃がすわけないだろ」

「フギャー!」


 相手の速度以上で回りこんでやったら、その場にストンと座り込んだ。


「さて、どうするよ」

「なんでマスター忍者の我に回り込めるニャー!」


 逃げ足にも、よっぽど自信があったらしく、半泣きになっている。

 何度逃げようとしても回りこんでやる。


 必死で逃げようとする猫忍者であったが、最後には息も絶え絶えになってその場に座り込んだ。

 かなりのスピードで動いたせいか、髪もボサボサになっている。


 俺はまだ何も攻撃してないんだけど、なんかもうズタボロだな。

 なんか弱い者イジメみたいになってきたから、そろそろ止めるかと思ったその時――


「おい、待て!」


 猫忍者が、初めて俺を慌てさせた。

 持ってた忍刀で、いきなり自分の喉を突き刺して自殺しようとしたからだ。


「誇りある猫忍者が、このままオメオメと敵の手中に落ちるわけには、地獄で会おうニャー!」


 なんか長口上をほざいてる間に、ガッチリと腕を捕まえて忍刀を奪い取る。


「死ぬことはないだろ」

「いやニャー、離せニャ! どうせ捕まえたら、尋問するとか適当な言い訳をつけて、我をひん剥いて慰みものにするつもりだニャー!」


 捕まえた猫忍者が、長い尻尾を左右にバッサバッサ揺らしながらトンデモナイことを叫びやがった。


「バッ、バカやろう。そんなわけないだろ」


 慰みものとか言うな。

 するわきゃねえだろ。


「だってさっき裸にひん剥くっていったニャー。そんな辱め、隠忍ならともかく誇り高き陽忍が、受けるわけにはいかないニャー。繁殖期でもないのに、エッチいことされてたまるかなのニャ!」

「いや、だからしねえって言ってんだろうが!」


「しないなら離せニャー! 我は房中術は習ってないから、やっても気持よくないニャー!」

「くそ、ニャーニャー人聞きの悪いことを叫びやがって、分かったよ離すよ。離せばいいんだろ!」


 これはおそらく、逃がしてもらうための演技だと分かっていても。

 公道の近くで慰みものにされるだのなんだの、人聞きの悪いことを言われてはこっちも困る。


 気配はまだ感じないが、久美子達もおそらく追ってきてるはずだし。

 万が一こんなところを見られたら、猫耳と何を遊んでるんだと言われてしまう。


「ううっ……もしお前の言うとおりエッチい拷問がなかったとしても、敵に情報を渡さないために捕まったら死ぬのが忍者の掟ニャー」

「はぁー。じゃあもういいよ。お前は捕まえない」


「ふにゃ?」

「捕まえなきゃいいんだろう」


「我を逃がそうというのかニャ。こっ、後悔するニャよ」


 なんかもうそのセリフも、聞き飽きた気がする。

 少なくともこの間抜け忍者を逃したところで、後悔なんか絶対にしないと思う。


「そもそもお前、何のために俺の後を付けてたんだ」

「おっと、危ない……そんな口車に乗って、このスーパー上忍ニャル様が、敵に情報を渡すわけないニャ」


 このニャル様とかいうバカ猫が、ハイディングを見破るまで、攻撃を仕掛けてこなかったところを見ると。

 俺を殺すことが直接の目的ではない。そうすると……。


「俺を追ってきたということは、お前は熊人の祭祀王に仕えてるんだろ。任務は偵察か、俺の監視ってところか。あとは、降伏した味方の始末も任務に入ってるんだな?」

「も、黙秘するニャ!」


 そこで黙秘したら、そうだと言わんばかりなんだが。

 こいつ忍者なのにまったく隠密に向いてない。


 そもそも、こっちの質問に答えたとしても、なんとでも嘘は吐けるわけで。

 この猫忍者の口を割らせようなんて思ってないわけだが。


「まあもうどうでもいい、お前はそこで任務続行してろよ。勝手に自害はするなよ、お前はまだ任務続けられるんだから、それなら問題ないんだろう」

「ふにゃ?」


 俺が何を言ってるのか分からないって顔をしている。

 そのまま、偵察か俺の監視かしらんが、続けていいって言ってるんだよ。


 どうせ俺は、すぐそこのカーンの都にいる熊人の祭祀王のところまでいって、片をつけてくるところだ。

 いまさらこの猫忍者が何を報告しようと、さほど影響があるわけでもない。


 こいつはアホそうだから、むしろ生かしておいたほうがいいという判断もある。

 このまま好きにやらせておけば、どうせまた何かアクションを起こすだろう。


 その機会を利用して、祭祀王の居場所を見つけられるかもしれない。

 というわけで、ヘトヘトになって草むらに座り込んでいる猫忍者をそのままにしてこの場を立ち去る。


 俺は、そろそろ遠方に見えてきた大きな街に向かって走る。


「まっ、待つニャー!」


 後ろからなんか聞こえてきたが、知らん。全力疾走。

 勝手にしろとは言ったが、猫忍者の遅い足に合わせてやるとは一言も言っていない。

次回更新予定、3/27(日)です。

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