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ジェノサイド・リアリティー  作者: 風来山
第二部 『コンティニュー・ムンドゥス』
104/223

104.古典的な罠

 俺達を宴会に誘っているのは、タランタンの領主だ。

 さすがに、熊人の大ボスである祭祀王のなんたらは来てないらしい。


「まあ、せっかくのお招きだから行ってみることにするか」

「真城ワタルくんがそういうとは、珍しいね」


「んっ、そうか?」

「そうだよ、いつもなら罠じゃないかとかすぐ言うのに」


 罠じゃないとは言ってないんだけどな。


「七海……俺だって無駄な争いをしたいわけじゃないからな。殺り合わずに済むならそれでいいだろ」

「そうだね、穏便に話し合いになるといいんだが」


 本当にそれで済むなら、戦争なんか起きないんだけどな。

 熊人達は、俺達を刺激しないためか、街の外で天幕を張って酒宴を開くと言っている。


 野外でバーベキューか。風情があっていいことだ。

 どうせ敵陣の真ん中に誘い込むのが目的だろうけど。


 街の中まで入られると始末が面倒だから。

 それは、こちらにも都合がいい。


「アリアドネ、せっかくご馳走してくれるっていうんだ。農奴軍と盗賊団の代表者も連れて行ってやれ」

「ボーダーと、トライクですね」


 そんな名前だったか。

 まあ、ここで死んで入れ替わるかもしれんし、覚えなくてもいいか。


「じゃあ行くか」

「ご主人様、兵の準備をしておきますか?」


「……アリアドネが思うようにしておけ」

「御意!」


 兵の準備な。

 いまだに穏便に話し合いで済むなんて思ってるのは、七海だけのようだ。


 三上達にも、これが罠であったときには、きちんと対処できるように頼んでおいた。

 見え見えの罠なんだから、さっさと済ませるに限る。


     ※※※


「ささ、世界ムンドゥスを救いし勇士の方々。どうぞこちらに」


 敵陣の後ろの丘の上は兵士達の野営地であるらしく、天幕がたくさん立ち並んでいる。

 熊人の使者に案内されて、一番大きな天幕へと案内される。


「熊人どもは、いつの間にこんなものを……」


 百人が雑魚寝できるような広くて大きな天幕は、動物のなめし革で作られているようだ。

 六角形の天幕を支える骨組みは、真っ白い骨である。


 雨に打たれないように張られたのが皮革ひかくなら、地面に敷かれているのは毛皮のカーペットだ。

 前近代的な世界ムンドゥスなので当たり前だが、みんな自然の素材でできてるんだな。


「あっ、そうだ。武具は酒宴には無用なので、お預かりしますよ」


 天幕の前で、何気なく提案する使者。


「そうくると思ったから、もとから武器は持ってきてないぞ」

「えっ……?」


 使者が怪訝な顔をする。

 おっと、さすがに言い過ぎたか。


「ただの宴席なのだろう? 武器はいらんとおもってな」

「ハハハッ、なるほど。確かに剣はお持ちではない様子。さすが世界を救いし勇士は、豪気ですな。我々をそれほどに、信用なさってくださっていると?」


「ふむ、どうだろうな」

「それでは鎧も重そうですから、お脱ぎになられては?」


「いや、これは見た目ほど重くないんだ。気にしないでくれ」

「さようですか……」


 防具まで取り上げるのは、無理かと思ったのだろうか、黒い髭モジャの熊人は、宴席へと案内してくれた。

 日本人だと思わずカーペットを見て靴を脱いでしまいそうだが、土足で入っていいらしい。


 七海達も、鎧までは脱がず、腰に下げていた剣だけは預けている。

 天幕の中央には、宴席が設けられており、料理がズラリと床に置かれている。


 給仕のために、体格のいい熊人の女どもが並び、その中央に一際でっぷりとした熊人のオッサンが座っていた。


「オホホホ、よく来てくれましたわねえ、勇士の方々」


 そう俺達に声をかけた偉そうなオッサンは、孔雀の羽根をつけたド派手な冠をかぶっている。

 綺羅びやかな金糸の刺繍が入った絹のローブで身を包んだ熊人の巨躯は、ヒグマを思わせる。


 身長は三メートルに近い。やたら天幕の天井が高いのは、こいつが頭をぶつけないようにであろう。


「お前が、タランタンの領主か?」

「そうです。アタシが、タランタンの領主、クアチキ・ル・タランタンでございますわ」


 粗野なヒグマのオッサンが、なんで甲高い声で女性っぽいしゃべり方なんだ?

 これが、熊人の丁寧なしゃべり方なんだろうか。ちょっと気味が悪い。


「そ、そうか……」

「アタシは、バクベアード族の偉大なる祭祀王ゴルディオイ陛下より、タランタン地方の統治を任され、副王の地位を与えられてもおります」


 どうでもいい情報だった。

 要するにこの地方は、こいつら熊人共が貴族や騎士階級を占めているってことだろう。


 大皿に山のように盛りつけられているのは、なんかよく分からん動物の丸焼きである。薄っぺらいパンも重ねてある。熊人は肉食系らしく野菜はない。

 和葉の料理に慣れた俺には、ぜんぜん美味そうには見えない。


「オホホホ、贅を尽くした料理ですわよ。どうぞ召し上がってください」


 俺達が席につくと、美女と野獣を兼ね備えたような、熊人の大柄な女が酒を注いでくれる。

 こいつらも身長二メートルはあって、威圧感がある。


「ささ、皆様お酒もどうぞ」


 何だこりゃ、にごり酒だな。


「ドブロクってやつか?」

「いや真城ワタルくん。これは、ボザという発酵飲料の類だよ。ドブロクは米を使うけど、これは小麦や雑穀の実を発芽させたものを使うお酒だね」


 俺の隣に座った七海が解説してくれる。

 優等生は、雑学にも詳しいようだ。


「ふうん、七海は物知りだな?」

「たまたま前に家族でトルコに旅行したことがあって、知ってたんだ。濃厚で酸味があるほど良いとされているから、これは上等品だよ。アルコール度数は低いから、僕らでも飲めないことはないだろう」


 家族旅行ね。

 俺からしたら悪夢のような話だが、七海の家族は仲が良かったんだろうな。


「それは結構だが七海。お前は、その酒を飲まないほうが良いぞ。あと飯も食うなよ」

「なぜだい?」


 そりゃ、ほぼ確実に毒入りだからさ。

 誰も飲み食いしないのも怪しまれるので、毒見役につれてきた農奴騎士と、盗賊の副狩猟には食べるように勧めた。


「お、王様。これ食ってもいいんすか?」

「お前らは、食っていいぞ」


「うひょー! いただきます」

「お前も食ってよし、おかわりもいいぞ」


 農奴戦士の代表のボーダーや、たしかトライクとか言った犬人盗賊の副首領が、喜んで飯をかっ食らって、酒を飲んでいる。

 やたら脂ぎっている骨付き肉。何の動物の肉なのかもしれないのだが、こちらではポピュラーな料理なのかもしれない。


「おや、どうされました。食が進まぬようですわね。お酒も、お口に合いませんか?」


 女言葉の太った熊領主が、こちらを睨みつける。

 笑顔のままだが、スーと眼が細くなる。獲物を狙う時の肉食獣の目だ。


「俺達は未成年だから酒は飲めないんだよな。そうでなくても、毒杯は勘弁願いたいもんだが」

「あら、ウフフフ……毒だなんて人聞きが悪いわね。それは、ただのしびれ薬ですわよ」


 いきなり毒殺にかからないのは、こっちを捕らえるつもりだったかな。

 ぬるいことだ。


 しびれ薬が入った料理と酒をたらふく飲み食いしたボーダーと、盗賊の副首領が突然倒れた。

 寝っ転がったままで、痺れて身動きが取れないらしい。


「アバババババ」

「ダスゲデ……」


 口元を震わせながら、何か呻いている。

 どうやら呼吸はできてそうだから、死ぬことはないだろうが、身体は完全にしびれて動かないらしい。


 何から抽出した毒だろうか皆目わからんが、解毒ポーションが効くといいけどな。


「おい、アリアドネ。これを飲ませてやれ」


 ジェノサイド・リアリティーにはなかった外の世界のしびれ薬に、解毒ポーションが通用するかどうか。

 これも、いい実験になる。


「オホホホホ、どうやら罠だと分かってきたようねえ。いけない子達だわ、アタシを甘く見たのね」


 口元を絹のローブの裾で隠しながら、巨体を震わせてオホホと笑うデブ熊領主。

 気色悪い。


「お前らなあ、こんな見え透いた手口。罠と分からないわけないだろ」

「ふうん、でもね。千を超える数の兵士に囲まれてるのよ。いかにジェノサイド・リアリティーを制覇した勇士とはいえ、武器も持たずに十人足らずで、どうするつもりなの?」


 天幕の毛皮が剥がれて、周りからわらわらと熊人の重装歩兵達が湧いてきた。

 兵士は手には剣や弓を持っている。完全に囲んだつもりだろうな。


「あのなあ、罠と分かって来てるんだから、武器を持ってきてないわけないだろ」


 俺のその声を合図に、アサルトライフルの乱射が始まった。

 そうだ『剣は預けた』が、七海達が腰に下げていた銃はスルーだった。


 こいつら本当に間が抜けている。

 銃を見ても、武器だと全く気が付かなかったらしいのだ。


 せめて先に矢を撃てば良かったのに、多勢を誇るせいで隙があったのか、こっちの先制攻撃を許してしまうのも間抜けである。

 銃が武器だと分からなかったのは、七海達が銃を使うシーンを見てなかったんだから当たり前かもしれないけど、本当に他愛もないな。


 アサルトライフルの攻撃は圧倒的で、敵が鉄の盾を構えても貫通して倒せてしまう。

 七海達がゾンビに遭遇しても、無駄弾を使わなかったのがここで生きてきたわけだ。


 三上達が天幕の外まで出て行って、俺達を殺すために伏せていた兵士達を全員倒したのを確認した。


「真城、こっちはクリアだ!」

「ご苦労さん。さてと、あとは熊公だな」


「あわわわわ……」


 伏せておいた重装歩兵達が一斉射撃で全滅。

 耳をつんざくような銃撃に腰を抜かしたらしい熊公は、ヒィヒィ言いながらカーペットの上を逃げ惑った。


「おっと、逃さねえぞ」


 俺は、逃げるクソ領主に回りこむと、そのでかい面をおもいっきり殴りつけた。

 情けなく仰向けに転がる熊公。


「ゲホッ、あっ、あんたら!」

「ほぉ、俺に殴られても口答えできるだけの体力はあるか。さすが熊は丈夫だな」


 一発で殺してしまわないように多少手加減はしたが、殴り倒してしまうつもりがしっかりと意識を保っている。

 デブっとしているように見えて、大層な筋肉質だ。殴った感触は、鉄のようだった。硬い面の皮に、丈夫な骨格。熊人の種族特性ってやつか。


「ア、アタシを、どうするつもりなのよ?」

「そうだな。まずお前なんだっけ……クマキチだっけ?」


「クアチキ様よ!」

「どっちでもいいが、大人しく降伏するのなら今のうちだぞ熊公」


「誰がアンタなんかに!」

「じゃあ無理やりにでも、とっ捕まえるだけだ」


「イヤよ、アンタになんか捕まらないわ」

「物分りの悪いやつだな。そこに転がってる兵士達みたいになりたくないなら、大人しく捕まっとけよ」


 ここで熊領主を殺してもいいのだが、できればこの熊公は捕らえて。

 熊人どもが、なんでこんなことをするのか事情を聞きたくもあった。


 俺達が勝手に街を占拠していた段階で、敵対視されるのは仕方がない気もする。

 だが盗賊を倒して、街を救ったという建前もある。こういう場合、まずは交渉だろう。


 世界を救ったと言うことになっているらしい俺達に対して、話し合いの段階を通り越して。

 いきなり卑劣な罠を使って潰しにかかってくるのは、ちょっと過剰反応すぎるようにも思える。


「ひー! 乱暴しないで」


 俺に回りこまれた熊公は、情けない声をあげて、なぜか七海のところに逃げていった。

 何のつもりだ。


「真城ワタルくん。領主閣下は僕が捕まえるよ。クアチキさん、殺しはしない。僕達は、穏便に話し合いをしたいだけなんだ」


 お人好しの七海も、さすがにこの状況では、領主を捕まえるのに協力するらしい。

 七海のことだから、このまま殺し合いが始まってしまうよりは、領主を説得して降伏させるほうが犠牲が少ないと踏んだのだろう。


「あらーこちらイケメンじゃないの。こんな子になら、捕まってもいいわアタシ」


 あれほど抵抗した熊領主が、七海の前にしゃがみこんで、素直に跪いて手を差し出すのでズッコケそうになる。

 お縄をちょうだいのポーズだ。


 なんだよそれと、思わず失笑する。

 姿は完全におっさんだが、変に女っぽい熊公だから、イケメンには弱かったんだろうか。


「じゃあ、済まないね。クアチキさん。悪いが一旦、捕まえさせてもらうよ」

「あらーアタシもごめんなさいね。貴方みたいな男前を――殺っちゃって!」


「ぐはっ!」


 差し出した手の袖から、鉄の爪がスッと伸びて、七海の胸に突き刺さった。

 この熊領主、ローブの中に暗器を隠してやがったのか。


「七海!」


 この攻撃は、少し予想外だった。硬い鎧を付けているにもかかわらず、鉄の爪は七海の胴を突き破った。

 だが、七海もそのまま殺られたわけではない。


 鉄の爪の攻撃を完全に避けることはできなかったものの、とっさに身体を横にずらして、急所を外すぐらいのことはしている。

 上出来だ。


 胸を刺されたので噴き出した血は凄いが、致命傷でなければさっさとヘルスを回復させてやれば問題ない。

 俺は倒れた七海を助けに向かおうとしたが、それと同時に七海の近くにいた女子が、熊領主に向かって銃を乱射してしまった。


 響き渡る激しい銃弾の音に、俺はとっさに足を止めた。

 飛び込んだら、流れ弾に当たりそうだ。


「こいつ、よくも七海さんを!」

「バカかお前。味方に当たるから撃つんじゃねえ!」


 七海を鉄の爪で突き刺されて、激高した七海ガールズの女子は、五秒ほど引き金を引き続けてから発砲を止めた。

 まったく、狙いが甘いんだよ。


 そんなこともあるかと味方の火線は意識して用心はしていたので。

 俺がフレンドリーファイヤーの直撃を食らうことはなかった。


 仮にあたっても俺の身につけている当世具足とうせいぐそくの装甲は貫けないが。

 それにしたって、近くで乱射されると弾がどこに跳ねるか分かったものではない。


 軍人としての訓練を受けていない素人の女子高校生にライフルを持たせること自体、無理があるんだよな。

 そして、乱射を直に受けてしまった熊領主は、てっきり蜂の巣になったかと思えば、忽然と消えていた。


「どこにいきやがった」


 熊領主が居た場所には、脱ぎ捨てられたローブと、銃弾に撃ちぬかれてばらばらになった帽子の孔雀の羽が、キラキラと舞っているだけだ。

 あのデブ熊どこに行った。さっと左右を見回してから、上を見て分かった。


 あの銃撃の隙を突いて、跳んで逃げやがったらしい。

 大した速度とジャンプ力だ。


 天幕に開いている穴に向かって、俺も跳躍する。

 天幕の上に出ると、でかい巨体がちょうど天幕の上を、ぴょんぴょんと器用に跳び跳ねて逃げ去るところだった。


 ふーん、鈍重そうな図体は見せかけで、実は暗器を使う俊敏なレンジャータイプか。


「動けるデブは厄介だな」


 さてどうするか。

 このまま追いかけてまた追い詰めてもいいが、辺りはまだ敵の兵士に囲まれている。七海の治療が終わるまで天幕からあまり離れたくない。


最上級ハイエスト イア 飛翔フォイ!」


 俺の手から出た灼熱の炎球ファイアーボールがまっすぐに飛ぶ。


最上級ハイエスト イア 飛翔フォイ!」「最上級ハイエスト イア 飛翔フォイ!」


 さらに二発、左右に重ねてやった。

 後ろから迫り来る炎球ファイアーボールに気がついた熊公は、左に飛んで避けたが。


 そこにさらに飛来する炎球ファイアーボールを避けきれず当たった。


「ギャアァァァ!」


 大きな悲鳴を上げて、火ダルマになった熊公が落ちていった。

 直撃を喰らった熊公がどうなったか見に行くと、必死に身体に巻き付いている炎を転げまわって消そうとしている。


「こいつ丈夫だな……」


 最上級ハイエスト炎球ファイアーボールを喰らっても死なないとは。


「あんぎゃぁ! アッ、アンタ、なにしてくれてんのよぉ!」

「お前が逃げるから、撃ち落としただけだが?」


 丸焦げで、顔を真っ黒にした熊公が、鋭い牙をむき出しにして怒り狂って吠えている。


「グオオォォ! いまいましい奴め、何をやってるの。こいつを殺すのよ!」


 何事かと、辺りを囲んでいる熊人の重装歩兵に俺を殺れと命じる

 熊公は黒焦げで、頭の毛はチリチリパーマになっているが、声で自分達の領主の命令だと分かったのか、重装歩兵達が俺に襲い掛かってくる。


「よっと」


 長剣で切り込んできた兵士の腕を取って、剣を奪い取るついでに投げ飛ばす。

 そのまま次の一人を、奪った長剣で叩き斬る。


「おっ!」


 兵士の懐に飛び込んで、持っている槍を着ている鉄の鎧ごと斬り飛ばしたら、長剣が根本から折れてしまった。

 俺の腕力に、なまくらの剣が耐え切れなかったようだ。


 そこで背後から殺気を感じた。

 サイドステップで避ける。


「死ねっ!」


 そんな図太い声が、殺気に遅れて横を通りすぎて行った。

 何かと思えば、黒焦げになった熊公が鉄の爪で突きかかってきたのか。


 俺の代わりに囲んでいた兵士の一人が、熊公の鋭い鉄の爪の餌食となった。

 敵を哀れんでやることはないのだが、味方に殺られるとは無残なものだ。乱戦だと、こういう同士討ちが起きるから、注意しないといけないのだ。


 しかし、熊領主のやつ、俺に殴られて黒焦げに焼かれても、まだこんな攻撃を繰り出す元気があるのか。

 領主というのは、伊達ではないようだ。


「熊公、そこそこやるじゃないか」

「このクアチキ様に向かって偉そうな口を! この数で囲んでるんだから、もうあんたは終わりよ。でも降伏なんか許さないから、アイアンクローで串刺しにしてやる。アタシの美貌に傷を付けたことを後悔して死になさい!」


 熊公がやたら長いセリフを吠えている間に、俺は手近な重装歩兵達を殴り飛ばす。

 装備が重たいのか元から雑魚なのか、重装兵士達の動きは鈍重で、俺にはまるで止まっているようにみえる。


 こいつらの武器を奪って使っても、鉄がなまくらですぐ折れてしまうので、もう素手で殴ったほうが早い。

 普通に殴り飛ばしていったら、辺りの兵士は瞬く間に片付いた。


「これで終わりか?」

「ななっ、何をやったの!」


 何をって、見てただろうに。

 かかってきた兵士を順番に殴り潰してやっただけだ。


「お前の兵士達は、もう来ないようだな」

「この化物め! ああっ、何をやってるのアタシの兵士達、早くこいつを殺るのよ! みんなで一斉にかかれば、絶対に殺せるんだから!」


 まだ兵士はいるが、俺にかかってきた連中が瞬く間に素手で潰されたのを見て、近寄って来なくなった。

 雑魚がいくらかかってきても無駄だからな。このバカ領主よりは、いくぶん兵士のほうが賢明な判断ができるらしい。


 返り血ですっかり汚れてしまったが。

 素手で重層鎧を着た兵士を殴り潰していって、血を撒き散らす肉の塊に変えてやるのは、敵を恐怖させるには効果があったようだ。


 これでゆっくり熊公と戦える。


「クマキチ、お前人望がないんだな」

「アタシの名前は、クアチキ様だって言ってるでしょう!」


 そうだっけ。

 どっちにしろもう殺り合うだけだろうだから、名前なんてどっちでもいいんだけど、とりあえず降伏勧告だけしとくか。


「さてどうするクマキチ。大人しく降伏するなら、とりあえず生かしておいてやるぞ」

「あっ、悪魔め!」


「……ご挨拶だな、俺達は世界を救った英雄じゃなかったのか?」

「何を言うか悪魔! 祭祀王陛下に聞いたわよ。アンタ達のせいでゾンビがこの世界ムンドゥスに溢れてるそうじゃない。あんなことがなければ、アタシだって領地を失わなかったのに! アンタ達こそが世界の脅威、倒さなきゃならない敵なのだわ!」


 ゾンビがあふれたのは俺のせいと言われればそれまでだ。

 世界の脅威か、ふん。救世主なんて言われるよりはよっぽどいいな。


「それで、最初から俺達を殺るつもりで来たわけか。分かりやすくていい」


 熊公は、熊人族の祭祀王の命令で、最初から俺達を殺しに掛かったということ。

 それでは殺り合うしかなかったわけだ。


「これでも喰らえ、アイアンクロー!」


 俺は、突きかかってきた鉄の爪を鎧の小手で撥ね除けた。

 ポッキリと、鉄の爪が根本から折れる。


「ご自慢の爪も形無しのようだな」

「ああっ、嘘でしょう! なんで世界最強の超鋼鉄の爪が折れるの!」


 そうか、超鋼鉄製だったんだな。

 七海の鎧だってそう悪い素材ではないのに、やけにあっさりとやられたと疑問に思ったが、超鋼鉄の爪であれば貫けるのはうなずける。


 疑問が解けてスッキリした。

 いい武器を持ってるじゃないか熊公。


「特におかしいことはない。ジェノサイド・リアリティーを勝ち抜いた俺の装備が、お前の爪に勝ってるだけだ」

「バカなっ、我が国に二振りしかない世界最強の超鋼鉄の爪が敗れるはずがない。アイアンクローォォオオオ!」


 もはや奇妙な女言葉もやめて、唸り声を上げながら残った左腕の爪で突きかかってくる。巨体を震わせた渾身の一撃。

 そのご自慢の鋭い爪は、俺の小手にぶつかると、ぐにゃっと折れ曲がった。


「これが力の差だ。さあどうする、死んどくか?」

「降参……」


「ああ?」

「降参します……」


 折れ曲がった爪に落胆した熊公は、腰を抜かしてその場に座り込んだ。

 どうせ殺るなら最後まで殺り合えよ、つまんねえな。


 まあいいか。

 こいつが連れてる千三百人の兵士を一人づつ潰してくのも面倒だから、捕まえておけば利用価値もあるか。


 司令官が降伏したら、兵士も大人しくなるだろう。

 さっきの、俺達を悪魔呼ばわりした話も少し気になる。熊人の祭祀王は、何を考えているのか。


 そこら辺も、捕らえて尋問すればいい。

 熊公を降伏させようと近づいた瞬間――


 横からヒュッと矢が飛んできて、熊公の頭にザクっと突き刺さった。


「グエッ」


 白目を剥いて、昏倒する熊公。即死だった。

 かなり丈夫な身体を誇ってはいたが、頭をやられたら簡単に死ぬらしい。


「誰が撃った?」


 敵の重装歩兵が立ち並ぶ間から飛んできたようだが、逃げ腰のこいつらの中に矢を撃つような強気の奴がいたのか。

 俺を狙うつもりが、流矢が熊公に当たってしまったとか?


最上級ハイエスト イア 飛翔フォイ!」


 なんか気に食わなかったので、矢の飛んできた方向に炎球ファイアーボールを打ち込んだ。

 まっすぐに飛ぶ紅蓮の炎に巻き込まれて、重装歩兵達が叫び悲鳴を上げて吹き飛んで行く。


「うああ、領主様が殺られたぞ。引け、引けぇ!」


 敵軍の中からそんなわざとらしい叫び声が上がったのを合図にして、重装歩兵達が必死に逃げていく。

 なんとなくの勘だが、その叫びを上げた奴が、さっきの矢を放った奴に思えた。


 ほぼ同時に、街のほうから叫びがあがってこちらに農奴軍と盗賊団が攻め込んで来たようだ。

 アリアドネが準備していた攻撃か。まあタイミング自体は悪く無い。


 これで、敵の陣に囲まれていた七海達も無事に助かるだろう。

 指揮官である熊領主を討ち取られた敵軍は、こっちの軍の攻撃に持ちこたえられず、簡単に総崩れとなって引いていった。


「どっちにしろ殺そうと思ってたんだから、いいけどさ……」


 なんか捕らえようとした熊公を殺られたのは、横から獲物をかっさらわれたようで気に食わない。

 熊公の頭を貫いた矢は、尾羽根が緑色をしている。


 この世界でよくみる毒矢である。毒矢は、敵の忍者が使う武器でもあると、アリアドネが言ってたな。

 熊公が俺達の始末に失敗したら、最初から殺される手はずだったってことかな。


 部下の行動も忍者に監視させていて、失敗すれば使い捨てにするやり方か。

 こういうのは、陰湿で好きじゃない。


 どちらにしろ、ここまで明確な敵意を示されると、カーンの都にいる熊人の祭祀王と決着を付けるしかないようだ。

 向こうが次の手を打つまえに、こっちから行って始末をつけてやろうと俺は心に決めた。

次回更新予定、3/13(日)です。

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