102.再生のコイン
「いかにもそれっぽいが、このコインをどこで手に入れた?」
「リス」
「うん?」
「私はリス」
やっと言えたというように、ガキは俺にそう言って大きな溜息をつく。
「お前の名前は分かった……それで、どこで手に入れた」
このガキは、コインに付いているのと同じ名前か。
ヘルスは、回復ポーションにも使われる。月文字で、生命を表す単語である。
「ローブの隙間に入ってた」
「俺の渡した服に入っていたってことか?」
リスが着ているのは俺の着替え用のローブのため、大きすぎてブカブカである。
もちろん、俺がそこにコインを入れるわけがないので、この白銀のコインは自然発生したということになる。
どういうことだ?
ガキが、どっかで拾ったならまだ分かるが。
「これについては、仮説があるんだけど聞いてくれるかな」
「なんだ、七海」
「うん、この世界の神と名乗る人物と真城ワタルくんの会話は僕達も聞いている。いわゆる神は、真城くんにやらせたいことがあるんじゃないかな」
「俺がガキを助けたことが、この蘇生アイテムっぽいものを発生させた原因になってるってことか?」
「ガキじゃなくて、リス」
俺に向かってそういうリス。俺と七海が話してるのに口を挟んでくるんじゃねえよ。
ガキがいっちょ前の口をきく。
「ああわかった、メスガキ」
「リス」
「メスガキ」
「リス」
やけに口答えするなと俺が見下ろすと、リスもじっと見つめ返してくる。
俺は、こういうのは目をそらしたら負けだと思っているのでじっと見てると、「ブフォ」と目の前の七海が噴き出した。
「なんだ、そんなに面白かったかいまの?」
「いや、失礼。フフッ」
ハンカチで口元を抑えて、まだ面白そうに含み笑いしている七海。
こいつの笑いのツボというのも。よく分からない。
イケメンが吹き出すとか、珍しいものを見てしまった。
「話を元に戻そう。僕達が再びこの世界に導かれた理由は、この壊れてしまった世界の再生にあるんじゃないかと。この世界をより良く作り変えていく報奨としてこの蘇生アイテム……『再生のコイン』と名付けようか、これが貰えるシステムなんじゃないか」
「そういえば、交換条件とは言ってたな」
七海の言っていることは、ただの仮説だが。
何の取っ掛かりもない現状では、有力説ではある。
「しかし、世界の再生とはいかにも漠然としてる」
「真城くんがやったことは、正しいと僕は思うよ。街を盗賊団より取り戻して、難民の子供を救った。小さくとも、この酷い世界を再生する大きな一歩といえる」
世界の再生などと、七海はとんでもなくめんどくせえことをいう。
いや、七海が悪いんじゃなくて無理難題を俺に押し付けた神が悪いんだけど。
そうでもしなければ、あの神は世界を滅ぼそうとするところまで思いつめていた。
あの創聖神は、この世界の現状に飽き飽きとしていたから、何をやらかすかわかったものではない。
「七海。とりあえず、この『再生のコイン』で好きなやつを生き返らせてみろ」
俺は、七海に向かってコインを指で飛ばす。
キャッチした七海は、少し慌てて聞いてきた。
「えっ、真城ワタルくんは、これで瀬木碧くんを生き返らせるんじゃないのか?」
そうだな。
俺の目的はそうだ。
だが、そんな使えるかどうかも分からないシロモノを瀬木の蘇生にいきなり使えるものか。
俺は、創聖神を信用していない。
仲間を蘇生させるチャンスをくれと願ったら。
世界をゾンビで溢れさせるような質の悪い神様だ。
まず実験台が必要なのだ。
だが俺は、その意図を七海達には言わないことにした。
俺一人ではこの街で上手く情報収集できなかったであろうことを考えれば、七海達はまだ役に立つ。
ここはせいぜいしおらしく返しておいて、恩を売ったほうがいい。
「今回頑張ったのは七海達じゃないか。まず、七海達が好きなやつを生き返らせてみてくれ」
「そうか……うん、分かった。ありがとう!」
急いては事を仕損じるとも言う。
ジェノサイド・リアリティーの地下二十階に、あれほど多くの蘇生対象が居るのだ。
まさか再生のコインが、これ一枚だけというわけではあるまい。
瀬木の蘇生は、今回の再生がうまく行くと見極めてから、次のコインでやればいい。
「なに瀬木の分のコインは、すぐに探してみせるさ。七海達が、仲間を蘇生するところは俺も見たいから、使うときは連絡しておくれよ」
「もちろんだよ。僕達は、真城くんみたいに転移魔法が使えないから、一度戻ることになるだろうけど……」
「急ぐ必要はない。あのケースみたいなのに入ってる死体が、すぐどうこうなるとは思えないからな」
「そうだね。もうちょっと街の治安が落ち着くまではここに滞在したいとは思うけど、『再生のコイン』を使うときは必ず連絡するよ」
滞在なあ。
犬人の盗賊団から街を奪い返したはいいが、俺達は人族の元奴隷を街に入れて、食糧を勝手に配ったりしている。
タランタンの街の元領主からすれば、盗賊と大差ないだろう。
もし、領主が戻って来ることがあれば一悶着ありそうな気がするが、それも起きたときのことか。
「じゃあ、俺はそろそろ眠らせてもらうぞ」
「えっ、ご主人様。お休みになられるのですか?」
俺の足元で静かに跪いていたアリアドネが顔をあげる。
「なんで驚く?」
「いえ、まだ日が高いので準備がまだでした」
そういえばそうなのだが、俺は地下迷宮暮らしで時間の感覚が無茶苦茶になっている。
起きたい時に起きて、寝たい時に寝るのだ。
「七海には散々ポーションを作らされて、戦闘でマナを使い過ぎたから回復しておきたい」
さすがにマナが、からっけつである。
体内のマナが枯渇する感覚は、胸の中にある魂の器が軽くなるような、少し落ち着かない感じがする。
どっちにしろマナは、眠れば回復するのだ。
こんなところで、マナポーション代わりの宝石を消費するのももったいない。
「ご主人様の端女ともあろうものが、至らずに申し訳ありません。ぜひお仕置きを」
「アホか」
ちょうどいいところにあるアリアドネの金髪を、軽く小突いてやった。
「ありがとうございます! すぐに寝床をご用意……いえ、ご入浴が先でしょうか」
「なんだ、風呂もあるのか?」
MMO版でも、この世界に風呂なんて出てきたかな。
オブジェクトとしてはあったかもしれないが、思い出せない。
「ご主人様、血塗れですので、汚れを落としてからお休みになられては?」
「風呂は面倒くさいからいい」
「……かしこまりました」
ダンジョンでは、数日風呂に入らないとか当たり前なので別に気にならない。
そうは思ったのだが、下のちっこいのを見下ろして考えを変えた。
「……いや、待て」
「俺はいいが、こいつを風呂に入れてやるか」
「えっ、私?」
「そうだよ、お前だよ……リス」
ガキと言おうとしたが、また面倒な問答が始まりそうになったので名前で呼んでやった。
「風呂ってなに?」
「そっからかよ……しゃあねえな」
道理で伸び放題の髪とか顔とか、薄汚れているはずだ。
※※※
「薄汚れているどころではなかった……」
ガキを脱がして、バスタブに付けてタオルで洗ってみると、もうお湯が黒くなる黒くなる。
「ううっ、染みる……」
「石鹸とかはないから使ってないんだが。お湯だけで染みるのか? いつから風呂に入ってないんだよ」
お湯ですっかり綺麗になったリスが小首をかしげる。
そうか、風呂の存在すら知らなかったんだな。汚いを通り越して、もう野生児だな。
洗ってみると、瀬木に似た黒に青みがかっている髪だと思ったのが。
汚れているだけで青い髪だと分かった。
顔の泥を拭ってみると、真っ白な肌の美少女になった。
小顔で整っているところは、童顔の瀬木に似ている。こいつは本当にガキなだけだが。
汚れたバスタブのお湯を入れ替えにきたアリアドネに尋ねる。
「なあ、アリアドネ。青い髪って普通なのか?」
「この辺りでは、普通にある髪色ですね。多少珍しくはありますが」
ふうん、こいつは『再生のコイン』を持っていたから。
俺にくっついてきたのも、何か意味があるのかとも思ったが本当にただのガキか。
「そういやリス、お前、親とかはどこにいる?」
聞いても、首を横に振るだけだ。
ふんそうか、孤児ってやつか。まあ親なんか居なくても、勝手に子供は育つよな。
「ご主人様」
「なんだ」
「妾もお風呂をいただいてよろしいでしょうか」
「勝手に……いや、待て。待てって言ってるだろ!」
「なんでしょう?」
「なんでしょうじゃねえよ……このバスタブそんなに大きくないから、普通俺達が終わってから入るって流れだろうが」
止めるのが遅かった。
なんで、アリアドネは脱ぐのを躊躇しないんだよ。
「この世界は、肌を見られても恥ずかしいて観念がないのか?」
「いえ、ご主人様にでしたらお見せしても良いということでして、今更でしょう」
「ああそうだな、今更か」
俺が前、そう言ってしまったからか。
「そのバスタブ、詰めたら三人でもいけると思われますので、失礼します」
領主の館だからもっと豪華かと思えば、たいして大きくもないバスタブにザブンとアリアドネまで入ってくるので、お湯が溢れてしまう。
「おい、せめてリスを真ん中にして端っこに入れよ。なんで俺を囲むように入る!」
「失礼しました、入れ替わりましょうか」
「ああ、もういい!」
クソ、俺が気にしなければいいだけなんだろ。
しかし、相手がガキならともかく、むしろ俺よりちょっと年上で育つところは育ちきっているアリアドネの裸体を見てしまって、何も感じないほど俺も朴念仁ではないのだ。
「すみません、ご主人様。バスタブが狭いので粗末なものが、ご不快になられなければ良いのですが……」
「もういい、俺は上がる!」
背中に妙な感触が当たってゾワゾワっとした俺は、慌てて風呂から上がった。
「あっ、ご主人様」
「お前らは、ゆっくり風呂に入っていろ!」
アリアドネめ。
わざとやってるのかよ。
「いや、あいつ天然っぽいしな」
不快な感触ではなかったから困るのだ。
心臓がドクドクとしている。俺は、わりとアリアドネみたいなタイプが好みだったのか?
いや、ないない。女に惑わされるな。
ウッサーともややっこしいことになってるのに、これ以上厄介な絡みを増やしてどうするよ。
慌てて脱衣所で身体を拭いて、着替えてしまう。
寝るだけだから鎧はいい。
「ご主人様お待ち下さい! ベッドルームにご案内しますので」
「だから裸で来るなって言ってるだろ!」
わざとじゃないとしたら余計に悪い。
「失礼しました」
「さっさと、これでも身体に巻いてろ!」
俺は脱衣所にあったバスタオルを、裸体のまま跪いているアリアドネに投げつけてやった。
※※※
ベッドルームの一室を割り当てられた俺は、そこで寝そべっている。
タランタンの領主の館は、広さのわりに、たいしてベッドが豪奢でもない。
これなら、和葉の作ったベッドのほうが豪華だったぐらいだ。
さほど大きくない規模の街だからということもあるだろうが。
領主の館がこれでは、この世界の文明レベルはあまり高くないと見ていいのだろう。
外が明るいので、まんじりと寝付けない。
俺の横では、リスが寝息をたてている。
こっちは、まだ明るいうちだというのに熟睡できていいことだ。
行き場がない孤児らしいから、別にどこで寝てても構わないけどな。
この領主の館がいつまで使えるかも分からんが、ここまで関わってしまった以上、どっかに住める場所ぐらいは都合してやるしかない。
「アリアドネ……」
「はっ、ここにおります!」
部屋の外に控えていたらしく、呼んだらすぐ出てきた。
「やっぱりいたか」
「まだ街の騒乱も完全には収まっておりません」
「護衛のつもりか? 熟睡してても、不覚を受けない自信はある」
「ご主人様の端女のつもりでおります。この館の下働きのものは逃散してしまったようですし、農奴軍も、盗賊団も、ご主人様の御側に遣わせるには信用に欠けますので」
「屋敷のメイドなら、リスを使え。まだ子供だから、仕込めば使えるだろう」
「……住む場所と仕事を与えてやれということですね。御意です」
なんか引っかかる言い方だな。
「使えるものは使えと言ってるだけだ」
「はい」
「アリアドネ。お前、農奴や盗賊を兵にして、何をしようと考えているんだ」
「ご主人様、あなたの端女は血塗られた女です」
急に重い話になった。
いや急でもないか、俺の仲間を殺してしまったという罪の意識は、まだアリアドネに残っていたということだ。
「リスが持ってた『再生のコイン』が上手く使えれば、お前が殺してしまった奴らも、生き返らせてやることができるだろう」
七海達は、少なくともそうしようとしている。
みんなを裏切った神宮寺の生徒会執行部の連中や、御鏡竜二を生き返らせるつもりはないが、他の連中は蘇生できる可能性がある。
「それでも世界を救おうとして、滅ぼす側で剣を振るってしまったという事実は変わりません」
「めんどくせえな、俺が許すと言ったらそれで良しとはならないのか?」
「ご主人様は、やはりお優しいのですね」
「俺が優しいわけないだろ。お前も利用しやすいから、端女として使ってるだけだしな」
「ではそれで……いや、それが良いのです。妾のこの罪と血に塗れた身体が、ご主人様のお役に立てば本望です」
「それと、兵を集めてる話の繋がりはなんだ」
「この街を、ご主人様の物にしようと思っております」
「お前、やっぱりそんなことを考えてたのか!」
ベッドから起き上がった
アリアドネは、ベッドの下で頭を伏せたままだ。
「熊人の支配は、この街の人々を不幸にしております」
「あー、そういうのはいい。アリアドネ、お前は俺をこの街の領主にして何を企んでる」
単純な善意なんか俺は信じない。
たまに七海みたいに、どうしようないほどの善人もいるが、殺すときは躊躇わないアリアドネはそんな玉じゃないと思っている。
「妾が……」
「お前がなんだ。早く続きを言え」
「妾は、これでもシルフィード族の尊崇を受ける祭祀王の娘ですので、それを従えるご主人様ともなれば、国の一つや二つお持ちになっておられませんと認められません」
「認められないと、どうなる?」
「シルフィード族が敵に回る可能性があります。あれは、天空城を有し世界でも強大な勢力です。そうなりますと、少し厄介ですので」
「少し厄介か、なるほどな……」
アリアドネは、厄介事を嫌う俺を、そう言って説得しているつもりなのだ。
それがわかって、俺は不快ではなかった。
「ご主人様、笑っておられますか?」
「フフッ、そうだな。いいだろう。世界のためとか、お題目はどうでもいいんだよ。お前が、お前の意志でこの街を取りたいというなら反対はしない」
「ハッ!」
「理屈は通ってる。アリアドネを使い続けるために、国が一つ要るんだな。何を考えて、必死にやってるのかと思えば、そんなことだったか。それを、さっさと言えよ」
「……ご主人様のお邪魔でしたら、どうぞ死をお与えください」
アリアドネは、震えた声でそう付け加えた。
そうだな、シルフリード族が敵に回って面倒だというのなら、アリアドネは切り捨てればいい話でもある。
「始末するには、少しお前は便利すぎるから、これからも使わせてもらう」
「ありがとうございます……」
「この街が欲しけりゃ取ってやるよ。どうせ、この世界でやっていくための根拠地は必要だ。七海も、上手く丸め込めば反対はしないだろう」
「こんな端女のために、お気遣いありがとうございます。より一層、お役に立てるように頑張りますので!」
アリアドネが世界平和のためだのなんだの、いつまでもお題目を唱えるようなら賛同してやらなかったが。
正直に自分の意図を話したので、やってやることにした。
俺の端女としてしかもう生きられないアリアドネにしろ、農奴として地べたを這いずってきたリスにしろ。
ようは、自分の生きていく場所が欲しいってことだろう。
だったら、生きるために力ずくでそれを手に入れて何が悪いというのか。
街一つ取るぐらい、今の俺には造作も無い。
熊人の領主の軍とやらが街を奪え返しにくれば、それと相対するのも面白そうだしな。
そうと決まれば、さっさとマナを回復させておくに限る。
俺は、悪くない気分で眠りについた。