101.盗賊団の降伏
領主の館から、百人程度の盗賊団が白旗を掲げて、諸手を上げて出てくる。
敵意が無いことを示す服従の合図は、どこの世界でも違いはないようだ。
盗賊団が目の前を通っても、農奴も市民も頭を伏せたまま微動だにしない。
どうやら、動いたら殺されると思っているようだ。
ちょっとやりすぎてしまったかなと、俺の傍らで座り込み縮こまって震えている青髪のガキを見下ろしながら思っていると。
盗賊団の幹部を引き連れた片目の小柄な犬人が、町の中央に陣取る俺達の前までやってきた。
「ボスか、それにしてはやけにチビだな」
俺も日本では平均身長ぐらいなのだが、栄養が足りてないせいかこの世界は小柄な痩せっぽちが多い。
それにしたって強そうには見えない。
後ろにいる幹部達のほうが強そうに見える。
特に右端にいる、大きなバスタードソードを持った大柄の男は強そうだ。
俺の目の前で矮躯をさらに縮こまらせて見せるチビは、身体に黒い熊の毛皮を巻いている。
熊人の生皮でも剥いだのか、あまりいい趣味とは言えないが盗賊の長らしい力のアピールなのだろうか。
目付きが鋭いくせに、卑屈な笑いがどうも癇に障る。
犬人といっても、耳と尻尾が生えているぐらいで肌の質感は変わらない。
緊張しているのか、びっしりと汗をかいている盗賊団の首領は、手を商人のようにこまねいている。
「お前が、この街を支配する盗賊団の頭か?」
「へヘヘッ、そうでヤンス。いやぁ、お強いお方には逆らいませんよ。建物ごと吹き飛ばされてはかなわないでヤンス」
「そうか、ときに聞くがお前は人を蘇生させる方法について何か知っているか?」
「はい、知ってることについてはすべてお答えするでヤンス。配下の者に、街で調べさせても……」
つまり知らないってことだな。
俺は、無造作に孤絶を振るうと、盗賊の頭の首を落とした。
これだけの数の盗賊団の長なのだから、襲ってみれば何か芸があるのかとも思ったが、やっぱり雑魚か。
長を名乗ったチビは、斬られた首から血を噴き上げて倒れた。
あっけにとられる盗賊団は身動きできない。
いや、さっきの右端の大柄な男だけは別だった。
まるで準備していたように素早くバスタードソードを抜き放つと、俺に叫びながら斬りかかってくる。
素早くといっても常人レベルの話だ。
大柄の男も、俺の傍らで控えていたアリアドネにあっけなく胴体を両断された。
こんな連中が、リーダーだったのか。
ジェノサイド・リアリティーを出てからというもの、こんな雑魚しかいないから腕が鈍りそうだ。
「お頭!」
「ああっ!」
なんだ、チビを倒したときは騒がなかったのに。
どうやら、本当の盗賊団の長は大柄な男だったようだ。
俺がどんな対応をするか、様子を見ようとしたのだろう。
突然斬りかかってくるとも予想していて、反応できたのはいいが遅い。
「替え玉を使ったまではいいが、どっちにしても姑息な手段ではな」
盗賊といえば雑魚と相場が決まっているから、こんなものか。
惨殺された首領に代わって、他の犬人から声が上がった。
「ヒイッ、降伏したのになんで?」
「お前らさ、白旗を上げたら殺さないと誰が言ったんだよ」
生かしておく意味ゼロなんだから、殺すに決まっているだろう。
「そんな、お許し下さい。我々は降伏します!」
愚かなことに、盗賊団の幹部連中は盗賊団から離れて俺の前に並んでしまっている。
即座に偽の長と本物の長が瞬殺されるところを見てしまい、逃げることもできないと思ったのか、降伏を懇願してくる。
もし逃げたら、そいつから順番に殺そうと思ったが、弱い人族に対してあれほど横暴だったくせに、力の差が見えると犬人は抵抗しなくなる。
犬の習性か、意外に賢いのかもしれない。
「さてと、じゃあリーダーはぶっ殺したから、次はどいつだ?」
みんなが、一人の犬人を見る。
こいつが副長格か。
「いっ、いやだ! 殺さないデェ!」
大の男が甲高い声で「デェ」ってなんだよと苦笑する。
俺が顔を向けた途端、副長格の犬人はその場に腰を抜かした。
犬人が座り込んだ革のズボンの股から、シミが広がっているのがみえる。
「ションベンまで漏らしたのか」
「たすっ、たすけデ!」
どうやら死の恐怖でおかしくなってしまったらしい。
殺されると思った人間が、ションベンを漏らすのは珍しいことではない。
人間と犬人は、さほどかわりもないんだなと思ったが、妙なことがあった。
副長格の犬人は腰にぶら下げている剣を抜くこともせず、仰向けに寝っ転がって動かなくなったのだ。
あんまりにも珍妙な仕草ので斬らずに見ていたら、幹部達が全員地面に仰向けに寝っ転がった。
ズボンから出ている犬の尻尾を振っている奴までいる。今度は、こっちがあっけにとられた。
「なんだこりゃ」
「ご主人様、これは狡猾なる猛犬、ルードック族の絶対服従のポーズです。こうなったら、犬人は抵抗しません」
幹部にはメス犬も混ざっていて、仰向けになっているせいでパンツが丸見えになっている。
俺は深く溜息をつく。
「猛犬が聞いて呆れる。見てたら、斬る気もなくなった」
「ご主人様、殺さないのであれば、盗賊団もそのまま兵としてお使いになってはいかがでしょうか」
「アリアドネ、さっきからそんなことばっかり言ってるが、なんのために兵がいる?」
「ご主人様の御為ですよ」
アリアドネの答えは、毎回端的だ。
何のつもりなのか、後で聞いておかなきゃならんが、今は目の前の始末だ。
「犬人の盗賊は、街を襲って支配したんだろ。こいつらを放っておいて、街の人間が納得するのか?」
「盗賊団の長の首を広場に晒しておけば、民は納得するでしょう。それに放っておくのではなく、兵として管理して使うのですから問題は起こさせません」
「アリアドネがそうしたいなら勝手にしろ」
「御意」
いちいち雑魚を全員殺していくのも面倒だ。
アリアドネがやりたいというのだから、やらせておくことにした。
※※※
こうして盗賊団は懲らしめられて、街には一応の治安が戻った。
犬人盗賊団の街占拠に続いて、人族奴隷の蜂起と街の奪還。
戦闘が続き、破壊された街は元通りとは到底言いがたい状態だが、俺の知ったことではない。
俺はというと、領主の館の奥の間で大きな椅子で大人しくしている。
最初は、街を回って蘇生法についての情報を集めようと思ったのだが。
戦闘でちょっと暴れすぎたせいか、俺が行くと、盗賊も街の住人も恐怖してまともにしゃべられなくなることが分かった。
情報は、民情をよく知る七海達が集めてくれることになった。
ビビってる相手の恐怖を解きほぐす方法など分からない。
人には向き不向きがあるからしょうがないか。
「俺は、つくづく情報収集には向いてないんだな……」
武装蜂起した人族奴隷や、降伏した盗賊団を取りまとめるのはアリアドネがやっている。
いまのところ、俺にできることはない。
リュックサックから水の入ったポーションを取り出して飲み干す。
屋敷にも酒や食べ物ぐらいはあるが、敵地だった場所で飲み食いするほど俺もバカではない。
解毒ポーションもあるが、それがどのくらい対応するか分からない。
俺が知っているのはジェノサイド・リアリティーの中だけだ。
外の世界に関しては、それに対応していると思われるジェノサイド・リアリティーの続編の攻略サイトをプリントアウトして持ってきている。
本家ジェノサイド・リアリティーと違って、続編のほうは日本でもそこそこ人気があるから、情報が有り余っていて羨ましくなる。
俺が一人で下手くそな英訳をしなくても、ちゃんと日本語のサイトがあるし、そもそも続編の一部やMMO版は日本語化に対応している。
こういう暇なときにこそ情報の再確認だ。
机の上に印刷した解析情報を並べて、眺めるようにはしているのだが、外の世界で同じなのは地形だけだ。
俺だって続編やMMO版を一応プレイした経験はあるのだが、その感覚ともかなり異なってきている。
こんなことなら、この世界に対応しているらしいMMO版をしっかりやっておくべきだった。
元がジェノリアだし、面白くは感じたのだけど。
「あのクソみたいなプレイヤーどもがいなければな」
オフラインゲームと違って、オンラインゲームは他のプレイヤーが邪魔だった。
ゲームのルールでできることすら、プレイヤー同士が勝手なマイルールを使って禁止している。
別にチートをやっているわけではないのに、俺がプレイヤー同士が決めたしょっぱいルールを破ると、ゲームのネット掲示板に晒されて厄介なことになった。
ゲーム全体に蔓延る、あの陰湿な体質がどうも俺に合わなかった。
「嫌なことを思い出してしまった……」
ゲームとリアルで、違うのは当たり前だ。
この世界は、ゲームの元となった世界なのだ。
ゲーム通りのほうがおかしいというものだ。
しかし、ゲームの情報も参考にはなるはずだ。どっちにしろ、俺にはこれしかない。
「ふむ、そうか。そう考えると七海達が人族を助けたのも無駄ではないか」
回復ポーションや、解毒ポーションがどれほど外の世界で通用するのか。
人体実験でどこまで効果があるのかは、確かめる必要性はあった。七海がやっている慈善事業は面白くもないが、あれも重要な情報源となりえる。
そう考えていると、七海とアリアドネがやってきた。
アリアドネは、俺の足元に跪いて黙っている。まず、七海から話を聞くか。
「真城ワタルくん。とりあえず、情報収集を終わらせてきた。街は酷い状況だった。食糧事情が悪くて住民はお腹を空かせているのに、領主の倉庫にはかなりの量の備蓄があったんだよ」
「それで、住民に食糧を配ったんだな」
「うん、公平に分けたよ」
「やっぱりか、七海の好きにすればいいが。大量に備蓄されていたのは領主が私服を肥やしていたってことかもしれないが、籠城戦を想定してじゃないかとも思うが」
「それを考えても、多すぎる量だったんだ。もちろん全部配るような真似はしていない……」
七海は甘すぎるんじゃないかと俺が思ったのを察したのか。
アリアドネが口を挟んできた。
「戦闘で荒れた民情を安定させるためには、施しも必要だと愚考します。領主が帰ってきたときに、ご主人様の慈悲深さを民に示して置くのは良い布石です。七海殿の施政は間違いではないかと」
アリアドネは、どうも小言くさい。
俺としては、街の施政とかどうでもいいんだけど。
「七海、それより蘇生法については何か分かったのか」
「うん。それで、この子を連れてきたんだ」
七海の後ろから、ひょっこりと青い髪のガキが顔を出した。
「そいつは、俺が戯れに助けてやった子供か。まだチョロチョロしてたんだな」
「真城ワタルくん、この子が蘇生法の鍵を握っていたみたいなんだよ。君に直接渡したいというから連れてきたんだ」
俺がくれてやったブカブカのローブを着ている青い髪のガキは、俺に向かって懐から取り出したコインを差し出した。
受け取った白銀に輝くコインには、『ヘルス』の刻印が刻まれている。