100.タランタン制圧
街の中は戦いにくくて仕方がない。
逃げ惑う市民を殺さないようにしながら、武装している犬耳の盗賊だけを殺して進むのは割りと大変だ。
「待ってくれ! 助けて、私達は違う!」
「ああ、分かってるよ」
戦闘に巻き込まれて。どうしようもなく座り込んでいる市民を避けて進む。
市街地戦はこれがあるから面倒だ。
市民の振りをして襲い掛かってくる便衣兵がいるかと警戒はしていたが、盗賊どもはそこまでは思いつかなかったようだ。
市街地戦闘では、誰が敵か味方か分からなくなると下手すると虐殺が起こる。
戦う意志を持った戦士同士の戦いならともかく、俺も虐殺などは見たくない。
早く戦闘を終わらせなければならない。
「まあ、市街戦は厄介なもんだ。こういうゲームも、あるにはあるが……」
市街地で乱戦になってしまったからにはしょうがない。
便衣兵戦術はないものの、敵は建物の影などから市民が巻き添えになるのも構わず矢を放ってくる。
「チッ」
俺は市民を巻き添えにするほどの悪意は持てないから、これはハンディとでも思うしかない。
こんな雑魚どもの矢など、脅威ではないので問題はないが、全て潰すとなると数は厄介だった。
しかし、敵も徹底抗戦の構えか。
市街戦は厄介なので、負け犬が尻尾を巻いて逃げてくれるなら、それでもいいかと思ったがそうは甘くないらしい。
俺は、頭の中に戦略地図を描いてみる。
タランタンは、四角形の形をした街だ。
農奴軍に東門を落とされた犬人の盗賊団は、街の中央の領主の館に陣取っている。
東門から攻め入った農奴軍に対抗するつもりのようだ。
偵察したときの情報から敵の動きを予想するに、北門、西門、南門に分散させた兵力を寄せ集めているってところか。
落とした東門と同数ぐらいだと考えると、敵兵力は合計で百五十。
中央に同数いたとしても二百。
それなら、農奴達と比べてもさほど多くはない。行けるかもしれないな。
突如巻き起こった騒乱に、街の住民は為す術もなく逃げ惑っている。こいつらは何人いようが障害物にしかならない。
「ぎゃあ!」
目の前でばったりと、黄色い布の服を着た女が倒れた。
盗賊の矢ではなく、農奴軍の投げた石が市民に当たったのだと、戦闘のさなかでも冷静さを失わわない俺は見て取れてしまう。
戦闘に慣れている七海達はともかく。
アリアドネが率いている、にわか作りの農奴軍は冷静さに欠いている。
興奮した双方が、誰が敵か味方かも分らぬまま市民を巻き添えにして殺しあう。
最悪の混戦へと発展しつつあった。
「不愉快だな……秩序も何もあったものじゃない。農奴と盗賊では、まともな戦争にはならないってことか」
「申し訳ございません」
この乱戦のさなかでも剣を振るいながら、俺の言葉を聞き分けて丁重に謝りを入れてくるアリアドネ。
この場で、しなだれかかってきて俺の足を止めるほど無分別ではないのがありがたい。
「いっそ、盗賊も街の外に逃げくれると良いとは思ったのだがな」
「いえご主人様。盗賊団の頭は、ここで潰しておきませんと後に差し支えます」
青い瞳を爛々と輝かせながら、華麗なる剣技で盗賊を屠って進むアリアドネには、何か考えがあるらしい。
「じゃあさっさと殺ってしまいたいが、盗賊の頭はどこにいるんだ?」
「それは、分かりかねます。ですが、妾が愚考致しますに……」
「ああいい、一番デカイ建物から順に潰す」
街で一番硬い建物は、中央区に位置する三階建の領主の館だ。
弓を使う兵士が多い盗賊団が逃げずに立ち向かうとすれば、そこを守るしかないように思える。
まずそこを潰すかと行きかけたとき、後ろの農奴軍から甲高い悲鳴が上がった。
砂煙のなかから現れたのは、馬に乗った盗賊どもだった。
「なんだ、盗賊のくせに騎兵の準備もあったのか!」
後ろから現れた馬賊に襲われたのは、農奴軍の最後尾にいた女子供だった。
ボロ布で、手に石っころしか持ってない女子供が勝てるわけもなく、為す術もなく殺されていく。
最終到達者まで成長したせいで、俺の視力は5.0にまで達している。
殺されていく女子供達のなかに、俺が難民キャンプで助けてやった青い髪の少女が紛れ込んでいるのが見えてしまった。
あいつ、あんなところで何やってやがる!
「敵の実を避け、虚を突く。盗賊にしては、見事な戦術ですね」
「冷静に言ってる場合か、アリアドネ!」
俺は、孤絶を構えて、大通りを後ろから攻めてきた盗賊騎兵に向かった。
普通に走るだけでは間に合わない、口の中で最上級のスローの魔法を唱える。
「あっ、ご主人様! 敵の動きは明らかに包囲戦術です。農奴どもを助けるよりも、敵の頭を潰すべきです」
「俺は、やりたいようにやる」
俺だって戦術ゲームはやっている。
後ろを突いた敵の動きが、農奴軍の包囲を狙ったものであることは明白。
後ろの敵よりも、前にいるはずの敵の頭を叩いたほうが戦術的に正しいことは分かっている。
農奴の女子供だって、どうなったっていい。
だが、俺はもともとそんなゲームはやってない。
せっかく俺が助けてやったガキを、敵にむざむざと殺らせるのは癪に障る。
「最上級 放散 刻限 敏捷!」
スローの魔法で体感速度を極限まで上げた俺が、音速のスピードで駆ける。
強い空気抵抗を撥ね除けて、騎馬が巻き上げる砂煙の中に飛び込む。
盗賊騎兵が振り上げた柄の長い戦斧に、少女が殺されようとしたところに間一髪で滑り込んだ。
「あっ、あっ!」
馬上から盗賊騎兵が振り下ろした戦斧を孤絶で受け止めた軽々と俺を見て、青い髪のガキがなんか呻いている。
何を言おうとしてるかなんて、どうでもいい。
「弱っちいガキは隠れてろ。こんなところまで、ノコノコと来てんじゃねえよ!」
俺は、そのまま孤絶を振るって、馬賊の持つ柄の長い戦斧を吹き飛ばす。
その勢いで、騎馬から投げ出された犬人の盗賊は、器用にも地面に転がりながら不時着して腰にぶら下げた剣を抜いた。
「敵の大将だな。ノコノコ誘い出されたのはそっちのほうだ。よく見ろ、五十の騎兵と百の弓兵に貴様は完全に包囲されて」
犬どもに、最後まで言わせる気はない。
「うるさい死んどけ……最上級 炎 飛翔!」
最上級の炎球が、抜剣して何かほざいていた犬人を、辺りを包囲していた盗賊騎兵を四、五人巻き込んで消し炭に変えた。
「ご主人様、大丈夫ですか!」
アリアドネが、今頃になって駆け込んでくる。
近くの建物の屋根の上から、盗賊の弓兵が俺に向かって矢を飛ばしてくる。
俺は、青い髪のガキに矢が当たらないように盾になってやる。
もう殺されてたまるか。
だいたい、こんな連中の矢など。
アサルトライフルの弾さえ弾く当世具足を身にまとった俺は、もともと盗賊の矢など避ける必要はなかったのだ。
「アリアドネ、俺はもう飽きた」
「はっ?」
「聞こえなかったか。戦争ごっこは、もう終わりだと言った。最終 炎 飛翔!」
最終ランクの炎球。
最終到達者の魔術師のみにまともに使用できる、最強ランクの紅蓮の炎が飛ぶ。
それは、一瞬にして建物に立てこもる盗賊弓兵達を、建物ごと消し炭に変えた。
「あっけない。ジェノサイド・リアリティーの破壊不能な建築物に比べれば、脆すぎる」
「ご主人様、あの妾達はどうすれば?」
「アリアドネ、目の前の敵を全て殲滅しろ。手段は、もう選ばなくていい。視界に入る敵を、魔法で消し炭にする。建物が邪魔なら、俺が建物ごと潰す。最終 炎 飛翔!」
俺は、マナを振り絞って最終の炎球を放つ。
瞬く間に視界の盗賊騎兵を全て消し炭に変える。
弓兵が建物に逃げ込んで矢を撃ってくるならば。
矢が飛んでくる建物ごと、機械的に消し炭に変え続けた。
そうしていると……先ほどまでの騒乱が嘘のようになくなっていた。
タランタンの街は、静かになっていた。
逃げ惑っていた市民も、暴れ回っていた農奴も、抵抗を繰り返した盗賊も。
みな全てを薙ぎ払う爆炎に巻き込まれまいと、一様に地に頭を伏せて動かなくなった。
ただ、消し炭に変わった建物が煙を上げて、時折バチバチと燻った音を立てるだけ。
全て終わったようだ。
「浅慮でした……。ご主人様の圧倒的な力を前に、妾の軍略など子供の遊びでしたね」
「戦争ごっこは、もう終わりでいいか?」
これ以上俺を煩わせるようなら、建物ごと焼き尽くし続けるだけだが。
しばらく立ち尽くして様子を眺めていると、白旗を掲げた盗賊団が領主の館からやってきた。
街の大通りに面した建物を全て消し飛ばした俺に敵わないと見て、敵は降伏するつもりのようだった。
さて、この始末どうしてやるか。
100話まで来ました。
今後ともどうぞよろしくお願いします。
次回更新予定、2/14(日)です。