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すっごいぬめるよ
作:本間史明


「きさまなに人のバック踏んどんのじゃこらあ」
 
 春山の怒鳴り声が控え室に響いた。

 怒鳴られたのは小柄なスタッフジャンバーを着た若者だった。
 
 若者は右足で春山の高級ブランドヌメリッチスポーツバッグ2006年モデルの肩掛け部分をしっかり踏んでいた。

「なめとんのかいこらあ」

 若者に詰め寄る春山をチームメイトである扉馬が止めた。

「手を出したらまずいっすよ。堪えてください」

 若者は青白い顔をして小刻みに震えている。

「なんやこら、わびもなしかい。おう」

「おまえもういいから、早く消えろよ」

 春山を制止しながら扉馬が言った。しかし、若者は動かない。

 腰を抜かしてしまい動けないようだ。

「消えろつってんだろう。聞こえねえのか、張り倒すぞ」

 無視されたと思った扉馬が憤怒した。怒声を浴びせられ、若者は気を失いその場に倒れこんだ。

「気色わる。なんやこいつ、はよこいつ誰かに持っていかせえや。わしのバックが取れへんやないか」

 春山はそう言って倒れている若者を足で小突いた。若者はびくりびくりと大きく痙攣し、勢いよく放屁。そして失禁した。

 一瞬の内にアンモニア臭とゆでたまご臭が控え室全体に広がった。

「こんのくそがきゃ〜」
 
 再び若者に襲い掛かろうとする春山を控え室にいたチーム屋形船全員で押さえ込み、扉馬が叫んだ。

「誰か清野原さん呼んでこい」

 数分後、野球界の番町と呼ばれている清野原が控え室に入ってきた。

「なに試合前に暴れとんねん。暴れなあかんのはこれからやろ」
 清野原は春山に諭すように言った。

「すんません。くそがきが舐めたまねしよったんでついかっとなってもうて」
 
 春山は既に落ち着きを取り戻していた。清野原が来る前に恩人である、なのもんきちが来てなだめてくれたのだ。

「わしが応援に来とるっちゅうこと忘れとったらあかんで」
清野原が言う。

「はい、えろう心配かけてすんませんでした」
 頭を垂らして春山が答える。

「なのさんにはもう会うたか」

「はい。ちょうど今さっき来てくれて、ごっつい祝儀くれはりました」

 なのは日本一の司会者と言われていて、毎年長者番付に名を連ねる大金持ちなのだ。

「おう、なのさんらしいのう。ところで、おまえ、あれや、勝った時なんか言うんやろ」

「はい。いつもの柔道最高と大晦日なんで、なんぞ景気のええ事言うてやろうかなあと」

「ほか、それやったらわしの名前だしいや。のう」
 
「はあ・・・」

「そない深く考えんでもええねん。清野原さんのアドバイスのおかげでとか、清野原さんに助けられたとか、ちょっとしたことでええねん。ともかく、わしが勝利に貢献したって言うて欲しいんや」

「はあ、分かりました」

「後もうひとつ」

「まだあるんでっか」

「試合に勝つやろ。そんでわしの名前出すわな、そん時に感極まったあいう感じで号泣して欲しいんや」

「はあ・・・・・・・」

「なんや気に入らんのかい。おまえも鶴田のタイトルマッチ観たやろ。泣きながら親父が、親父が言うて観客どかーんや。あん時の鶴田の親父役をやりたいんや」


「はあ。うまくできるか分かりまへんけど、出来るだけやってみましょ」

「よっしゃ。まあ、なんやかんや言うても勝たな話ならへんからな。そこらへんはどないなっとんねん」

「ばっちりですわ。糞田さんと菊庭対策練りに練ってきましたさかい。ね、糞田さん」

 清野原の前で急に振られて動揺したのか、糞田はどもって答えた。

「はははははい。菊庭はパンチドランカーになっていて全盛期の力はありません。寝技になっても上のポジション取られない限り怖さはありませんから、タックルを切ることさえ出来れば勝ちは手に入ったも同然です」
 
 たいがいの人間に不遜な態度を取る糞田も、清野原の前では新入社員のように硬くなっていた。

「ほう、菊庭はそこまでポンコツなんか」

 清野原はあご髭を撫でながら爬虫類のような笑みを浮かべた。

「まあそない言うても慢心は怪我の元やさかい、気い引き締めていきいや。ほなわしはお偉いさん方に挨拶してくるさかい」

 清野原が肩を左右に振らせながら控え室から出て行き、糞田が大きなため息をついた。


「あの馬鹿偉そうにしやがって。てめえはなんにもしなえくせにうまいとこだけ持ってくつもりかよ」

 糞田は清野原に対する態度を180度変え清野原を罵った。

「まあまあ僕らもあの人の知名度を利用させてもらってるわけですからお互いさまですわ。それよか、そろそろ準備始めましょう」

「そうだなあ。早くしねえとカメラが入ってくるしなあ」
 
 春山がスポーツバッグからスーパーローション ノットドライ ウィー アー オール スリッピーとラベルされた棒状の容器を取り出した。

「馬鹿、そんな堂々と出すな。他の選手に見られたらめんどくさいだろ」

 糞田が小声で言った。

「見られても大丈夫でしょう。なんか言ってきたら谷洲川さんに言えば一発で黙らせてくれますわ」

「それもそうか。谷洲川さんに逆らったら干されるなんてのはこの業界じゃあ知らねえ奴いねえもんな」

 二人で顔を見合わせ、きゃっきゃと中学生のように笑った。

「よし、そうと決まれば早いとこ塗っちまおうぜ。おい、扉馬。おまえも手伝え」

「でも、これ、反則なんじゃないですか」

 扉馬が不安げに言った。

「だからどないしたんや。なんか文句あるんかい」

 春山が巻き舌で言った。扉馬は顔を伏せ、春山の体にローションを塗り始めた。

「体中にくまなく塗るんだぞ。一本使い切っていいからな」

 糞田が指示を出す。

 ローションはあっという間に一本なくなった。春山の体は蛍光灯の光を受けテカテカに輝いている。

「ここまでやっちゃうとお客さんにもばれちゃうじゃないですか」」
 
 扉馬が怯えて言った。

「大丈夫や、乾けば分からんようになんねん。触ってみ」

 春山が扉馬に言った。

 扉馬はおそるおそる春山の腕に触った。

「あ、あ、あああああああ。滑って全然掴めない」

「たいしたもんやろ。これで菊庭の片足タックルは死んだようなもんや」
はっはっはっと春山が大きく笑った。つられて糞田もひゃひゃひゃうひゃひゃと笑い、扉馬もいひひひひひひとうわずった笑い声を上げた。

 控え室にいた他の選手やトレーナーが訝しげに春山達を見ている。

「なにを見とんのじゃいこらあ。文句あるんやったらかかってこいや。くろんぼでもしろんぼでも関係あらへん。やってまうどこらあ」

 春山が怒鳴り散らした。選手達は春山から目を逸らした。選手達は春山が谷洲川に贔屓されていること知っている。春山に注意などしたら後で自分が痛い目にあうと分かっているのだ。

 テレビ局のカメラがふいに控え室に入ってきた。春山はローションを隠し、扉馬を相手にミット打ちを始めた。

 グラビア上がりの巨乳タレントがレポートを始める。

「こちら春山選手の控え室です。春山選手はもくもくとミットを打っています。部屋の中には緊迫した空気が広がり、緊張が私にもひしひしと伝わってきます」

春山は笑いを堪えた。春山この巨乳タレントを一週間前に喰ったばかり時、そのベッドの中でこの巨乳タレントが台本を開きながら春山相手にこのフレーズを何度も練習していたことを思い出したのだ。

 オッケーです、ディレクターの声が掛かり、巨乳タレントは安堵のため息をついた。胸や尻を突き出して男を挑発する以外の仕事をするのは初めてだったのだ。

 巨乳タレントは媚びたメス猫のような目つきで春b山に近付いてきた。春山は糞田に目配せをして、糞田は近付いてくる巨乳タレントを制止した。

「すいません。試合前なんで取材は勘弁してください」

「いえ、取材じゃないんです。個人的に春山さんとはお付き合いがあって」
 巨乳タレントがえさを目の前にちらつかされ食べる寸前でえさを取られたメス猫のような目つきで春山を見た。

「春山は試合が終わるまで部外者とは接触しませんので、申し訳ありませんが、お引取りくだささい」

 糞田が無理やり巨乳タレントを外に追い出した。糞田は春山がその巨乳タレントを抱いたことも一回抱いて飽きたことも知っていた。

「すんません。糞田さん。一回抱いてやっただけなのに、ほんま図々しい女やで」
 春山が言った。

「女ってのはそういうもんだろ。でももったいねえなあ。あんないい女そうそういねえだろう」
 糞田がほんとにもったいなさそうに言った。

「糞田さんともあろう人がなにを言うまんのや。あんくらいのスケやったらどこにでもいまっせ。それにあの女、あそこがガバガバな上にババの臭いがしよるんですわ」

「おい、まじかよ。でもおっぱいはさすがによかったろ」

「あいつのパイは偽装もんですわ。触ったらすぐ分かりますよ」

「うへ、それじゃあ詐欺じゃないか。俺あいつでマスかいちゃったよ」
 糞田本当にがっかりした顔で言った。

「ご愁傷さまです。それよかちょっと見てください」

 春山が扉馬の名前を呼び、振り向いた扉馬の顔面に強烈な右ストレートを叩き込んだ。

「なにするんですか。いきなりひどいじゃないですか」
 目に涙をためて扉馬が言った。春山はそれを無視して糞田に言った。

「ほら見てください。あんなに思いっきり打ったのに扉馬はぴんぴんしよる。こんなんやったらケーオーなんて無理や」

「別にケーオーじゃなくてもいいだろう。判定でも勝てばいいんだから」

「いや、判定やったらあかんのですわ。滑汗会がやっとる賭博は勝ち方まで当てなあかんくて。わし、世話になってる親分やらなんやらにケーオーで勝つ言うてもうたんですわ」

「それで要するになにが言いたいんだ」

「これ使ってええですかね」

 春山がスポーツバッグからメリケンサックを取り出した。

「うへえ、おまえ本気かよ。こんなんで殴ったら死んじまうぞ」

「死ぬことはないでしょう。上からグローブつけるし」

「でもそんなもんつけてぶん殴ったら拳が壊れるぞ」

「あいつをケーオーできるんやったらかまいまへんわ。あいつをケーオーしたらこれだけもらえることになってまんねん」

 春山が人差し指を立てた。

「一千万か」

「桁が違いますわ」

「え、おおお、億か」

「ひっひっひ。ええ話でっひゃろ」

「そそそそその、おお俺にも、そのなんというか、あれなのか、つまり」

「はっはっは。もちろん分けますよ。だから言うたんですわ。そやなあ、うまくいったら三分の一あげまひょ」

「そ、そ、そんなにもらえるんですか。やります、やります。是非やりましょう。メリケンサックだろうがなんだろうが、なんでもやりましょう」



 入場ゲート裏で春山と糞田は最後の打ち合わせをしていた。

「時間ぎりぎりで走ってリングインするんですわ。そしたら審判も空気読んで、無理糞チェックしたりもしないでっしゃろ」

「ええ、さすがぬかりがない」

「後はしばき倒すだけや。殴って殴ってほんまもんの障害者にしたるわ」

「ああ、すごい。社長、大統領、首席、最高、春山マンセー」

「おーし行くぞ」
 春山は勢いよく花道に飛び出していった。


 赤コーナー 180センチ 84,8キログラム 菊庭武〜〜〜!!ワーーーーー!!

 青コーナー 177センチ 85キログラム 春山良比呂〜〜〜!!ブーーーーー!!

「なんでブーイングやねん」

「どうせきもいプロレスおたくだ。それとり試合に集中するんだ」
 愚痴る春山を糞田がなだめる。

「両者センターへ」

 審判に呼ばれ春山は口をつぐみリング中央へ向かった。菊庭と至近距離で顔を見合わせる。菊庭の表情には余裕が見られ、そのことが春山の燃える闘争心に油を注いだ。

{ひょっとこみたいな顔しおってからになんでこいつがわしより人気あんねん。なんでこのわしがブーイング受けなあかんねん}

 審判の反則の確認にも満面の笑みで答える菊庭。

{このぼけなす、なんでそないスマイリーやねん。あー、腹立つわ。殺したる。まじでコロシタル}

「コーナー」
 審判の指示でコーナーに戻った春山に糞田が話しかける。

「落ち着いていけよ。おまえの方が絶対に強いんだからな。あせらずに最初は様子を見ていけ」

「あのくそガキ殺したる」

「おい、深呼吸しろ。あせったら負けるぞ。分かるな」

「ふん、ここまでやっておいて負けるわけないでしょう」

「おい、はるー、はるー」
 清野原がリングサイドから声を掛けた。

「おまえ絶対勝つんやぞ、負けたら承知せんぞ」

{わかっとるわ。黙っとけどあほ}
 春山は心の中で毒づいた。直前に摂った興奮剤が効きすぎているようで、春山の心の大部分は破壊衝動に乗っ取られていた。

「ラウンドワーン、ファイト」

 リングアナの一声で試合が始まった。

 春山の頭の中には菊庭を殴るいうこと意外なかった。強引に前に出てパンチを振るう。しかし、菊庭はステップでそれをかわし、距離を置いてローキックを打ってくる。

「こんのくそガキ、逃げよってからに」

 再び距離を詰める春山だが、菊庭のステップワークに翻弄されパンチを当てることが出来ない。あいまあいまに出される菊庭のローキックが春山の脚にダメージを与えていく。観客は菊庭のローキックがあたるたびに大きく湧き上がった。

{なんでやねん、くそ。どないなっとんねん。なんで当たらへんねん}
 
 焦った春山の大振りフックに合わせて菊庭の片足タックルが決まる。

{やばい、このままじゃ倒される}

 その時糞田のだみ声が聞こえた。

「滑らせろ。滑らせるんだ」

{そうやった、俺は今ヌルヌルなんや}

 春山はくるっと体を反転させ、掴まれていた脚を引っこ抜いた。

 菊庭がトイレを開けたら母親が入っていた時のような表情で春山を見た。

 なんとか後退しながら立ち上がるも呆然としている菊庭。
 
 {チャンスだ} 

 春山はラッシュをかけた。左をおとりにしてメリケンサックを仕込んでいる右で顔面の中心を狙って殴る。

{こめかみやあごにクリーンヒットしなくても、この拳なら効くはずや}

 春山は全力で拳を振り回した。何発かヒットし、菊庭はたまらずにタックルに逃げる。

 しかし、何度やっても春山のヌルヌルボディーに片足タックルは無力だった。ヌルっと脚を抜きパンチを振り下ろす。パンチが効き菊庭が倒れた。すかさず春山が覆いかぶさり倒れている菊庭にパンチを浴びせる。

「タイム、タイム。ぬめる、ぬめるよ。反則だろ、おい」

 菊庭は必死に反則をアピールするが、審判はまったく試合を止めようとはしない。

「おい、ふざけんなよ。あんぽんたん」

 菊庭はガードポジションを取って、脚で春山を蹴り上げながら抗議した。

{止めてくれるわけないやろが。なんぼ金掴ませたとおもとんねん。さっさと死ね}

 春山は菊庭にパンチを振るい続けた。

{死ね、ポンコツ。おまえの時代はもう終わったんや。俺のために死んでくれ}

 百何発目かのパンチが菊庭に落とされた時、審判が試合を止めた。
 
 春山は両手を高く上げ観客にアピールする。しかし、観客の声援はまったくなく格闘技会場にあるまじき静寂が場内に立ち込めていた。

{なんやちゅうねん。ほんまけったいな客やで。観客はもうええ。テレビにアピールせな}

 春山はリング上に清野原を見つけると、駆け寄って抱きついた。その後ろでは菊庭が審判に抗議している。

{一生やっとけぼけ、わしには清野原のバックもついとんねんど。おまえの言い訳なんか誰が聞くかい}

 春山は清野原との抱擁をテレビカメラに十分撮らせた後、ラウンドガールからマイクを受け取り話し始めた。

「一年を締めくくるこんな大事な日にわざわざご来場いただきましてほんまにありがとうございます。みなさんの応援のおかげで勝つことができました。特に、短気な僕をここまで根気強く指導してくださった糞田さん、ほんまにありがとうございました。チーム一丸となってサポートしてくれた屋形船のみんな、ほんまにありがとう。そしてわざわざ応援に来てくれた清野原さん。いつも弟のようにかわいがってくれてありがとうございます。あなたが後ろにいてくれてはると思うと、ほんまに力強かったです。あと、清野原さんに泣けと言われたんですが、うれしすぎて無理です。すんません。あと、最後に両親に生んでくれてありがとう。柔道最高!!」

{完璧や。これで来年はわしの年になる。やばいで、やばいで。わしの時代の到来や}

「おまえ、ええこと言うやないか」

 清野原が春山の肩を抱き言った。

「いやいや泣けませんですんませんでした」

「そんなん、もうええわ。おまえ、ええ男やったで」

「いやいや、清野原さんには勝てまへんわ」

 はっはっはっはっは。春山と清野原が大きく笑った。

「いやー、作戦通りいきましたね。へっへっへ」

 糞田が卑屈な笑顔を浮かべて割り込んできた。清野原がかすかに嫌そうな表情を浮かべたが何も言わなかった。記者のカメラが三人を写す。

 春山は最高に幸せな気分だった。人に認められたい、認められない、認めさせてやる。子供のことからその繰り返しだった。在日朝鮮人として日本で生まれ、幼いころから日本人でもない韓国人でもない自分のアイデンティティを模索してきた。父親の薦めで始めた柔道で市民大会で優勝した時に初めて認められた気がした。それ以来、勝利こそが自分のすべてだった。勝利して回りに賞賛されることを生きがいとしてきたのだ。

 はっはっはと春山は大きな声で笑った。涙が出てくるまで笑った。涙が口に入ってしょっぱくても春山は笑い続けた。

 朝刊です。滑汗会の下っ端がコンビニで買ってきた朝刊数紙を春山にを手渡した。

「おお、ありがとう」

 春山は銀座のクラブで滑汗会の面々と祝勝会を開いていた。すでに出来上がっている春山はいい気分で朝刊を開いた。そこに春山は出ていた。しかし、それは春山が想像していたようなものではなかった。そこには春山の滑り疑惑と大文字で書かれ、菊庭の抗議に焦点が当てられていた。他の朝刊も開いてみたが、素直に春山の勝利を称えたものは一紙だけで残りはすべて春山を反則者扱いしていた。

「どういうことやねん」

 春山は怒り狂い、その時飲んでいた銀座のクラブを滅茶苦茶にした。滑汗会の力によって表ざたにはならなかったが、春山は銀座に出入り禁止になった。それでも滑汗会は春山を重要な客人として丁重にもてなした。毎日、家までリムジンで迎えにきては朝まで滑汗会に接待され、暴れながら飲んだ。

 そんな生活が十日間続き、酒と女に嫌気が差してきたころリムジンで六本木に向かっている途中、谷洲川から電話が掛かってきた。
「春山さんですか。大変なことになりました。控え室の防犯カメラの映像を内部の者が持ち出してインターネット上に流しているんです」

 春山は最初意味が分からなかった。{控え室にカメラ、つまり、塗っている証拠、それが流出、しかもWEB上}春山は状況を把握して背骨が抜けたようになった。

「問い合わせの電話で事務所はパンクしています。テレビ局もすごい怒っていて、こうなったらもう会見を開くしかありません。反則だと思わなかったとかなんとか理由をつけて誤魔化しましょう。その後で・・・」

 春山の手から携帯が滑り落ちた。

{あかん。プロレスと総合の区別さえついてない一般人やったらそれで騙せるかもしれんが、滑汗会がそんなんで納得するわけあらへん。殺される}

 その時、車内に転がっていた携帯が鳴った。また谷洲川からだろうと思いディスプレイを見た春山は心臓発作が起きたように固まり痙攣した。 

 滑汗会組長、ディスプレイに表示された文字が妙にどぎつく見えた。出ないわけにはいかない。春山は震える指で通話ボタンを押した。

「おおおう、おまえかい。よ〜うやってくれたのう」

いつもより一オクターブ低い組長の声が春山を縮み上がらせた。

「おまえの卑怯な反則のおかげで全額払い戻しせなあかんくなってもうたわ。わしの顔丸潰れや。しまいには一枚噛んどったことになってのう。これから上客にひとりひとり頭下げにいかなあかん。の〜う。あの試合見て悪い予感はしよったんや。ほんまおまえの柄取っといてよかったわ。まあ、逃げられてもどこまでも追い込みかけるけどなあ。とりあえず事務所まで連れて来い言うてあるからおとなしくしとけよ」

電話が乱暴に切られた。春山は恐怖で失禁した。車のシートをびっしょりと濡らし、奥歯を鳴らして震えた。失禁に気づいた運転手が春山を怒鳴りつけた。先日まではぺこぺこしていたのに。情報は既に組織内に広まっているらしい。春山はとりあえず糞田に電話して状況を確認しようと思った。糞田は呼び出し音が鳴ってすぐに出た。

「糞田さん、大変や。ローションばれてもうたらしい。どないしよ。そのうちグローブのこともばれるかもしれん」

「春山さん、あなたはなんてことをしたんだ。なんで一言相談してくれなかった」

春山は糞田が言っていることが理解できなかった。

「なにを言ってはるんですか。糞田さんも承知の上やったやないですか。なにを言ってるんですか。私はそんなこと一切しりませんよ。プロのトレーナーである私がそんなローションなんて容認するわけないじゃないですか。いいですか、早く会見を開いて謝罪することです。話はそれからです」
 
糞田は一方的に電話を切った。糞田は知らない振りを通すつもりなのだ、春山は悟った。後頼れるのは清野原しかいない。アドレスから清野原の番号を探し、通話ボタンを押す。

ツー、ツー、ツー、ツー、ツー、ツー、ツー、ツー。

着信拒否だ。春山も遊び終わった女に対してよく使うのでこの音の意味するところはよく分かっていた。

四面楚歌、春山を絶望が襲った。{このまま殺されるくらいなら自分で死んだほうがましじゃ}春山は走行中の車のドアを開き外へ飛び出した。

春山に向かって大型トラックが向かってくる。
「わあああああああああ、やっぱりまだ死にたないー」春山が叫んだ。


大型トラックが春山の体を吹き飛ばす直前、運転手によって春山は路肩まで突き飛ばされた。運転手は春山に歩み寄り、春山の胸倉を掴み起こして言った。

「まだ地獄に行ってもらうわけにはいかへん。まだまだ働いてもらわななあ」

運転手が春山の首筋に黄色い液体の入った太い注射を突き刺した。春山の意識は一瞬で途切れた。



「ほんまに僕の不注意で関係者の方々に多大な迷惑をかけてしまい、ほんまに心から反省し、痛感しています。もし、許されるのならば菊庭選手にリングの上で目を見てあやまりたいです。ほんまにみなさんすんませんでした」

春山の謝罪にその場にいた記者の大半が顔をしかめた。会見が終了後も会見場内のいたるところで、本当に反省してるのか、自分の罪の重さをまったく自覚していない、これだから朝鮮人は駄目だ等の陰口が聞かれた。

{ふん、言いたいだけ言えばええねん。わしの復帰戦はもう決まっとんのじゃぼけ}

春山は心の中で毒づいた。

滑汗会はこれからの戦いをすべて滑汗会の言うとおりに戦うという条件で春山を許した。そして谷洲川に圧力をかけ、春山の半年後の復帰戦を約束させた。

清野原はバッシングを恐れて、その試合以来メディアに露出していない。

谷洲川は滑汗会に脅迫された腹いせに春山に肉体関係を迫った。春山は泣く泣く尻穴を差し出し、谷洲川に思う存分陵辱された。
「いいよ、春山君のあそこすっごいぬめって気持ちいいよ。ああ、ああ、いく、いくーー」

試合後会見を開いた菊庭は試合を台無しにしてしまったと謝罪し、春山と戦うことはもうないだろうと言った。
 
なのもんきちはそれを見て男らしくないと朝のワイドショーで批判した。
「ねえ、男らしくないよ。男だったらねえ、過ぎたことをぐだぐだ言ってないでもう一回戦うべきですよ。うん。あんまりねえ、何度も言うと負の力が働きますからねえ。本当にねえ、やっぱり男だったらねえ・・・・・」














あくまでフィクションです。楽しんでもらえたら光栄です。













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