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一章
フライト
 海谷(カイタニ)空人(クウト)は、乗るのがやっとの快適性をほとんど無視したとても狭い機内にいた。居心地が悪いのはスカイシリーズの特徴なので我慢するしかない。
 外からは歓声が聞こえる。どうやらこれから始まるレースに早くも興奮しているらしい。
 ふぅ、と軽く肩の力を抜くと、時計を確認してレース開始までの残り時間を確認する。そして、機内に設置された様々なメーターを最終確認する。
「おい、クソガキ。準備は出来てんのか?」
 確認が終わると同時に、おっさんから通信が入った。
「今終わったトコだよ、おっさん」
 嫌味を込めてそう言うと、おっさんは小さく舌打ちした。
「まぁいいや。テメェ負けたらスポンサー契約切っからな?」
 おっさんは一方的に通信を切断した。空人の方から掛け直してもいいが、アクセス権があちらの方が上位なので切断されるというオチだろう。
 (ソラ)は来ているのだろうか。空人はまた天のことを考えた。
 そもそも、ここに立っている理由の半分は天だ。空人にとって天がデビュー戦を見に来てくれるかどうかは、とても大きなことだった。それこそ十八年間育ててくれた母親が来てくれることよりも。
 空人は何気なく機内に設置されたメインモニターに目をやった。
 すると、
「うっわ! ヤバイ。あと三秒しかない」
 空人が考えているうちにカウントは始まっていた。
 しかし、いくら準備をしてあるとは言え、あと三秒で地面を離れることは熟練しているフライターでも至難な技だろう。
「ゼロぉぉぉぉぉおおおお!」
 無情にも時間は過ぎ、アナウンサーは元気よく『ゼロ』のカウントを切った。
「くっそ、こんなことしてる場合じゃない」
 慌てて気圧計やら温度計やらを確認して、レバーを手前に引く。
 見る見るうちに機体は上昇し、何とも言えない浮遊感を感じた。しかし少し強引に引きすぎたのか、機体の尾翼辺りが地面に擦ったような感じもした。
 すでに空人の機体を除く七機は遥か遠くに存在していた。
「いきなりビリかよ……」
 少し落ち込む空人であったが、すぐに状況確認をする。
 今回のレースはコロニー内を一周するというものだ。ホイール型であるこのコロニーを一周するということは、一直線に飛べばいいと言うことだ。
 元々機体が不安定なブルースカイは、急カーブが苦手である。つまり、今回のコースは多少空人に利があると言っても良い。
 しかし、直線と言うだけで勝てるほど簡単ではない。
「一番近いのは、黄緑色の機体か。名前は……なんだっけ?」
 近いと言っても、単位で表すと一キロほど離れている。
 だが、一キロという単位はブルースカイの前では大したことはない。
 空人はさらにレバーを倒し、速度を上げる。
「どうやら海谷選手は、何らかのミスで出遅れてしまったようですね。これは大丈夫なんでしょうか!」
 アナウンサーが楽しそうにそう言うと、会場はさらに盛り上がった。
 空人のミスは、試合的に見ればかなりおいしい展開だと言える。一番人気の選手が初っ端にミスをするのだ。面白くない訳がない。
 やがて空人の機体は、前方の黄緑色の機体の後ろにピタリとつく。
 黄緑色の機体の方もここまでいくつもの関門をくぐり抜けてきたプロだ。ただ黙って見過ごすはずがない、のだが。
 空人の機体は黄緑色の機体の頭上を越え、あっさりと順位を塗り替えた。
「おっと。ここでいきなり岡崎選手の機体――グリーヴを抜いた!」
 どうやら、グリーヴというのが先ほどの黄緑色の機体の名前らしい。
 一度加速したブルースカイの勢いはとどまることを知らなかった。
 次に見えたのが、オレンジの機体、そのすぐ先にあるのがシルバーの機体とグリーンの機体だった。
 察するに、三つの機体は競り合っているらしい。
 オレンジの機体が後ろから、光銃を連射しており、グリーンの機体がそれをかわし、シルバーの機体が光のシールドを張って攻撃を防いでいた。
 このようにフライトレースでは、前にいるからといって有利な訳ではない。光銃や光剣などで後ろから狙われる可能性もあるし、死角に入られればブロックするのも難しい。
 空人は加速をやめ、スピードを維持しながら様子を見た。
 どうやら、オレンジの機体は完全な攻撃型らしい。両翼には光銃を撃つための砲台と光剣を出すための柄が二本ずつ取り付けられていている。外装は薄く、防御面には全く気を遣っていないようだ。
 一方シルバーの機体は、背の部分に光剣を一本装備しているだけで、あとはシールドを張るためのアンテナのようなものが至る所に取り付けられているだけだ。こちらの外装は見るからに重そうで、下手をすればブルースカイの三倍ほどの重さがあるかもしれない。
 グリーンの方は少しスピード特化したタイプのようだ。光装は光剣二本だけで、外装はほっそりとしているが防御が薄い訳ではなく、ちょうどよくバランスが取れている。
 もし相手がシルバーの機体のみだったなら、光装を一切装備していないブルースカイの超加速で簡単に抜けるのだが、オレンジやグリーンの機体がいると少々厄介だ。
 そもそもグリーンの機体はスピードだけで抜くのは難しい。オレンジの機体は一度小競り合いになれば、外装の薄いブルースカイは一瞬で落とされてしまう。
 そして、光装もバランスも持たないブルースカイが唯一持っているものが――速度。
 空人に残された道は、ただ単純に速度で追い抜くこと、それだけだった。
「絶対――ぶち抜く!」
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