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三日遅れのバレンタイン

作者:だーおん
『おい、おまえ! 聞いてるのか⁉』
「は、はい! 聞いてますっ!」

 深夜のコンビニに向かう、真っ暗な路地。
 俺は驚きのあまり、持っていた財布を落とし、その場で尻餅をついたまま動けないで居た。

 ゆっくりと、いきなり電柱の陰から出てきたその生き物を見上げる。

 暗闇のために、その生き物の詳細を把握することはできない。
 だか、ゆらりと揺れる尻尾や翼のようなものなど、その全体のシルエットから、まるで西洋のドラゴンっぽいな、と感じた。
 そして、頭の中に直接響いてくるような言葉や、闇の中に爛々と輝くライトブルーの瞳。
 とりあえず俺は、目の前の生き物が、何か不思議な存在であるということは理解していた。

『もう一度言うが、おまえの住処は近いのか? 頼むから、今夜私をおまえのところに泊めさせてもらえないか? 無理なら構わん。記憶を消すだけで見逃してやる』
「住処……って、家のことですか? ここからは近いですし、別に良いんですけど……」
『そうか。やはりお前も……って、え? 今、別に良いと言ったか? ほ、本当か⁉ 本当に良いのか?』

 一瞬だけ何かを勘違いしたのか、残念そうに項垂れていたその生き物だったが、すぐに俺の言ったことを反復して確認するように訊き直してくる。
 何がどうなっているのかは分からないが、今はとりあえず大人しくこの生き物の望むようにさせようと感じた。
 だって、ドラゴンだぞ。
 断ったら記憶を消された後に存在も消されてしまいかねない。

「だ、大丈夫です。あ、でも先にコンビニに寄らせてもらえないでしょうか?」
『ん、コンビニというものが何なのか分からんが……ようやく見つけた相手だ。少しくらいの用事なら全然構わないぞ』

 突然泊まりたいと言い出したドラゴンに内心戸惑いつつ、俺は落とした財布を拾って恐る恐る立ち上がる。
 その時になって気が付いたが、ドラゴンの背丈は俺の胸までくらいの高さと、意外と小さいようだ。
 声の高さは中性的で子供っぽい感じだが、一人称が「私」なところをみると、このドラゴンは女の子なのかな。

 何故か言葉も通じるし、会話の内容的にも危険は無い……と思って良いのだろうか?

「ドラゴン、君は──」
『フィレアで良い。敬語も使わなくて良い』
「お、俺は翔太だ……それで、俺は買い物をするんだが、フィレアはどうするんだ?」
『ん? 付いて行くぞ。心配しなくても、おまえ以外の人間には私の姿は見えないからな』

 見えないだって……?
 本当かどうか一瞬疑問に思ったが、とりあえず、俺はそのままコンビニに向かうことにした。
 フィレアはそんな俺の横をてけてけと歩いて付いてくる。

「それにしても、どうしてフィレアはこんなところに? それに、泊めて欲しいって」
『まあ、そうだな。技術を勉強するために今日からこの世界に来たんだが……制限の中で勉強するのはなかなか上手くいかなくてな』

 フィレアが言うには、自分の信頼出来る人間を一人見つけて、その人からいろいろと教えてもらうんだとか。
 その人を探して何時間も駆け回り、何人にも断られ続けて諦め掛けていたところに、俺が現れたんだそうだ。
 それと、この留学ドラゴンだが、なんとフィレアの他にもたくさん居るのだと言う。
 いわく、留学に際しては、主に人にパニックを与えないための行動の制限がいろいろとついてくるらしく、そういった制限があるから、ドラゴンの存在は明るみに出ないらしい。

『じゃあ、さっそく一個聞いて良いか? あの明るいのはどうやって点いてるんだ? 魔法具じゃなさそうだが』
「ああ、街灯のこと? あれは電気で点いてるんだよ」
『電気って、あのビリビリのか? ただの電子の流れなのに、どうやって光エネルギーに置き換えるんだ?』
「えっとね……って、え?」

 ん、ちょっと待って?
 電子に、光エネルギー?
 俺は思わず隣を歩くドラゴンのシルエットを二度見した。
 なんか、質問のレベル高くない?

『どうしたんだ?』
「え、いや、何でもないよ。えっと、蛍光灯は確か……ガラス管内に低圧ガスと水銀蒸気を入れて、そこに放電すると──」
『なるほど! 低圧にすることで放電しやすくして、生まれた熱電子が水銀……まあ金属だろ? にぶつかってエネルギーを与えられることで紫外線が出ると。後はそれをあのガラス管の中の白いもの、おそらく蛍光物質か何かにぶつけて可視光を出してるんだな!』
「え、あ、あぁ。そうだよ。多分」

 今の俺の発言から、どうしてそこまで分かるんだ?
 既に俺より蛍光灯について詳しいまであるぞ。
 なんか俺、フィレアには申し訳ないけど、教える役回りなんて務まらない気がして来たんだが。

 そうこうしているうちに、俺たちは目的のコンビニにまでやって来ていた。
 少しフィレアのことが気になりながらも、意を決してそのままコンビニの中に入る。

「いらっしゃいませぇー」
『おお、扉が勝手に開いたぞ。上のあのセンサーで赤外線を感知しているみたいだが……そもそもどうやって扉を動かすんだ?』
「……モーターだよ。磁石と電磁石を組み合わせて作るんだ」
『ああ、あれか! 半回転ごとに電極の向きが入れ替わるようにすれば、固定された磁石に対して──』

 ふんふんと一人で納得しているフィレアを置いて、夜食用に適当なおにぎりを二つ……いや。
 少し悩んだ結果、三つ買うことにした。
 そのままレジまで持って行き会計をしていると、フィレアが興味深そうに覗き込んでくる。

『ん……あの、ピッ、とする奴は何なんだ? 被所有物の刻印でもなさそうだが』
「あれは商品に付いたバーコードを読み取っているんだよ。会計のためでもあるし、何が売れたかとかの情報も管理してるみたい」

 店員に怪しまれないように、小声で答える。
 フィレアの言うとおり、彼女の姿は俺以外の人間には見えないらしい。
 正直疑わしかったが、レジカウンターの上に乗って尻尾を揺らしているフィレアに何の反応もしない店員を見るに、本当のようだ。

「ありがとうございましたぁー」

 買い物を終えて店を後にしようとしたその時、ふとフィレアを見つめる。
 さっきは暗くてよく分からなかったが、予想通りフィレアは西洋のドラゴンそのままだった。
 その身体は真っ赤な鱗で覆われていて、翼の付け根あたりから茶色っぽいタテガミも生えている。
 すげぇ、偽物……にしてはクオリティが高過ぎるか。

『どうしたんだ?』
「いや、フィレアって本物のドラゴンなんだよな?」
『今更な気もするが、そう言えばこの世界にはドラゴンは居ないんだったな。それで、それがどうかしたか? ……もしかして、私のことが、怖くなったのか?』

 俺の言葉に、何人にも怖がられて逃げられたことを思い出したのか、フィレアがしょんぼりと俯く。
 とりあえず、俺はそのまま店を出て真っ暗な路地を歩き始めると、俺の隣を少し遅れてフィレアが付いてくる。

「そりゃあ驚いたし、怖くないわけじゃないけど……俺を傷付ける訳じゃないんだろ? だったら大丈夫だよ」
『ほ、本当か? 別に、嫌なら言ってくれて良いんだからな? お前以外の人間たちはみんな私の姿を見た途端、まるでケルベロスに合ったかのように逃げて行ったんだからな』

 私、そんなに怖いのかな、と最後にフィレアが小さく呟く。

「ケルベロス……。というか、そんなに心配しなくても大丈夫だって。俺、ドラゴンとかそう言うの好きだからさ」
『む、ドラゴンが好きとは、変わった人間なんだな、おまえは』
「そうか? 暗がりだと見えないけど、さっき見た鱗とかも綺麗で良いと思うよ」
『なっ⁉ き、綺麗なんて言われても、嬉しくなんかないぞ……』

 相変わらず街灯が少ないせいでフィレアはシルエットにしか見えないが、尻尾がピンと立ってなんとなく恥ずかしそうにしているのが分かる。
 なんでだろう。このドラゴンが何だか可愛く見えてきた。
 ドラゴンといえば、格好良さの象徴のはずなんだけど。

 そうこう話しているうちに、正面に見慣れた建物が見えてくる。

「ほら、着いたぞ。ここが俺のアパートだ」
『あ、おお。ここがおまえの住処か』

 廊下を歩き自分の部屋の前まで来ると、鍵を開けて中に入る。
 遅れてフィレアも入ってくるが、狭いアパートだから結構ギリギリだ。

「狭いし散らかってるけど、こんなとこでよければ。あ、ドアに尻尾挟まないようにね」
『お邪魔するぞ。とりあえず雨風が凌げて人目を避けられればどんなとこでも大丈夫だから、ここはむしろ良い方だと思うぞ……にしても、やはりここも知らないものばかりだ』
「好きにして良いけど、何かを壊したりするのは勘弁で」
『分かっている』

 フィレアが部屋に入りその床に座り込んでから、俺も座ってテーブルの上に買ってきたおにぎりを広げる。
 あちこち彷徨っていたフィレアの視線も、自然とそのおにぎりに向けられた。

「どれがいい?」
『え?』
「あぁ、いや。お腹空いてるかなと思って」
『い、良いのか? 私なんかのために』

 俺の言葉があまりに予想外だったのか、フィレアはずいぶん驚いた様子でおにぎりと俺とを見比べる。

「何も食わせずに俺だけ食う訳にもいかないだろ? それとも、ドラゴンは何も食べなくて良かったりするのか?」
『そんなことは無いぞ!ちゃんと腹は減るし、眠くもなる。ドラゴンだって生き物だ』
「そっか。まあほら、良いから早く選びなよ」
『なら、遠慮なく……うーん、魚の肉と、辛そうな野菜と……何だこれ? の三種類か』

 フィレアはすんすんと鼻を効かせながら、おにぎりの具材を見極めていく。
 が、何かを悩むようにしていてなかなか決まらない。

「……やっぱり、一つじゃあ少ないか?」
『え⁉ あー、いや別に、そんなことは無いと言うかなんと言うか……』

「一個は残してほしいな」
『……本当に助かる』

 そう言ってフィレアが手にとったのは鮭と高菜のおにぎり。
 俺は残った梅干しおにぎりの包装を取ると、パクリと一口食べる。

『なっ! 今どうやってこの障壁を解除したんだ? アンチバリアを使った感じはなかったぞ?』
「アンチバリアって……。ほら、貸してよ。ここをこうすれば……」
『これをこうか? それから……。おぉ、なるほど、これは良くできているな。じゃあ、頂くぞ』

 フィレアは俺が一回やって見せただけで、器用に竜の前足でおにぎりの包装を剥がしきる。
 相変わらず物覚えが早い。
 果たして教えてもらう人は本当に要るのだろうか……。

「なかなか美味いな。ただの握り飯かと思ったが、植物油とか入ってるんだな。保存も良くなるだろうし、機械で大量に作るのにも有利かもな」

 ……これを考えるのはよそう。

 ◇◆◇

「さて、そろそろ俺はシャワーを浴びてくるよ」
『む? シャワーとは何だ? 察するに水浴びみたいなものか?』

 おにぎりをあっという間に平らげたフィレアが、今度はシャワーに興味を持ったようだ。
 その視線は俺の行こうとする部屋に向けられていて、尻尾もゆらゆらと揺れている。

「あー、水浴びに近いけど、浴びるのはお湯だね。それで身体の汚れを落として、しかもあったまるみたいな」
『なるほど……ちょっと、私も浴びてみて良いか? 意外と身体も汚れてると思うのでな』
「別に良いよ。使い方教えるから、来なよ」
『感謝するぞ!』

 嬉しそうに尻尾を振るフィレアを連れて狭い浴室に移動する。
 流石に一度に部屋に入りきらないから、俺は浴槽の中に立ってシャワーとかの使い方を教えていく。


「……ってな感じかな」
『なるほどな。だいたい分かったぞ! だが私の前足では少し厳しいか』
「……それもそうだよな」

 さっきからシャワーヘッドを前足で持ってイメージで使ってみているようだが、場所が狭いこともあって全身をくまなく流す……特に翼のある背中は難しそうだ。

「……洗おうか?」
『なっ⁉ ほ、本気で言っているのか?』
「そりゃ嫌か。ごめん何でも──」
『いやいや! 全然嫌ではないぞ! むしろそうしてくれると嬉しく思うのだが……』
「そう言うことなら。ちょっと待ってて」

 咄嗟に出てしまった言葉に、一瞬やってしまったと思ったが、特に問題はなかったようだ。
 お湯の蛇口を捻り、シャワーから出る水がお湯になるのを待つ。
 しばらくそうして、お湯が温かくなったのを確認してから、そっとフィレアの背中に掛けてやる。
 真っ赤な鱗がお湯に濡れて、光をきらきらと反射する。

『……本当にお湯が出るんだな。にしても、これは心地いいな』
「喜んでもらえて良かったよ」

 フィレアは、グルルと喉を鳴らして気持ちよさそうに目を閉じている。
 ……だけど、流石にお湯を掛けるだけじゃあ汚れはしっかり落ちないよな。
 俺は意を決してフィレアの背中に手をおくと、その茶色のタテガミを揉むように洗う。

『……。』

 フィレアは黙ったままだが、変わらず嫌がる素振りも見せないので、おそらく続けて良いのだろう。
 俺はそのまま、フィレアの全身をくまなく洗ってあげる。
 ドラゴンの鱗って、こんなにつるつるなんだな。

『……なんで』
「ん? どうかした?」
『……どうしておまえは、ここまでしてくれるんだ? さっき会ったばかりで、ましてや人間ではなくドラゴンである私に』

 フィレアが、風呂場の壁の鏡を見つめながら、そんなことを口走る。
 確かに、冷静に考えたら、俺ってどうしてこうしているんだろうと疑問に思った。
 それでも、シャワーを掛けて汚れを落としていく俺の手は止めない。

「そうだな。うーん、なんでだろうな。俺もよく分からないけど……敢えて言うなら、俺もまだ実感が湧いてないみたいな感じかな」
『それは、私のことを信用ならないと思っていると言うことか?』
「そうじゃなくて、フィレアのことを本当だと信じようとしてるから、現実離れしたこの事態の中でも、もっとフィレアに関わってみたいと思えるんじゃないかな」
「そうか」

 残った泡を全部洗い流してお湯を止めると、外に置いてあるバスタオルの一つを手にとって水分をしっかり拭き取ってあげる。
 明るめの茶色だった彼女のタテガミだったが、綺麗にしたからか今見ると金髪に近い。
 赤色の鱗も心なしかより輝きが増して、まるでルビーのようだ。

「よし、良いよ」
『スッキリしたぞ。それに、何だか急に眠気が……。先に寝てても良いか?』
「もちろん。寝転べるスペースが無かったら、布団の敷いてあるとこで寝てても良いからな」
『分かった……あー、その、ありがとう。洗ってくれて、気持ちよかったぞ。おやすみ』
「え? ああ、どういたしまして。おやすみ、フィレア」

 フィレアが俺の方をちらと見て恥ずかしそうにしながら、そう言って浴室を出ていった。

 ……さて、俺もサッとシャワーを浴びて寝るとするか。

 ◇◆◇

 身体の水気を拭き取ってから、着替えて部屋に戻る。
 軽くスマホを弄った後、時計を見れば既に夜の2時を回っていた。
 どうせ明日も大学は休みだし、携帯ゲームをやり込んでも良かったが、今日は何かと疲れたから寝ることにする。

 そっと、布団の敷いてある狭い寝室を覗き込むと、精一杯布団を踏まないように丸くなったフィレアが穏やかな寝息を立てていた。

 俺が寝れるように気を使ってくれているのだろうか。
 だとしても、やはり狭い……でも、せっかく避けてくれてるんだから。

 しばらく迷った俺だったが、そっと敷いてある布団に潜り込む。

 ど、ドラゴンと添い寝する日が来るとは。

 ちらっと隣に目をやれば、すぐ目の前にフィレアの真紅の鱗に覆われた背中に尻尾、その身体を包む大きな翼とブロンドのタテガミ。
 正真正銘、本物のドラゴンだ。

 ふう、と視線を天井に向けて一息つく。
 何と無く目に入る壁の日めくりカレンダーは、二月十四日。
 なんだ、今日はバレンタインだったか。

 ……と言っても、別に親しい女の子の友達も彼女も居ない俺にとっては、何の関係も無い日かな。

 何とも言えない気持ちになった俺だったが、隣から伝わってくるフィレアの体温の暖かさからか、すぐに俺の意識は闇に包まれた。


 ◇◆◇


 フィレアと出会ってから今日で三日目。
 時刻は夕方。家の近くの河原をフィレアと散歩している。
 隣を歩くフィレアのルビー色の鱗に夕日が反射して、かなり幻想的だ。

 それにしても、今日も疲れたな。
 フィレアにせがまれるままショッピングセンターに行ったり、ゲーセンに行ったり、山に登ったり……。
 とにかく、一日歩きっぱなしだった。
 普段の休みは基本家でゴロゴロする俺にとって、かなりハードな一日となった。

 それでも、嫌ということはなくむしろ楽しかった。
 誰かと一緒に外出なんて、本当に久しぶりだったからな。

 まあ、それは良いとして、本当に大変だったのは昨日だな……。

『あれが自動車か……にしてもあのエンジンとやらは、どうやって動いてるんだ?』
『あらゆるものが電気で動いているのか。この膨大な電力は何を代償にして手に入れてるんだ?』
『おい、あの空飛ぶ鉄の鳥は何だ! とんでもないデカさだぞ!』
『そのスマホとやらのタッチパネルとは……』
『そもそも……』
『じゃあ、あれは……』

 とりあえず、目に入るもので分からないものは全て聞いてくる。
 しかも結構深い知識まで掘り下げるもんだから、上手く答えられるか心配で主に心が疲れる一日となった。

 それも、三日目ともなると大分落ち着いてきて、精神という点においては比較的ゆっくりとした一日を過ごせた気がする。

「なあ、フィレアは空は飛べるのか? 火を吹いたりとか」
『恥ずかしい話だが、私はまだ飛べない。ただ、ある程度の火なら吹けるんだぞ!』
「わっ、すごいな」

 そう言ってフィレアは空中に割と大きめの炎を吐き出す。
 ごうっと目の前に広がる熱に思わず大きな声を出してしまったが、別に周りには誰も居ないだろうし良しとしよう。

「そういえば、フィレアは何時までこの世界に居て勉強するつもりなんだ? 別に俺のとこはどれだけ居てもらっても構わないんだけど」
『……。』
「あれ、フィレア?」

 何気なく発した俺の言葉に、フィレアははっとした様子を見せたのち、俯いて黙り込んでしまった。
 そしてそのまま堤防の淵に座り込んだから、俺もその隣に腰を下ろす。

「どうしたんだ?」
『……今日までなんだ』
「え?」
『実は、この世界に居られる期限があってな……。それはここにきてから三日間なんだ。そして今日が、その三日目』

 フィレアから聞かされた突然の事実に、咄嗟に言葉が出なかった。
 どうりで、凄い勢いで知識を詰め込む訳だ。

『別に隠すつもりは無かったんだ。言うタイミングを逃してな……申し訳ないぞ』
「い、いや、別に謝らなくても良いよ……何時かは戻るだろうなと思ってたから」
『……私と離れるのは嫌か?』
「まあ、ね。せっかく仲良くなれたし、もっと知りたいとも思ってたけど……仕方無いよ。それで、何時なんだ?」
『今が夕方の六時だろ、だったら……あと一時間あるか無いかだろうな』


 ぼんやりと一緒に夕日を眺める。

 隣に居るフィレアが、何故か遠い場所に行ってしまったかのように思えた。
 らしくもなく視界が潤んできて、それを隠すように空を見上げる。

「また、会えるのか?」
『どうだろうな……。転移自体はそこまで難しくは無いんだが、特別な“目印”でも無い限り正確に位置を絞ることは出来ない。たまたま同じ場所に転移出来る可能性は……限りなく低いだろうな』
「そっか……」

 その時、俺の腰辺りにフィレアの尻尾がシュルリと控えめに巻きつけられた。
 思わずフィレアの方を見れば、前足を顔辺りに持っていって俺とは反対側を向いていた。

「フィレア、泣いてるのか?」
『泣いてない。おまえと一緒にするな』
「でも、フィレアだって……」
『泣いてない』
「……。」
『泣いてないぞ』
「……そう言うことにしとくよ」

 輝いていた太陽は、既に地平線に飲み込まれてその姿を隠してしまった。
 さっきまで琥珀色だった空は、まるで黒の絵の具を垂らしたかのように刻一刻とその黒さを広げていく。

『なあ。私と一緒に居て迷惑だと思ったか?』
「まさか。そんな訳無いだろ」

『なあ。私と一緒に居て楽しかったか?』
「もちろんだよ」

『……なあ。わ、私と一緒に、居たいと思うか?』
「そうだな……もし可能なら望むだろうな」

 腰に巻かれたフィレアの尻尾がギュッと締め付けられる。

『本当に、おまえは変わった奴だよ』

 そう声が聞こえた瞬間、腰の圧迫がすっと消えてしまった。
 驚いて隣を見れば、そこにはコンクリートの堤防が遠くまで伸びていた。

「フィレア……?」

 ふらりと立ち上がって、ついさっきまでフィレアの居た辺りを見渡す。
 が、そこにはフィレアの姿は全く無い。

「おい、フィレアァ!」

 叫びながら慌てて腕時計を確認すると、間も無く七時というところだった。
 まさか、フィレアの奴……。

 まだ、ありがとうも、さよならも、ちゃんと言えてないのに。

「フィレア!おい、嘘だろ。フィ……痛っ!」
『バカ、後ろだ。それに大声で叫び過ぎだ……全く。ちょっと脅かしてやっただけだ』

 背中をとんと突つかれてその方に振り向けば、フィレアが俺からプイと顔を逸らして立っている。
 そして、その全身からは光の粒子のようなものが溢れていた。

「フィレアッ! 良かった! ……でも、身体が光ってる」
『ああ。もう、時間なんだ。それで、おまえに渡したいものがあってだな……』

 フィレアが、んっ、と言って差し出す右手には、赤く煌めく鱗が一枚乗っていた。

『バレンタイン、というものがあるのだろう? その日には、雌から雄に贈り物を贈ると聞いたぞ……。その、なんだ。バレンタインは三日も過ぎてしまったが……まあ、感謝の気持ちを込めておまえにこれを渡そうと思って、な。……受け取ってくれるか?』
「フィレアッ、ありがとう!」
『わっ、ちょっ……!』

 その鱗を手に取ると、思わず俺はフィレアを思いっきり抱きしめていた。
 驚きで息を呑む声が聞こえたが、すぐにフィレアも控えめに俺の背中に腕を回してきた。
 伝わってくる、フィレアの温もりと息遣い。
 横に顔を向ければ、少し呆れたような、嬉しそうな表情のフィレアが同じく俺の方を見ていた。

「本当に……本当に、楽しかったよ。ありがとう、フィレア」
『感謝するのは私の方だ。短い間だったが、世話になったぞ……そろそろか』

 フィレアはそっと俺から離れると、数歩後ろに下がり蒼く輝く瞳で俺を見上げる。

「フィレア。さよなら、だな。元気で」
『ああ……。また会えると良いな、ショウタ。……それじゃあ、またな』

 その言葉を最後に、フィレアの姿は光となって跡形もなく消え失せてしまった。
 まるで、そこには最初から何も無かったかのように。

「フィレア……」

 それでも、手の中の真っ赤に煌めく鱗だけは、確かにそこに存在している。

 この三日間は、ずっと忘れない。

 空を見上げれば、涙で滲む視界の向こうに綺麗な星空が広がっていた。


 ◇◆◇


「ふう、今日も疲れた」

 何時もと変わらない大学からの帰り道。
 今日は五限目まであったからかなり遅くなった。
 適当な夜食を家の近くのコンビニで買うとしよう。
 そんなことを考えながら、街頭の疎らな真っ暗な路地を歩く。

 コンビニが見えて来て、リュックの中から財布を取り出しておこうと手を突っ込んだ時、指先にあるものが当たる。
 取り出してみると、今では俺の宝物のフィレアの鱗だ。

 あれからもう二ヶ月は経った。
 あのたった三日間の出来事は今でも鮮明に思い出せるが、まるで夢のような三日間だった。
 きっと誰に話しても信じないだろうし、話すつもりも無い。

 でも、それで良いんだ。

 誰が何と言おうとも、この鱗が有る限り、あの三日間は本当に──

「どわっ!」

 右手に持ったフィレアの鱗に視線を落とし過ぎていたのか、どうやら誰かとぶつかってしまったようだ。
 すぐに謝って相手に怪我は無いか確かめ、ない、と……。


『ふん、ショウタ、久しいな。何やら驚いているようだが……私は言ったはずだぞ、“目印”が無いと位置を絞ることは出来ない、と』


『目印……そうだな。例えば、ショウタがその右手に持ってるものとか、な』


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