ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
現代語訳・金の斧銀の斧(仮)
今日も朝から森篭り、延々木を切る、私は木こり。
そこに何かしらの疑問を抱くでも無く、今日も朝から晩まで延々
木を切り続けるのみである。愛用の斧、ドナルドマックと一緒に。
コーンカーンコーンカーン、と、小気味良く奏でられる斧と木の合奏は
鬱蒼とした森の中に響き渡り、物の見事に鳥達のいい迷惑。
いや、鳥達だけでは無い。きっと、動物達にとっても私の斧は
さぞや良い安眠妨害であろう。
が、しかし、それで手を止めていたら、こちらも商売上がったり。
そう、私は木こり。そこに、疑問を抱くでも無い。

「ああ、しまった!」
わざとらしい声を上げ、握り締めていた斧が、汗により手から滑り落ちる。
手から勢い良く滑り落ちた斧は、綺麗な放物線を描き、湖の中へ。
ポチャンッ。おおよそ斧が落ちたとは思えない、軽やかな音。
その音は斧ではなく、もっと他の何かを連想させたが、深く考えない事にして
とりあえずその場のノリで、オゥッーノーゥッ!と、叫んでしまったわけだが
それを誰が気にするでも無く、当然のように、一人呆然と湖の前で立ち尽くす。
愛用の商売道具を失い、これこそ正に商売上がったりじゃないか!
どんな勢いだよ、とか、何でそんな場所で木を切ろうと思ったんだ、とか
そう言った突っ込みが頭の中を駆け巡るでもなく、私の心によぎる残酷なまでの記憶。
一緒だ………あの時と。
私はこの状況に、深い絶望を覚えていた。
手から失われた斧。斧は深くて暗い、水の底に。

心の奥に染み渡るトラウマが、甦ろうとしていた、正にその時
ゴボゴボゴボゴボ…と不穏な音を立てて、湖中央から慌しく水泡が立つ。
な、何だ!?と、思う間も無く、唐突に湖の中から現れ出でたる、女神様。
私のトラウマも置き去りに、空気読まずの湖から現れての第一声が
「あなたが落としたのは、この金の斧ですか?」
って、ちゃうわ。
これだけ大仰に登場しておいて、まさかの拾い間違い。
その間違えっぷりは、もはやドジっ子属性であると言わざるを得ないと
思った次の瞬間、私は目を疑う。
その女神様の見紛う事無き美しさと胸の大きさに………ではない。
女神殿がその手に持つ、斧を前にしては
あんなパチもん、いつでも捨ててもらっても全然おっけーっすよー!
と、調子良くも言葉にしてしまいそう。言わないけど。でも、それほどの衝撃。

あ、あれはまさか………
私は息を飲み、視線は、それだけに釘付けになっていた。
なぜ、あんなところにあの斧が。
頭を振りつつ、何度目を凝らしてみても、女神が手にする斧は形を変える事は無い。
私は同じきこりとして、その斧が、とある名工の手によるものと
遠巻きながらにして、ハッキリと理解している。
あれは銘こそ綴られてはいないが、14〜5世紀に活躍したと
言われる、ドンブル兄弟が作りし斧の1本。
歳月が経ち、人から人へと移り渡る間に、誰からともなく
その斧につけられた名前。
ゴルドンと呼ばれるその金の斧には、もう一つ対となる斧が存在する。
もしや、と思い、私は女神に問うてみる。
「いいえ、あの…それは、私が落としたものに良く似ています。
 が、実は私が落とした斧は、銀色に近いそれでして………」
「では、この銀の斧ですか?」
「はぅわっ!」
思わず変な声を出してしまったのも、無理の無い話。
いきなり出されたそれこそ、正に私が推測したものの、実の形。
金の斧に対するそのもう1本が、シルバン。と呼ばれる銀の斧だ。

2本にはそれぞれ、二つ名がある。猛りし者。護りし者。
それらの別名を持つ曰くつきの斧が、纏わる伝説は、そう少なくない。
かの有名な、金太郎もこの二対の斧でクマを退治したわけでもないらしく
そんな逸話も手伝ってか、その斧の価値たるや
木こり仲間の間では、もはや崇拝に近い崇められようであった。
いわく、金の斧を持ち仕事へと望めば、普段よりも3倍の速度で
木が切れる気がするらしいが、実は後の研究で気のせいだと言う事が発覚した。
金だけに………のせいだったと言うわけだ。
そっち!?木じゃなくて、そっち!?
…じゃあ、銀は?となると、これがまた微妙な性能。
虫歯の詰め物にあてたら痺れる。との意見が多数で
金の斧も銀の斧も、仕事用としては敬遠される傾向にあるらしい。
では、何の為に木こりはそれを求めるのか。

ある木こりは言う。
手に入らないものを、手に入れたいと思う。
それが、男のマロングラッセです。と。
また、その木こりはこうも付け足した。
二対あるものに対して、その片方を渡されたとしても、それは本来の価値では無い。
言うなれば、金の斧のみでは、水で薄めていないカルピス。
銀の斧のみでは、カルピスの入っていない水である。と。
………要するに、希少価値だからこそ、その斧が欲しいと言いたいらしい。
ちなみに私も、その口だ。ちなみに、カルピスは希釈価値。美味い。

そんな都市伝説に塗り潰された彼らの斧に、こうして出会えた
のも、何かの運命だと思って差し支えないだろう。
私は、運命をそれなり信じる方である。
夜に爪を切ったりしないのも、運命を信じているからだ。
そんな私が今日、この瞬間、この二振りの斧に出会えたのも
木こりの女神様の、思し召しでもあるのかもしれない。
ならば、この斧をどうすれば、両方手に入れられるか?
女神は先ほどと何一つ変わらぬ笑顔で、俺を試すようにして
その両手に、斧を一本ずつ持ち合わせている。
重さに耐え切れず、プルプル震えだすかどうかを、じっと観察していたくもなるが
機嫌を損なわれてもまずい。とりあえず今は。その斧を両方
どう手に入れるかを考える事に全力を注ぐ。
…両方、直接的に欲しい。と言ってみるのはどうだろう?
しかし、落としたのは金の斧か銀の斧。と言われ
両方欲しいので、譲ってくれ。と直接交渉したところで、相手の気分を
害してしまわないだろうか?
もし、私が目の前の女神であったなら、まず間違いなく
『木こり風情が、私と交渉?身の程を知りなさい。屑が。下種め。』
と、一笑に付されるであろう事は目に見えている。
かと言って嘘も、女性に嫌われる要因としては、十分に過ぎる。
古来より、嘘は熱い内に打て。と言う諺もあるほど。
私の身近な例にも、こんな話がある。

隣の家のマークがこの間、捨て猫を拾ってしまい、それを嫁に見せたらしい。
彼は飼ってもらうつもりで見せたわけだが、嫁はその提案を
頑として聞き入れなかった。
捨ててらっしゃい。と言われ、結局折れたのはマークの方。
ションボリと肩を落としながら、元の森へと猫を返したのさ。
家へと戻り、彼は声を落としながらに、ただいま。と嫁に告げる。
しかし実はこの時、マークのお腹の中には既に、猫の赤ちゃんが。
服の中に隠していたそれを見つかり、結局マークはその猫の
赤ちゃんごと、森の置く深くに捨てられてしまった。
そして今じゃ、夜にこの森の中に入ると、猫の鳴き声と一緒に
男のすすり泣く声が、聞こえるって話らしい………
その逸話に思い出し恐怖を感じつつ、よし。と覚悟を決める。
この森ももうすぐ夜になってしまう。
だったらその前に、事を終わらせなきゃな。
奇しくも、同じ木こり仲間であったマークのお陰で
己の決断を速める事が出来たのは、妙な因縁を感じた。
「…私が落とした斧は…金・銀…いや、やっぱり嘘はいけない。
 正直に言います。その斧は、どちらも私が落としたものでは
 ありません。ですが…………私が落とした斧よりも
 もっと大切な物を、私はどうも落としてしまったようです。」
ふぅ。と息をつく。
軽く女神を一瞥して、すぐにその目を逸らす。
その他愛無い仕草に、女神の頬が一瞬赤く染まるのが
見えたわけじゃないが、何かしらの表情の変化があった事を
期待しつつ、声を甘く震わせる。
「………あなたの瞳に奪われた、私の心は今………
 この湖よりも、深く深く、沈み込んでいる。
 そう、私が落とした物。それは、あなたを知る前の、私の心。
 あなたに出会った瞬間、私は、恋。と言う湖に落ちたのです。
 どうか、あなたが私を、拾い上げてくださいっ………」
惚れさせ斧ゲット作戦は、実に完璧に過ぎるさくせ
「では、この斧はあなたのものでは無いと言う事ですね。」
そう言って、勢い湖へと沈み込んでゆこうとする女神様に
「ちょちょちょちょ。ま、待って。」
と、勢い、その行動を止めにかかったが、時既に遅く。
残ったものは、何事も無かったかのように静けさ湛える湖と
愛用の斧を失い、呆けた顔で立ち尽くす木こり一人。
森遥か上空で、鳥たちが高らかに鳴いていた。
まるで、その木こりを笑うかのように。

終。
あらすじ読んでここまで来た方には、申し訳ありません。ちょっとそれっぽく言ってみたかったんですぅ!
騙されたと思った方、本当にごめんなさい。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
評価
ポイントを選んで「評価する」ボタンを押してください。

▼この作品の書き方はどうでしたか?(文法・文章評価)
1pt 2pt 3pt 4pt 5pt
▼物語(ストーリー)はどうでしたか?満足しましたか?(ストーリー評価)
1pt 2pt 3pt 4pt 5pt
  ※評価するにはログインしてください。
ついったーで読了宣言!
ついったー
― 感想を書く ―
⇒感想一覧を見る
※感想を書く場合はログインしてください。
▼良い点
▼悪い点
▼一言

1項目の入力から送信できます。
感想を書く場合の注意事項を必ずお読みください。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。