第三話『スカウト』
学生やサラリーマンがそれぞれの戦闘服に身を包み、雑踏の中を行き交っていく、朝の交差点。だがそれも日曜や祝日になると、奇怪な衣装で着飾った若者たちで溢れ返る。
怪人赤マントとの戦いから、二日が経ったその日。私は駅前に面したショッピングモールの広場をうろついていた。
ここはいつも十時を過ぎると、ダンサーやミュージシャンの卵たちが、自分たちの技を披露しに集まる。
いわゆる“路上ライブ”と呼ばれるものだ。
趣味だけのやつもいれば、本気でその道を目指す者もいる訳だが、私はこの場所が好きで、時間があいた時によく来る。
昔から、音楽や踊りは好きでよくやっていた。若い頃と比較すれば感覚は変わってしまったけど、現在も悪くはない。
平安時代から生きて、時を歩むこと現在は二千五年。私は今年で千十一歳になる。
妖怪は寿命が長い。妖狐もまた長寿であり、余りの長生き故に、寿命で世を去った妖狐がいるのか解らない程だ。
大半は千歳を越える前に、霊能力者や他の妖怪に殺される。しかしそれも自然の摂理だから仕方ない。
弱い生物は、己より劣る生物を喰らう事で進化を遂げていくものだ。そこにはモラルや道徳など、何の価値も無い。
ただ生きる為に、親をも喰らう冷酷と無慈悲で獰猛な本能が、自分自身を強者へと育て上げていくのだ。
千十一年――少なくとも、私はそうして生きて来た。それはこれからも変わらないだろう。
まあ、近頃は狩りにたいする認識が、“生きる”為から“楽しむ”事へと変わってしまったが、それはいつ頃からだろうか。全く覚えていない。
だからと言って、そんな気にする事でもないだろう。
さてと、話が逸れてしまったが、先も話した通り、私は踊りや歌が好きでよく踊る。――というか、もう踊っている。
ブレイクやポップス等、とにかく激しく爽快に動く、一言で言い表すならスタイリッシュなダンスを私は好む。
そして今、そういうダンスを私は現地のダンサー達と共に披露していた。
メロディーに乗るようにリズム感あるステップを巧みに行い、ここぞと言うところでダイナミックにスピンやジャンプ系の大技を行う。
次第にギャラリーが集まり、最後に音楽が終わりキメポーズを取った時には大歓声が上がった。
そしてギャラリーもいなくなった昼過ぎ頃。
「――ふぅ、終わった」
「美狐ちゃんお疲れ。今日も凄かったね」
私が広場の階段で一息付いていると、一緒に踊っていたダンサーの一人が声を掛けて来た。
矢がハートを射ぬいたマークのニット帽をかぶった少年――彼の名は伊坂奏夜。
奏夜はこの広場の常連者で、私が初めてここに来て、ダンスを観ていた時に誘ってきたのも彼だった。
「ありがと。奏夜もなかなかよかったわよ」
「いやぁ、まだまだだよ。美狐ちゃんには負けるね」
私が賞賛すると、彼は照れ隠すように頬を掻きながら否定した。
「一年前は俺がここのトップだったけど、すっかり追い越されちゃって――今では美狐ちゃんがトップだもんね」
「ふぅん。もしかして私に嫉妬しているの?」
頭を振りながら言う彼に、私はほくそ笑んで嫌味っぽく尋ねる。
「そりゃしてるさ。だけどそんなものは、踊っている時に楽しくて忘れちゃうよ」
「へぇ」
「それにさ、上には上がいるっていうし、それを追い越すって目標が出来ていいじゃん」
奏夜は怒る事なく、済ました笑顔で言う。まだ十八歳なのに、今時の若者にしては向上心のある珍しい男だ。
彼はこの辺りのダンサー達のリーダー的存在だが、周りの人が彼を慕う理由はそこにあるのかもしれない。
彼とダンスについて会話しながらも、私はそう感じた。
「んじゃ、そろそろ私は行こうかしら」
しばらくして時刻が1時を告げた頃、私はそろそろ腰を上げることにした。
「またね、美狐ちゃん。暇があったらいつでも来てよ。あるいはメールしてね」
「判った。暇があった時ね」
笑顔で見送る奏夜に軽く手を振って、私はその場を後にした。
その後、私は主に飲食店の連なる通りをうろついていた。ちょっとした目的があってのことだ。
――その時。
「ねぇ、君!」
後ろから大きな声が上がったが、自分には関係ないと思い、振り返らずにいた。
しかし――。
「ねぇ、君だよ。そこの銀髪の娘! ちょっと待って」
対象は私であったらしい。
だが、飽くまで自分ではないと無視して、歩みを止める事なく進めるが、その人物はすかさず私の正面に回り込んで来た。
「ちょっと、いいかな?」
男は金髪をオールバックに撫で付け、黒のサングラスを掛けていた。剥き出しの耳には十字架のイヤリングが揺れていて、いかにも怪しい出で立ちだ。
「何か?」
上から下まで眺めると、紅いスーツが目を引いた。まるでホストかヤクザだ。
「まあまあ、そう嫌そうな顔しないで。怪しいように見えて、そうでもないんだよ。俺」
私が不快な態度をあらわにすると、男はサングラスを外しておどけて見せる。
「ね? 恐くないし、むしろカッコイイでしょう?」
サングラスの下に隠れていた顔は、意外にも細く優しげな目付きで、よく見ると若く精悍で育ちの良さそうな気品までも感じる。一言でいうならハンサムだ。
だが、それは飽くまで人間の見解での話。私にとって、興味の対象にはならない。
それに――。
「カッコイイなんて言うけど、それって怪しくない“理由”にはならないでしょう?」
「あ、そうか! いやぁ、一本取られたなぁ。ハハハ!」
――私が何の一本を取ったんだろうか?
眼を細めて訝しげに見据える私を尻目に、ナルシスト男は笑いながら頭を掻いている。
私はこういうナンパまがいな奴は嫌いだ。話してるだけで疲れが溜まってしまう。
こんな輩は徹底的に無視するに限る。そんな当たり前の所業を忘れていた自分に後悔して、私は早足で男の横を素通りした。
「あ、ちょっと待ってよ!」
だが男はなおも駆け寄ってきて、「君に話しがあるんだ!」と私の興味を引こうとする。
「私は用事があって急いでるの。あんたの話なんかに興味ない」
冷たく言い捨て、先を急ぐ。
用事があるのは嘘ではない。私はいつも1時過ぎには、常連の喫茶店でミラクルイチゴパフェという、巨大パフェを食べに行く予定があるのだ。
だから、こんな奴の相手をしている暇は無い――と思っていた。
この男がこんな事を言わなければ。
「ダンス以外の用事って、二日前の赤マントみたいに妖怪を狩りに行くことかい? ――玉藻美狐ちゃん」
「ッ!」
唐突な、それでいて研ぎ澄まされた刃のような言葉に、つい歩みを止めてしまった。
私の名前を知っているだけならまだいい。
だけど何故、二日前の事を知っている?
警戒心から、自然と体中の血が沸き立ち、眉間に力が入る。
「あんた……何者?」
「ファンだよ」
振り返って一瞥するが、男は相変わらず軽い態度でふざけた答えを返す。
「ファン? ストーカーの間違いでしょう。もう少しマシな嘘つけないの?」
「ストーカーよりはマシさ」
さらに眉を吊り上げても、男は惚けるばかりだ。
――もしかして、コイツはあの時の?
ふと、一つの可能性が脳裏をよぎる。赤マントとの戦いの際に、感じたあの視線だ。
しかしこの男からは殺気を感じない。あの視線には背筋が凍るような、明らかな殺意がこもっていた。そう、憎しみと怒りが入り交じったような、そんな感じだった。
推測だが、視線の主は私に怨みを抱いている者だろう。ならば少なくともこの男は違うはず。
仮に視線の主がこの男だとして、私に対してこんなふうに接触するだろうか。
私なら、まずしない。きっと感情を抑え切れなくなり、殺意がわずかに湧き出るはずだ。――とはいえ、この男ではないという可能性が、ゼロとも言い切れない。
「考えているって事は、興味を持ってくれたのかな?」
あらゆる可能性を模索していた私に、男はさりげなく歩み寄り、にまにまといやらしい笑みを見せる。
――仕方がない。
無意識に唇に当てていた指を離して、男に向き直った。
「……聞くだけの興味は沸いた。ただし、条件がある」
「何?」
「それは――」
「うん、美味」
条件に行きつけの喫茶店の品を奢らせることを提示した私は、一時間もしないうちに九皿目のパフェを食していた。
口の中全体に拡がるこの甘味。美味と言わずに何と言おうか。その美味しさには、思わず笑みが零れてしまう。
「……よく食べられるね、君」
その様子を唖然と眺めていた男は水を刺すが、気にも止めずに食を進める。
「……そんなに食べて、太らない?」
「あんた。女性にデリカシーないって言われるでしょ」
言い捨てると、男は過剰に頭を下げて「すいませんでした」と謝った。
「まあ、そんな事よりも。そろそろ話ってのを聞こうかしら」
やり取りの間に九皿目を食べ終えた私は、スプーンを皿に戻して男の話に耳を傾けた。
「その前に自己紹介しておこうか。俺の名前は、崎原亮。以後おみしりおきを、玉藻美狐ちゃん」
テーブルの上で三角形に腕を組んで、崎原は私に微笑む。
「ああ、あんたの名前なんて興味無いから、さっさと話して」
「えっ、酷くない!」
「……早く」
そういう彼を脅すように睨み付け、話しを始めろと眼で急かす。
「わ、わかった話すよ。実は、君を俺……いや、俺達が所属する退魔組織。『攴魔』に入ってもらいたくてスカウトに来たのさ」
「退魔組織? 私は妖怪だから、あんた達から“狙われる対象”のはずじゃない。――それが何でスカウトなの?」
あまりにも不可解で意外な用件に、私は眉をしかめて訊ねた。
「他とは違ってね。攴魔は妖怪とも仲良くやる組織なのさ。――弱い妖怪や、君みたいに知能が高くて人間社会に溶け込む妖怪っているだろう? そういう妖怪を天敵の妖怪から守る為に保護したり、また力がある妖怪は、協力してもらうためにスカウトしているんだよ」
成る程、本来相入れない退魔師と妖怪。例えるなら狩人と猛獣の関係だが、この組織には“保護”と“共存”が含まれている訳だ。
しかし、それはおそらく利害が一致するものか、人畜無害を限定としての事だろう。
「それで、私をスカウトしに来た訳は――二日前の赤マントとの戦闘が理由かしら?」
あの時の戦いで見せた私の力。スカウトの理由はこれかと思ったが、崎原が答えたのは、予想外なものだった。
「半分正解。もう半分の答は、君が伝説の三大妖狐。“玉藻三天狐”の一人だからだ」
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